「24日の夜、一緒にいられない?」
 普段見慣れた笑顔で、さらっと誘ってくるに、
「・・・・・」
 霧風はとっさに返す言葉を見つけられなかった。


 
クリスマスイブ


「・・・何故?」
「だって、クリスマスイブでしょ」
 が何でもないように口に乗せた響きは、ここ風魔の里に少しも似つかわしくはない。
 霧風はわずかに眉宇を寄せることで、違和感と少しの不快感とを示した。
 見取っておきながら、は一段弾んだ声を出す。
「普通クリスマスイブといえば、ケーキとかチキンとか食べて、プレゼント交換をするんだよ」
「俺達の一族は、一般的な家庭とは違う」
 忍びは人間ですらない。
 彼の反応は、風魔の忍びとして至極まともなものだった。
 とて予測済みだったから、いかにもそっけない霧風の態度にも笑みを絶やすことなく、ただ辺りをはばかるように声を低めた。
「・・・大切な人と過ごすのがクリスマスイブ・・・。だから、霧風と一緒にいたいの」
 ケーキもご馳走もプレゼントも、何もいらない。
 ただ貴方と過ごしたい・・・。
 自分で言って自分で赤くなってしまうだけれど、霧風はやはり同じ表情で・・・でも、明らかに目を逸らしていた。

 山中の里のこと、陽が落ちるとますます冷気は強く、肌に染み入り体の芯を震わす。
 しかし霧風に対し告白も同然の発言をしてしまったには、この寒さすら心地良いくらいのものだった・・・思い返すほど、頬に血が昇ってしまうから・・・。
(やっぱり、来てくれない・・・よね)
 目の前にそびえるシラベの大木を見上げ、吐いたため息の白さに目を見張る。
 クリスマスツリーにぴったりだと、ひそかに決めていたこの木の前で、大好きな人とひととき過ごせれば・・・と、ささやかに願っていた。
 兄弟たちとはいつも一歩引いて付き合っている霧風が、自分に対してだけは打ち解け話してくれていることを、嬉しく思っていたけれど・・・。もしかして同じ気持ちなのかな、と心弾ませたのは、ただの独りよがりだったのかも知れない。
 単に同期だから親しくしてくれていたのか・・・。
 そう考え出すと、昼間の霧風のつれなさが、断りの態度のように思えてしょうがない。
 急に寒さが身に染みて、シラベの木もただの不気味な黒い影にしか見えなくなり、そら寒い思いに身をこごめる。少し泣きそうだった。
 もう、帰ろう・・・。
 悲しい気持ちで、家の方につま先を向けたとき、ゆると風を感じた。
「風邪をひくぞ」
「−霧風っ」
 勢い良く振り向いた鼻先に、ふわり柔らかな布をかけられた。
 それがマフラーだと分かったときには、霧風の手によって首にぐるぐる巻きにされていた。
「首元から熱が逃げるって、知っているだろう」
 せめてそこの保温くらいはしろと言うのだ。
 はマフラーにうずもれて、ほこほこしていた。
「来てくれないかと思った」
「劉鵬につかまっていたんだ。・・・いつまでも外で待ってるとは思わなかった」
「だってこの木がクリスマスツリーみたいだから」
「・・・シラベか」
 霧風が素直に向き直ったので、も改めて見上げた。
「・・・!」
 息が詰まる−さっきまでと同じ場所とは、全く思えなくて−。
 黒い空にちりばめられた、数も知れぬ星たちは、冷たい大気ゆえにますます冴え輝いている。天然のイルミネーションの前で、針葉樹は幻想的なシルエットとなり、今夜の主役に相応しい存在感でもってしんと美しくたたずんでいるのだった。
 はほうと白い息をつく。
 風景のあまりの変わりように、めくるめく心地になり、まるで足元も確かではないようだった。
 実際、霧風が来てから急に空に光が増し、空気の透明度も増したのだと思う。
 不思議な思いで見上げた霧風の横顔もまたとてもきれいで、覚えずうっとりとしてしまうだった。
 元々整った顔立ちをしているものが、張りつめた冷気と夜とに引き立てられることで、こんなにも冴えた美しさを備えるのだと知る。
 同時に、じっとしていられないような衝動が胸のうちに燃え上がった。
 今までそっと抱いていた甘い疼きをかき混ぜられてかき立てられ、否応なく向かい合わされる。そのあまりの色濃さにどぎまぎしながら、は冷え切った空気を吸い込んだ。
「・・・ありがとう」
「・・・いや」
 ごく短い返事の後、霧風はの顔を覗き込むようにして、付け加えるように、
「クリスマスイブ、だからな・・・」
 微笑みかけた。
 霧風にとってはクリスマスなど本当にどうでも良かったのだけれど、そこに大切な意味づけをしているらしいを無視は出来なかった。
 同期という枠を超えた想いをずっと抱いていたのは、だけではなく霧風も同じだったのだから。
 ケーキもプレゼントも何もないけれど、一緒にいたいと言うのなら−。それがの望みだというのなら。
「・・・霧風・・・」
 いつもより甘さ倍増の言葉と笑顔に、の心拍は上がりっぱなし。
 どうにかなってしまったような自分でも、許されるような気はしていた。
 だって今夜はクリスマスイブ、二人の前にはツリーもあって、星空の下、最高の、非日常だから・・・。
「・・・あ、雪・・・」
 タイミング良く降り始めた雪に目を細めるも、空には雲が見えない。
 風花とも違う。あることに気付いたは、霧風の澄まし顔を見上げて、にっこりした。
 空気中の水分を使って雪を降らすのも、霧使いにとっては造作ないことだろう。
 ちらちら舞う大粒の雪が、二人の周りの風景を新たなものとしてゆくさまを、見つめていた。
 どちらからともなく、手を繋ぎ、心を寄り添わせながら。

「さすがに寒いね・・・」
「暖めてやろうか」
 えっ? という声は、呑み込まれる。
 霧風の唇に・・・。
 不意をつかれて攫われた初めてのキスは、の全身を確かにカッと熱くした。
「・・・・・」
 恥ずかしさと嬉しさに言葉を失うを、霧風は両腕に閉じ込める。
「・・・好きだよ
 雪の中囁かれたのは、ケーキよりも甘くて、どんなプレゼントよりも心を打つ、最上の告白。
 は夢心地で、霧風にしがみついた。
 満天の星の下、ツリーの前で、大好きな人と体温を分け合っている。
 これ以上、何も望むものはない。
「・・・大好き」
 二人は、ずっと離れないまま、一つの影となる。



      END




 ・あとがき・

ドリーマーにクリスマスというイベントは欠かせませんねっ!
私も何だかんだで毎年書いています。
今年は投票もいただいていた霧風で。
風魔はクリスマスとは無縁だろうし、霧風なんて特に無関心そうでプイッとしちゃいそうなんだけど、ちゃんの気持ちにはちゃんと応えてくれたのね。
当初、部屋の中で二人きりのクリスマスって考えていたんだけど、天然のツリーもありそうだし、星の下っていいなと思って外にしてみました。
欲張って雪も降らせてみたり。霧風の隠れた特技? ちょっとカミュみたいです(笑)。
忍びは寒さにも強いんだろけど、やっぱり寒そう。
二人でいれば、ぽっかぽかかな。





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