花も盛りの時節なれば、床に就くのも惜しくなり、風魔の少女はひとり屋敷を抜け出した。
山の桜は夜闇を切り裂くがごとく枝を伸ばし、圧倒的な花びらたちを誇っている。
そのたたずまいに魂を奪われる心地で、はただ、見上げていた。
もう一人、この場にやってき兄弟に、名を呼ばれる瞬間まで。
花 篝
「ちゃん」
「・・・麗羅」
のものうげな表情と、桜とを見比べるように目線を動かし、麗羅は軽く首を傾ける仕草をする。
「一人で、夜桜見物?」
「うん・・・ちょっと、眠れなくて」
微笑みは幽玄。この世のものではないような儚さと美しさで、少年の心を捉えてしまう。
「・・・麗羅は?」
「・・・僕は・・・」
ようよう引き剥がす心地で、目を花へと転じた。
「桜に、呼ばれた気がして・・・」
いらえは上の空。さんざめく心は静まらない。
ざわざわ夜風に身を任す細枝と花弁が、静めるどころか尚もかき立てる。
ボッ、と音がして、辺りがにわか明るくなった。
押さえ切れぬ感情の発露は、思わぬところに。・・・麗羅の、たなごころの上に、炎という形を取って。
は目を見開き、思わず後ずさった。
「・・・びっくりした。どうしたの、いきなり」
姉の言葉に非難の響きはない。
麗羅は笑みを絶やさず、その手を静かに掲げ上げた。
「花篝だよ」
朱い光が麗羅の顔の上を滑り、桜花を下から照らし上げる。
宵に浸されていた花の一つ一つが、炎によって照らされるのをは見ていた。
光と、それに伴う影とが、夜桜に別の命を吹き込み、風が動きを作り出す。
忍びゆえ元来闇に不便はないが、いにしえより伝わるこんな夜桜の楽しみ方も、悪くはない。
−花びらが一枚ずつ炎に包まれ、朱蝶のごとく舞い、やがて桜はほむらの樹となり天を焦がす−
そんな情景が一片、脳裏に浮かんでしまい、のみならずうっとりとしてしまったことは、心の内にだけ留めておいた。
「・・・何だか、桜の花の匂いに酔ったみたいだ」
本当に酔ってしまった調子でそう言う、麗羅のイヤリングが、炎に輝くのをぼんやり見やって、は機械的に口を開いた。
「桜に、匂いはないわ」
「・・・そうだね。これはちゃんの匂い」
ひめごとのさやけさで、麗羅は篝火越しにを見つめる。
「本当のこと言うと、僕、ちゃんにひかれてここに来たんだ」
いつもは女の子以上に可愛らしいと、軽く妬んですらいた麗羅の顔が、花篝に照らされ今、別人のように凛と見えた。
はらり散った桜が一枚、麗羅の炎に捕らわれ、ぽうっと燃えてゆく。
あぁこれは恋の炎。・・・彼の? 私の?・・・
とめどなく降り注ぐ桜のかけらを二人あまねく全身に浴びれば、ひそやかに結びついてゆく互いの心を感じ取れる。
「ちゃんのことが、好きなんだ」
「・・・」
すっと差し出された手を取る。全てが一瞬で消えゆきそうな危うさの中、麗羅のほの白い手から伝わる体温だけが、現実のような気がしていた。
「私も、好きよ・・・」
見つめる瞳にも、炎。
ざわ・・・と枝がしなり、花びらが舞い狂う。
てのひらの火はとうに絶え、山桜の巨木のもとには、寄り添う二人のシルエットだけ。
月に桜、花篝。
あたかも、おぼろ春夜にのみ効力を発す幻術のように。
END
・あとがき・
久々のふーこじ。最近ちょっと別ジャンルを書いていたんだけど、やっぱりこちらもやめられない。
実は春のころに考えていた話なんだけど、近ごろ夏にしては涼しい日が続いているからかな? 急に書きたくなりました。
今年の春は桜の話をあまり書けなかったし、今からでも書けて嬉しいです。
タイトルはもちろんあの曲から。春のころに毎日聴きまくっていました。
篝火ということで、麗羅の出番。ちょっと夢のような、ファンタジックな、現実感のない感じで書いてみました。
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