支給された携帯電話に、初めてメールが来た。
 しかしアドレスに覚えはない。間違いかイタズラだろうと思いつつ開いて文字を追ったとたん、は固まってしまう。
 急いでメールを削除し、何事もなかったように、携帯をしまった。


 電撃LOVE


 指定された時刻に、指定された場所へと出向き、全神経を研ぎ澄まして相手の男が現れるのを待つ。無論、木刀と花の準備も怠りない。
 時は夕刻、朱の光が雑木林を染め替え、風がざざざ、と草葉を鳴らす。
 その中に足音を聞き取り、は身構えた。
 紫色の長ランに身を包んだ男が、正面に姿を見せる。短い髪、首には鎖分銅。
 夜叉の、雷電・・・メールでこの場所に呼び出した、張本人だ。
「誰にも知らせず、一人で来たのか」
 雷電はよく通る声でそう問うた。
 は頷く。メールの指示にそのようにあったのだ。
 敵の言うことをそのまま聞く義理などないのだが、で思うところがあり、言う通りにしたのだった。
「決闘なら早いとこ始めるわよ。モタモタしてると、日が落ちてしまう」
 今しも太陽は最後の光筋を投げかけながら、地平線の向こうに姿を隠そうとしている。
「慌てるな。戦うために呼び出したわけじゃない」
 オレンジ色に包まれて、雷電はどういうわけか少し寂しげに見えた。
「・・・得物を首に巻いときながら言う言葉?」
 のとんがった声に、雷電は自分の体を見下ろし、ああ、と小さく呟く。
「いつもこうしてるから、忘れてた」
 武器というよりアクセサリー感覚だったのか。雷電は首から鎖分銅を外し、地に捨てた。金属のぶつかり合う重たい音の中、上着も脱いでゆく。
 雷電なりに、攻撃の意志がないことを示したつもりだった。
「しかし、まさか本当に来るとは思わなかったな」
 一歩、二歩、近付いてくる。は緊張を解けない。
「夜叉八将軍のひとりが、風魔一族である私に、一体何の用・・・!?」
 全面戦争の真っただ中で、敵と一対一となれば、警戒して当然のシチュエーションだ。
「・・・確かめたかった」
「・・・何を?」
 とうとう、の目の前に、雷電は立った。
 その位置関係は、いやでもに思い出させる。
 野球場の得点板裏で、初めて夜叉八将軍全員と相対した、あのとき。
 不知火に捕らえられたの正面・・・ちょうど今の距離と位置・・・に、雷電は立ち、その強い目で見つめてきた。
 あのときの、体中痺れるような感覚がそっくりそのまま蘇り、は小さく体を震わせる。
 胸が熱くなる、息苦しくなる。
 メールを開いたときにかすかに感じた予感が、今本人を前にすることではっきりとした感情となり、の全身を支配していた。
「・・・・」
 目の色にもそれが表れてしまったのは、忍びとしては失格だったろうが、初めての感情にとまどい翻弄される少女には当然のことだったかも知れない。
 たやすく読み取り、雷電は喜色を浮かべた。
 確信を得たのだ。自分自身の気持ち、そして、も同じだということに。
 肩から力が抜け、ずっとやわらかい表情になって、もう一歩、に近寄る。
「あのときから、お前のことばっかり考えてた」
「・・・・」
 真剣にこちらを見ている夜叉の顔を、見上げる。
 急激に引き寄せられる気持ちを、はどうにか止めなくてはならなかった。
 ・・・一目惚れ、なんて。想い合っているなんて。
 一般の人ならまだしも、他流の忍び、まして現在の敵を・・・。
「確かに、許されはしない」
 の躊躇を、雷電も分かってはいた。
「だが俺は、欲しいものは即手に入れないと、気が済まないタチでな」
 直情的で感情的な男だった・・・良くも悪くも。
「だから、なあ、キスだけもらっていいか?」
「え・・・っ」
「一度だけだ」
 回りくどさの一切ない申し出に、赤くなっては後ずさる。
「そ、そんなこと言って、不意打ちにする気じゃ・・・」
 手の込んだ罠か、これは。
「俺は何も持ってねーよ。何ならズボンも脱いでみせるか」
 本当にベルトに手をかけるから、は両手を振って必死に止めた。
「いっいやいらない! でもっ」
 気が付けばずい分顔が近付いている。
 息が苦しい。修行でどんなに息が上がっても、これほど心臓の鼓動が早まったことはなかった。
 雷電の強い瞳に、捕らえられて。
「全然そんな気がないってなら・・・、もう行けよ」
 そう、言われても、今さら逃げられやしない。
 立ち尽くすに、とうとう雷電は手を触れた。
 最初はおそるおそる、肩に。
 去りゆく気配がないのを見て取ると、思い切って、両腕に抱きしめた。
「−!」
 奪い去るように、口づける。
 唇を重ねるだけの拙いキスは、それでも二人の頭のてっぺんからつま先までを、貫いた。
 あたかも電撃のように。

「・・・雷電・・・」
「ようやく名前、呼んでくれたな」
 嬉しそうに笑う雷電に、今やもすっかり身体を預けている。
 一族以外の男に、こんなふうに触れたのは、生まれて初めてのことだった。
 夜叉は、いや雷電は、兄弟たちの風の匂いとは違う、荒削りの男の子っぽい、でも、いい匂いがしていた。
 それに、熱い。雷電の高い体温がにも移ったか、ぼうっとしてくる。
・・・やっぱり、これだけで離したくねぇ・・・」
 耳元での囁きすら、芯の通った響きを持つ。の脳内を、麻痺させる。
「全部、くれよ」
 性急な求めに、どこか上の空で頷いていた。

 一目惚れで始まって、たった一度肌を重ねて終わる。
 そんな刹那の恋だと、二人とも分かっていたのに。いや、分かっていたからこそ。
 雷電とは、互いを貪欲に求めた。
って・・・、花のいい匂いするのな・・・」
「・・・雷電、熱い・・・」
 素肌に触れ合い、ただ熱情だけで、契りを結んだ。

 月すら昇らず、闇が二人の姿を包み込み、隠す。
 一足先に身支度を終えた雷電は、うつろな目でとろとろと服を身に着けているの前に膝をつき、セーラー服を着せかけてやった。
「大丈夫か」
「・・・うん」
 痛みは、想いの強さと切なさを、リアルにの体に刻みつけた。
 それでも、後悔していない。
 決して実らずとも、もう二度と会えずとも。一族の掟を破ってすら。
 この恋を貫きたいと、願ったから。
「口を閉ざせ・・・墓まで持っていく秘密だ。俺と、お前の」
 最後のキスで、罪を分け合った。
「−本気で好きだ、
 甘いはずなのに鋭い、そんな一言を残し、雷電は姿を消した。
 入れ替わりのように風を感じ、は慌てて立ち上がる。服を払い髪をなでつけ、簡単な身づくろいをし終えたところに、兄弟が現れた。
、探したぞ」
「・・・霧風」
 同期で仲良い兄弟は、何か違和感でも覚えたか、の全身を見回した。
 そのきれいな顔に何の表情も浮かんではいなかったが、
「何をしていたんだ、こんな場所で、今まで」
 と言う声には、いぶかしむ響きが添えられていた。
「・・・ちょっと、新しい技の開発を」
 いつものように、笑ってみせる。霧風はほんの小さなため息を吐いた。
「今の状況を分かっているだろう。一人で出歩くのは控えるべきだ」
「ごめんなさい」
 ぺろっと舌を出して謝ったら、霧風に突然接近されびくっとする。
「・・・何?」
「・・・別に」
 そう言いながら、明らかに何か探っている。気取られた・・・? 
 いや、雷電の匂いは花で消した。痕跡はない。態度さえ不自然じゃなければ、バレることはないはず。
 堂々としてなきゃ。いつものように。
「・・・帰ろう。みんなも心配してる」
 霧風はふいと、先に立って歩き出す。
「うん」
 も後につき、霧風の背中を見つめながら、嘘と裏切りという背徳の重さを改めて感じていた。もう、兄弟たちの間で、今までのように無邪気ではいられない。
 全ては、ただ一度だけの恋のために。

 そこまで、覚悟を決めていた・・・のだが。

(・・・・・・)
 毎日毎日、のことを想っている。
 やわらかな唇や甘い花の匂い、それに彼女の全てを見て感じた、あのときのことを思い起こすと、なかなか眠れない雷電だった。
 そんなある夜、窓がコツッと鳴ったので、不思議に思いながら開けてみる。突然吹き込んできた一陣の風に、反射的に顔をそらした。
「・・・雷電」
 囁くような呼び声に振り向く。部屋の中に、夢にまで見た恋人の姿。
「・・・・・・?」
 驚きに目を見張る雷電の前で、は照れくさそうに微笑んでいた。
「おっお前、どうして・・・」
「実は兄弟たちにバレちゃって、一族を追い出されちゃったんだー」
 狼狽する雷電とは対照的に、実にあっけらかんと言い放ち、持ち出してきたわずかな荷物をどさっと足元に置く。
「だから、ねえ、そばにいてもいいでしょ」
「・・・いや、そりゃ・・・」
 反応が追いつかず、おたおたしている。
 は少し哀しそうな顔になり、下腹にそっと手を当てた。
「・・・あのときから、生理が止まってて・・・」
「うそーー!?」
「・・・なんて、冗談だけど」
 パッと顔を上げて、エヘヘ、なんて笑っている。冗談にしても行き過ぎだ。
「・・・ビックリさせんな」
 ホッとしつつ、ようやく事情を飲み込んで、雷電はに近付いた。
 こわごわ触れて、存在を確かめ、ぎゅっと抱きしめる。
「ホントに、一緒にいられるんだな」
「えへ・・・。ねー、あのときみたいなこと、言ってよ」
「・・・えー」
 雷電はあからさまに口をへの字に曲げる。
 確かに、熱に浮かされ恥ずかしいセリフをたくさん吐いてしまったが・・・。
「・・・忘れた」
「ホラ、本気で好きだとか、愛してるとかさー」
「言うなッ」
 顔が真っ赤。可愛い・・・なんて言ったら、怒られるだろうけど。
 ニヤニヤしているをますます強く抱きしめ、首筋に軽く唇をつける。そのままで雷電は、小さく呟いた。
「・・・俺も八将軍辞めっかな」
 恐怖で縛り付けるなんて誠士館のやり方に、最近嫌気がさしてきていた。
 恋を知ってから。

 互いに見つめ合い、引き寄せられるように、キスをした。
 ゆっくりと、絆を確かめるように。






                                                           END




 ・あとがき・

パラレルですー(笑)。
「風連」シリーズで夜叉に挑戦したらこうなりました。

一度だけの逢瀬で、お互い死ぬまで相手のことを密かに想い続けるところで終えるのが王道なんでしょうが、かづな的にはこんな感じで。
蛇足って分かってはいても、どうしてもハッキリハッピーエンドじゃなきゃ! ポリシーなのです。
まぁ、敵と通じたなどと知れたら、一族を追い出されるじゃ済まないだろうけど、あえて甘くしてみました。

雷電は夜叉姫を好きなんだろうね。でも、ここではちゃんに一目惚れ。お互いビビビッと惹かれ合うところがあったんですね。
喜怒哀楽が激しく、ストレートな人というふうに雷電を描いてみました。
すごく通る声をしているので、声を強調して書いてみたり。あと、彼は体温が高そうです。いや何となく。
それにしても、雷電カワイイですね。イガグリくんで(笑)。





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