「遊園地って面白いね! 最高ーーー!!」


 初めてのデート(後編)


 乗り物に乗りたいだけ乗って駆け回って、それでも疲れ知らずのだったが、兜丸がアイスクリームを買ってくれるというので、ようやくベンチに腰を落ち着けた。
 周辺に僅か残っている気配に、顔をほころばせる。
「小次郎も、ここにいたみたいね」
「ああ。またどっかに飛んで行きやがったな」
 兜丸も隣に座る。
「ほーんといつもピョンピョンしてるよね」
 名目は姫子の護衛であり、調子に乗りやすい小次郎のお目付け役、ということにしていただが、二人のあとをつけたりは当然していなかった。自分は自分で楽しんでいただけで、正直、小次郎のことを忘れかけていたくらいだ。
「小次郎も姫ちゃんと楽しくデートしてるかな」
 ストロベリーアイスを舐めるに、兜丸はためらいがちに聞いた。
「お前はどうだ、楽しんでるか・・・? 俺と、一緒で」
「うん、もちろん」
 曇りない笑顔での即答に、胸のつかえが取れたようで。
 兜丸は、ぽつぽつと、思っていたことを口にし始めた。
「正直、こういうのに誘ってくれるなんて驚いたよ。・・・俺はお前にあまりいい印象持たれてないと思ってたから」
『兜丸はに嫌われてるよな、確実に』・・・項羽の言葉が、実は胸に突き刺さったままだった。
 アイスを食べながら、はきょろんとした目で、そんな兜丸を見る。
「なんで? 一族はみんな家族みたいなものじゃない。そりゃ兜丸って考え方が古いなーとは思うけど」
 いつも兜丸は、お前は女なんだから、と言う。
 女なんだから里にいろ。
 女なんだから戦うなんてもってのほか。
 そのたびに反発していただが、兜丸自身を疎んでいたわけでは決してなかった。
 反対ばかりするのも、心配しているからこそだと、ちゃんと分かっていたから。
「古いと言われればそれまでだが・・・俺は、持って生まれたものを、もっと大切にして欲しいんだ」
「持って生まれたものって?」
 こんな話をされるのは初めてだ。いつになく饒舌な兜丸の前で、はアイスを持った手を少し下ろした。
「・・・それは・・・」
 改まってしまうと恥ずかしいのか、兜丸は顔を逸らし咳払いをする。
「・・・女は子を産み育て、次の世代を作り出す・・・。俺たち男にゃ絶対に出来ないことが、生まれながらに出来るんだ」
 下を見るような目つきをして。一気に言い切ったのは、きっと常々考えていたことだからだろう。
「俺たちと同じ生き方をしたいってお前の気持ちも、分からんでもない。けど、持って生まれた性と命を大切にして、・・・例えばお前の身につけた技を、次の世代に伝えるという生き方も、あるんじゃないか」
「・・・・・」
 不意に胸を衝かれ、は唇を噛むようにして兜丸の横顔を見ていた。その輪郭が橙色にふちどられているのに気がついて、時の移ろいの早さに驚く。
 もう、日が沈もうとしているのだ。
 風は夕の薫りと冷ややかさを含んで、二人に吹きつける。
 顔を上げてそれを受けると、兜丸はもう一度口を開いた。
「俺たちは死んでも物語の中に生きる。お前は命を繋げばいい・・・風はそうやって連なっていくんだと、俺は思う」
 決して押し付けではなく、穏やかに自分の言葉で告げる。そうして兜丸は、また、自分の手もとに目を落とした。
「お前が繋いでくれるのが、俺の命だったら・・・」
「えっなぁに?」
 急に口の中で呟くようにするものだから、聞こえなくて、は心もち近付きながら聞き返した。
「い、いや・・・」
 遊園地の喧騒が、突然わっと耳に届いたのに驚いて、兜丸は口ごもる。
 実際のところ、賑やかさに変わりはないのだろうが、秘めていた想いがこぼれかけた瞬間、周りに大勢の人がいるということに改めて気付かされたのだった。
 二人きりに、なりたい。
 そう思い至り、さりげなく提案した。
「それ食べたら、あれに乗るか」
 指差したのは、この遊園地のシンボルともいうべき、大きな観覧車。
「うん!」
 は目を輝かせ、アイスにかぶりついた。

「・・・こんなこと、言うつもりはなかったんだが・・・」
 小さな空間が、と兜丸の二人だけを大勢から切り離し、高みへと連れてゆく。
 ゆっくりのぼってゆくさまを面白がって、外ばかりを眺めていただったが、
「今を逃したら、もう機会がないかも知れないから」
 と言う兜丸の様子から、何やらシリアスなものを感じ取り、前に向き直った。
 狭いゴンドラで、兜丸は長い四肢を持て余し、窮屈そうにしている。
「俺は・・・」
 言いかけて口ごもる。
 そうしているうちにも、観覧車は動き続ける。
 この時間には限りがあるのだ、今言わずに、いつ言うんだ。心を決めた兜丸は、再び口を開いた。
「俺は、お前と一緒になりたい」
「・・・・」
 簡潔な告白は、それだけストレートにの心に響く。
 ここが一番高い場所。
 二人きりの小さな空間で、逃げられないのはも兜丸も同じ。
「兜丸・・・」
 目も、逸らせやしない。
 腹をくくった彼の本当の想い・・・それをごまかしたり曖昧にしてしまってはいけないと、は知っていた。
 身に染みていたから。
 今度は、驚きはしても、そのままを受け止めようと、心に決めた。
「私・・・、まだ、分からないけど・・・、結婚なんて考えたこともないけど」
 うまく言葉に出来るかどうか。
 それでも、思ったままを口にしよう。同じくらいの誠実さで、臨もう。
 目の前には、兜丸だけではなくて、項羽もいるような気がして−。
 は左のこぶしを軽く握って、胸の辺りにそっと当てた。
「結婚・・・、するとしたら、みんなのうち誰かだろうし・・・。それが兜丸か分からないけど・・・」
「候補に入れてもらえるってことか?」
「そういうことがあればね・・・。でも、よく分かんないよ」
「・・・いいよ。十分だ」
 心底ほっとしたように、後ろによりかかる。
「・・・ありがとう」
 優しい笑顔に、も目を細めて、頷く。
「・・・ん・・・」
 あとは二人で、刻々変わる外の景色を眺めていた。
 再び、遊園地の楽しげな人波に放り込まれるまでの束の間を、それぞれの胸に、しまいこんだ。
 切なくて甘くて、涙が出そう。
 そういう、初めての感情は、を戸惑わせたけれど、決して苦しめはしなかった。
 オレンジ色に染まった遊具や、人々の長い影を、その間を渡ってゆく良い風を、潤んだ瞳で見つめていた。

 あんなことまで言うつもりは、全然なかったのに。
 しかも反応は悪くなかったから、高揚した気分のまま、の後で観覧車を降りた。
 地に足がつかない感覚に戸惑っている兜丸の目の前を、仲の良さそうなカップルが通り過ぎてゆく。女の子が男の腕にぶらさがるようにして、何か親密に話したり笑ったりしながら・・・。
 ぼんやり見送っている兜丸の腕に、はマネっこしてくっついて、腕をからめた。
 びくっとして見下ろすと、はいつもの屈託のなさで笑っている。頬をオレンジ色に染めて、それは胸にしみるような、愛らしさだった。
「せっかくの、デートだから」
「・・・そ、そうだな」
 ふりほどく理由など元よりない。でも腕を組んでいては歩きにくくて、そっと外すと兜丸はの手を握った。も黙って握り返す。
「他の奴らにゃ、秘密な」
「そうだね。竜魔のあんちゃんに誤解されちゃうからね!」
「・・・デートデートって騒いでた時点でもうダメだろ」
 兜丸はため息を一つついた。
はやっぱり、その、・・・竜魔のことが・・・」
「・・・好き。だけど・・・、分かってるつもりだよ・・・」
 それ以上は言わないを、兜丸はやはり黙って見下ろしているほかなかった。
 伝わらない悲しさ、相手の立場を慮って引かなければならないもどかしさが、の小さな胸を苦しめていることが伝わって、ひどくやるせない気持ちになる。
「・・・お前は幸せに生きていって欲しい・・・俺だけじゃなくて、みんなそう思ってる」
「・・・・・」
 兜丸の言葉は嬉しかったけれど、忍びの一族に生まれたこの身、自分だけ幸せになんてなれっこないし、なりたくない。
 だけれど、夕焼けの色が全てをまろやかに包み込んでいたから、はただ「ありがと」とだけ答えた。
 あとは、繋いだ手を軽く揺らして、歩いてゆく。
 少しまばらになった人たちの間をゆったり歩く二人の姿は、恋人というよりはやはり仲のよい兄妹のようだった。

「なんか、あったのか」
「今は、言えない」
「・・・は?」
「私も、言えない・・・」
 縁側に並んで寝転がった小次郎と蘭子とは、それぞれ今日の出来事を胸に秘めて口を閉ざす。
 やがて小次郎がむくっと起き上がると、庭に降りいつもの稽古を始めた。
「ハアッ! ハッ! ハッ!」
 小次郎の声に重なり、剛刀・風林火山を振るう音が、一定のリズムとなって辺りの空気を震わす。
 眼前を切り裂く迷いない鋭さに、心奪われていただったが、視線に気付いて首を少し傾けた。
 すぐ隣に寝そべっている蘭子と、目が合う。
・・・、忍びって、私たちには想像もつかない生き方をしてるんだろうけど・・・、でも正直、今はあんたが、羨ましいよ」
「・・・蘭子おねーさま・・・」
 表情も声も、淡々としている。
 なのにその中に隠された感情を汲み取って、は泣きたい気分になった。

 生きていて欲しい、と、願うのだ。
 叶うなら、そばにいて欲しいと−。





                                                  END




 ・あとがき・

はい兜丸の告白の巻でしたー。
なんか、ちゃんに告白すると死んでしまうというイヤなジンクスが出来てしまいそうですね・・・。
ウィキでは兜丸に「寡黙な青年」という説明がついているので、想いをうまく口に出来ないから誤解されちゃうけど、本当は優しい人、という感じで書いてみました。
DVDの兜丸劇場を見てしまうと、そのイメージもブチ壊しなのですが(笑)。
兜丸は、風魔一背が高いですね。背が高い人って好き・・・。

途中が抜けているから、ちゃんの竜魔への気持ちがどう変わったかが描かれていないのですが、その辺も後で書けたらと思います。とはいえ、私自身がまだちゃんと考えてなかったりするのですが・・・。
しかしこうなると、ちゃんが最終的に誰と結ばれるのか分からなくなってきたなぁ。マルチエンディングにでもしようかな。

ずーっと昔に書いていた、風魔のくノ一のオリキャラ小説を思い出していました。
今また同じことを書いているなって。
書きたいテーマは何年経ってもそんなに変わってないみたい。

劉鵬の柔道の回やら、風林火山のところ、竜魔が倒れたところやらも、色々書きたいですね。



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