あの家に帰ろう
夜空を、赤い閃光が切り裂く。ヒュンと音が聞こえるほどの強さは、いやでも血をたぎらせる。
天空に向かって伸びる、流れ星とは真逆の軌跡を、陽炎は窓から見上げていた。
「・・・赤星の、矢・・・」
「どうしたの、陽炎」
部屋の中を振り返ると、クッションにもたれリラックスした格好のが、雑誌から目を上げてこっちを見ている。
陽炎は口もとを隠すように、大ぶりの鉄扇を広げた。
「すまないが、誠士館に出掛ける用が出来た」
「あっそう、行ってらっしゃい」
気のない返事でまた雑誌に没頭し始めるのすぐ隣に、音もなく移動ししゃがみこむと、折り畳んだ扇を彼女の顎にかけ、くいと上向かせる。
「・・・何よ」
すぐ近くに陽炎の顔がある。企みを含んだような笑み・・・こういうとき、彼は大抵、ろくなことを考えていない。
「しばらく留守することになるかも知れないんだ、もう少し未練を見せてくれないか」
「別に・・・」
言いかけた口を、塞がれた。
「・・・ごちそうさま」
ゆっくり離した唇を軽く舐め、陽炎はそれきり、姿と気配とを断った。
は軽く顔をしかめて、今まで彼がいた場所を見やる。
身勝手は今に始まったことじゃないけど・・・。
(・・・知らないっ)
雑誌を放り投げ、その場にバッタリ倒れこんだ。
それからしばらく置いてきぼり。
時々、思い出したようにメールや電話が来るけれど・・・。
『、いよいよチャンスが巡ってきたぞ』
内容はといえば、夜叉乗っ取りだとか仲間を利用するとか、そんなキナ臭いものばかり。
「・・・あんまりバカなこと考えない方がいいんじゃない。身の破滅だよ」
およそ恋人同士の会話とは思えない。
『バカなこととは何だ。俺が夜叉一族の総統になったら、だって嬉しいだろう?』
「・・・全然」
もうウンザリ。
「ねぇ新しいオトコ作ってもいい? 会えないし、つまんないしさ」
ボソッと呟いた言葉も、聞いちゃいない。
陽炎は自らの壮大な野望を語り、ひとしきり高笑いすると、一方的に電話を切ってしまった。
「・・・バカ陽炎」
パタンと閉じた携帯電話に、ため息を落とす。
は夜叉でも何でもないんだし、権力だとか頭だとか興味のかけらもない。
・・・ただ、一緒にいられれば、それだけでいいのに・・・。
「こっちの気持ちも知らないで・・・」
一人きりの部屋はひどく寒くて、クッションを抱きしめるようにうずくまり、顔を伏せた。
「・・・やれやれ、命拾いしたわ」
壬生の黄金剣に貫かれたと見せかけて、どうにか逃げおおせた。
身代わりの術も二番煎じだが、命あっての物種、陽炎は深く息を吐く。
「・・・もう本当に面倒臭い・・・」
風魔に破れ、夜叉一族は完全に崩壊した。もはやこれまでだ。
夜叉を自分のものにするという野望も潰え、失意のどん底に突き落とされた陽炎だったが、ふと、ほのかな明かりを見た気がして、目を上げる。
暗海に浮かぶ孤船を導く、灯台のともし火にも似たそれは、ひとりの少女の面影だった。
「・・・そうだ、俺にはまだが・・・」
よろめきながら歩き出した陽炎は、しかし急に不安に襲われる。
最後に電話をした日、は、新しい男を作るだとか作ったとか、言っていなかっただろうか・・・言っていたような気がする。
「・・・・・・・・・」
今や取り乱して情けない声を出しながら、急ぎ帰途へついた。
部屋は、もぬけのからだった。
「・・・」
前のまま残された家具の間に、陽炎は両膝をつく。
「俺が悪かった・・・」
思えば甘えていた。そばにいてくれるのが、待っていてくれるのが当然だとばかりに、好き勝手なことをして・・・。
一番大切なもの、一番失いたくないもの。今頃になって、分かるなんて・・・それもこんな最悪の形で。
「自業自得か・・・。こんなことなら、潔く壬生の手にかかった方がましだった・・・」
「大の男が、何メソメソしてんのよ」
「・・・!?」
反射的に振り返る。コンビニの袋を提げたが、呆れたような顔をして立っていた。
「・・・・・・。出ていったりしてなかったんだな・・・」
フラフラと立ち上がり、取りすがろうとしてくる。その無防備さは、の頑なになっていた気持ちを一瞬で溶かした。
帰ってきても冷たくあしらってやろうと、決めていたのに。
迷子の子供みたい。心細くて仕方ないといった、こんな顔を見せられたら・・・。素直な気持ちのままに、両腕を差し伸べ、抱きしめてあげるしかなくなる。
「おかえり、陽炎」
「・・・・・」
懐かしい匂い、の匂い。
柔らかな身体を、ぎゅっと抱き返した。
「ただいま・・・」
何も失ってなんかいなかったことを、ぬくもりを通じて、感じ取っていた。
END
・あとがき・
彼女と一緒にいる部屋の窓から、赤星の矢を見上げる・・・というシーンは、当初から私の頭に浮かんでいたんだけど、夜叉の誰でそれを書くかというのは全く決まっていませんでした。
ようやく書けたー、という感じ。
陽炎って、あの中性的な感じがドリームになりにくいかなと思っていたんだけど、書いてみたら意外と普通にいけたかな。
何となく情けない感じがつきまといますね、彼には。そういえばアルベリッヒでこんなドリームを書いたことがある。
しぶといので、また死んだとみせかけて生きていた、ということで。
あとはちゃんと、おとなしく暮らしていって欲しいものです・・・(笑)。
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