夕焼けは、賑やかな遊園地をすらしっとりと優しい色で包み込んでくれる。
 大きな大きな観覧車、一番高い場所で、二人きり。
 そんな最高にキュンとくるシチュエーションで、兜丸は、が一番欲しかった言葉をくれた。
「俺は、お前と一緒になりたい」
 静かな熱を秘めた、真っ直ぐな瞳で見つめながら。


 
甘い甘い


 少しずつ、ゴンドラの位置がずれてゆく。
 二人きりの空間は、時限つき。
「・・・私も、そうなったらいいなあって、思ってたよ。・・・ずっと」
 ゆったりと答えるうちに、また地上が近付いている。
 嬉しさにニコニコが止められないの正面で、兜丸は、自分の靴先をにらむような目つきをして、固まっていた。
「・・・兜丸?」
 声が届かぬ距離でもあるまいに(何しろ三里先の針の音だって聞こえるのだ)、YESの返事にノーリアクションとは一体。
 さすがにいぶかしんで下から覗き込むようにすると、兜丸はおもむろに、右手で自分の口もとを覆うような仕草をし、目をそらした。
「どうしたの?」
「・・・いや・・・、嘘、みたいで・・・」
 ずっと特別に想っていて、でもの心が誰にあるのか推し量れずに。
 誰よりも大切にしている気持ちは、彼女の望みを頭ごなしに否定するような形でしか表現できなくて。
 嫌われているかも、と、切なく密かに心痛めてすらいたのに。
 も、同じ気持ちでいてくれたなんて・・・。
「・・・嬉しすぎて・・・」
 兜丸が消え入りそうに呟くものだから、は思わず、
「兜丸って・・・、可愛いよね」
 と言ってしまった。
 そうしたら、兜丸の顔が外の景色よりも赤くなったので、やっぱり可愛い、とにんまりしてしまう。
「・・・笑うな」
「だってぇ」
「笑うなって」
「・・・ふふ・・・」
 終わりの近付くオレンジ色の時間を、言葉は少なくても二人、ほんわか大切に過ごした。

「ふぁー」
 ゴンドラを飛び出したとたん、外気に触れる心地良さにぐんと伸びをする。すると、兜丸の体に腕が当たったので、はにっこりして見上げた。
 さっきまでは、あちこち走り回るに兜丸がついていくというパターンだったのに、今は自然に肩を並べている。
 小さな密室で気持ちを伝え合った自分たちは、観覧車に乗り込む前とはまるで違う関係になってしまったのだ。
 そう自覚したの目の前を、体を密着させ腕を組んだカップルが通り過ぎてゆく。
 即、触発され、は兜丸に接近すると、いきなり左腕にぶらさがった。
 驚いたそぶりは隠せないながら、兜丸はそっとの手を握ってくれる。
 見上げると、見下ろしてくれた。笑顔を交わせば、互いに温かい。
「行こうか」
「うん」
 人もさすがにまばらになった逢魔が刻の遊園地を、繋いだ手をぶらぶらさせながら歩いてゆく。二人の間に芽生えた新しい気持ちを、かみしめながら、味わいながら。

「お待たせいたしましたー」
 スマイル0円のお姉さんから、食べ物が色々乗っかったトレイを受け取る。
 人とテーブルと椅子と装飾でごちゃごちゃしている店内を、縫うように歩き、彼女が待っている席に戻ろうとした。
「ねーねー、いいだろ」
「カラオケ行こうよ」
「・・・・・」
 にハエみたいに群がっている男どもの背後に立ち、無言の圧力をかけてやる。
−どこからわいてきやがったか知らんが、お前らみたいなのがの相手になると思ってんのか−
「・・・?」
 一般の人間でも、兜丸の殺意に近い気迫は感じ取れるらしい。
 チャラチャラした二人の男は、寒気を感じて振り返るや、そこに立っている背の高い男の穏やかならぬ形相と目が合った。狙っていた女の子は、それを嬉しそうに見上げている。
「し、失礼しました〜」
 腰を低くし、コソコソと去っていくしかなかった。
「ねーねー知ってる兜丸、あーゆーの、ナンパって言うんだよ」
 別に喜んでいるというでもないが、は知識をひけらかすように得意げな様子だ。
「・・・」
 兜丸は向かい合った席にドサッと腰を下ろすと、早速ビッグマックに手を伸ばす。
 は同じ紙のカップのうち、どちらが自分の飲み物かふたを開けて確かめていた。
「この間、姫ちゃんと渋谷に行ったときも、いっぱいナンパされたの。スゴイよね、知らない人に声かけるなんてさ」
「・・・いっぱいナンパ・・・」
 ハンバーガーにかぶりつきながら、を上目遣いに見る。
 そりゃ、このと姫子さんが二人で歩いていたら、放っとかれはしないだろう。
 姫子さんが清楚で素敵な女性であるのはもちろんのこと、だって欲目ではなく十分可愛らしいと思う。
 こんな可愛いが、自分のことを想っていてくれたことは、誇らしくも幸せだった。
「でも、ついて行かなかっただろうな・・・」
 同時に、しっかり捕まえておかなくては、と気を引き締める。
「まさか。ナンパする人は誰にでも声かけるんだって、姫ちゃん言ってたもん」
 はハンバーガーの包み紙を開きながら、兜丸に笑みを向ける。
「誰にでも声かける人になんて、ついて行くと思う?」
「・・・そうだよな」
「そうでしょ」
 は満足そうにビッグマックにパクついた。
 なかなか豪快な食べっぷりに、兜丸も嬉しくなる。
 忍びはよく動くし、体に必要なものは体が知っているから、カロリーやら量やら気にしたりはしないものだ。
 兜丸もつられるように、パンの間に肉やら野菜やら何やら挟んだ食べ物にかじりついた。
 里を出ると、食べ物は全然違う。これも兜丸の口にはあまり合わないのだが、
「こんなのもおいしーよね」
 溢れんばかりの笑顔で喜んでいるを見ていると、「夕飯食って帰ろう」と誘って正解だったと思える。せっかく二人きりで出かけて、恋まで叶ったのに、遊園地で遊んだだけで帰る法もなかろうと思ったのだ。
 窓の外はすっかり暗くなっている。
 自分と、の横顔が映っているのをちらりと盗み見て、皆が心配しているかな・・・との思いがよぎったが、
(ま、いいや。心配させとけ)
 今日くらい、自分勝手になりたかった。
「ねー、それ何?」
 が指差したのは、ハンバーガーとポテトのほかの、もうひとつの箱だった。
「あ、うまそうだったから。食ってみるか?」
 兜丸がふたを開けると、シナモンの匂いがぱあっと広がった。
「シナモンメルツっていうの? おいしそー」
 パッケージの商品名を読み取ってから、フォークで早速食べてみる。
 熱くて柔らかくて・・・、とてもとても、甘いデザート。
「おいしい。兜丸も、食べてみて」
 そのままフォークにもう一つ刺して、兜丸の口もとに差し出すと、彼はさすがに躊躇し周りを気にする素振りを見せた。
 だが、が焦れたように手をぷらぷらさせるものだから・・・誰もこっちを見てもいないようだし・・・ぱくっと食いついた。
「おいしい?」
「・・・・」
 急に恥ずかしくなって、黙って頷くので精一杯だったけれど。
 それはもう、とろけそうに、甘い甘い−。

 柳生屋敷に近付くにつれ、家や街灯はぽつぽつと減ってゆく。やがて舗装された道は途切れ、うっそうと木々が増えてくると、ここが東京のど真ん中なんて、にわかには信じられないような風景となる。
 木立の間に星を数え、はふわふわの気分で家路を辿っていた。
 右の手は、ずっと兜丸と繋いでいる。大きなてのひらに安心し、伝わりあう体温に、心はどこまでも浮き立った。
「今日は楽しかったね」
「ああ・・・」
 長い間の恋が実った初めてのデート、今日は特別な日だと、心に刻む。
 あの甘い、シナモンシュガーの記憶と共に。
「里に帰ったら・・・」
「えっ?」
「・・・・」
 なぜだか声が詰まったせいで、不自然に途切れてしまった言葉に、可愛い不思議そうな顔で見上げてくるから。思わず、抱きしめてしまった。
 腕の中で小さな身体はいささかも抵抗せず、羽根を休める小鳥のように、おとなしく身を委ねてくれていた。
 ますます愛しさ募り、さらさらの髪を幾度も梳き、撫でながら囁く。
「里に帰ったら・・・、祝言挙げよう」
 そして、繋いでもらいたいと・・・切に願う。
 儚いこの身、忍びの命を。
「・・・うん」
 こめられた想いをどこまで知るのか。
 ふんわり幸せそうに頷くに、少しでも、と口付けた。
 甘い甘い、キスをした。

 ようやく屋敷に戻った二人が見たものは、門の前で仁王立ちになっている劉鵬だった。
「遅いッ!」
 開口一番、鋭く浴びせられても、はケロッとしている。
「いいじゃない別に。兜丸が一緒だったんだし」
「良くない! 断じて良くない・・・ってどこ行くんだ、聞いてるのかー!?」
 さーっとすり抜けて屋敷へ駆けるを追おうとするが、兜丸に肩を掴まれ、劉鵬は苛立ちながら見やる。
「もうのおもりは必要ないぜ。今日からは、俺が守るから」
 余裕すら見せての後を追う兜丸を、劉鵬は口をあんぐり開けて見送るしかできなかった。
 まさか、とは思っていたけど、と兜丸が・・・。
 やはり、二人きりで出かけるなんて、断固阻止するべきだったのだ・・・!
「ちくしょーーー!!」
 劉鵬の雄叫びが、星空へ吸い込まれていった。

「表で何か吠えてるな・・・」
「犬だろ」
「あ、ちゃんお帰り! ごはんは?」
 笑顔の麗羅に、は廊下から手を振り返して、
「ただいまー。食べてきたよ」
 と軽く素通りしようとする。
「・・・デートは楽しかったか?」
 そこに問いかけてきた小龍の声が、ひどくぶっきらぼうだったから、
「え、うん」
 ただ一言で答えた。
 でもやっぱり、隠せない。
 ついつい緩んでしまう顔と、逃げるように走ってゆく足音すら弾んでいるから、バレバレだ。
 兜丸に至っては、詮索されるのを嫌ってか、とっくに帰っているだろうに顔を見せもしない。
「ちぇっ・・・何だよ」
 小龍が心底つまらなそうに呟いた他には、誰も口を利く者もなかった。

「よー、ご機嫌じゃねーか」
「小次郎」
 廊下でバッタリ会った弟の方こそ、ご機嫌だ。
 姫子と楽しい時間を過ごしたであろうことは、一目瞭然だけれど、からかったりつついたりは遠慮しておいた。反撃は目に見えていたし、同じ気持ちだと知り満足だったから。
「おっとこうしちゃいられねぇ。お稽古、お稽古っと」
 小次郎はニヤついている自分自身を急に恥じたかのように駆け、縁側から庭に飛び降りた。間もなく、近ごろ恒例となった風林火山をふるう音と気合いの声とがセットで聞こえてくる。
 あんなにぐうたらで、どうやって修練をサボろうかとばかり考えていた小次郎が、姫子ちゃんのデート後でも刀を握るなんて。
 ・・・いや、デート後だからこそ、か・・・。
 一番の、力の元を得たのだ。
 は優しく目を細め、きびすをめぐらした。
「あ、蘭子おねーさま」
「・・・ああお帰り・・・」
 と一応言ってくれたけれど、目の焦点は合っていない。
 蘭子は夢遊病者のような足取りでの脇を通り過ぎていった。
 まるで、庭から聞こえる小次郎の声に吸い寄せられるかのように。
(蘭子おねーさま・・・)
 も何となく神妙な気持ちになって、自室の戸を引く。ひやり肌に触れる室温に、一日の終わりを感じた。
 楽しかったデート。休日は、終わりだ。
 明日からまたしっかりと、自分のつとめを果たしていかなければ。
 ・・・でも・・・。
 寝仕度をしながら、は胸に宿る温かさに頬を緩めていた。
 嬉しい気持ちのまま、布団にもぐりこみ、自分の胸を抱く。
 兜丸も今は横になっているだろうか。自分のことを、考えてくれているだろうか。
 いつか一緒の夜を過ごしたい・・・なんて、想像だけで身もだえしてしまう。枕をギューギュー抱きしめては布団の中を転げ回り、そんな自分を怪しいと思いつつも止められないのだった。

 そして今夜は−。
 甘い甘い、夢を見る。






      END




 ・あとがき・

兜丸の単独ドリームを書いていなかったので、誰もリクエストしていませんが(笑)、「初めてのデート」のうまくいきましたバージョンです。
こういう、普通のデートみたいなの、この舞台では珍しいよね。でも楽しい。
兜丸は意外とドリーム書くのに難しい。本編でもあまり目立たなかったし。やっしーさんは兜丸の格好よりも普段の方がカッコいいと思ったり(笑)。
でも背が高いのよねー。私、背が高い男性に弱いのよねー。

シナモンメルツ、この間食べたら私好みの味でおいしかったので、早速使ってみました。
すっごく甘いよ・・・。






web拍手を送る ひとこと感想いただけたら嬉しいです。(感想などメッセージくださる場合は、「甘い甘い」とタイトルも一緒に入れてくださいね)


お好きなドリーム小説ランキング コメントなどいただけたら励みになります!





「風連」トップへ戻る


H20.10.30
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送