「ねぇ、は僕の・・・僕だけのものだよね?」


 
朱き焔


「・・・どうしたの? いきなり」
 弟であり唯一心を許し合った相手である麗羅との逢瀬は、いつも夕色に染められた雑木林の間で。
 自由恋愛が一般的とはいえない風魔の里で、しかも半人前同士の二人だ。当然付き合いは内緒にせざるを得ず、こんな時間もそう長くは取れない。
 それでも若い二人は、お喋りを楽しんだり、手に手を重ね身を寄せ合ったりして、精一杯その刹那を充実させてきたのだった。
 なのに今日に限って麗羅は、いつもに似ない切羽詰った表情で、迫ってくる。
ちゃんは、僕を選んでくれた」
「・・・うん。そうよ」
 の柔らかい笑みでも、麗羅をとろかすことは叶わない。
 怒りと苛立ちとを、は読み取った。そういったマイナスの感情が麗羅のせっかくの可愛い顔を強張らせているのを、惜しく思う。
「・・・僕、分からなくなる。ちゃん・・・琳彪さんとは毎日一緒にいるし、項羽さんや霧風さんともすごく仲がいいし、劉鵬さんはちゃんのことばかり構うし」
 兄たちと屈託なくじゃれ合い、笑顔を振りまくを見るたび、麗羅の心はやけつきそうだった。
 胸のうちに燃え立つ嫉妬の炎で・・・。
「・・・あ、じゃあ、これからは控えるから。機嫌直して、ねっ」
 大木の下、隣同士寄り添うように座っている麗羅の頭を撫でる。普段ならこうすれば猫みたいに甘えかかってくるのに、やはり今日は違った。
 頑なに自分の膝を抱えて。
ちゃんが、もしかして他の誰かともこんなふうに二人きりになってるんじゃないかって、疑ってしまう・・・」
「・・・麗羅」
 夕焼けの色が深くなり、麗羅の全身を寂しさで満たしているかのよう。
 その中に葛藤と焦燥をも見て取ったとき、はほとんど圧倒され身じろぎもできなかった。
「信じたいんだ、そんなことないって・・・。でも、僕たちには、何もない」
 交わされた言葉と、互いに信じる心以外には、証も約束も、何も。
「・・・そうね、何も・・・ないわね」
 何か喉を通りにくいものを無理に飲み込むみたいに、くっと下を向いて、は自分の胸元に両の手を添えた。
 麗羅が見ていると、器用な手つきでセーラー服のリボンをしゅるりとほどいてしまったではないか。
「・・・ちゃん?」
 意図を掴みそこねただ呆然と見守る先で、上着の前あわせを留めているスナップボタンを一つ、外す。
「麗羅の好きにして、いいよ。私、何でもするから・・・」
 輝く横顔、慈愛のこもった声に、麗羅の胸が締め付けられる。
 の朱に染まった指先が、かすかに震えているのを見た。思わず麗羅は叫んでいた。
「やめてちゃん!」
 手首を握って止め、そのまま正面から抱きしめた。
「ごめん! ちゃんにこんなことさせるつもりじゃなかったんだ」
 疑ってしまう自分が、証なんて求めてしまった自分が、情けなくていやになる。
 腕の中おとなしくなったを優しく抱き直して、外れたボタンを元の通りにしてあげた。
「僕、きっと焦ってる・・・自信がないせいだね」
「優秀な兄たちを持った末っ子の苦悩、ってとこかな? ・・・私も気持ち、分かるよ」
 はいつものに戻って、せっかくだから麗羅にもたれかかった。
 麗羅からは甘くて優しい匂いがして、それが心地良い。
「少し小次郎を見習うくらいで、ちょうどいいんじゃない?」
 半人前のクセにサボって遊んでばかりのもう一人の弟を引き合いに出すと、麗羅は苦笑した。
「小次郎くんは、多分あるとき何かに目覚めるタイプなんだよ。僕にはマネできない」
「それは買いかぶりすぎってものだわ。ただのバカよあいつは」
 今ごろクシャミでもしているかも知れない。
 何にせよ、ありのままの自分を認めることが出来る−たまに背伸びをしたくなっても−そこが麗羅の一番いいところだと、は知っていた。
「僕、もっと技を磨いて、早く一人前の忍びになるから・・・」
 そうしたら、と麗羅は続けるつもりだった。
 そうしたら、晴れて自分たちの付き合いも公に出来るから、僕と一緒になってください、と。
 しかし無邪気に頷いたが、
「うん、頑張ろうね。私も認められるように頑張るわ!」
 力強く励ましてくれると同時に宣言したもので、麗羅は自分の言葉を引っ込めてしまった。
 風魔の戦士として働けるようになりたい、というのは、二人共通の目標。
 は幼いころからの夢のため。
 また麗羅は、「自分」を確立し兄たちに追いつくため、ひいては、恋のために。
 風魔では前例のない女忍を目指している分、の方がずっと困難は多いはずなのに、真っ直ぐに信じて目指し突き進む姿勢は、麗羅の目には眩しく映っていた。
 ライバルであり恋人でもある、かけがえのない存在を、改めて抱きしめる。
 夕陽の切なさと優しさが、等しく染み入り、同じ琴線に触れ共鳴していた。
「・・・キスが欲しい、って言ったら、ズルい?」
 小さく言ってみたら、微笑んだの方から、口づけてくれた。
 柔らかくて温かな唇が、やっぱり少し震えていて、可愛くて。
 もっと強く抱きしめながら、麗羅は望んでいた。
 美しく咲いたばかりの花を踏みにじって散らすのではなく、共に恋の焔に焦がれることを。
 燃え尽きることのない、鮮やかな焔で−。
 だけれど今は、まだ多くのものは抱えることの出来ない自らの両腕に、の優しい体温を感じる・・・これだけで十分だと、心の底から思うのだった。
 夕焼けに、花の匂いが入り混じる。
 しばしこのまま、もっとずっとこのまま。
 胸いっぱいに吸い込んで、ただただ狂おしく、かき抱くのだった。




      END




 ・あとがき・

「最初から恋人同士パターン」でも項羽のときとは違って、こちらはシークレットラブ。
しかし実はバレちゃってるんじゃないかって気もする。全部知ってて、兄弟たちは見守ってくれてたりして。
麗羅の嫉妬と焦る気持ちを、キャラソンのイメージに絡めて組み立ててみました。
素直なところが彼の一番の長所だと思います。
感情表現も素直ですよね。

前回書いた「渚にまつわるエトセトラ」あとがきで、気が弱くなっていた私が泣きついたら、心優しい方がメッセージくださいました。
ここで拍手レスをさせていただきます。

7/29 「渚にまつわる読みました・・・」の方
メッセージ嬉しく読ませていただきました! ありがとうございます。
そうですね、竜魔は絶対自分を崩さないから、切ないですね・・・。はい、遭難しても大丈夫です、忍びですから!(笑)その後の想像も楽しいですね。
おかげさまで、これからも風魔を書いていけそうです。本当にありがとうございました。






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