アイスの季節
ずっと好意を抱いていたと、正式に付き合うようになってから二度目のデートの日。
恋人たちの心を映した空はきれいに晴れて、太陽も強く眩しく照り付けている。
乾いた街を歩くアイオリアとは、ジュエリーショップの前で何となく立ち止まった。
彼女の目がショーウィンドウに止まったことに気付き、アイオリアはとっさにこう言った。
「買ってあげようか」
はガラス越しに見て、それからじかに振り仰ぐ。彼の、優しい笑顔を。
「いいよ。誕生日じゃないし、クリスマスもまだずっと先だもの」
それを遠慮と受け取られるのはもっともなことで、だからは、アイオリアが尚も『買ってあげる』と言うのを、笑顔で穏やかにいなした。
「欲しいから見てたんじゃないのか?」
恋人になってまだ日の浅いを、喜ばせてあげたい。それはもちろんのこと、気前の良さを見せたい気持ちもあることは、否定できない。
実際、自らにあまりお金を費やしていないアイオリアには、これくらいの貴金属をプレゼントするくらい、何てことはないのだ。
だがは、軽やかに身を返した。
「宝石じゃなくて、あたしたちを見ていたんだよ」
わざと聞こえないくらいの小声で言って、先に歩き出す。
・・・窓ガラスに映った、恋人同士になりたての二人を見てた・・・。
「え、何? 」
「あっ、あっちのがいいよ!」
急に駆け出す彼女を追いかける。気ままな言動は彼女の専売特許、アイオリアもいちいち戸惑ったりはしない。
中央に噴水のある広場の片隅に、テーブルが出ている。そこで外国人の青年がこまごましたものを売っているのだった。
「ほら、こんなのどう?」
はややごついチェーンの、金ブレスレットをじゃらりと持ち上げて見せた。売り手の青年は、愛想の良い笑顔を浮かべて色々と話し掛けてくる。
「そんなのでいいの?」
オモチャみたいなものだし、値段もかなり安い。さっきのショーウィンドウとは比べ物にならない代物だ。
「こういうのが、いいの」
にっこり笑顔が可愛くて、細かいことはどうでもよくなる。アイオリアは即、それを買ってあげた。
「ありがとう。ほらキレイ!」
早速腕にはめて空にかざす。ぴかぴかとやたらに光るブレスレットは見るからに安っぽいけれど、そういう『遊び』が、飾りけないと夏の太陽にはよく似合っていた。
こういった闊達さに惹きつけられる。彼女といると飽きないし、いつも笑っていられる。
−だから好きなんだ、−
「アイオリア、買ってくれたお礼に、あれおごってあげる」
広場を更に歩いたところでアイスクリームショップを見つけ、走っていくと二つ買ってくる。アイオリアはベンチに誘ったが、は歩き食べをしたいと主張した。少しくらいお行儀悪い方がいい。ルーズな夏だから。
「おいしい! アイスの季節だね」
「そうだな」
アイスの季節−その何気ないフレーズに誘われて、アイオリアは発色のよいアイスクリームから空へと視線を上げた。顔をしかめたくなるほど眩しく、青が濃い。
こうして歩いているだけでも汗ばんでくるような暑さ。
水音涼しい噴水脇で、遊んでいる子供たちの大声と、走り回る足音のリズム。
遠くの緑には、蜃気楼のゆらぎ・・・。
そういえば、季節というものをこんなにも強く、肌で密着するほどに近く、感じたのは、何年ぶりのことだろう。
辛い過去と戦いばかりの日々の中で、季節や風景を見過ごしていた。こんなふうに輝いているものとして見ることが出来なくなっていた。
そのこと自体にはじめて気付いて、アイオリアは小さな衝撃を受けた。
楽しげに歩くの、天使の輪を幾重にもいただいた髪を見下ろせば、胸が穏やかな気持ちで満たされてゆく。
平和を克復したこと、兄のアイオロスをはじめ、同胞たちがみんな復活してくれたこと。・・・何よりも、彼女が自分の隣にいてくれること。
これからは、と二人で、新しい季節を感じていける。
「おっと、溶けてきちゃった」
とは、手にこぼれかかったアイスを舐め取っている。
アイオリアはクスリと笑って、身を屈めると、自分も一緒になってぺろりと舐めてやった。ふざけて、ぱくりとの小さな手に食いついてやる。
「アハハ、ライオンに食べられちゃった」
「・・・ホントに食ってやろうかな」
可愛い可愛い、その唇を。
目を合わせてから、素早くキスを奪ってやる。
さすがのも驚いたが、片手で後頭部を押さえられてしまったので、観念した。
アイスの味、手には冷たい感触が流れていって。
くらくらする心地で、一瞬のキスも、とても長い時間のように感じた。
「・・・もう、アイオリアったら」
周りの目を気にして、赤くなった頬を膨らましている。そんな顔も可愛い。
「ああ、溶けちゃう」
一心にアイスを食べ始める。くるくる変わる彼女から、一瞬だって目を離せやしない。
「今度は、を全部、いただこう・・・」
レオのいたずらっぽい言葉に、また赤くなる。
「逆にあたしが食べてやる!」
「ほう、獅子に歯向かうのか。いい度胸だ」
叩いてこようとする手を捕まえて、そのまま繋いで歩き出す。
見下ろすと、もすぐに笑顔に戻った。
アイスも残りわずか、ブレスレットはぴかぴか安びかりをしている。
頭の上では相変わらず、太陽が恋人たちを照り付けていた。
こんなふうに何気なく、こんなふうに楽しく。
二人で季節を楽しもう。ずっと二人で。
・あとがき・
ちょうど季節的に夏なので、このタイトルを選びました。
といっても、梅雨明けが遅くて、まったく夏らしくないんですけどね。
アイスの季節といえば夏、夏といえばアイオリア。ということで、自然と主役はアイオリアに決まりました。
アイオリアの明るくて甘々なドリームを書きたかった。
でも、アイオリアっていうとどうしても「逆賊の弟」と呼ばれ続けた過去っていうのが頭にあって、そういうの入れたくなっちゃうんだねー。
今現在が幸せだからいいですよね。見えていなかった幸せが、ちゃんのおかげで見えるようになったんだから。人前でキスしたり、アイオリアってば随分大胆ですねー。夏だから開放的なのか?
純情でおくてっぽいアイオリアもいいけれど、獅子座といえば目立ちたがりのドラマティック大好き。気前よしで見栄っ張り。というキーワードから、こんな感じにしてみました。
おてんとさまに顔向けて、堂々と恋愛してそう。
前はアイオリアという弟が出来るアイオロスの婚約者を書いたけど、アイオロスという兄が出来るアイオリアの恋人ってのもオイシイなーー。
いや、サガ&カノンとの重婚のように、二人と同時に付き合うというのもよさげ。フフ。
聖闘士星矢に兄弟は数多くいますが、私はアイオロスとアイオリアの兄弟が一番好きです。ちゃんは活動的な女の子。昔のB’zの歌「Lady navigation」のイメージです。
この奔放さ、私自身とは正反対で、いいなーと思いますね。
ちなみに、ちゃんのアイスが溶けちゃったのは、アイオリアに見とれていたから・・・というつもり。
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