「私たち、つき合ってるんだよね? ボッスン」
 の言葉――その思いつめたような一言が、賑やかだった部室ににわか沈黙を呼んだ。



 象さんのすきゃんてぃ



「えっえっ……えっ?」
 虚を突かれて戸惑うボッスン。は口を一文字に結んで、キッとそんな彼氏を見据えていた。何か……怒りか涙か……を、我慢しているようにも見える。
「お、おうほらぁ、愛しのちゃんが聞いとるやん。ちゃんと答えたげな、ボッスン!」
 見かねたヒメコが背中を思い切り叩いてやるが、ボッスンはあうあう、と言葉にならない声を上げ、みっともなくテンパった顔面をさらすだけ。
がボッスンの彼女だというのは周知の事実だというのに、何を今更恥ずかしがっているんだ』
 感情の入る余地もない合成音声に追い打ちをかけられ、ますます顔が崩れてゆく。
 いつもならその表情に笑い転げるはずのなのに、今日は違った。
「なんか、分かんない。付き合ってるって気がしない。……私、もう帰る!」
 全てを拒むように背を向け、本当に部室を出て行ってしまった。

「何だよ、の奴、いきなり……」
 皆でいつものようにお喋りしていた。だって笑っていたじゃないか、ついさっきまでは。
「ええの? 追っかけんでも」
「まあ、後でメールでもしとくよ。でもオレ何か悪いことしたかな」
 クセっ毛の広がる後頭部をガシガシ掻く。
 ヒメコはそんなボッスンを、横目で見やった。
「アンタ子供やもんな。A組の中谷さんに聞いた方がええで」
「だから誰だよ中谷さん。つかヒメコだって一応女なんだし、オレにアドバイスでもしろよ」
「何で偉そうやねん。ほんで一応て何やねん。……アカンわアタシ、恋愛相談には弱い言うとるやん」
「やっぱりダメじゃねーか」
 いつものグダグダな二人だったから、しばらく気が付きもしなかった。
 もう一人のメンバーが、いつの間にか部室から姿を消していたことに。

 ボッスンと付き合い始めたのは、一学期の中ごろのこと。
 いつも友達のために一生懸命で、優しい彼のことが大好きだったから、告白しOKをもらったときには世の中ハッピーオーラに包まれて見えた。
 だけど。
 それから半年経つというのに。
 部室に遊びに行ったり(楽しいけど)
 一緒に帰ったり(嬉しいけど)
 休みの日に二人で遊びに行ったり(幸せだけど)
 だけどだけど……。
『高校生の付き合いとしては、物足りないというわけか』
 話を聞きながら、スイッチはパソコンによる冷静な合いの手を入れてくる。冷静すぎて、こちらの方が恥ずかしくなってくる。
 はテーブルの上に組んだ自分の手に目を落とした。
 晩秋の冷たい風が、学校の中庭に吹き渡り、身を震わせる。……隣に座っているスイッチは、寒くないんだろうか。
「……この間も、映画見に行って、帰りに思い切って私の方から手を繋いでみたんだけど……」
 そのときのことを思い起こすと、深いため息がこぼれ落ちる。
 ボッスンは赤くなって例のごとくヘンな顔して、しまいには周りを気にしながらちょっと乱暴に振りほどいてしまったのだ。
『今どきは小学生でも手くらいは繋ぐだろうが……まあ、ボッスンらしいといえば、らしいな』
 中庭のテーブルに置かれたノートパソコンから、スイッチの言葉がすらすらと流れ出る。
「でも、ボッスン、ヒメコちゃんには普通に触ったりするじゃない? 私といるときよりも楽しそうだし……」
 誰が彼女なのか、と思う。一体誰と付き合っているのか、と。
『それであんなことを言って、飛び出したんだな』
 更にスイッチがその後を追いかけ、中庭でを掴まえたというわけだ。
「私とは手も繋がないっていうのに、目の前であんなふうに仲良くするんだもの……カーッとなっちゃった」
 苦笑いが混じる。けど目の奥がツンとしてる。
 黙って聞いていたスイッチは、テーブルの上で右手を伸ばし、そっと、の手に重ねた。
「――スイッチ」
 心臓が強く胸打つ。はじかれたように顔を上げる。
 スイッチはまっすぐこちらを見返しながら、左手だけでキーを叩いた。
『オレと付き合うかい? 
「……」
 返す言葉がない。体も、金縛りにあったように動かない。
『オレだったらにそんな思いはさせない。そんな、子供みたいな付き合いなんて』
 メガネの奥を覗き込もうと思った。真意を知りたくて。
 だけどガラスが夕陽を弾いていて、叶わなかった。
「何、言ってるのよ……スイッチ」
 なるだけさりげなく、手を離す。
『……冗談だwww』
 パソコンを通じた言葉と、瞳を隠すメガネ。やっぱりどこに本音があるのか量れない。
「……あっ」
 ポケットの震えにぴくっと反応し、携帯電話を取り出す。メール。ボッスンからだ。
 の顔に広がった、安堵と喜びの表情を見取りながら、スイッチは立ち上がった。
『本当に好きな相手だからこそ、気軽に触れたり出来ない……ボッスンはそういう奴だ、多分』
「あ、ありがとう、スイッチ」
 も立ち上がる。スイッチのメガネがようやく透けて見えた。
 どことなく寂しそうなのは、気のせいか――。
『ボッスンと仲良くな。正直な自分の気持ちを言った方がいいと思うぞ……余計なことかも知れんが。それじゃ』
 軽く手を振り去ってゆくスイッチに、もまた手を振り返す。
(……冗談、だ……)
 背を向けたスイッチが密かに浮かべた自嘲の笑みになど、気付くはずもなく。

「オレ、のことが大事だし、一緒にいると楽しい。もそうなんだろうって思ってた。それでいいって思ってたけど……違うのか?」
 一気に言って顔を上げる。瞳があんまり真っ直ぐすぎるから、思わず目を逸らしたくなってしまう。
 暮れ方の公園に、子供たちの姿はとうにない。
 はボッスンと並んで、ブランコに腰掛けていた。いたずらに揺らすと、錆びた金属のきしむ物悲しい音が響く。
「どうすればいい? どうしたい? 言ってくれなきゃ、分かんねえよ」
 拗ねたように口ぶりに、不安が滲んでいる。
 赤いツノ帽子にゴーグル、クセの強い黒髪、大きな目。未だ子供っぽさを残すその姿を見ていたら、不意にあまずっぱい想いがつのり、は自分で自分の胸を押さえた。
「私が、特別だって、思ってたいの」
 心の中にあった言葉が、すんなりと口をつく。
「特別?」
「そう。ボッスンにとって私が特別だって……」
 言いながら、表情が緩んでくるのが自分で分かる。じっと見つめるボッスンの眼の中に、星がある。
「特別、だ。そんなの決まってる」
 のことが誰より好きだって、伝えたはずなのに。
「そんなこと言ったって、ボッスンは誰にでも優しい。誰とでも仲良く喋るし、特にヒメコちゃんとはスキンシップまでしちゃうし」
「ハァ? 何言ってんだよ、アレはスキンシップとかじゃねーって!」
 予想通りのセリフ、心底うんざりといった顔をして。
「特別が、いいの。そーゆーのが、欲しいの」
 証なんて陳腐だけれど、無条件に恋に溺れる時期はもう過ぎた。
 その代わり、揺るぎないものがありさえすれば、またスケット団の部室で皆と笑えもするだろう。
「何が欲しいって? オレどうすりゃいいの? やっぱ分かんねーんだけど」
 途方に暮れているのを隠しもしない素直さは、微笑ましいと同時に少しだけ苛立たしい。
 それらまとめてすぐに愛しさに変わってしまい、ひとつの衝動となってを衝き動かした。
「ボッスン立って!」
「はいっ!」
 何の条件反射か、慌ててブランコから立ち上がって気をつけをする赤ツノ帽子。
 髪をかき上げる仕草で正面に立ち、はボッスンに、とっておきのキスをしてあげた。
――本当に本当に、世話の焼けること――
 つり目がちの瞳を見開いて固まったのも一瞬のこと。静かに息を吐くと、ボッスンは呟いた……目線は斜め下のままで。
の欲しかったのって、これ?」
「……うん。おかしい? イヤだった?」
 ボッスンは顔を上げた。目が合ったと思ったら、の視界はぼやけたボッスンの顔で占領されていた。
 思わず目をつぶると、唇に温かな感触。
 今度は彼の方から、少し長めのキスを。
 二人を取り巻く風はもは冷たかったけれど、ちっとも寒くはない。
 ぎゅーっと強く、抱きしめられているから、寒くない。
 気が遠くなりそうで、いつの間にか涙が出ていた。

「オレに出来ることなら、何でもする。……なんてカッコつけすぎだよな。オレもホントは、したかったかも……キス、とか……」
 声は尻すぼみになって、また妙な顔してうつむいている。照れているらしいのが、カワイイ。
 目は潤んでいるものの、女子としての大胆さで優位に立っている気がして、はゆったり微笑んでいた。
「そろそろ帰ろっか」
「お……おう」
 もはや日も落ち切ってしまい、辺りは真っ暗になっていた。
「駅まで送るよ」
「ありがと」
 どちらからともなく、手を繋いだ。
 多分、人通りのない夜道だからであって、昼の街中ではこうはいかないんだろうけれど。
 少しずつ、変わってゆく。進んでゆける。
 それが嬉しくて、の頬は緩みっぱなし、足取りは弾みっぱなしだった。







                                                             END



       ・あとがき・

ボッスンドリーム。でもスイッチにも結構本気で好かれているという、おいしいドリームです。

うしろゆびさされ組の「象さんのすきゃんてぃ」イメージで書き始めたんだけど、途中でなぜか「バナナの涙」になっちゃいました。
当時スキャンティの意味も知らず歌っていた私。今は……知っているけど、平気。なぜってそんな単語、普段使わないから。

ボッスンおくてだよねぇ。お子様だから。
女の子の方が大人びてるだろうし、子供みたいな付き合い方が物足りなくなっちゃうんだね。






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