日差しもうららかな春、日本陸軍特秘機関零武隊は、数年ぶりの新入隊員を迎えることとなった。
 それも二人。しかも二人が二人とも違う意味で特異な存在だったため、隊員の間ではこの話題でもちきりだった。
 一人は、日明大佐の実子であることから。
 もう一人は・・・、女性であったことから。


 聖霊使い


「天馬、ちゃん、分かんないことあったら、何でも俺に聞いてねー」
 ようやく後輩が出来た毒丸は、大喜びで、二人をまとめて猫っかわいがりしている。
 その様子をそっと見守り、アイツにも先輩としての自覚というものが出来たのだな、と感無量の鉄男だった。
って、ちょっとカワイーよな」
 激のニヤけた顔を見て、現朗は何とも言えぬ不穏な予感に襲われる。

 その夜、早速それは的中した。
 風呂場に忘れ物を取りに行った現朗は、誰かがまだ入浴しているのに気付き、そういえば男だらけの官舎に入ったが「私は最後にお風呂をいただきます」と言っていたのを思い出した。
 うっかりしていた、と急いで出て行こうとしたのだが。
 カラカラ・・・。風呂場の戸が開いて、湯けむりの中、娘が上がってくるところに遭遇してしまった。

「コラー現朗、テメ何羨ましい・・・いや、いかがわしいコトしてやがんだー!!?」
 血走った目をした激に胸ぐらをつかまれ、現朗はウンザリとされるがままになっていた。
 は脱衣場で鉢合わせたからといって騒ぎ立てることもなく、「失礼しました」と再び風呂場へ後退し扉を閉めた。
 だから現朗も「こちらこそ失礼した・・・」と言い置いて静かに廊下へ出たのだが。
 そこを激に見つかって、「今が入っている時間だろ、何してんだー!?」いきなり怒鳴られ、今に至る。
 現朗に言わせれば、が入浴していることを知りながら浴室辺りをうろついていた激の方こそ、いかがわしい以外の何者でもないのだが。
「おい、騒ぎは起こすな」
 真が、二人を分ける。
「いーなー、オイシーな現朗ちゃん」
 毒丸は心底羨ましそうに、現朗と風呂場の戸を交互に見ていた。
 は、出るに出られず、その戸の向こうで困り顔をしていた。

「やはり、女を零武隊に入れるというのは・・・、風紀の面で心配だな」
「俺もそう思う」
 真の言葉に、現朗は心から頷いた。向こうでは丸木戸教授特製の鎮静剤を打たれた激が、大の字で寝ている。
「大体、あんな細くて弱々しい娘に、ここが務まるのか?」
 憮然として話に加わってきたのは、赤髪も派手な炎だ。
 確かに、は外見はただの小娘にしか見えない。物腰も柔らかく、どう見ても軍・・・特に裏の始末屋とも言われる猛者揃いの零武隊に相応しい人材には思えなかった。
「役に立つ者であれば、それでいいんですよ。男であろうと、女であろうと」
 薄笑いを浮かべた茶羅が言い放つ。彼はその高度な変装能力で武隊に貢献している男だ。
「・・・うむ、確かにな」
 炎は頷きながら、何事か考えているようだった。

 次の日の朝食後、穏やかな陽気の下、中庭には炎の声が高らかに響き渡っていた。
、お前の実力を見せてもらおう!」
 大佐の息子、日明家の跡取りである天馬の腕なら、零武隊に所属する者であればその肌で、もしくは音に聞き、熟知している。
 だがの能力は未知数であるゆえ、隊員たちも興味津々で、皆集まってきていた。
、大丈夫か?」
「心配には及びません、天馬さん」
 唯一の同期である天馬とは、初日から親しくしてもらっていた。
「こんなことでたじろいでいては、とてもこれからの任務を全うできませんから」
 臆することなく炎と対峙し、構えを取る。
「私がこの零武隊に相応しいか否か・・・存分にお試しください、炎さま!」
 凛とした声、はっきりと瞳に点る闘志に、隊員たちは息を呑む。
 やめさせようとしていた激も、また勝手なことを・・・と渋面を見せていた真も、皆一様に真剣な眼差しで、この手合わせを見届けようという心づもりになっていた。
「いざ・・・」
「参ります!」
 炎もも空手で、まずは一閃、拳を交える。
 連続で繰り出される拳を、は後方回転して避けた。蝶のようにふわり、華麗な動きで、しなやかに攻撃に転ずる。
 無骨な自分たちにはなかった戦い方に、男どもはいつしか見惚れていた。
「すげえ・・・」
ちゃん、カッコイー」
 小娘を応援する声ばかりであることに苦い顔をしながらも、炎は段階的に力の解放をしてゆく。
 も女にしてはなかなかの遣い手ではある。それは認めよう。だが、この程度で零武隊に配属というのは、未だ納得出来なかった。
 少し本気を出さねばならぬようだが、終わらせてやろう。
「ハーッ!」
 気合を込め、最後の攻撃を放ったその瞬間。
 炎は、見た。
 ピンクの丸い物体・・・手足が生え、彫りの深い顔まである、奇怪なナマモノ・・・が、自分めがけて飛んでくるのを。
「な・・・ッ」
 パアッ・・・!
 ピンクのナマモノが両手を広げた、その刹那。
 ちゅどーーん!!
 閃光と轟音が走った。
 ピンクの丸い物体は爆発し、炎はもとよりその場にいた全員が爆風に巻き込まれ、吹っ飛んでしまった。

「その様子だと、皆早速、の得物を目にしたようだな」
「目にしたどころか、体感しました」
 黒コゲ、髪もチリチリの部下たちを見渡し、日明大佐は実に楽しげに笑っている。
 元凶たるは、後方で頭を下げていた。
「申し訳ありません。炎さまがお強かったもので、つい、聖霊を使ってしまいました」
 彼女はこの世に12人しかいない、聖霊使いなのだ、という。
 肩にちょこんと乗って、よしよしとを慰めているらしいピンクのナマモノ・・・これが信じられないことに聖霊で、両手を広げると自爆する。その爆発の威力は、先ほど全員が身をもって味わった通りだ。
 聖霊は限りなく怪しいが、もう誰一人として、を零武隊に置くことを反対する者はなかった。
「どうせ口で言っても納得せぬ奴らだからな。ちょうどいい機会だったろう」
 私闘を咎める気は、はなからない。隊員たちを「おまえたちは退室してよし」と追い出し、蘭はだけを呼び止めた。
「茶を入れてくれんか」
「はいっ大佐、喜んでお入れします!」
 は嬉々として準備にとりかかる。肩にナマモノ・・・いや聖霊を乗っけたままで。

「・・・大佐は、に目をかけているようだな」
「やはり女同士、ということか」
「・・・そーいえば大佐も女だったっけ」
 普段「女」をみじんも感じさせない日明大佐なので、の入隊に「零武隊初の女だ!」という勘違いをしてしまった輩も少なくはなかったらしい。
「それにしても・・・惚れ直したなァ、・・・」
 激はポヤーンとしている。
「確かに、能力は認めざるを得ないだろうな・・・」
 と言う炎も、ひそかに、顔を赤らめていた。
さんの入れるお茶はおいしいんですよねー。大佐もお気に入りのようで」
 いつの間にかいた丸木戸教授も、上機嫌だ。のおかげで大佐の荒れない日が増えてくれれば、彼としても願ったりなのである。
「大方、あのナマモノを煎じて飲ませてるんじゃないのかなー。聖霊というくらいだから、長寿の茶になるとか」
 茶羅がいつもの軽い口調で言う。
「だけど興味ありますねー、聖霊にも、・・・にも」
 付け加えた、表情からも声からも、本音は読み取れない・・・いつものように。
 その底知れない様子に、そら寒くなりつつも、激はライバルが確かに増えていることを感じ取り、危機感をつのらせていた。
(これはもう先手必勝、早い者勝ちだ!)


「はい」
 廊下でつかまえると、は明るく振り返った。それだけでドキドキしながら激は近付き、両手を壁につく。を閉じ込めるかのように。
「・・・激さま?」
 無防備に見上げてくる瞳がたまらなくて、早くも理性がどこかに飛んでいきそうだ。
 接近したとき改めて、の華奢で頼りない体格や、あどけなさの残る顔立ちを、いとしく思う。
(俺のものにしてぇ・・・誰にも渡してたまるか・・・)
 小さな肩に、大きな手を、そっと置いてみる。嫌がられてはいないように感じたから、ほっとして、もう少し大胆になってみた。
・・・、会ってまだ日も浅いけど、俺、本気だから・・・」
「激・・・」
 背を丸めるようにして、顔を近付けてゆく。
 目を閉じて、いざ、柔らかな唇に・・・。
 ちゅっ・・・。
「・・・・!?」
 言葉に出来ぬ違和感に、激が思わず目をパチクリさせると、視界いっぱいに広がるピンク色。
「−−−うええええーーーーッツッ!!!」
 弾かれたように離れる。はずみをくらって、ピンクの丸い物体もくるくる宙に飛んだ。
 自分の身代わりに激の熱い口づけを受けてくれた聖霊を、は両手で大事にキャッチした。
「うげえ・・・せっかくの接吻が・・・人外のモノと・・・・っ・・・! コラー、ピンクのナマモノ、何頬を赤く染めて照れとんじゃーーーッ!!」
 ヂヂ・・・ヂッ。の手の上でモジモジしているのが、腹立たしい。
おまえ・・・」
「ご、ごめんなさい」
 だましたり、からかったりするつもりではなかった。は深々と頭を下げる。
「・・・でも、そういったことには・・・、お相手がどなたでも・・・、お応えできかねるのです。私は、身も心も全てを、帝都に捧げておりますので」
 傷つけないような言い回しを考え考え、しかしきっぱりと断った。の目は、揺るがぬ意思を宿した強い光に満ちていた。
 激は圧倒され動けない。そのうちに、は一礼して行ってしまった。・・・聖霊と共に。
「あーあ」
「フラれちゃったねー激ちゃん」
 どこに潜んでいたのか、野郎どもがぞろぞろ出てきて、ひやかしやら励ましやら、無責任な言葉を激にかける。
「男より帝都だと」
「ていのいい断り文句だな」
「ウルセーッ!! 俺ぁ絶ッ対、諦めねーからなッ!!」
 激の大声が、官舎中に響き渡っていた。

 部屋に一人になると、秘密の日記帳を取り出し、何事か書きつけ始める。
 が丁寧に動かす鉛筆は、一人の軍人の横顔をみるみる描き出していった。
「・・・日明大佐・・・」
 自分で描いた似顔絵をうっとり見つめる。激に迫られたときでも変化を見せなかった頬が、今は朱に染まっていた。
 先ほど激に「身も心も帝都に」と告げたが、それは全くの本心ではなかった・・・実のところ。
 己の信じるもののために、どこまでも冷酷に強く在る。そんな日明蘭に憧れ、零武隊に入ることを望んだ。大佐のためにこそ、この身はあると。そう、は思っていた。
「もっともっと強くなって、大佐に認めてもらわなくちゃ、ね」
 指先でつつくと、聖霊はヂッ、と応え、旗を振って励ましてくれる。
 いつかは大佐のようになりたいな、なんて、男どもが聞いたら「正気か!?」「それだけはやめてくれ〜〜!!」と絶叫しそうなことを願いつつ、日記帳を今度は文字で埋めてゆく。もちろん、内容は大佐のことのみだ。
 お茶を入れて差し上げたら、喜んでもらえたこと。部下を叱責する姿のそれは凛々しかったこと。等々・・・。
 愛しの日明大佐を想う聖霊使いの顔は、終始、緩みっぱなしだった。

 この春からの零武隊、また色々と波乱が起きそう・・・。









                                                             END



       ・あとがき・

「ゼロマツリ」・・・なんてステキなお祭り! 是非是非参加したい! とこの企画を知ったときから熱望していたのですが、書き上げたのは遅かったですね・・・。
ドリーム小説は浮きそうな気もしたので、甘さ控え目にしてみました。
零武隊でみんなに可愛がられるちゃん。激は一目惚れ、炎も茶羅もちょっと惹かれて、毒丸や天馬とは仲良しさん。
でも、ちゃんの大本命は、実は大佐だった・・・という(笑)。
最初は火薬使いにしようと思っていたんだけど、ふと、だったらジバクくんでもいいかなって思いつきました。
続編も書けたらいいな。




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