私の雪男



 今年の冬はかなり寒く、うっかり例年のファッションで街を歩けやしない。嘘かまことか、20年ぶりの厳冬だとか。
 ならばそれを逆手に取り、冬を目いっぱい楽しもうということで、たち仲良しの友達3人とスキー場にやってきた。
 ほとんど初心者のを、たちはいきなりリフトに乗せ、いきなり上に連れてゆく。
「ち、ちょっと、こんなとこ滑るの〜?」
 下から見上げたときよりも、傾斜が急なように感じ、足がすくんだ。
「大丈夫大丈夫、初級コースだから」
「さっき下で教えた通り滑ればいいから」
「そ、そう言われても・・・」
 我ながら声が情けない。
「ハイ板をハの字にして。出発!」
 にドンと背中を押され、心の準備もないまま進み始める。
「きゃ〜っ!」
 何だか、とんでもない一日になりそうな予感がした。

 山の天気は変わりやすいというが、が必死で滑っているうち、どんどん雲行きが怪しくなってきた。いきなり激しい風雪が吹き付け、すぐ目の前も見えないほど視界が悪くなる。
 友達とはとっくにはぐれてしまった。それどころか、他のスキーヤーの姿も、誰一人見当たらない。
(やだな、どうしよ・・・)
 本格的に心細くなってきたころ、やや風がやみ、ようやく目の前が開けてきた。
 白い・・・白一色の・・・。
「・・・うそっ」
 見渡す限りの銀世界に、ぽつり自分ひとり。
 建物はおろか、人っこひとり、見えやしない。
 それぞれに白い飾りを載せた木々が、ぽつぽつと立っているだけの、寂しすぎる風景・・・。
「ここ、どこ」
 呆然としたつぶやきも、広大な雪野原では、誰にも届かない。

(うう・・・もうやだ・・・、みんな、どこ行っちゃったの〜)
 ともかくも、ふもとへ向かわなければ。
 しかしボーゲンでとろとろと、ときに転びながらの遅々としたスキーでは、いつたどり着けるかも分からない。
 いっそ転がって行った方が早いのかも、マンガのように。
 思いつめたが実行しようかと身をかがめかけたそのとき、別の色が目の端をかすめた。
 白一色の単調な世界に慣れ切った目に、その鮮やかさは刺激的でドキッとする。
 は顔を向け、目をこらした。
 その色は、ゆらり風になびいている。長い・・・、髪?
(人・・・ッ!?)
 やや前方、確かに人の姿だ。
(助かったッ)
 泣きそうな気分で、滑り出す。
 向こうもとっくにこちらに気付いていて、歩み寄ってきてくれるようだった。
(え、歩き?)
 スキーらしきものははいていない。
 いやスキーどころか、まともにウェアも着ていないような・・・。
 長い髪、背の高い、男の人。
 さくさくと軽い足取りで近付いてくるのを、はやや呆然と見やっていた。こんな中で、ひどい薄着・・・何しろ半袖を着ている。はっりしてきた顔の造作は、かなりカッコいいけれど。
(ナニ、あの人)
 普通じゃない。いやもはや人外だ。
 そう思ったとき、の頭の中には昔アニメで見た雪女の映像が浮かんでいた。長い髪できりり美しく、寒そうな素振りもない・・・。そうだ、今かなり近くに来たこの人みたい。
 雪男? イエティって実は着ぐるみで、中身はこの人だったの?
 気持ちが抜けた次の瞬間、眼前に白いものが迫ってきた。
 衝撃と冷たさを感じたのは、二拍ほど置いてから。・・・何度目だろう、こうして雪の上に転んでしまったのは。
 だけど、今回は、倒れたまま動けない。
 力という力が、体の外に流れ出てゆくようで・・・。
「大丈夫か」
 静かな声、ぼやける視界の間近に、彼の顔が・・・やっぱり美形だ。
 薄れゆく意識の中で、こんな素敵な雪男だったら、いいわ・・・となぜか満ち足りた呟きをこぼす、だった。

(・・・・・・)
 ここは、どこだろう。
 とっても静か・・・そして、暖かい。
 ようやく目を開けると、古ぼけた木の、まるで見なれない天井に視点が合った。
 ぱちくりしながら首をめぐらす。
 小屋の中央に火があかあかと燃えていて、その向こうにさっきの雪男さんが片膝立てて座っているのだった。
「気が付いたか」
「私・・・」
 床に手をつき、ゆっくり起き上がる。
「数分、眠っていただけだ。疲れていたんだろう」
 火中に枝を足しながら。淡々とした調子は、病院の先生に似ていた。
 だけどいやな感じはしない。初対面の女性に対して、さりげなく気を遣ってくれている様子が伝わってきたから。
 それにしても、この人は・・・。は、膝を抱えるポーズで、炎越しにちらり、盗み見る。
 火のこんなに近くにいても涼しい顔、ってことは、雪男ではなかったのか。 
 しかし薄手の半袖で、何の装備もなく雪原にたたずんでいたあの姿を、一般の男性だと解釈するには無理がありすぎる。
 彼が、所在なさげに木の枝で火をつつきまわしているので、ついじっと見つめていたことに気が付いては慌てて視線を外した。
 ゆらめく炎が彼の上に作り出す、微細な影の変化に、見とれてしまっていた。
「名前を、聞いてもいいだろうか。私はカミュ」
「カミュ・・・」
 繰り返すとドキリとした。彼にぴったりの、素敵な響き。
「私は、っていうの」
 名乗られてはじめて、カミュはを正面から見た。
「スキーをしに来たのだろう? なぜあんなコースから外れたところに」
「それが私も知らないうちに・・・なにしろ初心者なものだから、友達とはぐれちゃって・・・」
 しどろもどろに答えながら、この人にそんな質問をされるおかしさに気付いた。
「私より、カミュの方が不自然だと思うけど」
 皆まで言わずとも、目線が服装に向いているので伝わる。
「・・・ああ、私は長いことシベリアにいたから、寒さに慣れているんだ」
 とっさにうまい辻褄合わせも浮かばず、正直なところを告げてしまう。は何となく納得しているようなので、それ以上は黙っておいた。
 氷河から、今冬の日本は厳しい寒気だと聞いて、ふと遊びに行こうかと思い立った。
 誘った覚えはないがついてきた親友と、せっかくだからともう一人の弟子にも声をかけて、スキー場に遊びに来たわけだが、雪と冷たい風にシベリアを思い出し、懐かしくなった。そこで、身軽な格好でひとり散歩をしていたら、スキーの下手な少女が明らかに疲れ切った様子でやってきたというわけだ。
 近くに屋根のある建物があって良かった。今はそんなに使われていない休憩小屋のようだけれど、一時体を休めるには十分だ。
「そっか、カミュって人間なんだ・・・」
「・・・・」
 常人ではないのは確かなので、の不躾にも思える発言を咎める気にはなれないカミュだった。
「雪男かと思った。そんな格好であんなところに立っているから。・・・それに」
 は不意に照れて、下を向いてしまう。
 膝の向こうから、くぐもった声が聞こえた。
「とっても、きれいだったから・・・」
 白一色の中に、鮮烈なほど映えていた。髪の色と、すっとした立ち姿、顔立ちも冴え冴えとして。
 心惹かれずにいられなかった。
 実のところ、雪男でも何でも構わないとまで思ってしまったのだ。
「雪男、か」
 ふっと笑った。初めて笑ってくれた。
 いろんな表情を見せてくれるたびに、ドキドキする。
 カミュは音もなく立ち上がり、火の周りを通って、のかたわらに膝をついた。
「私はれっきとした人間だ。・・・この通り」
 そっと、手を取られた。
 少し触れただけだったけれど、そこから、人間らしいぬくもりと柔らかさが伝わってくる。
 幾分繊細で、男の人にしては指も細くきれいな手に、は見入ってしまう。
「うん、あったかい」
 顔を上げたら、カミュの顔が近い。
 熱くなってしまう・・・隣で燃え盛っている火よりも、ずっと。
・・・」
 カミュが何かを言いかけたとき、絶妙のタイミングで、小屋の扉が開いた。
「おーいカミュ!」
 ひょこっと顔をのぞかせた、長いくせ髪の男と、はばっちり目が合ってしまった。

「カミュもやるねェ。あっ俺ミロ。よろしく」
「はっはあ・・・」
 差し出された右手を握る。大きくて、これまた温かな手だ。今外から来たばかりだというのに。
「ガキ共押し付けて消えんなよ。もう昼メシの時間だろ」
 不平じみた表情もそこまでで、ミロは急にニヤニヤと、カミュの肩に腕を回した。
「俺も女の子たちと知り合いになったからさ・・・その子たち待たせているし、行こう。あっ君、ちゃんだろ? ちゃんも一緒に」
「どうして、私を」
「いいからおいで」
 どうやらこの人は、カミュとは正反対の性質のようで、人好きする笑顔につられ、も頷いていた。

ー」
「心配したよ!」
、みんな〜」
 友達の顔を見て、泣きたいくらいホッとした。
 どうやらミロがナンパしたのはたちで、「友達とはぐれたので、それどころではない」と断られかけ、それならと、を捜すのを請け負ったらしい。
「まさかカミュと一緒だったとはね。良かった良かった」
「良かったじゃないよ。何で俺たちまで、あんたのナンパのために骨折りしなきゃならなかったんだよ。なぁ氷河」
 左眼から頬に大きな傷あとのある男の子が、隣の金髪の男の子に同意を求めている。
「でも、無事見つかったんだからいいじゃないか」
 氷河がそう答えると、アイザックは「いい子ぶるなよ」と口をとがらせた。
 自分たちより少し年下らしいこの男の子たちは、たちに大人気で、ほとんどオモチャにされている。
「午後は皆で一緒に滑ろう」
 レストランで席につき、ミロが提案すると、女の子たちは大喜びで同意した。
 中で、今ひとつ乗り切れないに、カミュがそっと耳打ちする。
「私たちは、二人で過ごさないか?」
 は赤くなりながら、頷いた。
 コースを外れても、山小屋で二人きりでもいい、と思う。この人となら。
 我ながら危ない考えに、それでもいいか、と、日常から離れた気持ちが浮き立った。

 寒い冬を、暖かく過ごせそうな。
 そんな楽しい、予感がする。




                                                             END



       ・あとがき・

「すこやか水瓶祭れ!」出品作品です。
誕生日とはまるで関係ない話ですが、出品もかなり遅くなってしまいましたが、カミュを大好きという気持ちはあふれるほどあります。

「雪山の小屋(山荘?)で二人きり」というベタなシチュエーションを書きたかったのですが、いざ書いてみたら何だか違うような(笑)。どちらかというとカミュが変人のようです。
ひとめぼれなのか、日常とは離れた場所で盛り上がっただけなのか?
結構、カミュも大胆ですねっ。

ミロと氷河とアイザックはちらっとしか出ませんでしたがゲストキャラで。
カミュとちゃん、楽しい午後を過ごしてくださいねー(笑)。


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