嫁入道具



「今夜のパーティまで暇なのよね」
 呼ばれたので馳せ参じると、お気に入りの椅子にかけたお嬢さんは、肘をついて飲み物を啜る完全な「退屈ポーズ」で待ち構えていた。
 暇だから呼ばれた。暇つぶしに呼ばれた。・・・犬としては嬉しい。
 一人でニヤニヤしている瑠璃男のことなど一瞥もせず、はふぁー、とあくびを一つ。
「・・・犬のマネしてよ、犬なんだからさぁ」
「はあ、こうでっか」
 唐突で突飛な命令はいつものこと。瑠璃男はほとんど反射的に両膝両手をついて、四つんばいになった。
 あまりのためらいのなさに、は思わず吹き出してしまう。
 すると犬はワン、なんて吠えながら、足元に擦り寄ってきた。ちぎれんほど振っている尻尾まで見えそうだ。
「コラッちょっと」
 脚にじゃれかかってくるので、
「調子に乗りすぎ!」
 軽く蹴飛ばすと、四つんばいのまま後ろに下がった。
「そやけど、犬はご主人様にあんなふうにしますやろ」
「もうっ。犬はやめ。今度は馬」
 椅子から立ち上がり、いきなり瑠璃男の背に乗っかる。
 さすがの瑠璃男もドッキリドキドキ。何しろ愛しのお嬢様が、自分の背中に体重を預けてくれているのだから・・・。
「ほら走れー!」
 サスペンダーを引っ張られて、じゅうたんの上を這い回る。はたから見れば滑稽だろうが、背中でお嬢さんがころころ笑ってくれているから、瑠璃男は幸せだった。
 児戯でも何でも、お嬢さんが喜ぶものならば。

 夕方と呼ぶには少し早い時刻から、パーティの準備を始める。
 大財閥の令嬢であるにとっては、社交界も日常の一部に過ぎなかった。
 豪華なドレスの着付けや化粧は、メイドたちが全てやってくれる。それが済むと、は全員を退出させ瑠璃男を呼んだ。
 どうしても女でなくてはならないことはメイドにやらせるが、そうではない部分は、やはり一番のお気に入りの瑠璃男でなくてはならなかった。
「お嬢さん、きれいやわぁ」
 一目見るなりこぼれた言葉は、心からの賛辞であり、それがを心地よくさせる。
 家の中でまで社交辞令なんてうんざりなんだから。
「これ、つけて」
 無造作に差し出されたのは、紅玉と金剛石の輝く高価そうな首飾りで、瑠璃男はそれをうやうやしく受け取った。
 姿見に向かったは、両手を首の後ろに回し、髪をかき上げる。
 のつやつやしい黒髪には、赤い大きなリボンが飾られている。結い上げはせず垂らしていたので、邪魔だろうとかき上げたのだ。
 その仕草が、背中とちらり見える白いうなじが、悩ましい。
 先ほどの無邪気さとは対照的な大人っぽさに、瑠璃男は卒倒寸前だった。
「早く」
「すんません」
 何とか身を保ち、キラキラ眩い光を放つ装身具をお嬢さんの胸側に回す。
 髪をかき上げるために出来たの腕の輪を通し、もう片方から通した自分の手で端を受け取る。
 震えてしまいそうだった・・・人を斬ったときですら、こんなことはなかったのに。
 そっと、腕を引き抜いて、留め具を留める。
 何とか失敗せずにつけてあげることができた。
「うん・・・いいかも」
 角度を変えて、鏡の中の光り具合を満足そうに眺めている。
 胸の鼓動がおさまらぬまま、瑠璃男もまた鏡越しにのことを見つめていた。
 着飾ったお嬢さんの背後に、頭一つ分はゆうに飛び出ている、自分の姿。
 お嬢さんの華奢な肩と、背中。
 抱きしめたら壊れてしまいそうな。
(アカン何考えとんねや俺・・・)
 お嬢さんに対して、そんな邪なこと。
「どう? 瑠璃男」
「お似合いです。・・・周りのボンボンがほっとかへんでしょうなぁ」
 ちら、との顔をうかがうが、鏡の中でお嬢さんは眉一つ動かしもしない。
 が気にも留めなくても、瑠璃男にとっては最大の心配事だ。
 すでにいくつもの縁談が来ていると聞く。それだけでもやきもきしているのに、この上、お嬢さん自身が恋に落ちてしまったら・・・。
「・・・お嬢さんも、そろそろお年頃ですもんなあ」
 椅子に腰掛け、バッグの中身を点検しているの、伏せられた瞳、まつ毛の長さを見つめながら、さり気なく口にする。
「お嬢さんが結婚するときには・・・、俺はクビやろか」
「・・・どうして?」
 きょとんと応え、手鏡を入れ忘れたことに気付いたは、瑠璃男にそれを取ってくれと言いつけた。
 瑠璃男はすぐに手鏡を持ってきて、手渡した。
「私がお嫁に行くときは、嫁ぎ先にお前も連れて行くわ。犬の一匹くらい、構わないでしょう」
「お嬢さん・・・」
 はすっかり調えたバッグを胸に抱くようにして、瑠璃男を見上げた。
「だって私の言うことを何でもすぐに聞いてくれるのは、瑠璃男だけだもの」
 どんな理不尽も、わがままも。
 他のメイドはイヤそうなそぶりを見せることもたまにあるけれど、瑠璃男は決してそんなことはしない。何を言いつけても心から喜んでいるのが、にも伝わっていた。
「つまり俺は、お嬢さんの嫁入道具ちゅうわけや」
 今もこんなに嬉しそうな顔をして。
「まあそんなところね。もっともそんな話は、まだまだ先のことだけど」
 どこに行くにしても、瑠璃男を手放すなんて考えられない。
 いつもいるのが当然だと思っていたから、本当のところ、今瑠璃男に「クビやろか」と言われたのが寝耳に水だった。
 暇なら馬にもなってくれて、誰よりも頼りになる用心棒で、見た目も悪くない。
 改めてそんなことに思いを巡らし、離したくない、と自覚した。
 にとってそれは、初めてのことだった。
「ずっとお嬢さんと一緒やぁ」
 すり寄ってくるから、
「だから! 調子に乗るんじゃないの!」
 容赦なく押し返した。
 それでも瑠璃男は嬉しそう。犬がシッポ振ってる・・・。
「・・・瑠璃男」
 すうっと立ち上がると、椅子にバッグを置き、背の高い瑠璃男を見上げる。
 流れるような洗練された動作と、立ちのぼる香水の匂いは、瑠璃男をぼうっとさせた。
 その次には、化粧の映えるくっきりとした瞳に吸い込まれそうになる。
 は、そんな瑠璃男に、主らしく冷然と言い渡した。
「おまえは死ぬまで私の犬よ。いいわね」
「・・・お嬢さん・・・」
 力が、抜けたように。
 瑠璃男はその場にひざまずいた。
「お嬢さんがそれを許してくれはるなら・・・、俺の一生を捧げますわ」
 声が詰まる。胸がつんとして、苦しかった。
 の白い手が、甲の側を上に、差し出される。
 瑠璃男はそれを押し頂くように手を添え、改めて、心に誓った。
 命尽きるまで続く、忠誠を。




                                                             END



       ・あとがき・

裏で書いた大財閥の令嬢ヒロイン。でも裏とは別物として書きました。
馬にして乗って遊ぶのは、沙織お嬢さんを意識(笑)。
瑠璃男のプライドはどこ行った・・・。でも、ちゃんも二人きりだからこういうことをさせるんだよね。
髪をかき上げる仕草は、私の娘が後ろのファスナーを上げて欲しいときなどに必ずする仕草なんだけど、5歳でも結構色っぽい仕草に見えるので、お嬢さんにされたら瑠璃男はドキドキするだろうなと思って。

書いているうちに、瑠璃男が瑠璃男らしくないなぁ・・・いいのかな。と疑問もよぎりましたが、パラレルのドリームだしまあいいか。
ちゃんには、帝月と同じようなセリフを言ってもらいました。
ある意味旦那さんより深い絆かも。





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