Will



 ヘリからの砲撃を受け、水面が派手に跳ね上がる。間を縫うように、ボートを操った。
「くそ・・・しつこい奴らめ!」
 追撃はやまない。海風にさらされる長い黒髪。黒い瞳は、遠い海の果てを見据えていた。
 ついに燃料部を打ち抜かれ、ボートは大爆発を起こした。
 海に投げ出され、シンタローは目を閉じる。
(コタロー・・・)
 ゆっくり、沈みながら漂う自分を、どこか傍観していた。
(ごめん、・・・)
 大事に抱えたリュックの中から、青い光が漏れ、水中を満たした。


 穏やかな午後を、はゆったりと過ごしていた。ごくごく平和である。自分の家が世界最強の殺し屋軍団であるという以外は。
 マンガを読みながら、ウトウトしかけ・・・
 ズガガガァン・・・!!
 この上なく心地よいひとときは、無粋な音により中断された。爆発音に続き、ガタガタと建物が揺れている。
 ビーッ、ビーッ!!
「なに?」
 こんなけたたましい警報、滅多に聞かれるものではない。
 は部屋を飛び出した。ガンマ団本部内は騒然としている。廊下をバタバタ行き来する団員のひとりを、つかまえた。
「ねえどうしたの、何かあったの?」
「はっ、様」
 総帥の娘と見るや、男は口ごもったが、の強い眼に促され、おずおずと口を開いた。
「実は、シンタロー様が・・・」

 は走り、窓に取り付いた。すでに数機ものヘリやボートが出、海に逃げた「裏切り者」を追っている。
「兄・・・様」
 瞠目し、渇いた喉からようやくそれだけの言葉を発する。膝から崩れ落ちそうな体を、壁にもたせ支えるので精一杯だった。
(シンタロー兄様・・・っ、嘘・・・嘘・・・!)
 こめかみの脈打つ早さで、さっきの男がためらいがちに告げた言葉がぐるぐる回る。
『シンタロー様が、秘石を持って逃亡をはかったとのことで・・・』
 シンタローが、
 秘石を持って、
 逃げた・・・。
「兄様、どうして」
 きゅっと、こぶしを握る。そうでもしないと、全身の力がとめどなく抜けてゆきそうだった。
「私も仲間に入れてって・・・連れていってって、言ったのに!」
 下を向きかけたは、首を振り、一歩を踏み出した。
 泣くより先に、やるべきことがある。
(私、お兄ちゃんのそばから離れない)
 幼いころからずっと一緒だった。当然、これからもそうあるべきだ。夫婦になる二人が離れ離れになるなんて、あっていいはずはない!
 ちなみに、「夫婦になる」というのは、の激しく一方的な願いである。
「お兄ちゃん!」
 ブラコン魂全開で、は駆け出そうとした。
待ちなよ!」
 いきなり背後から羽交い絞めにされ、ビックリ振り仰ぐ。
「−グンちゃん!」
 仲良しのイトコだ、兄と同い年の。
「離してよ!」
 足をバタつかせるが、意外に力が強く抜け出せない。
「落ち着いて、どこ行く気なのさ!」
「決まってるでしょ!」
 強い語調に、拘束は緩んだ。素早く抜け出すも、通せんぼされてしまう。
「そこをどいて」
、シンちゃんは裏切り者って言われているんだよ。同罪になってもいいの!?」
 グンマの必死な様子は、の心にも響いていた。
 それでも、止まることはできなかった。
「構わない! 裏切り者になるより、お兄ちゃんのそばを離れる方が辛いもの」
「・・・
 勢いにひるんだのは、一瞬のこと。
「そんな・・・そんなに、シンタローのことを・・・」
 押し出した声には、憎悪と嫉妬がない交ぜになって満ちている。グンマは手を伸ばし、をつかんだ。細くて折れそうな、手首を。
「一族の宝を盗んで逃げたシンタローに、それでもついていきたいの・・・? どうして・・・どうして、ボクじゃダメなの!?」
 あふれ出す感情を、止めるすべも持たず。
「・・・、ボクは・・・!」
 皆まで言えずグンマは泣き出してしまい、それによりは再び自由になった。
(やばっ・・・アイツが来る!)
「グンマ様〜!」
 予想以上の早さに、躊躇している暇はない。アイツにつかまったら厄介だ。
 はグンマのわきをすり抜け、駆けた。
「グンマ様を泣かす奴は私が許しません!」
 泣く子をさっと保護し、ドクター高松は目を上げた。スカートを翻して、少女がばたばた廊下の向こうへ姿を消そうとしている。
さん」
「放っておきなよ高松ッ!」
 思ってもみない鋭さで止められ、身を乗り出しかけた高松は追うのをとどまった。
「グンマ様」
「どうせ、逃げられっこないさ。シンちゃんだって」
 低くおさえこんだ声が、震えている。
「シンタロー・・・、おまえをこんなに憎いと思ったのは、初めてだよ」
 の全て・・・まなざしも想いも・・・全てが、注がれている。実の兄であり、裏切り者になり下がったシンタローに。
 まざまざと見せつけられた今、グンマはとても平静ではいられなかった。
「グンマ様・・・」
 平素穏やかな性質のグンマが、絶望に似た怒りに身を浸している。高松としても、そんなグンマの姿を見るのは身が切られる思いだが、自らも同じような痛みに襲われているのだった。
(私は、さんが憎いですよ)
 歯噛みする。
「畜生ッ、日記に書いてやるッ!」
 どこからか愛用の日記帳を取り出し、グンマは床に突っ伏すようにして猛然とペンを走らせた。
「だいたいシンちゃんは、三年前、ガンマ団格闘技戦で、ボクの作ったロボットを壊したし、小学校三年の夏休みのときは工作の宿題で作ったプラモデルを壊した。それに、小六のときは・・・」
 どこまで遡るのか、うらみ節。
「・・・グンマ様」
 さすがの高松も、軽い頭痛を覚えた。

 モーターボートを駆って、ガンマ団の外へ飛び出した。
 このボートは、去年の誕生日に父にねだって買ってもらった専用のもので、ドサクサにまぎれて乗り込むのはそう難しいことではなかった。何しろ今はシンタローのことで手一杯、誰もに注意を向ける者などいない。
 モーターの振動が、を揺すぶる。かき乱される水面をにらむようにしながら、ひたすら先へと進んだ。ふと振り向くと、本部のいかめしいたたずまいが
、ずいぶん遠い景色となってしまっている。
(兄様)
 きっと行き先は、日本・・・弟コタローのもとへ。
(私も・・・)
 はやる心と裏腹に、なぜかスピードは緩まってゆく。の髪も、なびかなくなった。
 モーター音が徐々に頼りなくなってゆき、プスン、プスンと言い出したと思うと、とうとう完全に止まってしまった。
「やだ・・・」
 は急ぎ計器やモーターの様子を見て回る。燃料はまだ残っている・・・故障?
 呆然と突っ立つ。手足が痺れた感覚で、動けない。全身から冷たい汗が吹き出した。
 大海原はあまりに静かで、太陽は白い。など点よりも小さな存在だった。
「お兄・・・ちゃん」
 声を発するともう耐えられず、ガクリ両膝をつく。
「シンタロー兄様・・・ッ」
 涙は出ない。ただうめくように呟いた。
「シンタロー・・・」
 大好きな人の名だけを、何度も、何度も。

 ボート上に横になって目を閉じ、シンタローのことだけを想って、一体どれくらいの時間が経っただろう。何十分・・・何時間?
 まぶたに感じる光は、まだ眩しいほどだけど。
 いずれこのまま夜になって、誰にも見つけてもらえずに。海や空に、塗りつぶされるようにして・・・。
(死ぬのかなあ・・・私)
 見境がなくなって、無謀なことをした、とは思う。
 だけど後悔はなかった。
 愛する者に殉じるような、一種崇高な気持ちにまで高まった瞬間、閉ざされたの視界にさっと影がさした。
(もうあの世からのお迎え? ずい分早い・・・)
 ゴゴゴゴゴゴ・・・!
(−!?)
 跳ね起き、見開いた目を疑う。
 大きな大きな飛行船が、太陽との間を邪魔していた。

お嬢さん! 久しぶり〜」
 Gのマークが大きくデザインされた飛行船に乗り込んだとたん、ヤンキーに出迎えられた。
「リキッド! 相変わらず下っ端人生、満喫してる?」
「うわっヒデー、第一声がソレ?」
 年が近いせいもあり、リキッドとは友達感覚だ。はすっかり元気を取り戻していた。
 ガンマ団特戦部隊に拾われたなんて、これはラッキーな展開といえる。
 何といっても、特戦部隊の隊長といえば・・・。
「うぉーいリキッド、お嬢さんに馴れ馴れしすぎんじゃないの?」
 ドヤドヤと他のメンバーたちも入ってきて、それぞれに挨拶を示す。
「ロッド、G、マーカー。久しぶりね」
 冗談ばっかりのロッドも、反対に口の重いGも、冷たい感じのマーカーも。にとっては、いい兄ちゃんたちだった。
ちゃん、すっかり女っぽくなっちゃって」
「隊長がお呼びですよ」
 邪に接近しようとするロッドを思い切り押さえつけ、それでも涼しい顔でマーカーが告げる。
 は、にっこりした。

 隊長の服に身を包んで、椅子にふんぞり返っている。金の髪も青い瞳も、ギラギラと、まるで野生の獣みたい。
 彼こそがガンマ団特戦部隊隊長、そしてにとっては叔父にあたる・・・、
「ハーレムおじ様!」
「よォ、
 はしゃぐ姪に、ニヤリ笑みで応える。
「シンタローの奴が逃げ出したっていうから、マジック兄貴の泣きっ面でも見てやろうと思って来てみれば。いい拾いモンをしたものだ」
 おもむろに立ち上がり、の顎に手をかける。
「このまま人質にしておくか」
 冗談のようには聞こえなかった。は、嬉しそうに大きく頷いた。
 人質・・・ハーレムの人質。なんて甘美で素敵な響き。
「いいよ、さらってって。ついでに日本に行ってちょうだい」
「バーカ、人質に行き先指定する権利はねェ」
 パチンと目の前で指を弾かれて、まばたきをする。その間にハーレムは身を翻していた。
 コツコツ、靴音を鳴らし、窓際に寄る。
「シンタローのあとを追おうとしたのか」
 見渡す限り広がる海・・・たったひとり、ここに浮かんでいたのだ。
 考えなしの命知らずな行動は、いかにも子供じみていたが、ハーレムにそれをいさめるつもりはまるでなかった。
「だって、お兄ちゃんに置いていかれるなんて、耐え切れないんだもの」
「足手まといを連れて行けるわけねえだろ」
 ズバッとつかれ、痛む胸に手を添える。
「・・・そうよ。お兄ちゃんはガンマ団ナンバーワンなのに、私には何の力もない」
 本当は、分かっている。一緒に行ったところで、邪魔にしかならないということ。今だって、全く兄に追いついていないというのが現状なのだから。
「私・・・」
 己の無力さが、こんなに辛く全身に染み渡る。
「どうして、力が、ないの」
 だから置いていかれた、そばにいられない・・・。
 はのろのろ顔を上げた。窓際を動かず憮然と見下ろすハーレムと、目が合う。
「・・・ハーレムおじ様」
 泣いていたって、慰めてくれやしない。としてもそんなものはいらなかった。
 自分から駆け寄り、叔父に取りすがる。
「私に力をちょうだい。ハーレムおじ様なら、できるでしょ!」
「・・・フン」
 大きなてのひらで、前髪をかきやるように頭をつかみ、目を覗き込む。左眼の奥にゆらめく神秘の光・・・もちろん、ハーレムも持っている同じ光・・・を認め、笑った。
「まぁいいだろ。モノになるか分からんが、教えてやる」
 マジックが決してこの子には許さなかったものを、与えてやろう。一族の者のみが有する特殊な力、それを外へ向けて発するすべを。すなわちそれが。
「眼魔砲を」
 シンタローを鍛えたのは、弟サービス。それなら、自分はこの娘の師となるのも一興か。
「やった! ありがとうおじ様!」
 は飛び跳ね、叔父に抱きつく。
「お礼に私、ハーレムおじ様の愛人になってあげる!」
「愛人だァ?」
 ハーレムは心底煙たそうに顔を逸らした。
「うん、私、シンタロー兄様と結婚するから、奥さんにはなれないの。だから愛人ね」
「・・・おまえまだそんなことを言ってんのか」
 ブラコンは相変わらず。こんな海へひとり飛び出したことでも執着ぶりは知れるが、それにしても本気で結婚なんて。
「私が強くなれば、お兄ちゃんの役に立てるわ。即お父様には引退してもらって、総帥は兄様、総帥夫人の私と新しいガンマ団を作るのよ!」
 壮大な野望に、表情は輝いている。
 コイツも相当だと、ハーレムは腕組みをして呆れていた。
「・・・ま、兄貴の引退ってとこだけは賛成だがな」
「でしょ。そして、ハーレムおじ様は愛人ね」
「冗談言うな」
 まだまとわりついている姪の胸元に手を持っていくと、キャッ、と悲鳴をあげ離れた。
「何すんの、ハーレムおじ様のエッチ!」
「そんなあるかないか分かんねー胸のことぐらいでガタガタ騒ぐガキが、俺様の愛人になんぞなれるかよ」
「・・・シンタロー兄様にも、まだ許してないのに」
 ぐすん。
「ほざいてろ」
 ハーレムは元のように自分の椅子に座り込み、べそかき娘を鷹揚に見やる。
、眼魔砲を得るために、俺らみんな相当の訓練を積んだんだ。容赦はしねえぜ」
 は表情を引き締めた。胸をかばっていた手を下ろし、叔父にまっすぐ対峙する。
「いいわ。力が欲しいの」
 青い、左眼の奥に、ゆるぎない意思を見た。
 ハーレムは満足げに口端を上げる。
「いい面がまえだ。楽しみになってきたぜ」
 兄を想う一心で、本当に眼魔砲をマスターしてしまうかもしれない。
 それを教えたのが自分だと知ったら、マジックはどんな顔をするだろう。
 想像するだけで、愉快だ。
(シンタローは家出をし、それを追ったは俺のもとにいることを望む・・・か)
 何かが起こるのかも知れない。
 宿命を背負った一族に、何かが。
 それはほんの小さな、予兆ともいえないひらめきだったけれど。
 ハーレムの胸に、種のように、こぼれた。

(兄様、どうか逃げのびていて。そして、待っていてね)
 そばに行くから。
 新しいを、見せてあげるから。

 いちずな決意を乗せて、飛行船は進み行く。
 向かう先がどこなのか・・・、今はまだ、誰にも分からない。




                                                             END



       ・あとがき・

ちゃんシリーズ、第二弾です。これもう固定ヒロインシリーズとして、書いていこうかな。連載モノにすると苦しいので、気まぐれに。

書きたかったのは、グンマがを必死に止めようとして、本心をこぼしてしまうところと、ハーレムとの対面。
でもホントはグンマがちゃんのお兄ちゃんなんだ!(笑)
ハーレムは久しぶりに書きました。やっぱりいいわハーレム!! 特戦部隊のメンバーのことももっと書きたかったんだけど、短くまとめないと収拾つかないので。
機会があったら、修行中の話など書きたいと思います。
まだ物語がどうなるのか謎のシリーズですが。

冒頭は最後に付け加えました。シンタローのこともちょっと入れたいと思いまして。

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