月姫
青い月と水の支配する清廉な世界に、鈴の音が鳴り響く。それは、さやかに大気を震わせた。
(姉・・・さん・・・、くっ・・・)
リン・・・ッ。
打ち捨てられた小さな鈴を、たおやかな手が優しく拾い上げる。
「・・・はい、斗馬」
「・・・」
何とも麗しいたたずまいに、表情が和らぐ。
白く細い指で差し出された鈴が、リン・・・と鳴った。
「・・・捨てようと思ったんだ」
そっぽを向く斗馬の傍らに、両膝をつく。
「だって、大事なものでしょう」
手を取って、そっと握らせた。
「・・・」
鈴なんかよりも、ひんやり気持ちの良い手の感触に、陶酔してしまう。
「・・・お姉さんのこと、思い出すの?」
問いには答えず、鈴を握りこんだこぶしに目を落とした。
鈴の音が、人間らしい想いを呼び起こす。
神にならんと突っ走る、その足を鈍らせる・・・。
リ・・・ン、リン・・・
「きれいな音だわ」
「の歌の方が、きれいだ。また歌ってくれよ」
望まれて嬉しくて、腰を下ろす。
のピンク色した唇から、細く高い声が零れた。
流麗な旋律を伴い、少しずつボリュームを増して、二人きりの空間を満たしてゆく。
月の青い光も、の美声に、震えているように見えた。
ふと触れた腕にドキッとして、斗馬は動けなくなる。
透き通るような肌に、畏敬の念すら覚えるのは、が女神だから。
女神といっても位は下で、アルテミスの従者のひとりなのだが、月の女神はこのニンフの気立てと歌をいたく気に入っていた。それは彼女に「月姫」の称を許していることに如実に現れている。
自身はいわば月の女王であるから、娘のように可愛がっているということだろう。
しかし、アルテミス様に特別目をかけてもらっているだとか、彼女自身も女神であるとか、そんなことを抜きにしても、斗馬はに惹かれていた。
歌声も瞳も、何もかもが透き通っている。その清らかな美しさが、何より好ましかった。
今や「イカロス」という天闘士の名しか名乗っていないのに、と二人きりのときだけは「斗馬」と本名で呼ばれることを望み、も応じてくれている。
月姫の、一心に歌う横顔を、近くで見つめていた。
波紋のように広がるメロディに、心を添わせた。
月の支配する世界で、二人でいるこんな時間が、一番安らげるときだった。
(・・・)
神に、なりたい。
と出会ってから、尚強く根を下ろした思い。
彼女と同じものとなって、ずっとそばにいたい。
「人間は、神にはない素晴らしいものを持っていると、私は思うわ」
諭すようでも、たしなめるようでもなく。
まるで歌の続きのように、は言う。
「私は斗馬に、それを捨てて欲しくはないの」
「人間には、神にかなうものなんて、一つもありはしない」
吐き捨てるように言って、膝にかけた腕に半分顔を埋める。
「弱いし、汚い奴ばっかりだし、命にも限りがある・・・。人間の何がいいって言うんだよ」
リ・・・ン・・・。風に揺れ鳴った鈴を、強く握り締める。
「私も、うまく言い表せないけど・・・」
はその斗馬のこぶしに、神に近づくための修練で傷だらけの体にも、いたわるようなまなざしを注いでいた。
「ペガサスたちの闘いを見ていて、そう感じたのよ・・・」
「ペガサス・・・星矢・・・」
ポセイドンにハーデス・・・神を次々に打ち破った男。
「星矢も、俺が倒すよ」
手を下ろして、少し、笑った。
「楽しみだ、星矢と戦うのが」
「・・・斗馬」
生き生きとした瞳、純粋な、少年らしい闘志。
時々見かける、懐かしさと優しさに満ちた表情を思う。そんなとき、決まって手にはこの鈴が握られているのだ。
が斗馬をいっそう愛しく思うのは、そこに「人間らしさ」を見出すときだった。
だから失って欲しくない。
このままで、そばにいて欲しい。
しゃかりきになっている斗馬に、願いは伝わらないのかも知れないけれど−。
せめてもと、月姫は歌う。
歌いながら、斗馬の手に、そっと指先を触れてみた。
思い切ったように手を握って、真っ直ぐに見つめてくる熱い瞳に、神なる身でも胸焦がされる。
歌声は、柔らかな響きを伴って、月の空間と二人の心内とに、染み渡ってゆく。
旋律に共鳴する心を、重ねた。
END
・あとがき・
かなーり遅いんですが、ようやく天界編を見まして。
その記念に斗馬ドリームを書きました。
斗馬カッコいいですよね。何がカッコいいって、あの二の腕までの・・・あれ何っていうの、腕カバー? あれが素敵だ(笑)。
魔鈴さん、ようやく弟に会えましたが・・・こんなところ(映画)で出会えるなんてビックリですよ。
しかし、斗馬、沙織さんをかばって死んじゃったのかな・・・?
アルテミスは神話だと処女神で男ギライなので、自分の従者にもそれを求めます。
イチャイチャしてると怒られる・・・かも(笑)。
でも斗馬もまだ少年ですし、ほのかな恋で。
「月姫」は、これもまた遊佐未森の歌です。
可愛い歌ですよ。
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