おもちゃ



 が街のおもちゃ屋さんに勤め始めてから、まだほんの一週間。今日は倉庫になっている店の奥部屋で、在庫管理を教えてもらうことになった。
 小さなお店だから、の他には40がらみの店長しかいない。平日の午前中でお客も少ないので、ちょっとだけ店は空にしておいた。
「ところでちゃん、これなんか、君に似合うと思うんだけど」
 一通り仕事の説明を終えると、店長はいきなりヒラヒラした服を取り出し、にあてがおうとした。
 白い光沢のある生地、極端に短いスカート・・・。どう見ても、普通に街を歩けるようなデザインではない。アニメか何かで見たような気もする。
 これは・・・。
「コスプレ!?」
「おっ、話が分かるね。着てみてくれる?」
「いやそれはちょっと・・・」
 何の冗談だろう。リアクションに困って曖昧な笑みを浮かべていたら、ずいと迫られた。後ずさり恐怖する。店長の目つきが普通じゃない。
 そういえば、初日からちょっとイヤラシイ目で見られているような気がしていたのだが・・・。
(セクハラ野郎だったのねー!?)
 いつの間にか奥の壁に追い詰められている。荒い息づかいに、吐き気がした。
「あっあのっ・・・」
「これ着てさぁ、写真撮らせてくれたら、特別手当出すよ。そのままエッチさせてくれたら給料上げてやるし・・・ねぇ悪い話じゃないだろ?」
 異常接近にめまいを覚える。店長は勝手に衣装をの体に当て、満足そうにニヤけていた。
「こっ困ります」
 震える声でようやく抗議をすると、一転してジロリ睨まれた。
「金出すって言ってんだろ、黙って着ろよ。何なら着替え手伝ってやるよホラ」
 服を掴まれ、思考が真っ白になる。危険信号に心臓が早鐘を打つも、体が動かない。息も止まり声すらも出ず・・・。
(やだ・・・っ!!)
「お店の人は、ここですか?」
「・・・!?」
 第三者の声・・・感情の読み取れない、静かだけれどよく通る声・・・に、その場の空気がほどけた。
 店長は振り向き、は顔を上げる。
 白い人が、立っていた。
 だぶだぶのシャツもズボンも白、髪すらも淡い色をしている。くるくるとした髪を指で弄びながら、下向き加減に立っているその人を、は知っていた。
 がここで働き出した初日にやって来たお客だ。色々見て回ったあげく、飛行機のおもちゃを買っていったっけ。
 年齢不詳の不思議な雰囲気は、の心に引っかかっていた。
「い、いらっしゃいませ、少々お待ちを」
 店長は再び声の調子をガラリと変え、コスプレ衣装を丸めて棚に突っ込んだ。
 ちっ、という舌打ちは聞こえたが、どちらにせよ今日限りで辞めてやる・・・いや今日といわず、このお客さんが帰ったらすぐ逃げ出そう。そう思っていたには気にもならなかった。
「欲しいものがあるのですが」
 ぺたぺたと、彼は倉庫の中にまで進み入ってきた。
 味気ない照明の下、白いシャツが妙に清潔に見えた。
「はいはい、お店の方で、どうぞ」
 愛想笑いの変態店長には目もくれず、彼は、を見つめていた。
 あごをやや引いて、上目遣いに。
 どこか子供の仕草のようでいて、その目線は、の胸を貫いた。
「いいえ、ここで結構です」
 すうっと腕を伸ばす。長めの袖から出たてのひらを、上向けて。
「そちらの、お嬢さんを」
「・・・・」
「なに・・・?」
「そのお嬢さんが、欲しいんです」
「何言ってんだ、この子は従業員だぞ、売り物じゃない」
「でも、あなたのおもちゃでもありませんよね?」
 氷のような無表情に、店長はゾクリとする。
 その脇をすり抜け、は走った。
 迷わず、彼の手を取った。


 それが、私とニアの出会い。
 なんて話をしても、誰も信じちゃくれないんだけど。
 あのおもちゃ屋は、即つぶれた。
 そして今、私は、ニアのそばにいる。
「ね、ニア」
「はい」
 壁にもたれる私のすぐ隣で、ニアはいつものようにおもちゃで遊んでいた。今日は鉄道模型を組み立てているのだった。
「ニアは、私に一目ぼれだったの?」
「・・・そうでもなければ、連れて来たりしません」
 猫みたいに丸まって、部品を組み立てながら。その声はちょっとだけ照れているみたい・・・かわいい。
 あんな出会いだけれど、私もニアを好きになった。
 私たち、ちゃんと恋愛してる。
「でもホント良かった。ニアが来てくれなかったら、私、あの変態オヤジにコスプレさせられて、あげく襲われるところだったもの」
 思い出すだけで身の毛もよだつ。
 ぞわぞわ体を震わしていると、ニアがひょこっと上体を起こした。手には、完成したばかりの汽車を持っている。早いなぁ。
「コスプレさせて襲う・・・何だかそれも、楽しそうですね」
「はいっ?」
 今、信じられないセリフを聞いたような。
 思わず前かがみになって隣を覗き込むようにすると、ニアはフフフッと笑っている。
「ちょっ・・・冗談でしょ、ニア」
 邪気ないいたずらっ子って、一番始末におえない!
「本気です」
 待って、なんで手にちゃっかり衣装を持ってんの!? どこから出してきたー!?
「さあ着てください。襲ってあげますから」
「・・・ニア」
 言っていることはあのセクハラ野郎と同じなのに、感じ方がまるで違う。
「私、あなたのおもちゃじゃないんだけど」
 それでも一応あがいてみた。
「もちろんです。は私の最高の恋人ですから」
 あ、その笑顔に弱い・・・。分かってやってんだろうけど、この人。
「ねっ、着てくださいね」
 片腕で引き寄せられてチュッてされて。それで私、結局、乗っちゃうんだろうけど。
 ニアの、ふにゃふにゃの体に手を伸ばした。
 ぎゅっとすると、心臓の音が聞こえる。
「ニアって変態・・・」
「そんなことないです。きっと、二人で、楽しめます」
「もう・・・」
 私たち、もつれるみたいにからみ合って、おもちゃだらけの部屋の中、コスプレとか他の色んな遊びとか、を、始める。







                                                             END



       ・あとがき・

ニアのあのおもちゃって、誰が買ってくるのかな〜。というところからできたおはなしです。

女の子が危ない目に遭うところでタイミング良く助けが。の、古典的パターン。
大好きです、こういうの。もうご都合主義でgoですよ。
それでちゃんと付き合っちゃってるのも、突飛だけどいいじゃないですか!
ニアって何でもアリのような気がします。

後半、ちゃんの一人称になっているのには大して意味ないのですが、たまには途中で人称を変えるのも面白いかなと思いまして。
どこからコスプレ衣装が出てきたのか、は、永遠の謎ね(笑)。



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