東京の空の下


 二人きりで遊びに行く(つまりデート)のは5回目。
 映画を見てショッピング、というベタすぎるコースであっても、はとても楽しそうにしてくれるから、ナオトもホッとしていた。
 同僚に半ばムリヤリ連れて行かれた合コンは、ちっとも乗り気じゃなかったけれど。その合コンでにアドレス交換したいと申し込まれたときも、気後ればかりが先に立っていたけれど。
 こうやって隣に並んで歩いている今は、そんな出会いもアリだし、良かったな、と思えるのだった。
「何か食べに行こうか」
 食事にはちょうどいい時刻だ。
 ナオトが少し顔を覗き込むようにして聞くと、は嬉しそうににっこりした。
 茶色いくるんくるんの髪にカチューシャ。お目々パッチリメイクにミニのふんわりワンピース。
 外見はこの辺にはよくいるタイプの女子だけれど、本当は純朴で可愛い女の子だということ、今ではナオトもよく知っていた。
「わー、夕焼け。きれい」
 人ごみの喧騒から外れて、もう一本奥の路地に入ったから、夕暮れの景色が際立って見える。
 それだって気付かなければただの背景にしかならないのだ、こんな感受性の鋭さも、彼女の好ましいところだった。
「もう少し歩きたいな」
 お目当ての洋食屋は素通りして、太陽に向かうように歩いてゆく。
 ナオトもゆったりとついて行きながら、夕の色が繊細なグラデーションを織り成し、の髪や頬を美しく彩っているさまを、見下ろしていた。
 この瞬間を、そのまま描きとめてみたいな。
 ナオトがごく自然にそう考えたのは、職業病といえたものかも知れなかったが、はまた別の思いに心とらわれていたようだった。
「・・・夕陽を見てると、帰りたいなって気になっちゃうよね・・・」
「あ・・・帰る?」
 残念そうなとまどいの滲んだ声音に、は小さな笑いをこぼす。
「そうじゃなくて。田舎に帰りたいな、って」
「・・・ああ・・・」
 から出てきたのだった。
 気持ちの共有は、何も難しいことではない。
 父が亡くなる寸前に、それまでずっとしこりとなっていた親子関係のわだかまりが解けた。以来、ナオトにとって故郷は、それまでよりもぐんと近く、大切な心のよりどころとなっていたのだ。
 改めて空を見上げ、息をついた。
 夕焼けの空気は、どうしてこんなにもノスタルジアに満たされているのだろう。
 寂しさと少しの甘さが、急性のホームシックを呼び込んでしまう。
 そのしかけに、はしなく二人はまりこんで。
 いつか足も止め、全身を浸していた。

「ナオトくんはいいね・・・。東京で、夢がかなって」
 ゆるり、は言葉を継いだ。
「私もイラストレーターになりたいって、ずっと思ってるけど・・・いまだになれなくて。東京に出てきて何やってんだろうって、思うよ・・・」
 絵は、二人の共通の話題であり、初めて会った合コンでも、他の友達そっちのけで二人盛り上がっていたのだった。
 美大を卒業したの夢は、東京で好きな絵の仕事をしながら自立した生活を送ること。
 だけど、そうトントン拍子には運ばず、気がつけばフリーター生活も年単位に及んでいた。
 そんなにとって、アートディレクターとして一流ゲームメーカーに勤務しているナオトは、憧れの的だった。
「・・・あ、でも、そういいもんでもないよ・・・。残業が続くときも多いし、上司には理不尽な頼みごとを押し付けられてばっかりだし」
 五味部長の顔を思い浮かべて、ゆううつになる。
「現実ってそんなもんさ・・・」
「ちょっとナオトくん、具合悪そうだけど大丈夫?」
 そんな会話を交わす間にも、太陽は待つことなくどんどん沈んでいってしまう。
「・・・でも・・・」
 ここに地平線はない。真四角のビルたちが作り出す街並みの向こうに、今しも消えようとしている夕陽を見据えながら、ナオトは少し微笑んでいた。
ちゃんに言われて・・・、オレは望んでいた生活を、今してるんだって、改めて思ったよ」
「うん。ナオトくんは幸せなんだよ。こんなカワイイ彼女もいるんだし!」
 両手を広げて明るく言い放つを、思わず見下ろしてしまう。彼女にはそのリアクションが不満だったらしく、ふくれてしまった。
「今、『え!?』って顔したね!? 自分でカワイイとか言うなって思ったね!?」
「・・・いや、そこじゃなくて」
 彼氏彼女になりましょう、っていう確認を、まだ取っていなかったはず・・・。
 でも、再び笑ってくれたを見れば、そういうことでいいのかな、と、ナオトも嬉しくなるのだった。
「腹減ってきたな・・・」
 聞き流した風を装って、さりげなく歩き出す。
 もちょんと、隣についてきた。
「じゃっ今日は、何か買って、ナオトの部屋で食べよう!」
 呼び捨てになっていることに、ナオトは軽く固まってしまった。
「・・・ダメ? やっぱり図々しかったねーゴメン」
 互いの部屋への行き来は、まだ一度もない。
「いっいや、ダメじゃないよ。・・・散らかってるけど」
「ヤッター」
 バンザイで喜ぶ。言ってみるもんだ。
 晩霞の中、二人はてくてく歩いてゆく。

「ウワー立派なマンション! さすが高給取り!」 
 しきりに感嘆しているを、高給取りなんかじゃないよとなだめつつ、ナオトは中に招じ入れた。
「やっぱり家でも絵ばっかりなんだァ」
 机に広げたままだった画材を見て、はしゃいでいる。
 ナオトは買ってきたハンバーガーやら缶チューハイやらを小さなテーブルの上に広げていたけれど、それを終えてもまだは机の上を見ていた。近付いてみると、仕事ではなく趣味で描いた風景画を、彼女は眺めているのだった。
「きれいな空。これ、ナオトの心の中にある空だね」
 抜けるような青空が、の手の中に広がっている。
 自分としても会心の作だと思っていたのをほめられて、ナオトの気持ちは浮き立った。
「この間、田舎に帰ったときにスケッチしたんだよ」
「そうなんだー」
 も、の空をそこに見ていた。
 別々だけど、繋がっている。
 それぞれの空を眺めて育ったナオトとは、東京の空の下で出会った。
「私も、ナオトの生まれたところ、見てみたいな」
「なーんも、なかとよ」
 国の言葉で答えてみせたナオトに、笑いかける。
「いいの。こんな空を、見てみたいの」
 ふと、思ったよりずっと二人の距離が狭まっていることに、気がついた。
「・・・
 それまで優しく微笑んでいたナオトが、真顔になって。
 そっと背に手を添えられ、体を軽く引き寄せられた。
「彼女、って言ってくれたとき、嬉しかった・・・。ホントにそうなってくれるなら、オレ・・・、何でもしてあげたいって、思うよ」
 精一杯の告白に、はちょっぴり泣きたい気分になってしまう。
「・・・ナオトと付き合えるなら、何にもいらないよ・・・」
 最初は職業に対する憧れだったけれど、心優しいところ、人柄の良さにどんどん惹かれて、今では本当に大好きになっていた。
 両手を出して、ナオトの腕にしがみつく。
「ありがとう・・・」
 少し屈んで、のつやつやリップに、軽く、キスをした。
 それだけでも互いの胸は、弾けてしまいそう。

の夢も、早くかなえばいいね」
 もう少し強く抱き合って、ナオトはの巻き髪に片頬を埋めていた。
「・・・うん」
 頷いてはいたけれど、イラストレーターになれなくても、ナオトのお嫁さんになって主婦業をこなすのもいいかな、なんて、早くも夢の路線を変更しかけているだった。





                                                             END



       ・あとがき・

ドリPAを読み返したとき、ナオトくんっていいな、と思いまして。
昔はほとんど眼中になかったんだけど、優しそうでいいなー、彼女をすっごく大切にしてくれそうだな、って。
もちろんヒデハルさんもアキラくんもいいんだけど、今回はナオトくんドリームで!
しかし、彼だけの登場だと、ドリPAっぽくないですね。
本当はみんなが出てくる少し長い話を考えたんだけど、書ききれない気がしたので、短いのにしてみました。

ドリPAって、もう10年も前のマンガになるのね。
ゲーム業界も、10年で激変しただろうなぁ。私はゲームやらないからよく分からないけど。
でもトイボックスはできてないね(笑)。

私も最近、これが私の夢見ていた生活なのかな、って思うことがあるんだけど。
何かこう、折り合いをつけたり、思い出したり思い返したり、ということをしていかないと、幸せじゃなくなっていくのかもなーって気がしています。うまく言えないけど。

タイトルは遊佐未森。
このタイトルでどの舞台を書けるんだ?って思っていたことがあったけど、ピッタリで良かった。





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