ご慈愛頂戴いたします


 とあるマンションに住む若妻の、名前は魅上。家事やパート労働にいそしむ日々も、検事という立派な職に就き忙しい夫のためと思えば、苦にならないどころか幸せでいっぱいの毎日だ。

 そんなある日、夫宛てに郵便物が届いた。
 仕事から帰ってきたときにそのまま渡したが、奥の部屋に入ったきり顔を出さないので、すっかりテーブルを調えてからはそっとドアを開けた。
「照さん、晩ご飯の準備が・・・!」
 が、声を失ったのは、夫である照の摩訶不思議なポーズを目にしたから。
 両膝を床につき、両手に持った黒い冊子のようなものを高く掲げている。
 背を向けているので表情は分からないが、全身から滲み出る恍惚オーラがひしひし伝わってくる。何だろうこれは、宗教的な儀式だろうか。キラ以外に神がいると照から聞いたことはないが。
の全身を、冷や汗が伝った。
「照、さん?」
 このままそっとしておいた方が良いのか迷ったが、は結局、声をかけた。
「−−−っ!?」
 ガタッ。
 照ははじかれたように立ち上がり、黒い冊子を慌てて後ろ手に隠した。
 夫の取り乱す姿など、滅多に見られるものではない。それだけでただごとではないと知れ、は戸惑わずにはいられなかった。
「あの・・・」
「ああ済まない、今、行く」
「はっはい・・・」

 ぎくしゃくしてしまったあの夜以来、は書斎ともいうべきその部屋に近付くことを禁じられた。といっても、初めから照は自分のものに触られることをあまり好まず、掃除や整頓もがやるより完璧にしていたので、「絶対に立ち入らないでくれ」と念を押されても、さほど不審には思わなかった。
 日付の変わる時刻になると、決まってその部屋にこもってしまうのも、やりたいことがあるのなら、とそっとしておくことにした。
 その他のことは何も変わりはなかったし、しいていうなら照の機嫌が前より良くなり、にもますます優しくなって、同時にますますキラへ傾倒していったくらいのものなので、にとっては何も不都合はなかったのだ。
 友達に話すと「そりゃ絶対、浮気よ。旦那が急に優しくなるなんて、オンナ以外ないって」なんて言われたけど、は笑っていなした。照がそんなことをするわけはない。例えばキラのためなら妻を捨てかねないけれど、他の女とどうこうなんて、絶対ないと確信を持って言えた。
 だけど・・・。
 騒々しいだけで面白くもなんともないテレビは消し、明かりも落としてしまう。ソファにもたれ、部屋の音に耳を傾けた。
 日に日に寒くなる季節が、こんなにも、ぬくもり恋しくさせるのか−。
「まだ起きてたのか」
 例の部屋から出てきて、照は冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。
「どうしたんだ、暗くして」
「・・・月が、綺麗だから」
 取り繕うような調子に気付いたか、照は隣に座り、水をグラスに分けてくれた。
 微かに香るのはシャワー後の夫の匂い、触れるか触れないかの互いの二の腕が、もどかしい。
 実は、あの日以来、ほとんど同衾の機会を得ていなかった。夜中にはこの通り部屋に閉じこもってしまうし、そのうちにの方が眠くなってしまうためだ。
 元々淡白な照は、それでも平気なのかも知れないけれど。
 今、こうして近くにいるだけで、熱くなる体、うずく気持ちを、どうしよう。
 自ら求めるのは恥ずかしいけど、でも・・・。
 思い切って、寄り添った。体温をじかに感じると同時、香りも強くなって、もっと昂ぶってしまう。
 ふと目を開け、月光が、夫の肌や黒髪の清潔さを際立てているさまを見た。美しさに息を呑み見とれるのと同時、はしたない欲望をいさめられているかのように感じ、喉の奥がつんとしてくる。
 それでも、眼鏡の奥の瞳は優しくて、そっと包み込んでくれるかいなは慈しみに満ちていて。
「照さん・・・」
 その慈愛を、ください。
 残さずこの身に、浴びせて−。
・・・、このところ、寂しい思いをさせて・・・。君の理解に甘えているけど、近いうちに全てを分かってもらえると思うから・・・」
 言葉の内容よりも、夫の声に浸っていた。それすら今は、情を高める要素のひとつ。
「今日は、愛してあげるよ」
「・・・ちょうだいいたします」
 少しすまして見せた茶目っ気に、照はくすりと笑ってくれた。

 照の、最後まで穏やかに愛してくれるやり方が好きだった。
 丁寧に、隅々まで、決して自分勝手にはならずに。
 こういうときだけではない。全てにおいてそうである夫は、の誇りでもあった。
 真っ直ぐ過ぎると、逆に歪んで見える。社会のはらむ理不尽さや矛盾も、は一般的な感覚で理解していたし、照が命を賭して貫きたいものがあるのも知っている。
 そんなもの全てを、受け入れて。
 その上で、魅上照を、愛していた。


 紅白歌合戦を見て年を越し(ミサミサの出場がなかったのが、ファンのにとっては残念だった)、冬の寒さもいよいよピークのころ、いつものように仕事から帰ってきた照を迎えたのは、テーブルいっぱいに並べられたご馳走と、妻の嬉しさに満ち満ちた笑顔だった。
「照さん、重大発表!」
 手を引いてリビングの中央に引き入れると、赤い顔をしたは下腹を包むように両手を当てた。
、もしかして・・・」
 頭の回転が速い照のこと、その仕草だけでピンと来る。
「赤ちゃん・・・できたの」
 が喜びいっぱいの声で告げたときには、もう抱きしめていた。
「・・・あ、ゴメン」
 きつく抱きすぎたかと、腕を緩める。赤ちゃんが苦しくなったら大変だ。
「大事にしないと」
「うん。まだ初期の初期なんだけど、9月ごろの予定なんですって」
「9月か・・・そのころには」
「?」の顔をして見上げる妻の背に軽く手を添え、共にベランダに向かうサッシの前に立つ。
 外を見渡す夫の、眼鏡の向こうの瞳が、晴れ晴れと澄み渡っているのを、は見ていた。
 理想に輝くこんな顔を、今までも何度か見たことがある。それはいつだってキラに関係していた。キラの素晴らしさ、これから築かれる新世界への希望について、照は飽かず語ってくれる。その崇拝ぶりは妄信的ともいえるけれど、彼自身の高潔さはの知るところであるから、微笑んで聞き役に回るのが常だった。
「私たちの子供が生まれるころには、悪人のいない、平和な世界になっているよ」
「そうね・・・だといいわね」
「きっとそうなっている」
 言い切る根拠が、毎晩部屋でひとりこなしている何らかの作業に由来すること、おぼろげながら感づいている。
 は黙って頷いた。
「そんな中で育つなんて幸せな子だよ。そして・・・」
 両肩に手を置かれ、瞳を正面から見上げる。
「私たちも、幸せな親になれる」
 は、ピンク色の浮き上がりそうな気持ちの中で、にっこりした。
「私は、照に出会ったときから、ずっと幸せ」
 名の通り、ずっと照らしてくれている。彼なりの慈愛で、包み込み輝かせてくれている。
「・・・
 優しく、キスをされたら、二人分の心臓がトクン、と音を立てた、ような気がした。








                                                             END



       ・あとがき・

「照の妊娠ネタ」というリクエストがあったので考えてみたのですが、照なら絶対に予定外の妊娠はさせないだろうと思ったし、私自身もそういうのはあまり書きたくはなかったので、夫婦設定にしてみました。
かの有名な、ノートを手にしたポーズを、是非ちゃんに目撃して欲しかった(笑)。

今回は照の一人称を「私」にしています。ちゃんが「さん」づけで呼ぶのが新婚さんっぽい? まー今時はそんなことないか。

「ご慈愛頂戴いたします」は、山下たろーくんの教師編で、たろーくんの奥さん若山さんが誘うときの名ゼリフ。是非にと思いパクってみました。
「ご慈愛」という言葉はちょっとヘンな気がするけどね。「ご愛情」に比べて違和感がないのは、「ご自愛」という言葉の影響でしょうね。
照の奥さんちゃんも、若山さんのような感じにしてみました。
照の潔癖症も、半端じゃない正義感も、キラに対する崇拝も、全てを受け入れ妻として愛している。まるごと愛するというのは素敵なことだし、憧れますね。
これからのジャンプの展開、目を離せませんが、照はしばらく生きていそうなのでとりあえず安心しています。

照とちゃんの間には、どんな赤ちゃんが生まれるんでしょうね。




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