今日のうちに



 の彼氏は、何かと忙しい検事さんで、名前を魅上照という。
 彼とは、どちらかの部屋で過ごしたり、外に遊びに行ったりと、ごく普通の恋人同士の付き合いをしていた。
 さて、もうすぐの誕生日。今日はの部屋でまったりしていたが、照と恋人同士になって初のバースディをどう祝ってもらおうか、内心ワクワクしているだった。
「あ、こんなレストランおしゃれでいいな。うわ〜お料理もおいしそう!」
 テレビのグルメ番組に歓声を上げつつ、照の反応を伺う。
 彼はなにやらお堅い内容の雑誌を手にしていたが、ちらと目を上げた。
の誕生日だったな」
 頭も勘も良い照に、遠回しな示唆など無意味だ。
 なのではわざと甘えてくっついた。
「あんなとこでお食事したいなー」
「うん・・・ああ、でも・・・」
 照は手帳を取り出し、何事かを確認すると「やっぱり」と呟いた。
は、木曜日だ」
「そうだけど?」
 の心に、どんより雲が広がり出す。
 けん制目線に照は気付かず・・・いや、気付いていながら無視か。
「知っているだろう、木曜と日曜はジムの日なんだ」
「・・・・」
 は文字通り頭を抱えた。
「休んだらいいじゃない」
「いや、そういうわけにはいかない」
「フツー休むでしょ。彼女の誕生日よ」
「普通がどうか知らないが、決めていることを変更はできないんだ。分かってくれないか」
 淡々とした態度に、段々怒りがわいてくる。
「いいじゃないの一日くらい。私の誕生日は一年に一度しかないのよ。ジムなんて毎週行ってんじゃない」
「例外を一度作ると、例外が例外ではなくなって、ルール自体が崩れてしまう。そういうものだ」
 どこまでいっても静かな声が、の苛立ちを更に煽る。
 だいたいこの男は、融通はきかないわ、四角四面で面白くもなんともないわ、潔癖症だわ・・・。我ながら、よく今まで付き合ってきたものだ。
「もう、いい!」
 手近にあったぬいぐるみを引っつかみ、それでいきなり殴りつける。
 照は手を床について少し体をずらすようにすると、眼鏡を手で押し上げた。
?」
 鬼気迫る恋人の様子に、ただ唖然とするも、の目からは大して取り乱しているようにも思えず、それがますます気に食わないのだった。
「私の誕生日よりもジムの方が大事だっていうなら、もういい! 出ていって」

「出ていけってばー!!」

 そんなケンカから数日が経ち、今日はの木曜日。の誕生日当日である。
 あの日以来、照とは連絡を断っていた。
 一応、自分でショートケーキなど買ってきてはみたが、何とも味気ない気分で、部屋につくねんと座っているだった。
 時計は、11時を過ぎようとしている。
 一年に一度の今日という日が、もうすぐ終わってしまう・・・。
(照・・・)
 切なく締め付けられる胸を、押さえた。
「照」
 今度は声に出して呼ぶ。
 こんなにも求めている。彼の存在が、いつの間にか欠かせないものとなっていることを、痛いほど思い知らされた。
 会いたい。
 電話に手を伸ばしたそのとき、ピンポン・・・玄関のチャイムが鳴った。
、開けてくれないか』
 照だ。合鍵を持ってはいても、ピンポン鳴らして声をかけてから入ってくる。いつもの彼らしいやり方だった。
 はドアに走り、思い直して表情を引き締める。
「・・・はい」
 できるだけクールな顔と声を演出しつつドアを開けた・・・のだが、出鼻をくじかれた。鼻先をかすめた、色も香りも鮮やかなバラたちによって。
「誕生日に間に合ったかな」
 花束を持って、玄関先に、照が立っていた。仕事帰りのままの黒スーツに、真っ赤なバラたちがよく映えて。
「照ったら、ホストみたい」
 うっとり、見とれ呟いてしまう。
「写真撮らして、写真」
「?」
 のミーハーぶりにけげんそうな顔をしてから、改めて照は花束を差し出した。
「おめでとう、
「・・・ありがとう」
 バラの中に、美しい笑顔が咲く。
 ひときわ輝く大輪の花を見て、照の口もとも、ほころんだ。

「習慣を変えるわけにはいかないけど、今日祝ってあげたかったから」
 ジムの後、急いで花を買って駆けつけてくれたらしい。
「食事は別の日に・・・来週、どうかな」
 この人、こういう人なんだ。
 自分の決めたことは決してゆるがせにせず、できる範囲で埋め合わせてくれようとする。
 それを誠実さと受け取って、は大きな花束をそっと置いてから、彼を抱きしめた。
「嬉しい。ありがとう」
 胸に顔をうずめて照の匂いを感じていたら、頭を軽く撫でられ、短いキスをされた。
 が眼鏡を外してあげると、照は素顔で微笑んで、もう一度唇を寄せた。キスは徐々に激しさを帯び、大胆になってゆく。
 部屋の隅のベッドに引き込み、そのまま横たえると、
「やだ、もうこういう展開なの?」
 抗議でもないがいささか不満げな声が聞こえた。
 ネクタイを緩めながら、照は可愛い恋人を見下ろす。
「今日の、うちに」
 残り少ない誕生日、たくさん愛してあげたいから。
「・・・うん・・・」
 照の首に両腕をからめ、三つ目のキスを求めた。
 照と触れ合い、照を迎え入れて。
 一転して最高の誕生日になった喜びを、体いっぱいで味わった。

「わあ、やった、だー」
 ベッドの中で裸のままプレゼントの包みを開けて、は小躍りしている。ちょっとはしたなくても、二人きりだから平気だ。
「気に入ってもらえたかな」
 このプレゼントだけは、きちんと前もって準備していた。
「もちろん! 欲しかったもの。ありがと」
 お礼のチューをしてあげたら、両腕にとらえられ、何倍にもされて返された。
「やーん」
 鼻先がくっつきそうなほど近くで、照は笑っている。
「・・・また、欲しくなる?」
 こんな笑顔は、きっとこのときだけのもの。の前でだけ、見せてくれる顔なのだろう。
「バカ・・・」
 誕生日はもう昨日になってしまったけれど、二人の夜は、まだこれから。
「でも照」
「ん?」
 彼の腕の中で軽くあえぎながら、上気した頬で見上げる。
「クリスマスイヴとか大晦日とかお正月とか、そういう特別な日が木曜か日曜にあたっていても、やっぱりジム行くの?」
 の疑問に、照は当然だろうと言わんばかりに頷いた。とってもシリアスな顔をして、
「この前も言ったように、例外というものを作ってしまうと・・・」
「あーもーいいよ。もう黙って」
 は自分の唇をその口に押し当て、強引に言葉を遮ってやった。
 真面目で正義感あふれるいい人だし、いわゆる体の相性も申し分ないんだけど。
 こんなので、これから先、長く付き合っていけるのかなぁ? と、一抹の不安を覚えただった。
 もっともそれも、照の手管で、すぐにとろかされてしまうのだが。



                                                             END



       ・あとがき・

ジャンプを立ち読みして生まれたネタです。
きちきちとジムに通う照。照なら、何があっても自分の決めたことを貫きそうだなー。彼女の誕生日でもジム行きそう。恋人がこんなだったらちょっとイヤかも・・・というところからできました。
潔癖症だと言われていたけれど、潔癖症って具体的にどんな人なのかが分かりません。電車のつり革にじかに触れないとかそういうのですか?

甘くしてみたつもりですが、どうでしょう。
誕生日にバラの花束なんて、ありがちすぎてどうかと思ったのですが、照のあのスーツに似合うかも知れないとやってもらうことにしました。


 ← 是非ひとことお願いします。意欲が湧きます。

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