大切なもの
長い冬もようやく終わりかと気持ちを緩ませる、日差しの柔らかなある日のこと。
天馬がやって来たことで、は大好きな瑠璃男と二人きり、縁側で会話を楽しむ時間を持つことができた。
「ねえ瑠璃男」
日だまりの中で手を重ね、はちょっといたずらな目で見上げる。
「私と帝月坊ちゃまと、どっちが大切?」
瑠璃男は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。そんな表情もカワイイな、と見つめる先で、尚もぽかんと口を半開きにして、声を発しもしない。
「もうッ・・・間が長すぎるでしょ!」
握っていた手をパッと離して、ズボンの膝を軽く叩いてやる。
瑠璃男は縁側に両手をついて、足を組んだ。
「ほんならは、俺と姫さんとどっちが大切やて言うんや?」
「・・・うーん」
この反撃を予測できなかったわけではないけれど、いざ聞かれると返答に窮してしまう。
瑠璃男は、ほら見い同じやろ、と笑った。
「じゃあ私と帝月坊ちゃまとその刀では?」
俺が俺であるための誇り。そう言って片時も手放さない刀を見やる。笹竜胆の紋が、日差しの中重厚な影を刻んでいた。
「なんやしつこいな」
いなしながら、気が付いた。いつの間にか大切なものが増えている、という事実に。
守り通さなければならぬ重い刀。番犬と呼んでくれる帝月。今は恋人同士という間柄の。それに天馬や菊理・・・帝月に拾われて以降出会った、多くの人や出来事・・・。
「・・・俺は、欲張りなんやろか」
刀しかなかったそれまでの人生とは比すべくもない、今の幸福・・・。手放しで喜んでいいのかと自問する。
血にまみれた手で、愛する人を抱けるのか、と。
「・・・瑠璃男」
そんなに、苦しげな顔つきを、自分はしていただろうか。
の声はいたわりに、瞳はいつくしみに満ちていた。
そうしてもう一度、手を握ってくれる。
「私ね、菊理姫を主と決めてから、初めて知ったことがあるの」
諭すでもなく、どちらかといえば秘密を分かち合うような楽しさをもって、は言った。
「大切なものがあれば、人は強くなれるってこと・・・守るべきものが、あれば」
忍の修行に明け暮れていたころには、そんなこと、分かりようもなかった。
大切な人を守りたいという気持ちの素晴らしさ、そしてそれによって、真に強くなれるということ。
「だからね・・・、大切なものがたくさんあればあるほど、強くなれるし、幸せだと思うのよ」
一つ一つを比べるものではないし、また比べられもしない。
も分かっていたけれど、わざわざ聞いたのは単なる戯れに過ぎなかった。
「・・・」
早々に失うと知れている。それでも最後まで守ろうと決め、強くあろうとしている。
そんなの「大切なもの」のひとつとして、そばにいたい。支えになりたい。
このとき瑠璃男は、はっきりと心に決めた。
迷わず手にして、命の限り全てを守り抜こう、と。
「・・・目からウロコや」
「えっどれどれ?」
きょろんとした目で見上げ、あるはずのないウロコを探すふりをする。
の茶目っ気に少し笑って、肩を抱き寄せた。少し強めに。
ぐらついた身体を抱き止めて、素早く唇を近付ける。
『瑠璃男!』
「−へえ帝月坊ちゃん」
帝月の呼び声をが認識したときには、もう隣に誰もいなかった。
残されたのは、心臓がぎゅーっと縮んだ後の激しいドキドキだけ。
いいところだったのに、残念・・・だけれど、は微笑んでいた。
(埋め合わせは、今度・・・ね)
例えどんな状況にあっても、帝月の一声で即動く。そんな瑠璃男だからこそ、好きなんだと言える。
それに、時間はたっぷりある。
この先何があってもそばにいる、という約束を、瑠璃男がたがえるはずはないから。
(そろそろ私も、菊理姫のもとへ戻らなきゃ)
は立ち上がると、楚々と廊下を渡っていった。
ウグイスの声が、けぶり立つような昼下がりを、優しく震わしていた。
END
・あとがき・
血にまみれた手で、幸福を掴んでいいものか・・・。というテーマは、よく星矢で書いていました。
要するに似たような話を何度も書いているわけですが(笑)、瑠璃男もそう悩んでしまいそうな生い立ちだなと思って考えた短編です。
帝月に拾われて人生変わったんだから、貪欲になってあれもこれも手に入れたっていいじゃない。
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