セイント・シンドローム
は、日本有数のとある大企業の社長令嬢であり、同時に社長秘書も務めている。まだ30歳そこそこの女性ではあるが、その才腕には他の幹部たちも一目置いており、秘書という立場を越え経営実務にまで携わっていた。
社長は、を右腕として絶大の信頼を寄せる一方、多忙な日々の中でなかなかプライベートの時間も取れない・・・つまり恋人を作る暇もないだろうことを心配もするのだが、愛娘は笑って、
「今は仕事が面白くて、恋愛どころじゃないわ」
と答えるのだった。
理由はそれだけではなく、なかなかおめがねにかなう男がいないのだろう。生き生きと飛び回り仕事をこなすの輝くような姿を見ては、才色兼備という言葉を思い浮かべ、親バカだと思いつつ目を細めるのだった。
(恋人かぁ・・・)
父に嘘はついていないが、ひとつだけ言っていないことがある。
の心を占める、ある大きな存在が、現実の男たちを色あせさせる。
例え周りの人たちを恋愛対象として捉えることが出来ないとしても、その心酔を甘い蜜のように快く感じている・・・という事実。
その夜、行きつけの料亭で、は軽く飲みながら手の込んだ美しい料理をいただいていた。
「さんは、いつもこのお店に?」
差し向かいの人物が、上品に問いかけてくる。見事なストレートヘアの美少女だ。
「ええ、プライベートで時々。お料理もおいしいし、静かだから気に入っているんですよ」
ずっと年下ではあるが、彼女はグラード財団の総帥・・・敬語を使い礼を尽くすべき存在なのである。
今日、グラード財団との大きな契約があり、も出席したのだが、その総帥・城戸沙織とやけに馬が合い、食事でも一緒に、という話になったのだ。
といっても一対一ではなく、沙織のボディガードという男がふたり、同席している。どちらも外国人で、背が高くいかにも逞しそうだが、ごついとか怖いとかいうイメージはなく、なかなかカッコよかった。
は不躾だとは思いつつ、ちらちらと視線を送らずにはいられない。
沙織の隣に座っているのは銀の髪をした男で、スーツを着崩したりして、ボディガードというよりチンピラのようないでたちだ。の視線を受け、ニヤリと笑ったので、慌てて目を逸らす。
もう一人はの隣にいる黒髪の男で、目つきは鋭いが信頼できそうな雰囲気がもう一人とは正反対だった。
彼らは、たちと同じ料理を前に、箸を意外に上手に使いこなしている。
「ごめんなさいね、もちろん彼らの分は自分もちですから」
の目線をどう解釈したのか、沙織が申し訳なさそうに言うと、銀髪の男がすかさず口をはさんだ。
「げっ自腹かよ。そりゃないだろ沙織さんよ」
「無礼だぞデスマスク」
黒髪の男が鋭く制する。
「それに、自分の食べた分は自分で払うのが当然だろう」
「うっせーシュラ、黙ってろ」
「おやめなさい二人とも」
「まあまあ、いいじゃないですか。せっかくだから皆で楽しくいきましょう。さあどうぞ」
デスマスクにシュラ・・・ちょっと変な名前を気にしながらも、は順にビールを注いであげた。仕事の相手とはいえ今はオフタイム。堅苦しいのはだってごめんだ。
「ところで沙織さん、ギャラクシアン・ウォーズはもう再開することはないのですか?」
「え、ええ。すっかり中断してしまって、本当に皆様には申し訳なかったのですけれど」
その後あった数々のことは、とても口にはできない。沙織がお茶が濁すと、は銀河戦争を自分も熱狂して見ていたことなどを弾んだ口調で話し出した。
「私、あれからセイントというものに関心を持って、自分なりに色々調べたんですよ。謎が多くていまだに詳しく掴めていないんですけど・・・沙織さん、今あのときの聖闘士たちは?」
聖闘士同士の戦いを主催していた沙織なら、何かを知っているのかも。期待に輝く瞳の前で、沙織は申し訳なさそうに軽く首を傾げる。
「実は皆あの後バラバラになってしまって、私も行方が分からないのです」
無論嘘なのだが、余計な騒ぎを避けるため、沙織はいつもこんなふうに答えていた。
「聖闘士は、私たちには触れられないものだったのでしょうね。そう悟って、もう関わらないことに決めました」
「そうですか・・・」
は目線を下向けて、心底残念そうにため息を吐く。それから少し元気を出して、口調を軽くした。
「元々、伝説の存在ですものね」
「ええ・・・今となれば、あの銀河戦争も、夢の出来事だったような気がします」
これは沙織の本心だった。軽く頷いて、は日本酒のグラスを目のところまで持ち上げる。
「・・・でも私は、聖闘士に惹かれているんです。不思議なくらいに強く・・・」
澄んだ液体の中に幻影を見ているのか、うっとりとした視線を送り、ほんの少しの酔いがからんだ声で呟いた。
「特に、聖闘士の中でも最高位の、ゴールドセイント」
黄金聖闘士。ただその名を口にするだけで、焦がれてしまう。
まるで恋をしているように・・・。
それこそが、の心深いところに根を下ろした存在だった。そのせいでもう、現実の男になんて目もいかない。自分でもおかしいと思うし、父にも決して言えないが、恋人のできない一番の理由は、まさにこれだった。
「黄金聖闘士に一目会えるなら、何でもするのに」
狂おしいほどの独白に、デスマスクはぴくりと反応した。アルコールが入ったの瞳に妙にそそられ、口もとを緩める。
「何だ、そういうことなら・・・」
「え?」
が見ると、斜向かいの男はニヤつきながら親指で自分を指している。
「実はこの俺様が、ゴー・・・うっ!」
何かを言いかけ、いきなりうずくまった。
には見えなかったが、沙織が思い切り脇腹をつねり、同時にシュラが軽く右腕を振り下げたのだった。
「どうかしたんですか?」
「いいえ持病の胃痛ですわ。もう飲まない方がいいわねデスマスク」
沙織がグラスを取り上げてしまうのを、デスマスクが恨めしそうににらむ。はそうですか、と言うと手を洗いに席を立った。
三人だけになると、デスマスクは真正面でグラスを手にしている同僚兼友人に対し、声を荒げる。
「何すんだよテメエ!」
「お前こそ何を言う気だったんだ」
シュラは冷ややかに応じた。
「デスマスクは口が軽すぎます。聖闘士はいわば影の存在なのだから」
「だったら何でこんな表の仕事させんだよ。本来こんなの聖闘士の仕事じゃねーだろ」
「アテナをお守りするのが、俺たちの使命だ」
投げやりな言葉に、シュラが憮然と反論する。口をとがらせるデスマスクの肩に、沙織はそっと手を置いた。
「どんなSPよりも安心できますもの、頼りにしているんですよ」
その笑顔は確かにまばゆく、守る価値を再認識させるほどのものではあるが。
「便利に使いやがって」
苦々しげに呟くデスマスクに、シュラがまた何か言おうとしたところに、が戻ってきた。沙織が目配せをして、とりあえず二人を黙らせる。
「そうだわ、さんは、語学も堪能なんですってね」
が席につくと、聖闘士から関心を離すために、沙織から話題を持ち出した。
「さきほど、社長さんがおっしゃってましたわ」
「あら・・・」
娘自慢は控えてくれと、常々言っているのに。
苦笑する気分で、は頷いた。
〜さて、ここでさんに質問です。
あなたが特に好きなのは、どちらの言語ですか?
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