セイント・シンドローム
「スペイン語は特に好きで、よく習いました」
「まあ、そうですか。ここにいるシュラも、スペインの出身なんですよ」
沙織の言葉に隣を見ると、シュラは軽く頷くように微笑した。
口数は少ないけれど、とてもいい雰囲気をまとった人。ひそかには気にしていたところだったので、黒髪の彼がスペイン人だと知ってますます興味を惹かれた。
「ちょうどいいわ、シュラ、帰りにはさんを送ってさしあげてくださいね」
「はい」
普段なら「タクシーで一人で帰れますから」と遠慮をするところだが、あえては口を出さなかった。この人と二人きりになれるなんて、ちょっと嬉しい。
「その役目は俺が・・・」
「いいえいいのよデスマスク」
ぴしゃりと遮り、沙織は下心いっぱいのイタリア人に、それは美しい笑顔を向けた。
「貴方には、この私を守っていただかなくては、ね」
をみすみす餌食にはさせられない。
言葉は丁寧だが有無を言わせぬ強い調子に、デスマスクは軽く肩を上げた。
「アンタ俺なんかが守ってさしあげなくても、最強だから心配いらねって」
「何か言いました?」
「いーえ何も」
漫才にも似たやり取りに笑みをこぼしつつ、の心の内は、もうざわめき始めている。
何の予兆だろうと、自分ながら少し不思議に思うほどに。
「私ちょっと飲み足りないから、つき合ってもらえないかしら」
沙織は店を出たところで別れ、しぶしぶながらデスマスクが付き従った。
自分より半歩後ろを歩き出したシュラを振り仰ぎ、はそんな言葉で誘いをかける。誘いだとも思われぬほど、さらりとした軽さを装って。
「しかし・・・」
「この近くに、よく行くお店があるの」
シュラが躊躇するのはよく分かる。「送っていくように」と命ぜられた以上、飲みになんてつき合えやしないだろう。さっきのデスマスクなら平気で何でもしそうだけれど、この人は生真面目そうだから。
「いいでしょ? ご馳走するから」
お嬢さんの仕事相手で更に年上という立場を利用しつつ、やや強引に出てみる。体を巡る熱に任せて、彼の手を引いた。
「行こ行こ!」
表面上は酔いの勢いといったようにしながら、ぎゅっと手を握る。
何年ぶりかのことだけれど・・・、胸がドキドキした。
細い路地のひっそりとしたドアをくぐり、カウンター席に並んで座る。
「いい店ですね」
照明は落とし気味、壁には趣味の良い絵などが飾られている。落ち着いたカクテルバーの雰囲気が、シュラの気にも入った。
「敬語はいらないわよ。・・・好きなの、ここ。ひとりでも入りやすいし」
「ひとりで?」
初老のマスターが、出来上がった飲み物をそれぞれの前に置く。がグラスを目の高さまで持ってくると、シュラも倣い、乾杯をした。
今日はカクテルの味も、いつもとは違う気がする。
スペインやスペイン語のことを中心に話していたけれど、内容はよく覚えていない。ただ、楽しかった。
この人と一緒に飲んで語るのは、とても、とても楽しい。
指先や声やまなざしに、もう参ってしまっていることを自覚する。はその感覚に、戸惑いながらときめいていた。
現実の男性に対し、こんな気持ちになれるのが嬉しかった。
カクテルも何杯目だろう。シュラはさっさとグラスを空けてしまったけれど、名残惜しくてでも引き止める言葉も持たないは、どうしても最後の一口を飲み干せない。
おかわりを頼んでしまおうか、でも時間的に限界か・・・。
の逡巡は、スペイン語の発音によって断ち切られた。
「今夜は、一緒にいたい」
低い、囁き声なのに、アルコールでゆらぐの意識へ、くっきりと届いた。
二人寄り添い、裏通りへと抜ける。
「立派な送り狼ね」
ちょっとからかっただけで、歩く速度が鈍ってしまう。その実直さが、いとおしい。
見上げるとシュラは目を逸らし、再び足を速めた。は微笑んでついてゆく。
シュラの黒髪、黒いスーツの背が、夜闇に融け入りそう。
夜の、似合う人だ−。
禍々しさや恐怖などではない。静けさ、つややかさといった、夜の持つ美しさが、彼にぴったりだと感じた。
それにじかに包まれることを思えば、こめかみに響く鼓動がもっと早まる。
はもう少し、接近してみた。
は送り狼と言ったけれど、隙を作ったのは彼女の方だろう。
あの店にいつも一人で来ている、と彼女は口にした。それがすでに誘いの言葉だ。
確かに、アテナの信頼を裏切ったような気持ちはぬぐえないけれど、迷うくらいならこんなところに連れては来ない。
部屋に入るとすぐに後ろから腕を回す。
強く抱きしめると、は少しいやがるように身をよじった。
「シャワーを・・・」
「いいよ」
「でも」
「いいから」
やや強引に引き込んで、口づける。シャワーなんて面倒な単語をこれ以上聞きたくはないから、長く何度もキスをした。
触れ合う肌が、上昇しっぱなしの体温を伝え合う。
服を脱がすのももどかしい。
アテナのことや、後でデスマスクに何だかんだ言われるだろうことや、普段なら絶対にしないような行動に出ている自分や・・・そんなことは全て忘れて。
今日初めて出会ったに、溺れていった。
「・・・もう、朝・・・」
何度も満足を与えられた身体が、ベッドにけだるく横たわっている。
物静かなタイプに見えたシュラに、これほどの情熱が潜んでいようとは。
「時間は大丈夫か」
半身起こして、顔を覗くように聞いてくる。律儀な人なんだと改めて知らされ、はちょっと笑った。
「私は大丈夫。シュラは?」
「・・・こうなったら、もういい」
デスマスクの顔が浮かびかけたがムリヤリ追っ払って、シュラはの肩を抱き寄せる。
どちらからともなく、キスをした。
「・・・貴方みたいな人かも、って、思った」
そっ、と指で胸板に触れ、はつぶやいた。シュラが不思議そうな顔をしたので、笑顔で付け加える。
「黄金聖闘士が実在するなら、きっとシュラみたいな人なんだろうなって」
夜が似合うシュラに光を見たのは、抱かれているその最中のことだった。
は確かに、黄金色を感じた。
目に見えたわけではないけれど、はっきりと・・・大いなる黄金の光に包まれているような感覚の中で、はっきりと感じたのだ。
この人自身が持っている輝きを。
そしてそれは、がずっと大切に持っていた、憧れの黄金聖闘士のイメージにすんなりと繋がったのだった。
出会ったのかもしれない。運命の人、なんて言い方は少女趣味かもしれないけれど、例えるならそんな大切な存在に。
たやすく信じられるほど幼くはない。だけれど自らの感覚を無下に否定するような自信のない生き方をしてはいなかった。
「・・・黄金聖闘士、か」
ふっと笑って、シュラは更に優しく抱きしめる。
「そんなものが、この時代に在るわけはない」
顔を上げて、何かを言いたげなを、またキスで黙らせる。
「伝説や神話じゃない。俺はここに生きている、生身の人間だ」
もっともっと、キスをする。
「シュラ・・・」
「もっと、のことを知りたい・・・また会いたい」
触れる、まだ欲し足りないやわらかな身体へ。
「そんなふうに思っている、普通の、男だ」
「ん・・・んっ」
たやすく乱れる。燃え上がった情欲はそう簡単に治まりはしない。
「・・・私も、また、会いたい」
駆け引きを忘れて、本音がこぼれた。烈しくて率直なシュラに、つられたみたいに。
強く抱いてくれる腕が、答えだった。
こんな始まりも、ありかもしれない。
少し怖いけれど、まだ臆病だけれど。
は身をゆだね、目を閉じた。
・あとがき・
マルチエンディング、シュラ編でした。
デスマスクとは反対に、ちゃんが積極的に誘う感じで書こうと思ったんだけど、書いていたら意外とシュラが情熱的で。
「スペイン人らしさ」というのが私の頭にあったからかな?
結構、おとなしめに書くことが多いシュラだけど、たまにはこんなのもいいな。デスマスク編のあとがきで、私間違えて書いてしまったんだけど、迦葉さんのリクエストは「年上ヒロイン」じゃなかったんですよね。
「私たちと同年代のヒロイン」がリクエストでした。
リアルタイムで計算して、デスマスクやシュラが40近くってのもいいかと思ったんだけど、今回は年齢そのままで、年上ヒロインにしてみたのです。
その夜限りだと寂しいので、これをきっかけに是非仲の良い恋人同士になっていただきたいですね。ちゃんの方がシュラを「黄金聖闘士のようだ」と感じるけど、シュラは否定する。この辺はデスマスクとは逆。
でも全体の流れやラスト辺りは同じ感じで書いてみました。さあさん、デスマスクとシュラ、あなたならどちらがお好みでしょう?
私なら・・・ううーむ、悩みますね!!最後になりましたが、迦葉さん、リクエストありがとうございました!!
H17.7.28
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||