は、機械皇国の通信オペレーターとして、エリア中央メインタワー内に勤務している。
 機械皇帝の理想とする、統一国家実現のため、仕事に精を出す毎日だ。
 年頃の娘だというのに、プライベートに華やぎがない・・・なんてことは、この際放っておいてほしい。世界の平和という大きな希望に向かっているときに、男のことなんて考えていられないのだ。

 さてそんなある日、消耗品の補充のため倉庫に向かっていたは、向こうから堂々とした態度で歩いてくる男の姿を認めた。
(ロンさまだわ)
 皇国最強を誇る四霊将・・・といっても、現在西の守りは空いているが・・・、その東の霊将、ロン中佐だ。
 廊下ですれ違う機械兵たちことごとくが脇によけ、頭を垂れる。
 は機械兵ではないが、はるかに格下であることに違いはない。同じように足を止め、廊下の隅に寄った。
 下を向くようにしながらも、こっそり盗み見ずにはいられない。黒い髪と瞳、精悍な顔立ち、チャイナ風の服越しでもそれと分かる、逞しい体つき。
 同僚たちが鳳さまや北斗さまと名を並べ、きゃあきゃあ騒ぎ立てているのもよく分かる。はそんな話に積極的に加わりこそしないが、霊将たちにはいつも憧れのまなざしを注いでいた。
 特に、ロンさまは・・・。
(・・・?)
 ロンが立ち止まった。しかも、のまん前で。
(・・・・)
 何か失礼にあたるようなことでも・・・? もしやちららち見ていたことが気に障ったのだろうか。
 冷や汗いっぱいのは顔を上げられず、おじぎが足りないのかと、ますます深く頭を下げた。
「おいおまえ、顔を上げろ」
「はっはい」
 正反対のことを言われ、はじかれたように背筋を伸ばす。そうしたら、間近に相手の顔があった。
 こんなに近くでロンを見るのは初めてで、緊張のためかそれとも他の理由でか、ドキドキ熱くなってくる。
「おまえは通信オペレーターだったな。名前は?」
「え・・・」
 し、知っているなんて。自分ふぜいのことを、通信オペレーターだと知っているなんて!
 しかも名前を聞いてきた!?
 こんな廊下でじかに言葉を交わすこと自体、ありえないことなのに!
 頭の中ショート寸前のは、ロンに目で促されていることに気づいた。すごく力のある目だ。
「はっ、と申します」
、か」
 ロンは表情を変えもせず、ガチガチに硬くなっている娘を見やっていた。
 何か考えているらしい間があって、ようやく次に出た言葉に、は自分の耳を疑った。
「今夜、オレの部屋に来い」

(・・・・・)
、ちょっとったら」
「はっはい何!?」
「次の処理」
 同僚につつかれ、慌ててディスプレイに目を向けるも、数分後にはまたボーッとしてしまっている。
(・・・ロンさまの、あの言葉は・・・)
 今夜、部屋に来い、ということは。
(やっぱり、そーゆーこと、だよね)
 分からないほど子供じゃない。つまりは、伽の相手に選ばれた、ということだ。
 女性を適当に見繕って慰めを得るなんて・・・東の霊将ロンが、そんな人だとは思わなかった。
(所詮、お偉方なんて、そんなものかァ)
 それにしても、どうすればいいものか。命令には逆らえないが、かといってそんな・・・。
 隣で同僚がわざと大きくため息をついているのにも気付かないまま、それを上回るようなため息をこぼすだった。

 終業となり、日も落ちて、いよいよ夜と呼ばれる時間帯、はロンの部屋にいた。
「こっちに来い」
「ロ・・・ロンさま」
 普段とは違い、プライベートな領域でくつろいでいるロンは、別人のように見える。
 ぼんやりしながらも、もう、そばにいた。命令に従うことに慣れきっている身体が、自動的に動いていたらしい。

 いきなり腕を引かれて、目が覚めた気分になる。
「−!」
 次の瞬間には、逃げ出していた。突き飛ばすようにして、一歩退いたのだ。
 とんでもない無礼を働いてしまったことは分かっている。事実、体の震えが止まらない。
 だけど、こんなのは嫌だ。いくら四霊将のロンでも、従えることと無理なことがある。
「わ、私にも誇りがあります。見損ないましたロンさま!」
 相手の顔も見ずに駆け出す。ドアから外に出て、めちゃくちゃに走った。

『そろそろ参りましょうか』
 今朝からドナーの様子がおかしいことに、雷童はとっくに気付いていた。何しろ自分の背中に寝そべるようにして、動こうとしない。
 いつもの生気に満ちたロンさまはどうしたのだろう。
『ロンさま』
 ロンは自分の両腕を枕がわりに、雷童の首にもたれ仰向けになっていたが、ふと呟いた。
「雷童、おまえ、誰か好きになったことはあるか」
『はっ?』
 もちろんロンは好き(ドナーに対してそう言ってもいいなら)だし、他にも好きな人やB'tならいるが、今聞かれているのはそんなことではないのだろう。
『特定の異性を、といったことでしょうか?』
「まあそうだ、だから・・・恋ってことよ」
 およそ猛々しい東の霊将から出る言葉とは思えない。だが真面目な様子の前で、笑うわけにもいかない。
 さてどうやら、この覇気のなさは恋とやらが原因だろうとは見当がついたが、雷童にはまるでピンと来ないのだった。
『さ、さあ、私には分かりませんが』
「そうか、そうだよな」
 機械に過ぎない雷童が、恋なんて分かるはずはない、とははなから思わなかった。B'tは感情も人間並みといっていい。
 B'tが恋などするわけはないというよりも、雷童がまだそういう気持ちを味わったことがないというだけだろう。
 そういうロンだって、つい最近、初めて知ったのだから。
『あの通信オペレーターですか』
 ドナーが気になっていた娘のことは、覚えている。
「ああ。昨日、という名を聞かせてくれた」
 雷童から話を出してくれたのが嬉しい。
「どうも怒らせてしまったようだがな」
 男同士、気を許した親友といった感覚で、語り出す。
 雷童は神妙に耳を傾けていたが、目の前を一人の女性がボーッと歩いているのに目を留めた。
 ロンは反対側を向いているので、全く気付いていない。
 雷童は、少女に対してこっそり合図を送ることを試みた。

 四霊将の命令に、逆らってしまった。
 降格か、機械皇国を追い出されるか、まさか、死・・・
 昨日から生きた心地のしないは、今日一日休みをもらい、それでも落ち着かないのでその辺を当てもなくフラついていた。我ながら、幽霊のようだと思いながら。
 ちかっ、と目をさすものがあるので、顔を向けると、大きな龍が座しているのだった。
(B't・・・雷童!)
 そのドナーは、言わずと知れた・・・。
 逃げるべきか、昨夜の非礼をわびるべきか・・・取り乱すだったが、雷童の仕草に気がついて固まってしまう。
 前脚を上げ、ツメを口元に当てている。
(声を出すな、ってこと?)
 そしてその前脚を、の方に向け、チョイチョイ、コイコイ・・・。
(そばに寄れって?)
 B'tが人間並みのボディランゲージをするのが、ユーモラスで笑えてしまう。
 だが言われた通り、声は出さないようにして、そっと近くに寄った。

「オレは嫌われてしまったんだろうか」
 問わず語りに似ていたが、雷童はに目配せしつつ、律儀に答えた。
『嫌われる以前に、ほとんど初対面だったのではないですか』
「それは確かに・・・」
 仕事上の接点はほとんどなかった。だけどなぜか目についた。ありていに言えば、好みだな、と思っていた。
 名前も知らず・・・何しろ一兵卒ふぜいの名をわざわざ人に聞くなんて、不自然だろうから・・・ただ、たまに見かけることがあると、こっそり目で追っていた。
 ところが昨日、珍しく廊下ですれ違おうとした。滅多にないチャンスを逃す気にはなれず、立ち止まって話しかけ、名前を聞いた。そこまでは良かったが、その次に何と言うか考えてもいなかったので、とりあえず後で来てくれと言っておいた。
 夜、本当に来てくれたときは嬉しかったけれど、はいきなり怒っていきなり走り去ってしまったのだ。
「・・・ふう」
 雷童の背から見上げる空は、眩しいほど青くて、心にしみる。
「所詮、オレが勝手に好いていただけだからな・・・のことを」
「・・・えっ」
 短い声と身じろぐ気配に、ロンも跳ね起きる。雷童の足元に、人がいる。しかも、こちらを見上げているのは、今まさに話に出ていた張本人・・・。
「な・・・っ!」
 珍しいことに、ロンは雷童から転落しそうになった。
! お前いつからそこに・・・、雷童!」
『すみません、見かけたので、つい』
「・・・・」
 きまりが悪いったらないが、こうなったら雷童を責めても仕方ない。ロンは覚悟を決め、の目の前に飛び降りた。
、昨日は・・・」
「もっ申し訳ありませんでした、ロンさま!」
 バッと頭を下げる。見ると耳まで真っ赤だ。
「私、ロンさまが遊びで声をかけてきたのかと思ってしまって・・・」
「遊びだと?」
 ムッとして腕組みをする。
「このオレがそんな男に見えるってのか」
 そう言い放たれ、ますます恐縮してしまう。
「あのでも、まさかロンさまが、私なんかのことを・・・」
 さっきのは聞き間違いだろうか? 好いていた、と、そう聞こえたけれど。
 不意に自信がなくなって、戸惑い口ごもる。
 そんなのうつむいたままの顔は、半ば強引に上向かされた。
「そうだ、オレはお前に興味があるから声をかけた。それでもイヤか?」
「いっいえ、イヤだなんてそんな滅相もないっ!!」
 ひそかに、でもずっと憧れていた。のロンに対する想いは、同僚たちとのおしゃべりのネタにできるような軽いものではなかったのだ。
「私も、ロンさまのことをお慕いしていましたから・・・」
「じゃ何で逃げたりした?」
 本当に分かっていないらしい。は軽く首をかしげてみせた。
「いきなり夜に部屋に来いなんて言われたら、誰でも警戒してしまいます」
「・・・そうか」
 邪な気持ちなど、何もなかった。ただ近付きたかっただけなのだ。
「じゃあ、今ここでなら、大丈夫だな?」
「はい?」
 二の腕をつかまれて見上げると、ロンはニヤリ笑っていた。
 それはが初めて見るやんちゃな表情で、見事にハートを射抜かれてしまった。
「付き合ってくれ」
「えっはい」
 反射的に答えてしまい、ハッとしているところに、ロンの顔が近付いてきたので、これまた反射的に目を閉じる。
 ほんのちょっと、触れるだけのキスをした。
 そばで雷童は、顔をそらし見ないように気を使っていた。

「一緒に来い」
 とろけそうな甘さにひたる暇も与えられず、腕を引かれる。
「ロンさま?」
「ええい」
 動きについて来られないに少々苛立ち、ついに抱きかかえてしまった。この方が早い。そのまま雷童の背中に飛び乗る。
「行け雷童!」
『はっ、ロンさま』
 返事と同時に、龍をかたどったB'tは大空に向かい飛び立った。
「!!!」
 機械皇国に属してはいるが、B'tに乗るのは初めて、しかも雷童は最高のステータスを誇るB'tだ。
 はものすごい加速に声にならない叫びを上げ、目を白黒させていた。
「−大丈夫だ」
 強く、ぎゅっと抱かれて。
 ようやくひとつ、息をつく。
「ロンさま」
 B'tにはガードシステムがある。いや、それ以上に。
 なんて安心できるのだろう、この人の腕の中は。
 思い切って、しがみついた。
 そしたらもっと、安心できた。
 そっと開けた目に飛び込む青空、いつもより近い空。
 風になびく黒髪を見ていたら、こちらを向いて、微笑んでくれた。
 その笑みも瞳も、抱きしめてくれる腕も。何もかもが、力強い。
 空の似合う人なんだ、と思った。
 包まれて、幸せな気分になる。

 突然実った恋は、新しい未来が開けている。
 雷童が飛ぶスピードとシンクロして、はその明るさを感じていた。


                                                             END



       ・あとがき・

B'tXを読み返したら、どうにも書きたくなってしまいました、ロンさま。
やっぱりロンさまいいよー大好きだよ。ということで。
大人向けの話にしようというところから組み立てた話のハズだったのですが、なぜか爽やかなまま終わってしまいました。あれっ?(笑)
当初のもくろみからこんなに大きく外れるのは、私としては珍しいのです。

せっかく書くなら雷童にも出番を! ということで、ロンの相談相手&ボディランゲージをやってもらいました。
雷童もホント大好き。
ロンさまに抱っこしてもらって雷童に乗せてもらえるなんて! ちゃん最高じゃないですか!!
もう大人な展開にしなくてもいいやって思っちゃったよ。

B'tXの根強いファンの方っていらっしゃるんですよね。投票など折々でそれを感じます。
B'tXのドリームはあまりないようですが、需要はあると信じております!!
というわけで、また別のキャラでも書きたいです。
そういえば、B'tXのオリキャラ小説を読み返してみたけど、もう10年近く前ですよ、書いたの。歴史を感じるね・・・。


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