ジーヴァス


「私、・ジーヴァスといいます。あの、ここに探偵さんがいると伺って・・・」
 おずおずと戸口に立つ少女を中へ入れたのは、メロの単なる気紛れに過ぎなかった。
 今日はたまたま暇だし、相棒は昨夜徹夜作業だったためまだ寝ている。
 何よりというこの娘、身なりは質素だが、メロ好みの可愛い顔をしていた。
「実は、生き別れの兄を探して欲しいんです。先日、母が他界したことで、身寄りがなくなってしまって・・・」
 ソファに浅く腰掛けるなり、三文ドラマみたいな話を始めるを、メロはチョコかじりつつ斜から見やっていた。
「写真は、小さいころのが一枚だけ・・・」
 もう鬱陶しくなり、立ち上がるや小さな手をテーブル越しに掴み上げる。
「詳しい話を聞くより、報酬が先だ」
「・・・これが、全財産です」
「話になんねぇな。こっち来い」
 出された封筒の中身を見もせずに、テーブルを飛び越えるとの腕を引いた。そのまま自分のプライベートルームに連れてゆく。
「早くしろ、面倒かけんな」
 自分のシャツを脱ぎ捨てながら促す。
 当然ながら、は戸惑っていた。目を泳がせ、細かく震えているさまは可哀想で、もっといたぶってやりたくなる。
「何を・・・」
「金がないならカラダで払えってんだよ」
 わざと型にはまった低俗さで言い放ちながら、ベッドにぞんざいに腰を下ろした。
「常識だろ」
「・・・そうすれば、兄を探してくれるんですね・・・」
 そんなわけねぇだろ、信じるなよバカ。
 内心で毒づくメロの眼前で、一つ決意をしたように頷くと、はブラウスのボタンを外し始めた。
 生い立ちから、春をひさいでいる可能性も思い浮かべていたメロだが、服を脱ぐ動作のたどたどしさに、それはないなと打ち消した。
 ようやくブラウスとスカートを取ったものの、は途方に暮れ、スリップの裾をいじっている。
「脱げ、それも」
 容赦ない言葉に、怯えながらも従うしかない。
 せめてもと、粗末な木綿のスリップで体を隠した。
 のろのろ目を上げると、鋭い視線にびくりとした。わずかな仕草で「ここに来い」と命ぜられ、そのままの格好でベッドに近付く。
 チョコの匂いが充満している部屋で、ベッドサイドはより甘ったるさが濃くなっている。は少しくらくらした。
「キスしろ」
 緩慢な動きで屈んで目を閉じる。何の手管もないは、ただ唇を合わせることが精一杯。チョコの味に触れ、その甘さに小さな胸が満たされてゆく。
 メロはの手から白い布切れを奪い、床に落とした。わずかな震えを唇越しダイレクトに感じた瞬間、乱暴に抱き締めこちらから与えるキスに切り替える。舌の侵入を拒まれれば余計に気分が高まって、気がつくと無理矢理こじ入れ、激しく乱していた。
「・・・ん、っあっはぁ・・・」
 酸素不足にあえぐをベッドに突き倒し、のしかかった。
「・・・面白くねえな」
 ばふっ。枕にこぶしを叩き付け、近くから睨む。すくみ上がるの顎に指をかけた。
「イヤなんだろ、抵抗しろよ」
 有無を言わさず押さえつけたのは自分なのに。理不尽と知りながら、なじらずにいられない。それほどは従順で清純すぎて、危なっかしかった。
「でも・・・」
 体をかばいもせず、はメロを見据えた。
「大丈夫です、私・・・イヤじゃ、ないですから・・・」
 無理をしているようには見えない。それが証拠に、の態度は今やすっかり落ち着いており、口もとには微笑すら浮かんでいる。
「そんなに兄貴を探したいのか」
 正直、の肝の据わりようは気味が悪いくらいだった。ただ一人の肉親の消息を何が何でも突き止めたいのは分かるが・・・。
「確かに、そうですけど・・・」
 は、ごく近い位置にある、男の顔を見ていた。左半分を覆う傷、それを隠すかのように無造作に伸ばした金の髪と、まるで刃物のような眼光・・・。
 つぶさに見つめているうち、の頬が赤らんだ。ぽっ、と音がしそうに。
「・・・あなたなら、構わないかな、って・・・」
「・・・!」
 意味を理解できないほどメロは愚鈍ではなかったし、分かっていて受け流せるほど女性の扱いに長けてもいなかった。
「・・・もういい」
 ベッドを飛び降りると、床に散らばった服を拾い集め、に投げつける。
 不意をつかれた動揺が、我ながらカッコ悪い。その元凶がこの娘だと思うと腹立たしくて仕方なかった。
「・・・ごめんなさい」
 服を引き寄せ下を向く、しおらしさにまたイライラする。
(そんな泣きそうな顔するな・・・!)

「母は、兄をよそにやってしまったことを・・・いくらお金がなかったとはいえ・・・、最後まで後悔していました」
 の、経済的には恵まれておらずとも母親の愛情を受けて育ってきたさま、それの滲み出る言動が、いちいちカンに障る。
 壊してやりたかったが、「あなたならいい」などと封じられては、なすすべもない。
 かくして、ソファに足を投げ出し、すっかり横向きになってチョコを食べながら、の話を聞いているメロだった。
 負けたようで悔しいが、今のところ手も足も出ないのがまた腹立たしい。
「兄はワイミーズハウスという施設に引き取られたそうですが・・・」
 手がかりを一生懸命話していたは、メロの反応に一度言葉を切った。
「ワイミーズハウスだと・・・?」
「え、ええ・・・」
 がばっと身を起こしたメロに、穴の開くほど見つめられ、は首をかしげるばかり。
 そんなに見られては、恥ずかしいしドキドキしてしまう。
「写真持ってるって、言ってたな」
「はっはい」
 勢いに押されるように、急いでバッグをさぐった。
「これです。5歳のころだそうですが・・・」
 ようやく出てきた古い一葉を奪い取る。
 室内でひとり写っている、緊張した表情のはしっこそうな子供・・・。
「名前はマイル・ジーヴァスといいます」
「マイル・・・マ・・・ッ・・・」
 身近な人間に面影が重なり、あんぐり口を開けたメロの目の前で、もう一つのドアが開いた。
「若い女の子の客なんて珍しいな」
 いつもの寝起きとは違ってちゃんと身なりを整え出てきたマットは、ソツなくに笑顔を向けた。
 その顔と、手の中の写真とを見比べて、メロの開いた口はいつもまでも閉じられなかった。

「本当に、こんな偶然ってあるんだな」
「きっと神様が導いてくれたんだわ!」
 抱き合って再会を喜び合った兄妹は、興奮もさめやらず、弾んだ声で話し続けている。
 感動の場面で、メロは退席するタイミングも失い、そのままソファに寝転がってチョコをかじり続けていた。
 ・ジーヴァスは、マットの妹・・・。マットの本名を、メロは初めて知った。
 それにしても、髪の色がまるで違うとはいえ・・・そしてマットがいつもゴーグルで目元を隠していたとはいえ、なぜ気付かなかったのだろう。
 兄妹だと言われればなるほどと思えるくらいには、二人似ているのに。
 あまつさえ、部屋に引き込んであんなことを・・・。
(まさかマットにバレてないだろうな)
 知らなかったとはいえ、妹に手を出しかけたなんて、さすがにバツが悪い。
 ちらっと盗み見ると、マットもこっちを見て、フッと意味ありげに笑った。
 一気に血の気が引いたメロに見せつけるように、隣に座った妹の肩を引き寄せ、しみじみと語り出す。
「本当はもっとしっかり身を立てられるようになってから迎えに行きたかったんだ。・・・母さんが死んじゃったのは残念だけど、でも、はこれからここで暮らせばいいよ。嫁の貰い手も確保できたわけだしな」
 最後の一言に、必要以上に力がこもっている。
 しかも、こっち見てる。
 メロはソファの上に起き上がった。
「よっ嫁の貰い手って誰のことだ」
「今更何だ、部屋に連れ込んでおきながら」
 ・・・やっぱりバレていた。
「かわいそうにな。こいつに、無理矢理ひどいことをされたんだろう。大丈夫だ責任はキッチリ取ってもらおうな」
 もっともらしく言い含めるマットもマットだが、頬を赤らめて何だか嬉しそうにこくこく頷くだ。
 メロは声を張り上げた。
「やってねえ、未遂だ!」
「・・・ひどい。お兄ちゃ〜ん」
 よよよと泣き崩れるのを抱きとめ、メロをにらみつける。
「妹をキズモノにしておいて、何だその言い草は。お前がそんなヤツだとは思わなかった」
 二人とも、芝居がかっている。
 長い間離れていたとはいえ、やはり兄妹の血なのか、息はピッタリだ。
 二人がかりでハメようとしている。一生縛り付けられる・・・!?
 恐ろしい予感に、メロは戦慄した。
「お前を兄と呼ぶなんて、まっぴらだーッ!!」
 メロの受難か、はたまた愛の始まりか。
 これから、を加えた、新しい生活が始まる。









                                                                END




       あとがき


マットの妹を、メロがそれと知らずに襲ったりしたら面白いかも。
そんな思いつきから生まれました。
パラレルで、二人組んで探偵みたいなことをしています。
ちゃんが兄さんのところに来たのは本当に偶然だったんだけど、会ったとたんずっと一緒だったかのように馴染んで、二人がかりでメロを困らせる辺り、さすがですね。
のちのち、ちゃんとメロの間に、本当の恋が生まれればいいな。

プロット段階では本当にメロが襲っちゃって、それで情がわいちゃうってふうだったんだけど、いざ書いてみたらちゃんの純情可憐ぶりに、さすがのメロも手を出せませんでした(笑)。





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