シフトアップ



 人間界の森の中に、龍が一頭、降り立った。
 誰もいないのを見て取って、待ち合わせは自分の方が早かったと思いつつ、ぽんと音を立て女性の姿になる。そう、彼女は龍人、名をといった。
 は、木の切り株に腰掛ける。ここは彼女の指定席なのだった。
ちゃーん」
 バサバサとせわしない羽ばたきを聞いて、待ち人ではないことにがっかりしながらも、は微笑んでみせた。
「こんにちは、バードさん」
 大きな青い鳥は、龍人の目の前で人型に変身する。
「またここで待ち合わせかい? たまには俺にも付き合ってよ」
 この男は、いつもこう。鳥人界英雄のクセに、女の子と見るやナンパしている。
「悪いけど、今のところ、女友達といる方が楽しいから」
 首をすくめてやんわり断ると、バードはとても奇妙な顔つきをした。
「女友達、ねェ・・・。ちゃん、君まだアイツのことをそう思ってるわけ? アイツはさぁ・・・」
 口から生まれたような男がそこまで言って、不自然に言葉を切った。
 の背後に、大きな影がぬうっと現れたのを見たからだ。
 ゴワゴワの黒髪をムリヤリ三つ編みにして、いかつい身体に似合わなさすぎる花柄ワンピースなどを装着した男・・・いや女・・・いややっぱり男・・・。
 しかもそいつは、バードをにらんでいる。右目は黒い眼帯で隠されているが、残った片目を血走らせて、これでもかとにらみつけている。
 バードはもうそれ以上、一言も発声不能。
 青くなって後ずさり、鳥に戻るとバササーッとすみやかに飛び去っていってしまった。
「あれ、バードさん?」
 そこでも背後の気配に気付く。
 振り仰いで、花柄ヒラヒラの服をまとったごっつい女の子(?)に、笑いかけた。
「リュウ子! 遅かったじゃない!」

 以前、バードの彼女役で女装したときのことだ。ちょっとしたきっかけで、龍人のと仲良くなった。
 それ以来、女友達としてと付き合っている。
 つまり、と会うときには、常に女装をしているのだ。さすがに自国ではまずいような気がして、には自分は人間なのだと偽り、人間界で会うようにしていた。
 だが、さっきのように、バードたちがちょっかいを出したり、リュウ子の正体をにバラそうとするので、そのたびにニラみをきかせたりごまかしたり、気が気ではない。
 知り合いの多い人間界で会うようにしたのは、失敗だったとリュウは思う。
「・・・でね・・・、聞いてる? リュウ子」
「うん、うん、聞いてる」
 切り株に腰掛けたと向かい合うように草の上座って、他愛もないお喋りに興じる・・・女言葉で。
 何やってんだ竜人界ナンバーワンが!
 途中で素に戻ってしまい、猛烈に頭をかきむしりたい気持ちになることもしばしばだけれど、
「アハハハ・・・リュウ子の話って、ホントおかしー!!」
 の、楽しそうな顔を見ていると、もう少しこのまま・・・と思ってしまう。
 こんな開放的な笑顔、自然な仕草は、女友達だからこそ見せてくれているのだろう。
 それならば、女のフリをしていてでも、また、にいくつか嘘をついてでも、こうしていたい。
 のことが、好きだから。
 のことを、そばで見ていたいから−。

 今日も空は青く、絵に描いたような白雲がぷかぷか浮かんでいる。
 草花の匂いを抱いた風に吹かれると、心地よさげに目を細め、髪を指で梳いた。
 そんな何気ない所作に、目の前の友人がいちいち胸を高鳴らせているなんてこと、は知らない。
「実は、リュウ子に相談があるの」
 声をひそめて、は切り出した。
 腰の位置を浅くして上身を乗り出すようにしてくるから、顔がずっと近くなって。まつ毛の長さとか、ピンク色の唇とか、ついまじまじ見てしまい、その繊細な美しさに、リュウは自分が女としてこの場にいることを忘れそうになる。
 引き戻したのは、の声だった。
 やわらかな声を低めて、囁いた相談ごと・・・。
「あのね、私、今好きな人がいるんだけど・・・」
「−!!?」
 ひとつだけの目を見開いて、リュウはを見据える。
 今、好きな人がいる。
 好きな人が・・・。
 真っ白になった頭の中、忌まわしいリフレインが止まらない。
「あ、びっくりしちゃった? ゴメンね今まで黙ってて。でも、リュウ子にも話を聞いて欲しくて・・・」
「・・・聞けるか・・・」
「えっ?」
 低いうなり声に、目をパチクリさせる。
 リュウ子は大きな体を小刻みに震わしていたが、急に爆発したように、バッと顔を上げ怒鳴った。
「そんな話、聞けっかよッ!!!」
 大気をつんざくような大声に、は度を失い、胸を押さえる仕草をしながら蒼白になった顔を上向けた。
「聞いてくれないの・・・? 親友・・・いえ心友だと思っているのに・・・」
 目に涙が浮かび、リュウ子の姿がぼやけてくる。
「友達なんかじゃねェ・・・もうこんなこと、やってられっか!!」
 ビリビリビリッ! 滲む視界で、何か・・・服を・・・破ってる?
 は慌てて指で目をこすった。
「リュウ子・・・」
「違う! オレは、リュウ」
 花柄の服の破れ目から、胸元があらわになっている。がっちりと厚い胸板・・・。
 息も止めて石のようになっているの目の前で、三つ編みを乱暴にほどくと、硬い黒髪が逆立った。
「竜人界ナンバーワンの、リュウだッ!!」
「−−−!!?」
 の驚きは筆舌に尽くしがたい。何しろ、今の今まで仲良い女の子同士だと思い込んでいた(信じて疑いもしなかったのだ)相手が、男・・・しかも自国の英雄だったのだから。
「うそ・・・っ」
 小さな呟きを突破口に、目の前の光景を現実として納得させてゆく。
 の中で、その作業は案外と速やかになされた。
「・・・何やってんのッ、英雄が女装なんて!?」
「えーい言うなッ!」
 自分でも何十回となくツッコんだのだ。この上にまで責められたくはない。
「・・・バカだと思うだろ。だけど・・・、お前のそばに、いたかったんだよ!」
「・・・リュウ・・・」
「・・・だが、もう終わりだな」
 それ以上顔を合わせてはいられなく、向けた背に、の声が追い打ちのようにかけられた。
「ええ、終わりね・・・」
「・・・・・」
 龍に変身して、飛び去ろうと思った。
 背中に触れた感覚が、あと一秒遅ければ、そうしていた。
「・・・話の続き、聞いてくれる?」
 リュウの大きな背中に寄り添って、はいたずらな含み笑いで、でも嬉しさを押さえきれないように、言った。
「私の好きな人は、竜人界ナンバーワンの、リュウなの・・・」
「・・・・・」
 バッ。
 いきなり体ごと振り向いたもので、はよろけた。
 それを支えて腕に抱きとめ、リュウは間近で見つめた。
 の顔が、今までとはまるで違っていることに気付く。
 ほんのり赤くなって瞳をうるませたさまは、ぐんと艶っぽく見えた。
 女友達ではなく、想い人を見る目だ−そう思ったとき、リュウの表情も、和らいでいた。
「−何だ、もう両思いだったのかヨ」
「そーゆーコトね」
 一つの目と二つの目が合わされば、くすぐったいようで夢みたいで、どうしても笑いたい気分になってしまう。
「ふふふふ・・・」
「くッくッ・・・」
 笑い声は伝染し合って、森の間に響き渡る。
 大声で笑って、涙が出るまで笑って、それでも腕は離さずに、ますます強く抱きしめ合った。
「・・・ウソついて悪かったな」
 詫びると、はふるふる首を振った。
「私も、全然気付かなかったわけだから」
 好きな人が、こんなにそばにいたというのに。
「まッ・・・、これからは・・・」
「竜人界で、デートしようね」
 くすくす、笑いはそこまでで。
 リュウの唇にせき止められる。
 森の中初めて交わすキスに、幸福感が膨れて、このまま空に飛んでいきそうな気分だった。

 こうして、リュウとは女友達から恋人にいきなりシフトアップ、それからは、竜人界のそこここで、仲睦まじい二人の姿が見られるようになったのだった。






                                                             END



       ・あとがき・

投票所でリクエストのありました、リュウドリームです。
リュウ好きの方がいらっしゃるのねー、同士だわー! と喜んで書かせていただきましたよ。
投票くださった貴女に捧げます。

リュウの話をと考えたとき、リュウ子をからめたいなーと思って組み立ててみました。
何だかんだ言ってノリノリで女装してましたからねリュウ。
ちゃんニブ過ぎです(笑)。
スピーディに話が進んでしまいましたが、これから二人ラブラブで。





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