Can You Keep A Secret?
「炎!」
キース様の部屋を出たところで、仁王立ちのにとおせんぼされ、炎はヤレヤレ、といったように見下ろした。
お嬢様の気まぐれワガママ攻撃が発動されそうな気配はありありなのに、最終兵器と言われる自分でもそればかりは回避不可能なのだ。
「キースばっかりズルイわ。今度は私のそばにいてよ!」
は炎の袖をぐいと掴むと、そのまま自分の部屋に引っ張り入れた。
にあてがわれた部屋は、少女の好みのように飾り付けられている。ピンクやレースやハートでふわふわしている内装は、炎をひどく落ち着かない気分にさせた。
「炎」
お嬢様が身にまとっているのも、フリフリのロングドレス。陶器のような肌と華奢な身体にそれはとても良く似合ってはいるが、炎は正面に立ちながら真っ直ぐ見ようとはしなかった。
「炎ってば。さっきキースにしていたみたいに、私のことも抱きしめてよ」
とんでもないことを言い出すのも日常茶飯事、炎は目をそらしたまま「出来ません」と事務的に答えた。
「どーして!? ボウイ兄様のために戦って、キースにはあんなに優しいくせに。私にも何かしてくれなきゃ、不平等よ!」
距離を詰めて、早口でまくし立ててくる。
炎はますます顔をそらした。
「兄弟に不公平があっちゃならないわ。そう思うでしょ?」
もちろん相手が五人兄弟の長男であることに引っかけて言っているのだが、それも炎は涼やかに切り返した。
「兄弟でも、役割や生まれ持った性質がそれぞれ異なるものです」
まさにバラバラの個性がぶつかり合っていた弟たちのことを思い出す。我ながらよくまとめていたものだ。
暫時追懐に浸っていた炎だが、はフン、と口を尖らせていた。
「私は無能だって言いたいわけね」
兄のボウイはたくさんの艦隊を率いるレッド軍の総帥だ。また、弟のキースは不思議な能力で星の声を聞いている。
兄を戦力として、弟を精神面で支えている炎には、何も持たない自分と関わる理由など一つもないのだ・・・。
分かっていながらは炎を捕まえ、無理難題をふっかけて困らせようとする。
構って欲しいから。そばにいて欲しいから−。
「・・・どうせ私は・・・」
悔しくて悲しくて、泣きそうになる。
そんなを、ようやく炎はちゃんと見た。
いつものワガママな子供に対する困り顔で。
「・・・そうではなく、様。言うまでもないことですが・・・、あなたは女性ですから」
「本当に、言うまでもないことね」
だから何? つんと顎を上向ける。
「女性を抱きしめるというわけにはいきません」
律儀に続ける炎に、今度は冷笑を浴びせる。
「造られたモノのくせに、そんなこと気にするのおかしいわ」
「人間の常識というものをわきまえているつもりですので」
「−いい加減にして!!」
とうとうは地団駄を踏んだ。
「いいいから抱きしめてよ。私は炎に抱きしめて欲しいの!」
もう困らせるためなんて域は越えている。本心を吐露してしまっていること、分かってはいるけれど、は自制できなかった。
「・・・ボウイ様にお叱りを受けます」
「兄様にはナイショよ」
「兄弟に隠し事はいけませんな。私だったら許しません」
そんなこと言っても、各惑星に散らばっている弟たちだって、知らない間にたくさんアンタに隠し事作っているんじゃない?
そう、言ってやろうかとも思ったが、結局やめた。
「いくら兄弟だって、秘密にしたいことはあるわ。・・・これだけ言っても分からないの!?」
鉄面皮はやっぱり、人造人間だから?
人間のこういう気持ちは、理解できない・・・?
「炎、私は・・・」
「・・・それ以上言わないでください、様」
そう伝わっている。分かっている。
分かっているから、困っている−。
「あなたの言うとおり、私は造られたモノ・・・そしてあなたは、人間です」
「そうよ人間よ。人間だから・・・、止められないの!」
はとうとう自分から抱きついた。
止められない。抱きしめて欲しい気持ち、好きだという感情を。
「・・・様・・・」
炎は、棒立ちのまま動けなかった。
戸惑っていたのだ。の真っ直ぐすぎる想いと行動に、ではない、自身の激しい葛藤に。
己というものをどこかに置き忘れてしまいそうな頼りない感覚は、馴染みが薄い分、恐ろしい。
「様、離れてください」
「イヤよ」
柔らかそうな髪、自分に回された、細い腕。
触れたい。
抱きしめたい・・・本当は、思い切り。
「・・・あなたはいつも奔放で・・・、私にはそれが羨ましい・・・」
ふわっと上向いて、は眩しく笑った。
「炎も、そうすればいいわ。全部、秘密にしといてあげるから」
長男だからと、仕える身だからと。色々なことを抑えて生きてきたのだろう・・・そうは思いやる。
最初はお堅い男だと、近付きがたかった。
だけどいつしか気になる存在になり、今や炎のことを考えない日はなかった。
「・・・お許しください様・・・、やはり私には・・・っ」
とても、とても苦しそうに声を絞り出すと、炎はできるだけそっと、の腕を外した。
「・・・失礼します」
の方を見ないようにして、足早に去ってゆく。
ピンク色の部屋に、今にも泣きそうに顔を歪める少女だけが残された。
「どうして・・・炎・・・」
あんなに言っても、抱きしめてもくれないなんて・・・。
ビーッ。
来訪者を知らせるブザー音に、心臓が跳ね上がった。
慌てて開けたドアの向こうに立っていたのは、金髪の、細身の男。
「・・・ボウイ兄様」
「そう、あからさまにガッカリされると寂しいものだぞ」
「・・・そんな」
取り繕おうとした笑顔は、凍りつく。突然、正面から抱きしめられて。
「兄様?」
普段、こういった習慣はない。だが兄妹なのだ、騒ぎ立てるのも不自然だと思い、はされるがままに突っ立っていた。
「」
両腕で強く抱き、ボウイは妹の耳元に囁く。
「抱き締めて欲しいならいつでも・・・、それ以上の快楽も教えてやるよ」
「・・・、炎が言ったの!?」
頭にカッと血が昇る。
兄の言動よりも、秘密にしておきたかったことを炎がバラしたということがショックだった。
「いいや・・・お前のことはいつも見ているということだよ」
「・・・!?」
反射的に、部屋の中ぐるりと視線を巡らせる。カメラか何かを・・・?
だが見つけ出す前に、顎をとらえられ、視線を固定させられた。
冷たい色をした兄の眼、吸い込まれそうな魅力に満ちた瞳に。
「お前がいつの間にか子供じゃなくなっていたことに、兄さん気付かなかったよ」
「・・・兄様・・・、私、炎がいいの・・・炎じゃなきゃイヤなの!」
声を張り上げても少しも動じず、ボウイはゆっくりと顔を近付けてきた。
「馬鹿だな・・・あれは人間の男とは違う。お前を喜ばすことなど出来やしない・・・こんな風に・・・」
「兄・・・様・・・」
(・・・様・・・)
まだ子供といっていい年頃なのに、時折見せる大人びた仕草や強い瞳に、惹かれていた。
何かと構われたがるに、翻弄されながらも、心の奥底では嬉しかったのだ。
だが、想いに任せてしまえば、自分がどうなってしまうか分からない。
こんな自分が、を幸せにしてあげられるわけがない・・・どう考えても。
(できません・・・愛していても・・・)
千々に乱れる心を抱えきれず、炎はうなだれた。
「炎ー!」
ぎゅむっ。
近頃のは、挨拶代わりに抱きついてくるようになった。
「様、離れてください」
あの日から自分の気持ちを隠さなくなったお嬢さんに対し、炎の戸惑いは増すばかり。
「ねっ、また私の部屋に来てよ」
「・・・・・」
上目遣いの眼を見た炎は、ハッとする。鏡のように全てを正直に映していたはずの瞳が、いつの間にか炎の知らない光を帯びるようになっていたのを、見て取って。
それは艶めいた、ヴェール越しのような大人っぽさの・・・。
「早くぅ」
秘密を持つことを知った少女は、尚も無邪気なふりをして、愛する人を誘い続ける。
いつか応えてくれる、その日まで。
END
・あとがき・
五人の中で一番好きな、炎のドリームを書こうと思ったんですが、何故かボウイとのダブルキャラ(?)に。
私にしては珍しい、はっきりラブラブじゃないドリームになりました。
でもC5って、あやしさ満点じゃないですか。
刃と雷とか、将軍と闇丸はあからさまに・・・!
そういう感じをちょっと持ってきたかった。
それに、最初は炎が気持ちに流されてちゃんを抱きしめて、そこでハッピーエンドというふうに考えたんだけど、いざ書いてみたら炎がどうしても動いてくれなかったのよね〜。
ホント、堅いんだから(笑)。
ちゃんは炎が大好きなので、いつか抱きしめてもらえたらいいですね。
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