宵の桜、月の光
宵の桜、月の光。
いずれも心、かき乱すもの。
「何をしているんだ、」
今ここにいてくれればいいのに、と思っていた。まさにその相手の声を聞き、は月を見上げたまま静かに微笑んだ。
「風邪をひくぞ。中に入れ」
「エヘヘ・・・竜魔っ!」
振り向きざましがみつこうとするも、あっさりかわされる。
「もう子供じゃないんだ。お前も少しは自覚を持て」
「・・・分かってる」
いつものように小言を言い始める長兄の、眼帯に隠されていない方の目を、見上げた。
「・・・・・」
斜めから月光に照らされているに、竜魔はなぜだか言葉を失ってしまう。
月の下桜の中、魔性を秘めた女の顔は、竜魔の知らぬ美しさ。
ひょっとして、分かっていなかったのは自分の方かも知れない。そう、感じたとき、夜に祝福された娘は口を開いた。
「竜魔さぁ・・・、いつも自分を殺してみんなのために頑張ってるんだから、たまには勝手して感情出してもいいんじゃない?」
いつもの口調は、この風景に似つかわしくはないけれど、日常に戻れそうだと竜魔は内心ホッとしていた。
それなのに。
「・・・私の前でそうしてくれたら、嬉しいなって、思うんだ・・・」
−なんて、顔をするんだ。すっかり大人の色香をまとって、微笑んでいる。
正直たじろいでいた。しかしおくびにも出せやしないから、竜魔は可能な限りあっさりと言い放った。
「ああ、気持ちは有難いよ。とにかく屋敷に・・・」
「イヤっ」
不意に子供のようにすねて、背を向ける。
最初の、月を見上げるポーズにおさまってしまったの、つやつやしい黒髪を眺めながら、竜魔はほとんど呆然としていた。
なぜこの娘に・・・同じ一族に育ってきた妹に、主導権を握られるなどという事態に陥っているのか・・・。
「いつまで、そうしているつもりだ?」
「・・・竜魔の気持ちを、聞くまで」
常ならぬものに乱された、心。
嘘ごまかしの通らない、さやけさ。
ザァ・・・ッ。
この里にいつも吹く風が、桜花を狂ったように舞わせた刹那、二人の距離が狭まった。
「・・・今だけ、だ」
ふわっ・・・竜魔の両腕が、の体を包み込む。
後ろからゆるく抱いて、竜魔は一つだけの目を伏せた。
情に流されてはいけない。皆を引っ張ってゆく立場にある、自分が・・・。
だがへの想いが、封印していた気持ちが、宵の桜と月の光によってほどけ溢れてしまった。
「・・・嬉し・・・っ・・・」
いつしか彼だけを、特別な目で見るようになっていた。
竜魔の心はどこにあるのか、どうしても、分からなかった。
でも−。
なんて強く、温かな腕。
一族や掟や兄弟や、たくさんのものを抱えている両腕で、今は自分だけを抱きしめてくれている。
竜魔の体温に触れ、竜魔のにおいを感じて、心がまろやかにとろけていきそうだった。
見上げた月は桜越し、輪郭が揺れていた。
「他の奴には言うな。お前を独り占めには出来ない」
息だけの囁きでも、十分聞き取れるほどの近さと静けさの中、はゆるり後ろを振り仰いだ。
「でも私は、いつも竜魔のことだけ、見てるよ・・・」
「・・・これ以上、俺を困らせるな」
ぽん。頭に手を載せる、いつもの妹に対する仕草が、今の行為を背徳のものへと貶める。竜魔は少し後悔していた。
「もう、いいだろう。戻るぞ」
「待って、あと一つだけ」
は勢いよく振り向くと、竜魔の胸ぐらを思い切り自分の方に引き寄せた。
思わず屈んだおかげで近くなったその唇に、背伸びして、ちゅ・・・口づける。
バッ・・・!
竜魔は思い切り飛び退き、ガクランの袖口で口もとをぬぐった。
「なっ何を、おまえ・・・」
竜魔の動揺なんて、珍しいものを見た。初めてのキスを味わういとまこそなかったけれど、は満足だった。
「来い!」
乱暴に手を引き、屋敷の方へ歩き出す。
照れているのか怒っているのか、竜魔はもうこちらを振り向きはしないし、声もかけてくれない。
それでも幸せで、は微笑んでいた。
夜桜と月だけが、二人の一部始終を知っていた。
END
・あとがき・
風小次の実写ドラマ、すっごく良かったー! 夜更かしして見ちゃったもんね。
お気に入りは、今のところ、小次郎と竜魔と麗羅です。
ということで、竜魔でドラマイメージ初ドリーム。
ドラマの公式サイトで「風魔の長兄としての責任感で動いていて、常に本心を出さず、任務に徹することを第一として、リーダーとしてブレないように努めている」とあったので、こんなおはなしが思い浮かびました。
ドラマでは超能力の設定はなくなっているのかな。
頼りがいのあるカッコいい兄貴ですね!
また、風小次ドラマイメージで他のキャラも書いてみたいな。
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