龍人にとって、空は公道とほぼ同じ意味合いを持つ。
 今日もあまたの龍たちの行き交う中、ひときわ目を引く優美な姿があった。
 小ぶりだがしなやかなボディは、遊色するのウロコに包まれている。太陽を背にすれば光輪をいただくような麗しさに、すれ違う男たちは誰もが振り返らずにいられない。ある者はちらちらと視線を送り、ある者は後を追い話しかけたりするのだった。
「なァ、今からちょっと時間取れる? いい店知ってんだけど」
 思い切って誘いをかけた男に、彼女は振り向いて答える。
「ごめんなさい、待ち合わせに遅れちゃうから」
 のウロコをきらきらさせ、行ってしまった。
「ちぇっ・・・フラれた」
 一人残された男龍のもとへ、友人が近寄ってきた。
に声かけるなんて、お前も度胸あるなぁ」
?」
「何だ知らないのかよ。の付き合ってる男って、あの・・・」


 君は僕の宝物


 目的の一軒家が見えてきたところで、はスピードを緩める。竜人界の中でも、かなり大きく立派な屋敷が目の前に迫っていた。
 庭先に着地すると同時、ぽんと音を立て、龍は女性に姿を変えた。
 龍人はこのように、龍から人へ、またその逆へと、自在に変身することが出来るという種族だ。
 そこにだけを残した髪は、光の中つやつや輝いている。体の線に沿うような、ちょっとセクシーな服を身につけた、魅力的な女性の姿がそこにあった。
 は家の扉を押し開け、遠慮なく玄関に上がった。

「おお、よく来たな!」
 家主であるドラゴンは、真昼間から酒をあおっていた。
「こんにちは、おじ様」
 いつものことなので、も全く意に介さない。
 次に「どうだも一献」と杯を差し出されたときには、さすがに丁寧に辞したが。
、このごろますます女っぷりが上がってきたのう! どうだ、ワシの20番目の奥方にならんか!?」
 ずっと飲んでいるだろうにちっとも酔っているようには見えない。大酒飲みは間違いなく遺伝だ・・・そんなことを考えながら、は笑っていなした。
「いやだわ、20番目じゃなくて22番目でしょう」
「お、そうだったか・・・?」
 指折り数え始めるドラゴン、もはや妻を覚え切れていないのかも知れない。
「・・・ま、何番目でも構わんだろう。考えといてくれんか」
「いえお断りします」
「ワシの妻にならんか」は挨拶みたいなものだから、涼やかにかつきっぱりと断ったところで何ら禍根の残るものではない。
「そうか・・・」
 本気で残念そうな顔をしてはいるけれど、次に会ったときにはまた同じことを言い出すに決まっているのだ。
「まあ、ゆっくりしていってくれ」
「ありがとうございます。では失礼します」
 にこやかに一礼し、酒のにおいの充満する部屋を退出した。

ー!」
 後ろからぎゅむっと抱きつかれ、の髪を跳ねさせ振り返る。
「タッちゃん!」
 笑顔咲かせ抱き上げようとしてハッとした。タツは、もう前のような赤ん坊ではなくなっていたのだった。
「どや? また大っきくなったやろ」
 龍人はとても長寿で、50歳過ぎてから本格的な成長が始まる。
 ようやく少年になったタツは、きらきらした目でを見上げていた。
「うん、そうね」
 優しく、頭を撫でてあげる。だがの所思とは裏腹に、タツはふくれっ面になった。
「もう、子供やないっちゅうのに・・・」
 呟き、ひとつ決心したように、きつめの視線をに向ける。
は、いつになったらオレのこと、男として見てくれるんや!?」
 虚をつかれたように、は目を見開く。
 いっしんに見上げる瞳は、確かに前よりぐんと近くなった。背丈を追い越されるのも、時間の問題なのだろう。
 そう思うと、やはりの口もとはほころぶのだった。
「タッちゃんは、もう立派に、一人前よ」
「・・・でもは、子供扱いをやめないんや・・・」
 ずっと、に憧れていた。早く大きくなりたいと願っていたのだ−ただただ、の隣が相応しい男になりたくて。
 今、50歳を越えてようやく大きくなれたのに。がこちらを見る目には、少しも色めいたところがないのが、タツにとってははがゆくて悔しくてたまらない。
「だって、私は・・・」
「ええわい! もっと大きくなって、オレの魅力に気付かせたる!」
 の言葉を遮るように、タツは息巻いた。
も竜王の座も金も、みーんな、オレのものじゃ〜〜!!」
「・・・果てしない野望ねェ・・・」
 少年が大志を抱くのは結構なことだ。・・・そこに自分が並べられるのはどうかと思うが・・・。
「今に見とれ、絶対、はオレのおっお嫁さんにッ・・・」
 大事なところで噛んでしまって赤くなって、タツは、「とにかくオレのもんじゃー!!」と叫びながら行ってしまった。
「相変わらず、賑やかだこと」
 と言いながらも、の笑顔は寂しげだった。
(タッちゃん、ごめんね・・・無理なの、大きくなったとしても。だって私は・・・)
「・・・さん」
 突然、花が視界に現れたもので、考え事をしていたは息を呑む。
 美しい花束の向こうに、白い服の美丈夫が立っていた。
「白龍」
 ドラゴンの次男、曲がったことが大嫌いで正義を愛する、例えるなら風紀委員の鑑のような男である。
 いつ見てもここの三兄弟は似ていない。いくら腹違いといえど、外見にも性格にも何一つ共通点を見い出すことが出来ないのは、不思議というほかなかった。
「花人界のものです。貴女に似合うと思って・・・」
 とりどりの花たちが放つ芳香は、女心を確かにくすぐる。優しい表情で、だがは手を伸べようとはしなかった。
「とても素敵だけど・・・、私には受け取れないわ」
「・・・やはり私の気持ちには応えてくれないと・・・?」
 目に見えて落胆し、白龍は花束を自分の胸に抱く。
 彼にはもうずい分前から交際を申し込まれていた。
 友達か兄弟のようにしか見ることが出来ないと、幾度伝えても、こうしたアプローチを続ける白龍に、は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「ごめんね・・・でも私は・・・」
「一体どこが・・・」
 ぎり、と花束を握り締める。同時に白龍の目に狂気の色が差し込んだ・・・嫉妬という名の。
「あんな男のどこがいいっていうんだッツッ!!?」
「少なくとも、テメーよりはいいってんだろ」
 ぐッ。背後から抱き寄せられて、の心臓が跳ね上がる。
「・・・リュウ!」
 この家の長男が、血管切れそうな形相で弟をにらみつけている。右手ではの身体をがっちりロックしたままで。
「てめェ、人のモンにちょっかい出しやがってェ」
 すごまれても白龍は一歩も引く気はなかったが、現在が何の気の迷いか兄を選んでいるのは事実なのだし、これ以上くってかかっても彼女に悪印象を与えるだけだと判断したので、
「そんな勝手でがさつな男は、貴女に似合いませんよ」
 さらりと言うにとどめて、きびすを返した。
(絶ッ対、あの兄殺ったる・・・チャンスは次回の家族対抗ムチ合戦だ・・・!)
 表情は見えなくても、その背中から殺気が滲み出ていた。

「ったく、はオレのだってのに・・・いくら言ってもアイツ聞かねーのな」
 部屋に二人きりになってもまだ不機嫌なリュウに、は曖昧な笑みを向けていた。
 この上タッちゃんや親父さんに何を言われたのかバレたら、烈火のごとく怒り狂うだろう。
 家族に不和の火種をまくなんて、不本意もいいところだ。だからは常に口を閉ざしていた。

 いきなり抱きつかれてドキッとする。
 リュウの大きな体に包み込まれる心地よさに、すぐにポワンとして表情を緩めた。
「浮気、すんなよ」
 存外生真面目なその声音に、くすぐったくなりながらも、誠実に答える。
「しないわよ」
 リュウと気持ちを通じ合わせてから、既に長い時が経つ。
 誰に何を言われても気持ちがぐらついたことはないし、これからも絶対にないと、自信を持って言えた。
 竜人界ナンバーワン、ちょっとお酒を飲み過ぎだけれど、強くて優しいリュウに、敵う男なんていないんだから。
「・・・
 大好きの気持ちいっぱいでしがみついていたら、立ったままでガバッとキスされた。
 いつだって直情で動くリュウには、ついていくというよりもなすがままがいいのだと、はとっくに知っている。
 こうして、激しくも甘いキスに酔いしれるように。
「・・・リュウ」
 しかしそのまま押し倒されては、さすがに黙っていられなく、ぱちり目を開けてすぐ近くのリュウを見た。
 リュウの片目はすぐに伏せられ、同時に体中をまさぐられる。
「何してんのよー」
「決まってんだろ」
 荒い吐息が、彼の言動を裏付けている。は顔をしかめた。
「まだ外は明るいわヨ」
「ンなこと関係ねえよ・・・お前のイイ声、聞かせてやれ」
 白龍に、ということか。
 見せ付けてやりたいという子供じみた思惑は分かったが、にはそれに付き合う気はさらさらなかった。
 嫉妬のからんだ凶暴な衝動が、止められぬ欲望にすりかわる前に。
 ぽんっ。
 は変身し、しゅるりとリュウの腕から抜け出した。
「おいコラッ」
 不意をつかれたリュウの手は、虚空をかく。
 のボディを軽くくねらせ、自分で窓を開けると、はそのまま外へ飛び出していった。
っ」
 龍人は、龍の姿でないと空を飛べない。
 リュウも窓から飛び出すと同時、緑色の巨大な龍に変身し、恋人の後を追った。
「・・・あ、
 自室の窓から見上げ、タツは小さなため息をつく。
 は龍の姿でも、竜人界一の別嬪さんなのに。それをせっせと追いかけている兄が、どうにもみっともない。
「・・・オレとつき合うてくれたらいいのに・・・」
 窓枠に肘をついて、口を尖らす。
 白龍とドラゴンも、それぞれ別の窓から同じ光景を眺め、似たようなことを考えていた。


 追いつくのは、すぐだった。
 リュウは大きな両の手でを再び抱き締めたが、の龍はするっと抜け出てしまう。
 二、三度それを繰り返し、とうとう諦めて、後について飛んでいった。
、怒ってんのか?」
「−別に」
 そう言う声が、すでに怒っているような気がする。
「・・・悪かったって」
 兄弟仲良くして欲しいというの願いを、いつも踏みにじる形になってしまう。
 そのためにを辱めようとまでしてしまったのだ・・・頭に血が昇っていたとしか言いようがないが、今となっては、悔恨の念がリュウを支配していた。
 不意に、良い風を感じた。一つだけの目で見下ろすと、眼下には二人でよく来る草原が広がっているのだった。
 もしかして、ここでデートしたかったのかな。
 そう思い至ったから、リュウは、もう一度の龍を背中から捕まえた。
 今度はも逃げたりせず、二頭の龍は絡み合うように草原へ着地する。
 同時に人型へ変身し、二人密着したまま草の中に転がった。
 言葉はなくとも瞳を交わせば、はもう怒ってなどいなく、自分を求めてくれているのだと、リュウには分かる。
 応じるというより自分の想いのままに、もう一度、口付けを落とした。止められず、三度目のキスは深くまで。
 嬉しいけれど息苦しくて、が身じろぎすると、柔草の匂いが立ちのぼり二人を包み込む。
 そこに隠れてキスをした。
 今度は優しく抱き締めて、何度も何度も、幸せなキスをした。

「私、龍人に生まれて本当に良かった」
 リュウの厚い胸板をベッド代わりに、鼓動を聞きながら、はかみ締めるように呟いた。
 の体温と体重の心地よさに、半分眠たくなっていたリュウは、片眼を開ける。
 一方の腕を枕にし、残った手で、が自慢にしているの髪をもてあそんだ。
「龍人じゃなきゃ、リュウとこんなふうに付き合えなかったもの・・・」
「・・・ああ・・・」
 龍人は、他の種族と交わることが出来ない。
 とはいえ竜王自身が海人の娘と愛し合い、クラーケンという子が生まれたわけだから、その掟も揺らいでいる感はあるが・・・。
 現実的に考えて、他種族の者と結ばれたとしても、寿命の違いが多くの苦悩をもたらすことだろう。
 何ら憂うこともなくリュウと付き合えるのは、自身も龍人であるおかげ・・・そう思うと、は、自分のこの身が尚愛しいものに思えてくるのだった。
 大切な自分は、大切な人のもの。
 そんな嬉しい気持ちで、リュウの体に頬ずりをすると、大きな手がの頭にぽんと載せられた。
・・・、一緒に過ごそうな。これからも、ずっと」
 長い、刻を。
「うん・・・。でも、お父さんみたいに、奥さんいっぱい囲っちゃイヤよ」
「・・・バカ」
 竜人界では、一夫多妻(もしくはその逆)の形態を取っている者も少なくはないが、リュウには父親のマネをする気はなかった。
だけでいい・・・」
 少し顔を上げると、も同じようにしたので、目が合った。
「お前はオレの宝物だから・・・」
「リュウ・・・」
 はにかんで、でも嬉しくて、微笑み合う。
 リュウの腕の中、安心して包まれて、は目を閉じた。

 背の高い草が陽光を柔らかく遮ってくれている中、しっかり抱き合ったまま、二人まどろみ、夢を見た。






                                                             END



       ・あとがき・

リュウ大好き〜!
英雄のドリームは初ですが、これから他のキャラも書いていきたいなと思ってます。
一家全員に好かれているちゃん、モテモテですね。元々仲悪い長男と次男が、更にケンアクだ・・・。

オリキャラ小説を書いていたとき、リュウの彼女は花人のモモカちゃんでした。オテンバで、料理上手の可愛い子。
でも小説書いてしまってから思い出した・・・他種族と交われないという、龍人の掟を。
リュウとモモカには色々悩ませてしまい、悪いことをしました。
そういうことで、今回は龍人ヒロイン。何の障害もない恋です。
実際、相手を選ぶとき、出来るだけすんなり行きそうな条件の相手である、というのも一つの基準といえるんじゃないかと思います。





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