ポジティブシングルクリスマス


 全国どこのお家にも、普段と違うワクワク感が溢れているであろう、12月24日の夜なのに。大手ゲームメーカー「ドリームス」では、まだ明かりのついている部署があった。
くん、今日はもう上がっていいよ」
 部長に声をかけられ、ようやくはディスプレイから顔を上げる。
 五味部長以外、誰もいなくなっていることに驚いた。
「クリスマスイヴだし、皆もう帰ってしまったよ」
「あ・・・、私、つい夢中になってて」
 はこの一流会社の正社員で、プログラマーとして働いている。
 プログラミングにハマり出すと、時間も食事も、何もかもを忘れがちになるのは常のことだった。
「部長も、お子さんが待ってますねきっと」
 の言葉に、ヒデハルはちょっと顔をしかめる。アイツらおとなしくしていればいいが・・・、イヴという特別な夜に、何か手のこんだ仕掛けを準備していないとは言えない。いや、その可能性は高い。
 頭の中勝手に膨らんでゆくイヤな予感を無理矢理断ち切るように、ヒデハルはに笑顔を向けた。
「ま、まあ、帰るとしようか。良かったら送っていくよ」
「やった! ありがとうございます」
 急いで端末を落とし、帰り支度を始める。
 今この部屋に二人きりだと意識すると、心臓の鼓動が激しくなる。は、部長の姿を目でチラチラ追っていた。
 スーツの上にコートを羽織って、メガネを指先でくいっと上げる。
 仕草のひとつひとつが、カッコいい。
 時々、言動がおかしい・・・いやあやしいときもあるけれど、仕事バリバリの五味部長は、尊敬できる上司であると同時にの胸を熱くさせる想い人でもあるのだった。
(部長と車の中二人きりなんて・・・何か間違いでも起きたらどーしよー!? むしろ間違いが起きないかなーっ!!)
 妄想が走り出し顔をニヤけさせる。部長がこっちを見ていなくて良かった。
「じゃ行こうか」
「は〜い」
 スキップで後をついてゆくだった。

 部長のフェラーリは乗り心地抜群、うっとりのの目には、並ぶテールランプの赤がイヴにふさわしい華やかなイルミネーションに見えていた。
くんは一人暮らしだったよね」
「ハイー、今年もシングルクリスマスですよー」
 明るく振舞いつつ、ちゃっかり恋人がいないことをアピールしている。
 しかしヒデハルは、の真意に気付くはずもなく、悪いことを聞いてしまったかな、とバツが悪い思いをしていた。
 女の子にとっては一大イベントであろうクリスマス、いつも元気なだけれど、こんな日に一人なんて本当は寂しいのかも知れない。
 できればこのまま自宅へ招待したいところだ。・・・いや変な意味ではなく、一人の部屋へ帰るよりは賑やかに過ごせていいのではないかと思ったのだ。
(だがしかしッ、我が家には喋る赤ん坊が・・・)
 更にウサギやらクマやらのヴァーチャルペットが我が物顔に飛び回っている奇怪なマイホーム、とてもじゃないが気軽に「おいで」なんて言えやしない。
「部長、青ですよ」
「あ、ああ」
 すぐにアクセルを踏み、発進させる。
「それにしてもくんは、いつもよく頑張ってくれているね。体を壊さないように気をつけてくれよ」
 いつものメガネの横顔、キリッとした表情で、とっても上司らしいことを言う(上司だけど)。
 実際、残業も多く過酷な部署で、は本当によく働いていた。プログラマーとしてのスキルも高く、ヒデハルの信頼も受けて、男顔負けの仕事ぶりだった。
「・・・部長のためなら、頑張れます」
 は車内のいい匂いを吸い込んでから、ドキドキと一緒に言葉を継いだ。
「私、昔からドリームスのゲームが大好きで、気が付いたら自分のお気に入りのゲームのほとんどが五味ヒデハルプロデュースのものだったんです」
 窓の外流れてゆく、きらびやかな看板やネオンを見ていると、夢中のトキメキが今も変わらず続いていることを強く感じる。
 宝物にしていたゲームソフト、冒険に出たり英雄になったり、心躍るあの瞬間−。
「そんなゲームを作る部長は、私の夢なんです」
 だからプログラマーへの道を選んだ。必死に勉強し、ドリームスの入社試験を受けた。
 夢は現在進行、五味部長の下でなら、元気に働ける。
 憧れのゲームプロデューサーは、子供のままの輝きと大人としての責任感を二つながらに持っている、とても素敵な人だったのだから。
「いやーっハッハッ、参ったなー。何しろ天才プロデューサーだからねェー!!」
「・・・・」
 自信過剰が玉にきずか。
「・・・でも、子供たちに夢をといつも考えていたけど・・・、くんのゲームを作りたいって気持ちの元になってたなんて・・・」
 また信号にひっかかり、キュッとブレーキを踏む。
「今までやってきたことが、報われたって思うよ」
 こちらに顔を向けて、五味部長はそんなふうに言ってくれた。ニコッと、笑顔付きで。
 メガネ越しの瞳の優しさに真っ直ぐ射抜かれ、ズキーンと胸が震える。
 部長は嬉しそうな表情のまま、すぐに正面を向いてしまったけれど、はもう真っ赤。
(五味部長・・・私・・・)
 もう一つの大切な気持ちは、とても口には出来ない。
 だから胸に秘めたまま、残り少なくなった家までの時間を、大切に過ごそうと思った。

 自分に憧れてドリームスに来たなんて、のそんな話は初めて聞いた。
 素直に嬉しい。
 そう思うと、車で二人きりという現在のシチュエーションに、ちょっとワクワクしてしまうヒデハルだった。
 まるで久しく忘れていたデート気分のような・・・なんて言ったら、にはイヤがられるだろうけど。
「部長、次の角、右です」
「おっと」
 言われるまま右折する。のマンションまで送るのは初めてではないのに、浮かれていてうっかりしていた。
「えーと・・・くん」
「ハイ」
「良かったら、今度我が家に遊びに来ないか。・・・ナオトとでも・・・」
 ならネットたちに会わせても大丈夫・・・アキラやナオトのように、良い友達になってくれるんじゃないだろうか。
 裏づけはないが、そんな気がした。
「本当ですか!? 嬉しいです、是非お邪魔します、今度の週末にでも!!」
 予想以上の食いつきに、逆にヒデハルは面食らった。
「ナオトばっかりズルイって、ずっと思ってたんですよ! ヤッター!!」
 同僚のナオトは、部長の家に何度も招かれたのだそうだ。心底羨ましがったがいくら色々聞き出そうとしても、彼は何故か言葉少なだったのだが・・・。
(いよいよ私も部長のお宅に・・・。これでプライベートでのお付き合いが始まっちゃったら、時々ご飯作りに行ったりして! それで親密になって、お子さんとも仲良くなって、いずれは部長の再婚相手・・・なんてなんて!!)
 妄想は走るよ、どこまでも。
「・・・くん」
「はっはい何でしょう部長!」
「イヤ、もう着いたんだけど」
 言われてようやく目に入った周りの風景は、見慣れたもの。フェラーリはのマンション前に停車していた。
「あっありがとうございますっ」
 慌ててシートベルトを外す。ドアに手をかけたが、思い直してもう一度五味部長の方を見た。
「部長」
「ん?」
 メガネの向こうの眼に、どこまでも真っ直ぐな光を見れば、知らずパワーをもらっている。微笑が浮かぶ。
「・・・明日からもまた頑張りましょう、子供たちの夢のために!」
「夢」は大事なキーワード、ヒデハルの顔もぱっと明るくなる。
「よしッ! 極限まで労働するぞッ!」
 極限は行きすぎだと思う。
 はもう一度お礼を重ねると、車を降りた。
 フェラーリの中から手を振ってくれている部長に、ぶんぶんと手を振り返す。
 やがて走り出した車が、角を曲がって見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
(はー行っちゃった・・・)
 さっきまでの時間は、まるで夢のようだった。
 目が覚めたように、徐々に寒さがしみてくる。吐く息の白さを面白がって、子供のように何度もハーッとやってみた。
 やがて倦み、ふと見上げた夜空に、張り付いている星たち。冬の中くっきり鮮やかな輝きは、今日の記念のようだった。
 は、大切に心に刻む。
 部屋に帰っても一人、正真正銘のシングルクリスマスだけれど、心満たされている実感は世界中の誰にも負けやしない。
(来年のイヴは、一人じゃないかも知れないしね〜♪)
 弾む足取りで、マンションへ駆け込んだ。

 サンタさんはさすがに期待できないけれど。
 夜中、五味部長が夢に出てきてくれるなら・・・、どんなプレゼントよりも、素敵。








                                                             END



       ・あとがき・

投票所をアーミンジャンルに限定して、ドキドキしながら待っていました。
早速いただいたリクエストが、ヒデハルさんです。ちょっと意外!?
でもナオトくん書いたばっかりだったので、その流れでね。

時期的にクリスマスの話にしたくて、ネットの家に皆で集まってクリスマスパーティ開く話など考えていたんだけど、今それほどテンション高いモノは書けなさそうだったので、登場人物二人きりのおとなしいドリームに変えました。
ヒデハルはまだクラリスさんを愛しているし、ネットたちもいるから、ヒロインと恋愛関係に・・・なんて話はなかなか書けないですね。
でも、少しずつ進展していくかも知れないので、ちゃんには是非頑張っていただきたいです。






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