は、パルスのさる貴族の家従である。特にお嬢様のそばに仕え、毎日くるくるとよく働いていた。


 夢恋一夜


 その夜、豪奢なお屋敷には宴会の席が設けられ、ひときわ賑やかな談笑がわき起こっている。
「いやあそれにしても、パルスの誇る万騎長、勇将として名高いクバードどのを、こうして我が屋敷にお招きできるとは」
 旦那様は上機嫌だ。
 今日の昼のこと、旦那様の大切な娘が遠乗りに出かけたところ、暴漢に襲われかけた。
 そこを通りがかった片目の偉丈夫が、悪漢たちを蹴散らし、窮地を救ってくれたのだった。
 その場にはもいたのだが、圧倒的な力は言うに及ばず、たたずまいひとつとっても、明らかに暴漢どもとは格が違っていた。
 それでいて偉ぶったところはなく、深々と頭を下げる自分たちに軽口めいたもので応え、お礼をしたいので屋敷にどうぞ、と申し出ると、そうかそうか、遠慮するのもかえって悪い、と、軽く応じてくれたのである。
「クバードどのは娘たちの恩人。さあ、遠慮せずに」
 遠慮なんて最初からしていないクバードは、楽な姿勢で座り空杯を掲げる。そこにが進み出て、酒を注いだ。
「本当に、ありがとうございました」
 にとっても恩人だ。深々と頭を下げると、クバードは鷹揚に受けつつ、の顔をひとつしかない目で真っ直ぐとらえて、ニッと笑った。
「礼には及ばんが、美女が注いでくれる酒とうまい料理はいくらでもちょうだいしよう」
 なみなみ注がれた葡萄酒をひといきにあおる。見た目の印象にたがわぬ酒豪のようだ。
 は嬉しくなって、差し出された空っぽの杯に再び瓶を傾ける。
 酒が進み、座も盛り上がり始めると、クバードも大きな声で愉快そうに喋り始めた。獅子を何十頭も一人で倒した話から、竜に出会った話から。
 自分で自分のことを「ほら吹きクバード」と言う男だ、好意的に見ても、相当の誇張が入っているのだろう。そう分かっていても、クバードの話は面白く、皆引き込まれ大いに笑った。
 も、クバードのそばにはべりながら、ころころと笑っていた。
「クバードさま、その目の傷も、相当の冒険の末なのでしょうね」
 少々ぶしつけかと思いながらも問うてみると、ほら吹きの万騎長はやにわの耳もとに顔を寄せてきた。
「それについて知りたいのならば、寝所でゆっくり話して聞かせてやるが・・・どうだ?」
 ハッキリとした誘いに紅潮した顔を覗き込まれて、はこっくりと頷いた。

 この人は、今まで一体何人の人間の血を浴びてきたのだろう。
 むき出しの逞しい腕に抱き寄せられたとき、夢見心地でいながらはそんなことを考えていた。
 いつもは剣を握っている手は、大きく無骨だったが、女の柔肌の上を這い回るごと、に新たな快感を呼び込んではしとどに滴らせる。たちまち上がる息が、熱く混じり合った。
と言ったか。おとなしそうに見えて、これほど淫らな女とは思わなんだ」
 非難の響きはない。単にからかって楽しんでいる。
 潤む瞳で、は意地悪な男の片目を見上げた。
「だって・・・クバードさまが、そんなふうにするから・・・」
「そんなふう、とは、こんなふうか?」
「ゃあっ・・・」
 巧みに与えられて、あられのない声を上げる。
 酒も好きなら女も好きなのだろう。そして、戦うのも女を抱くのも手慣れているのだ。
 万騎長がこんなに俗っぽい男だとは知らなかったけれど・・・、もてるのだろう、この人は。ベッドの中ではふざけながらも優しいし、意外と気も遣ってくれる。
 は最初からクバードにはっきりとした好意を持っていた。こんな素敵な人と一夜の恋が出来るなんて・・・。
「・・・おぬしのようないい女と夜を過ごせるんだ、やはり人助けはするものだな」
 心の中で考えていたのと同じようなことを言われたもので、ドキッとする。
「それが目当てでお嬢様をお助けしたの?」
 意地悪の仕返しのつもりだったが、やはり相手には通じなかった。
「そこまで考えるわけなかろう。か弱き女性方が野郎どもに襲われていれば、味方するのが男というものだ」
 きっぱり言い切るのが妙に武人らしく男らしいのだが、「むろん礼を断る理由はないから、いただけるものはいただくがな」ニヤリ笑うと、の体の中に荒々しく進み入ってきた。
「−あぁぁ!」
 突然の衝撃に、嬌声を止められない。男がそのまま激しく動作を加えるたびに、頭の中に白い火花が散る。
 それはが初めて知るほどの刺激的な快感だった。
「いや・・・っ、ダメです、クバードさま・・・ぁ・・・少し加減を・・・壊れてしまいます・・・」
 あえぎあえぎ、ようやく口にするも、無意識に逃れようとする腰を掴まれ、更に強く引き寄せられる。
 クバードは娘の白い顔に自分の顔を近付けて、低く笑った。
「壊れはせん。これでも加減はしておるのだ・・・すぐによくなる。我慢せい」
「ふ・・・ぁ・・・」
 霞む視界の中で、片目のイイ男が笑っている。そして彼はに、とっておきの甘い口づけをくれた。
 体を繋げた上でのキスは熱く濃厚で、を幸福な気分にさせる。
 そしてまた同時に、淫らさを増長させるのだった。
「あぁクバードさまぁ・・・」
 声もとろける。行き着きたくて仕方なくなる。
「・・・・・・」
 クバードもたまらなくなり、再び柔らかな身体を突く。
 二人の熱と甘い声がとけあって、夜じゅう、寝室に渦巻いた。

 白々と夜が明けてゆくのを窓の外に知覚しながら、けだるい身体をベッドに横たえている。
 一晩中眠れなかった・・・いや、眠らせてもらえなかった。
 さすがはこの国で最強の万騎長、というべきなのか・・・。
 絶倫男は、隣で大きなイビキをかいて寝ている。ついさっきまで執拗に肉体を求めていたくせに、ようやく満足したか、あっという間に眠りに落ちてしまったのだ。
 無防備な寝顔は、少年のようにも見え、を微笑ませた。
 そっ、と手を伸ばし、顔の傷に触れる。一文字に走る古傷は、左目をすっかり潰してしまっているのだ。
 結局、この傷の由来は聞かずじまい。・・・多分、巨大な竜と一人で格闘したとか、そんなたぐいの冒険譚がホラ吹きのこの口から飛び出すんだろうけど。
 目元から傷づたいに指先を下ろし、イビキのうるさい口元にそっと触れる。
 さっきまでの濃密な情事を思い起こして、体の芯がぞくりと震えた。
 口の周りのヒゲは綺麗に剃ってあるのだが、一晩で少し伸び、ざらざらしている。は顔を寄せ、頬ずりをしてみた。じょりじょりとした感触がなかなか楽しい。
「・・・ほぉ、おぬしまだ足りぬのか」
「!?」
 身を起こす前に、がっしりした両腕につかまった。当然、暴れても無駄で、体勢を入れ替えられ組み敷かれる。
「ち、違うの、ただヒゲの感触を・・・」
「まぁそう遠慮するな。一緒に寝た仲ではないか」
「遠慮じゃないです、第一もう体がもちませ・・・」
 言葉は最後まで続けられない。クバードの唇で、口をふさがれて。
(えーん無理・・・私にはこの人みたいな体力、ないもの・・・)
 と、思うものの、すっかりとろかされて。
 結局は朝の新しい光の中で、もう一度睦び合う羽目になってしまった。


「もうご出立とは・・・ゆっくりしていかれればよろしいのに」
 クバードを見送る主人は、心底、残念そうな口ぶりだ。
「いや、そうもできぬ。だが近くに来た折には、また寄らせてもらうよ」
「いつでもお待ちしております」
 深々と頭を下げる主人と娘を馬上から見渡し、またヒゲを剃ってすっきりした顔のクバードは、最後にに意味ありげな笑みを向けた。
 はさっと顔を赤らめ、主人たちに倣ってお辞儀をした。体のあちこちが痛く、だるいけれど、恋の甘美な蜜を啜った代償と思えば何ほどのことでもなかった。かえって夢のような一夜の出来事を、現実に留めておいてくれるこの痛みが、愛しくすらある。
(素敵な方・・・)
 遠ざかる馬影をいつまでも見送って、は微笑んでいる。
(本当に、また会えたらいいけど・・・)
 期待はしないでおこう。何といっても、ホラ吹きクバードさまなのだ。
 とうとう、馬も見えなくなった。は空を見上げ、同じ青空の下にいることを想う。
 頬を涙が伝うのは、パルスの空が、眩しすぎるから−。




                                                             END



       ・あとがき・

「アルスラーン戦記」再読記念です。
再読って・・・何年ぶりだろうね。クローゼットの中からぽろっと文庫本が出てきてね。・・・自分が文庫本持っていたことも忘れていたよ。
高校のとき好きで、映画も見に行ったんだよねー。マヴァール年代記もすごく面白くて、大好きだったなぁ。また読みたい。
創竜伝も結構好きでした。銀英伝は全然読んだことがありません・・・。
ともかく、読み返して、田中芳樹さんの文章にずい分影響を受けたことを思い出したよ。
しかし恐ろしいことに、アルスラーン戦記はまだ完結していないらしいよ。何十年経ってるの? いつかは完結するの? ・・・ちょっと心配しちゃう(笑)。

さてドリームですが、・・・またこれマイナー中のマイナーだよね・・・なんかもぉ読んでくれる人がいるのかどうか。自己満足のエロドリームだし、いいんだけど。
ちなみに最初はキシュワード卿で書こうと思ってました。双刀将軍ってくらいだから、器用そうだし(←?)。
でもターヒールどのは真面目そうだったので、公式で女好き設定のクバード卿に決まり。

この世界の貞操観念が分かりませんが、作品中の描写を見る限りでは、割と大らかそうだな・・・と(でも交渉持ったら結婚、って感じもあったね。ナルサスとアルフリードの出会いの辺り)。
文字通り、ワンナイトラヴです。

多分アルスラーン戦記のドリームはこれが最初で最後かと思います。書けて満足です。








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