望み
「・・・姉ちゃん!」
縁側に、妹分の小桃が駆け込んでくる。セーラー服のリボンと、ふたつに結い上げた髪が元気に跳ねた。
は洗濯物を畳む手を休めず、どうしたの?とおっとり尋ねた。
「虎の奴、どこ?」
「虎ちゃん? 知らないわ」
「もう〜肝心なときに」
ぷんと頬を膨らます。
「こ〜んな大っきい蜂の巣を見つけたの! 虎と取ろうと思って!」
「遊んでばっかりいないのよ」
たしなめると、小桃はいっぱいに広げた両手を下ろした。
「遊びじゃないよ。蜂の巣は高く売れるんだから!」
ザッと風が吹くと、もう娘の姿は消えていた。
「まったくもう」
こぼす言葉の割には笑顔を絶やさず、は仕事を続ける。ほどなく、今度はガクラン姿の少年がお腹を押さえながらやってきた。
「姉、なんか食うモノねえ?」
いつも同じ台詞に笑ってしまう。
「虎、小桃が捜していたわよ」
「チェッ、何だよまたアイツ」
口をとがらせながら、それでもすぐに後を追ってゆく。何だかんだいっても仲がいいから、微笑ましい。
あの二人のおかげで、四人きりの風魔の里も日々賑やかだった。
「さてと」
一段落つけると、も立ち上がる。自らの周りに風を呼び、その中に消えた。
風が運んでくれる・・・大切な人のもとへと。
激しく流れ落ちる滝の前で、釣り糸を垂れている。その背中には「風魔」の二文字。
は音も立てず背後に立ったけれど、彼はちゃんと気付いている。
「晩飯の分は大丈夫だぜ」
釣りの成果ににっこりして、隣に座った。横を見ると、小次郎も軽く笑い返してくれた。
引きが来て、大きな魚を釣り上げる。は手を叩いて喜んでみせた。
静かで、穏やかだった。
滝のうなりすら、のどかさを強調しているような、そんな午後だった。
「平和ね」
小次郎との間に満ちた、ゆるやかな空気−それは悠久にも似た−に陶酔し切って、は半分目を閉じかけていた。
「ああ」
小次郎の声も、優しい。
優しいままで、「もしも・・・」と続ける。
「もしもまた、この平和をブチ壊そうとする奴が現れたとしても・・・」
「・・・」
首を左右に振って制しようとする。でも小次郎はさらりと言い切った。
「俺が、守ってやるからよ」
「小次郎・・・」
竿を握った手に、そっと手を重ねた。傷ついたその両手を、包み込むように。
「そんなこと、もう考えないで」
風魔のくノ一として、も共に見てきた。
対夜叉に端を発した、数々の戦い。その末に多くの兄弟たちは倒れ、残された小次郎もまた・・・。
包帯を巻きつけた両の手を痛ましい思いで見つめ、軽く撫でる。
「もう、いいの。ここで、兄弟たちのお墓を守りながら、静かに暮らそう」
涙の出そうな心地で寄り添うと、小次郎は黙って肩を貸してくれた。
「悪ィ。そんなつもりじゃなかった」
悲しませたり、泣かせたりしたかったわけじゃない。
「ただ、守りてえって・・・そう思ってるだけなんだ。チビ共も・・・」
竿から片手を離し、小さな肩を抱き寄せる。
「、おめぇのことも」
「小次郎」
瞳の中に、深い想いを見た。四年前に終止符を打った壮絶な戦いと、失った仲間たちへの。生き残った自分自身への。そして、そこに映っているへの・・・。
「」
竿を引き上げ、傍らに置いてしまう。そうしてから小次郎は、ぽつりと言った。
「抱いてもいいか」
逸らしていた目をゆっくりと上げて、合わせる。
くノ一は笑ってくれたけれど、泣き笑いのようにも見えた。
「好きにしていいんだよ、小次郎」
いつごろだったろう。手の焼ける弟だとしか思っていなかった小次郎を、特別な存在として意識するようになったのは。
風魔反乱の一件が落着した後、ようやく二人は結ばれた。
死んでいった兄弟たちの眠るこの地で、小さな思慕を持ち続けながら生きていくことを確かめ合ったのだ。
小次郎は羽織っていた風魔のガクランを脱ぐと、無造作に敷き広げ、腰を下ろした。そのままで右手を伸ばし、を誘う。
「来いよ」
は従順にその手を取り、小次郎の上に身体を預けた。
ぴたり密着して心臓の音を聴くと、いつもよりずっと速いのが分かる。
「好きよ小次郎」
忍らしからぬ言葉で思いを告げ、自分から唇を寄せた。
口づけてあげると、小次郎は喜んでくれる。そしてもちろんも好きなので、何度も何度も繰り返す。
着物をはだけ合い互いに触れるうち、どんどん熱が上がって、どんどん鼓動が速くなって・・・。
どうどう滝は流れ続け、しぶきが肌に跳ねる。
激しい水音に紛れるようにして、二人はひそやかに、だけど固く交わった。
「ずっと、こうしてよう。もう二度とあなたが苦しんだり傷ついたりすることは、ないんだから」
「よ・・・」
苦しんでもいい。傷ついたって構わない。のためなら。
そう思いはしたけれど、伝えられもせず、代わりにに小次郎はその目元に唇で触れた。目を閉じてされるがままにじっとしているを、優しい力で抱き寄せる。
吹きやまぬ風の中に身を置いて、腕にある温かさを感じながら、ただ一つの望みを繰り返していた。
この風が、里を守ってくれるように。
小桃を、虎次郎を、そしてを、守りたい。
そのために生きたいだけなのだ・・・と。
「ここにいて、そばに」
「・・・ああ」
の望みとは、違っているのだとしても。
「いるよ」
いっぱいの胸に、更に息を吸い込むと、風に混じっての匂いがする。
束の間酔うように、小次郎も目を閉じた。
・あとがき・
「柳生暗殺帖」コミックス1、2巻をじっくり読み返し、やっぱり風小次はいいなぁ・・・と思ううち、書きたくなりました。
何といっても小次郎、19歳くらいですよ! カッコいい!
風小次でちょっとオトナのドリームを書くことができるなんて、嬉しいですね。
最初はオリキャラ小説にしようかと思ったんだけど、やっぱりドリームとして書いた方が面倒なくていいかなと。
小桃ちゃんと虎次郎も絶対登場させたかった! 言う間でもないでしょうが、時間的には第1話の風魔の里のシーンに繋がります。ちゃんはくノ一の割におとなしい雰囲気です。私が作ったオリキャラのくノ一の中だと、魔魅って子に一番イメージが近いな・・・と思いながら書いていました。
忍として一通りのことはできるんだけど、ちょっとおっとりさん・・・ってこのギャップもいいじゃないですか。
小次郎より年上だけど、1、2歳くらいでそんなに差がないという感じで。ちょっと切ない感じもあるんだけど、風魔で書くと星矢とはまた違う独特の雰囲気をまとうんですよね。そしてまた、そういう感じも好きなんです。
死んでいった多くの仲間たちの想いを背負いながら、ちゃんを守り愛して生きていこうと・・・そう思えるくらい、小次郎って強いんですね。
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