虹をわたる平和がきた
天上界に浮かぶ浮遊島のひとつ、天空島。
天上門のあるこの島には、先の戦争でぽっかりと穴が開いていた。
時空の歪から迷い込んでくる冥界の亡者を斬ることができる刀は、この世にたった一振り。そして、それを扱える者も、この世にただ一人。
「おりゃーー!!」
超人、乱世。
ドシャッ・・・!
真っ二つになった地獄の亡者が、今まで斬りまくってきた骸の上に崩れ落ちる。
それを一瞥すると、乱世は長大な刀を背の鞘に収め、口の中にたまった血を吐き捨てた。
呪い刀「破修羅」に選ばれた乱世は、一振りごとに命を削るその刀を、日々振るっていた。天上門の、たった一人の番人として。
「・・・!?」
気配−!?
亡者のものとは違う。それでも反射的に刀の柄をがっしと握って、乱世は振り向く。
ふわり、柔らかな白布が風にはためいている。ついぞこの島では見たことのない優美な光景に、目をしばたいた。
白い布は・・・ドレス?
これもまた純白のヴェールを被った娘が、そこに立っているのだと認識し、乱世は完全に向き直った。
「お前は・・・いつの間に、そこに」
清楚な姿、邪気のかけらもない。だが魔のものではないという保障はどこにもなく、警戒を解くわけにはいかなかった。
「乱世さま」
静かではあるが通る声で名を呼び、白いドレスの女は、その場に膝をついた。
「突然で驚かれたでしょう。私はと申します。聖守姫(ホーリーガーネス)のさだめとして、貴方様のもとへ参りました」
「・・・ホーリーガーネス・・・」
おうむ返しに口の中呟いたその名に、覚えがある。
乱世は破修羅から手を離すと同時、相好を崩した。
「ってーことは、お前さんはオレの花嫁ってわけかぁ」
明るい声に、はヴェールに隠した頬を染めた。
聖守姫はその名の通り、天上人の守り人となるべき娘である。
稀有な血であるため、数千年に一度しか出現せず、乱世が呪い刀に選ばれた・・・そう、100年ほど前だったろうか・・・そのときには、存在していなかった。
『もしも聖守姫が生まれ育ったら、お前か忍のところへ行かせるよ』と言うガマ仙人の言葉を、大してアテにはしていなかったのだが。
「オレんとこによこしたのか、ガマ吉の奴」
乱世は地を蹴ると、亡者たちの屍を一気に飛び越え、と名乗った守り姫のそばに立った。
手を貸し立ち上がらせたとき、ヴェール越しでも若く可愛らしい娘と知れ、ちょっといいな、と思った。
「乱世さま・・・」
花嫁が、恥ずかしそうにうつむけていた顔を上げたとき、乱世は笑みを絶やさずこう告げた。
「・・・、オレはいいから、忍のとこに行ってくれねぇか」
ルーンメイスがあるとはいえ、魔人の力を体に宿して聖層圏に暮らす弟のことが心配だった。
「・・・お優しい方・・・」
はほうっとため息をついた。
物心ついたころから、『お前は、乱世さまのもとに嫁ぐのだよ』と言い聞かされて育った。天上界のために、自分たち天上人のために、その身を犠牲にしてただ一人番人を務めている、乱世さま。
顔を見たこともなくても、はその方を慕っていた。花嫁になれる今日の日を、どんなに心待ちにしていたことだろう。
そして今、ようやくまみえることのできた乱世は、想像で描いていた以上に強く優しくステキな人だった。こんなに近くにいることで、は倒れそうになるくらいドキドキしていた。
「ご心配には及びません、乱世さま。私には同じ血の妹がおります。忍さまのもとへは、その妹が参りました」
「・・・そうか」
乱世の顔には、安堵と同時に、その妹に対する同情やら哀れみやらが混ざって、何とも言えない表情が浮かんでいたが、忍のことを知らないは軽く首をかしげるばかり。
「しかし、オレには亡者どもからお前さんを守ってやる余裕はねぇぞ」
「それも大丈夫です。魔のモノは私に決して触れることは出来ません。その破修羅にしても、私を斬ることは不可能なのですよ」
「そうか・・・」
ポリ、と頬をかく仕草が、には次の口実を探しているように見えた。
「乱世さまは、そんなにお嫌なのですか。・・・私のことが・・・」
あれほど夢見てきたのに・・・拒まれるなんて。悲しさのあまり声が震えてしまう。
「ちっ違う、泣くな」
乱世は必死に言い募る。何しろ女の涙には弱い。
「だから・・・いくら宿命といってもだな、地獄の亡者どもの現れるこんな島で暮らさせるのは、酷だと思って・・・」
こんなに可愛らしい女の子を。
「乱世さま」
には十分伝わった。乱世の広い心と優しさが。
さっきとは別の気持ちで泣きたくなって、でもくっと飲み込むと、自分でヴェールを上げ、はっきりとした視界で乱世を見つめた。
ちっとも落ち着かない胸に、両手を重ねる。
「もう、遅いんです。乱世さまのことを好きになってしまいました・・・。おそばに、いたいんです」
ドレスは着ているが化粧は薄く、少女らしい清潔さが際立っている。
汚れない瞳で見上げられれば、乱世も次の句を継げなかった。
「それに、私なら乱世さまの苦痛を多少なりとも取り除いてあげられます。その呪い刀に吸い取られてゆく霊力を、抑えてさしあげられます」
それこそが、聖守姫としてのの能力。にしか出来ぬこと。
自分だけが持つ力を、好きな人のために使える・・・しかも、そばにいることで。
何て素晴らしいことだろう。
は己の宿命に、今心から感謝していた。
「どうかお手伝いをさせてください、乱世さま」
がすっと手を伸ばすと、柔らかな風が吹き、ドレスとヴェールをはためかせた。
「私を乱世さまのお嫁にしてください」
「・・・・」
上気した頬と潤んだ瞳、恍惚と言葉を紡ぐ唇に誘われて、乱世はその白くて小さな手を取った。
守りの力を得る手段は、聖守姫と直接触れ合う以外にない。確かにこうして手を握っているだけで、体の痛みが減り、力が湧いてくるようだった。
「一緒にいてくれんのか・・・? 見ての通り、地獄みたいなところだぜ。血まみれの日々で・・・最後に待ってるのは、本物の地獄以外に無ぇ・・・。それでも・・・」
「・・・覚悟の上です。貴方一人にだけそんな辛さを味わわせはしません」
行くなら共にと。
優しい外見に似合わぬ強い光を瞳の奥にひらめかせて、は繋いだ手に力をこめた。
「それなら、遠慮はやめだ」
ふいと緊張を緩めると、乱世はウェディングドレス姿の娘を軽々と横抱きにした。白い裾がヴェールが、花のようにぱあっと広がる。
「よく来てくれた。歓迎するぜぇ」
「・・・ありがとうございます!」
繰り言はせず、潔く受け入れてくれた。
それがには、嬉しかった。
それにこんなに近い。逞しい両の腕にしっかりと抱きかかえられて、頬ずりされれば、心臓が破裂しそう。
思わず目をつぶった、その隙に激しく唇を奪われた。血の味にハッとしながらも、自分の中にある守りの力を、唇越しに届けんとする。乱世の体内に流れ込み、癒しとなるはずの、それは聖なるエネルギーだった。
ようやく唇を離すと、乱世は晴れ晴れとした笑顔での体を下ろした。
地に横たわらせ、自分もその上に覆い被さる。
「じゃっ早速、夫婦の契りってやつを交わそっかねェ・・・」
楽しそう、とても。
も真っ赤になりながら、どうにか頷いた。
乱世とて知っている。最も効率的に聖守姫の力を取り入れる方法は、体の交渉に尽きる、ということを。
それゆえ聖守姫はただ一人の男をしか守れない。男の花嫁となることで、その役目を果たすのだ。
「・・・怖いのか?」
ドレス越しに触れる体が、わずか震えている。
乱世はもう一度キスをあげて、笑顔を向けた。
「心配すんな」
は精一杯腕を差し伸べ、夫となる人の首にからめた。
天上門のそばで。
番人と聖守姫は、深く、結ばれた。
−それから、900年ほどの時を経て−。
ジョボボボボ・・・・
「天上門の番人も、千年やって〜ッとヒマだねえ・・・」
ひとりごちながら小用を足していたら、
「天上門にオシッコしないのッ!」
背後から怒鳴られた。
多少慌ててチャックを上げると、
「いてて・・・はさんだ」
「バカっ」
振り向くと妻が立っていた。
丈の短い、動きやすい服を着たの呆れ顔は、見る間にいつもの笑顔に変わる。
それに気を良くして、乱世は正面からがばっと抱きついた。
「ギャーッ手を洗ってないでしょ!」
「いーじゃねーか今更。チャージしてくれよォ」
有無を言わさずチューする。特に体力が落ちていなくても、乱世はすぐに触れたがる。ももちろん嫌いじゃないから、黙って口腔を乱されるのを許した。
が、その先に進もうとした夫の手はとどめる。
「一仕事、終えてからにして」
「・・・チッ」
不快そうに顔をしかめながらも、背の破修羅に手を伸ばす。
抜きながら振り返った乱世の前に、冥界の亡者が醜悪な姿を現した。獣じみた咆哮が、天空の大気を震わす。
「もー少しってとこでジャマしやがってぇ。ぶった斬ったるぜぇ!!」
思いっきり私情をこめて乱世は地を蹴り、呪い刀を振るった。
亡者の巨体は一刀両断され、崩れ落ちたが、乱世も派手に血を吐いた。
超神器・破修羅は、聖魔両方の力を吸収する性質を持つ。結果、使い手の命までも削ってゆくのだった。
は静かに一部始終を見守っていた。こんなふうにして、900年もの長い間、夫の戦いを、苦しみを、見つめ続けてきた。決して目をそらすことなく。
「お疲れさま」
血をぬぐってあげ、今度はこちらから口づけをあげる。傷をふさぎ、霊力の流出を止め、新たな力のもととなるように。
「・・・欲しい」
そのまま押し倒されても、されるがままに。
肉体を介して癒すという目的を超えて、ただ愛のために。
裸で寝そべったまま見上げる空は、眩しすぎる青だった。
「弟達は、まだかねえ〜」
夫の声には楽しげな響きが添えられている。
確かに千年振りの邂逅となろう・・・だがそれは同時に、冥界との新たな戦争の始まりを意味しているのだ。
分かってはいる。覚悟の上で嫁いだのだから。それでもは、不安をぬぐえはしなかった。
寄り添ったまま動かない、のちぢこまった体を、乱世は優しく撫でてやる。
この千年間で、赤と青の秘石も再び形を取り戻し、地上は七つの世界を形作った。
地上が平和であったように、自分たちも平和だったと思える。
さまよい出る魔物たちを日々斬り続け、そのたび命が削られてゆくという殺伐とした生活ではあったが、それでも平和だったと言えるのは、そばにいつもがいてくれたから。
傷を癒し、力をくれた。
何よりも、長く変わらず、愛してくれた・・・。
「感謝してるよ。幸せだった」
いつしか眠りに入ってしまった妻に、軽くキスを落とす。一糸まとわぬ肌に服をかけてやり、乱世は自分も服を身につけ始めた。
立ち上がり、呪い刀を背に負う。
「だけど、オレが生きてきたのは・・・」
千年を越えても、忘れるどころかますます記憶は鮮やかに、乱世の脳裏に蘇る。焼きついている。
長い戦い、荒れ野原と化した故郷。仲間を犠牲にし・・・残された幼子の、刃のような瞳・・・一人行かせ一人死なせてしまった、末弟−。
「戦を、終わらせる」
決意は辺りの空気をさえ、凛と震わせる。
その足元で、ははらり涙を流していた。
(最後の最後まで・・・そばに・・・)
守り抜くことで、愛し抜く。
もすでに、心を決めていた。
「はーっ・・・」
天上門にはオシッコかけるなとに叱られたから、今日は崖になった場所で用を足している。高いところから飛ばすのは気持ちがいい。
・・・何か、下が騒がしい。
「なんかニオうぞー、この雨・・・」
ちみっ子の声に、乱世は笑いを止められなかった。
「ガハハハハ! すまね〜なァ、ひっかかったかぁ」
「乱世アニキーーぃいッツ!!!」
感動の対面は・・・、チャック開けっ放しのまま果たされたのだった。
冥界との戦争は、乱世と兄弟たちの命と引き換えに、終焉を迎えた。
もう二度と繰り返してはいけない争いなのだと、誰もが心に刻みながら。
そうして、幾星霜ののち、再び二人は巡り会う。
「乱世さま」
あのときのように純白のドレスに身を包み、同じ笑顔で。
「私、もう聖守姫としての力は失ってしまいました」
「そんなもの必要ねぇよ。・・・こっちに、」
力強い笑顔で、力強く抱き寄せる。
唯一の花嫁、永遠の恋人を。
「もう何も心配することねえさね・・・今度こそ、お前を幸せにしてやれる・・・そのために、生きられる」
「・・・あぁ・・・乱世さま・・・」
全ての憂いも苦しみも、乱世の腕の中、洗い流されてゆく。
「泣くなって」
「嬉し涙です」
乱世が指で涙をぬぐってやると、も泣きながら笑って。
幸福の中、二人はゆっくりと口づけを交わす。
虹の橋のかかる美しい世界に包まれ、とろけるような、キスをした。
END
・あとがき・
ブルードラゴンのコミックスに収録されていたHEROの番外編を読み返し、久し振りにお目にかかった乱世にしっかりときめいてしまいました。
これを機にと超人ブラザーズの登場する10〜12巻を読み返したら、またハマっちゃった。
乱世はもちろん、忍もリッキーもカッコいいよー。
一巻から読めば、また他のキャラへの愛も蘇りそうな気がしますが。
乱世は本当に昔から大好きで、もしかしたらアーミンキャラの中でも一番好きかも知れず、私の中で常に理想の旦那様です。
豪快で大らかでガタイ良くて男前で、サイコー。
初のHEROドリーム、是非乱世で書きたいと思っていました。
ヒロインはなかなか浮かんでこなかったんだけどね。色々転がして考えているうちに、番人をやっていた千年間、そばにいてあげる子がいたら乱世も随分救われただろうなというところから、また、昔作ったオリキャラの颯華さんが「守り人」という漠然とした立場だったところから、聖守姫という設定が出来ました。
最終的に幸せになるところを書きたかったので、戦争シーンすっ飛ばして駆け足できちゃった。
あの胎児が育つまで、また千年くらいかかったのかな。
ちゃんの妹で、忍編も是非書きたいですね。
タイトルはCHARAの曲から。
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