淋しい熱帯魚
窓から斜めに差し込むオレンジ色の光が、机や椅子の影をずうっと引き伸ばしている。
放課後の教室は、空気も色もしっとりとした粒子に満たされて、日中とはまるで別の空間のよう。
ガラッ。
一人、自分の席に座っていたは、後ろのドアが開く音に椅子から立ち上がるようにして振り向いた。
「、待っててくれたのか?」
外国人みたいな外見の、ノンフレーム眼鏡をかけた男子生徒・・・のクラスメイトである白鷺杜夢が、明るい笑顔で、教室に入ってきた。
は、神戸の公立中学に通う2年生だ。数か月前まではアイドルやアニメが大好きな、ごく平凡な女子中学生に過ぎなかった。
杜夢が転校してきてからだ。の全てが、変化を見せたのは。
ギャンブルで大金を手に入れると公言し、どんな相手にも臆することなく対峙する杜夢の、大胆な野望と度胸に驚き、感心した。
そして、実際に彼が見せてくれた数々の勝負は、にリアルな興奮を体感させてくれるものだった。ゲームやネットとは全く違う、今までにない気分の高揚に、の全身は痺れた。
何よりも・・・、恋をした。
杜夢が転校してきたとき、自分の隣の席に座ったという縁からだったが、は最初から最後まで杜夢を応援していた。
カッコいい外見や誰とでもこだわらない気さくな態度には、無論ファンが多かったけれど。
の想いは、そんなミーハーな子たちとは一線を画している(と、自分では思っている)。
毎日胸を焦がすような、本気の本気の恋だった。
だからこそ−。
隣を歩く杜夢の、整った横顔を見ると切ない。
「・・・ホントに、行っちゃうんだね・・・」
今日で手続きを終えて、杜夢は東京の獅子堂学園とかいう学校に転校してしまう。
ギャンブルで稼いだお金が目標額に達したのだ、もうこの学校に用はないといったところなのだろう。
大成功を収めて晴れ晴れとしている杜夢とは対照的に、は頭を垂れた。自分の心だけが置き忘れられるようで、言いようもなく淋しい。
舗道に引きずった長い影も、悲しみに浸ってますますその色を濃くしていた。
「ちょっと寄り道、しようか」
杜夢の声に顔を上げる。左耳のピアスがキラッと放った光に目を奪われたのが隙となり、右手をすくい取られた。
あんまりナチュラルで、焦る暇もなくて。
そのまま手を繋ぎ、近くの公園に二人で入っていった。
ベンチに並んで座り、カーカー鳴いて巣に戻ってゆくカラスを数える。
まだ離れない手が、嬉しくも気恥ずかしくもあり、かあっと熱を持っていた。
(もしかして杜夢も、私のこと好きなのかな。それとも、特に好きじゃなくても手を繋いだりするのかな・・・)
普段の人当たりを見ていると、とても自分が特別な存在とは思えない。
杜夢の中で、自分はどんなポジションにいるのだろう。確かめるなら今しかない・・・今日でお別れなのだから。
「あのっ、杜夢・・・」
思い切って名を呼ぶと、こちらを向く瞳も髪も色素が淡く、夕陽を吸い込んで紅に輝いている。あまりの美しさに息を呑み、は見惚れた。
「・・・何?」
柔らかな表情に、静かな声に、体の奥底が揺さぶられるようで、泣きたくなる。
「杜夢・・・っ、・・・好き」
滑り落ちた言葉に、自分でぎくりとする。
だが言い繕うより早く、杜夢の眼鏡越しの瞳が、細められた。
「ボクも好きだよ、のこと」
「・・・・・」
声はなくしてしまったけれど、の瞳が「本当に・・・?」と訴えていたのだろう。杜夢は繋いだ手をしっかりと握り直した。
「好きでもない子と手なんか繋がないし、寄り道に誘ったりもしない」
彼は稀代の詐欺師だけれど、真心のこもったその告白は、のハートにすっと染み入った。
「・・・嬉しい・・・」
しかしすぐに同じくらいの苦しみに襲われ、息を詰める。
「・・・でも、サヨナラなんだよね・・・」
「・・・ああ・・・」
辛そうに眉を寄せ、だけど次の瞬間には強い意志を持って。
杜夢はを見つめた。
「ボクには次の目的があるから」
ギラリ烈しく燃える瞳は、ギャンブルに向かうときのもの。
ほんの片鱗に過ぎなかったけれど、をゾクリとさせるのには十分だった。
勝つか負けるかの緊張感を求めるとき、杜夢は普段とは別人のような顔つきをする。それは周りの空気すら変えてしまう、ギャンブラーの貌だった。
普段の優しく親しみやすい感じももちろん好きだけれど、自分とは全く違う世界に身を置く男の表情に、は恐れながらも、憧れを抱いていた。
・・・そう、杜夢には目指すものがあって、それは自分にはきっと一生触れられないようなもので・・・。
「一緒には、いられないんだもんね・・・」
何て淋しい。
「・・・ゴメン」
小さな約束ひとつ、あげられやしない。ましてや縛り付けるなんて。
本当は想いを告げずに行くつもりだった。ただの風変わりな転校生としての記憶に残ってくれれば、それで十分なはずだった。
だが、わざわざ待っていてくれたと二人きりで夕焼けの中を歩き、の、熱帯魚のような鮮やかさでいながら淋しそうにうつむく姿を見たとき、杜夢の黙っていようという思いがぐらついた。
好きだと言われては、もう抑えておけなかった。
(勝負事のときのようにはいかないな)
自分の気持ちを制御できないし、あらゆるパターンを予測して対策を立てるなんて応用も利かない・・・お手上げだ。こと恋愛に関しては、杜夢も普通の中学生に過ぎないようだった。
「・・・」
すっと、メガネを外してワイシャツの首元にひっかける。繋いだ手はそのままに、反対の手で、の肩を引き寄せた。
杜夢をこんな位置で見たことがないと思うと、じっと見つめながらもドキドキ熱くなってくる。
「ボクにはどうしていいのか分からない・・・」
ズルいかな。
淋しげに笑って、少し首を傾けるようにしながら顔を近付けてくる。
は緊張しながらも、自然に、まぶたを閉じていた。
触れた唇から、全身の力が抜けてゆくようで。
思わず握った手に、力をこめる。
唇を重ねるだけのキスがせめてもの手段で、二人、想いを繋いだ。
オレンジ色の光に、心も体も包まれて。
嬉しくて・・・哀しかった。
そんな初恋の思い出から数年後。は、高校生になっていた。
ゴールデンウィーク初日に、ひらひらのワンピースをおろして神戸の駅にやってきたは、そわそわと携帯電話をいじっている。
メールの着信に顔を輝かせ、改札口の前に移動すると、ほどなく、人の波に混じって、待ち人がやってきた。
どんな人ごみでも見失うわけはない。色素の薄いツンツン髪ときれいな顔立ちは言うに及ばず、内面からのオーラなのだろうか、誰も持たない光を纏って、彼は歩いてくるから。
「杜夢!」
は顔一杯の笑みで駆け寄った。
「久しぶり、。元気だった?」
杜夢も、快活に応える。
と杜夢の交際は順調に続いていた。メールで頻繁に連絡を取り合い、時々はこうして、行き来もしていた。
獅子堂学園でのギャンブルや、その後の活躍も、は逐一聞かせてもらっていたのだった。
「コーヒーでも飲もうか」
二人は並んで歩き出す。
前に会ったときよりまた背が伸びて、均整の取れた体格に流行の細身の服がよく似合っている。そんな杜夢が眩しくて、は一度目を逸らした。
「そのワンピース、可愛いね」
「あ、ありがと」
今日のために買ったとっておきをほめられて、嬉しくなる。
胸はドキドキ、足元フワフワ、まるで夢みたい。
「ああどうしよう。話したいことがいっぱいありすぎて・・・」
「ゆっくり話そう。まだまだ時間はあるよ・・・連休いっぱい、泊まっていくから」
意味ありげなウインクをされれば、なぜか赤面してしまう。
どちらともなく手を繋いだ二人は、人ごみを泳ぐようにかわして、賑わう街中に消えていった。
END
・あとがき・
書いてしまった。ギャンブルフィッシュ。
世界唯一の杜夢ドリームなのではないだろうか・・・。
面白いな、この作品好きだな、と感じたときが書き時なので、逃さず書いてしまいました。
しかし杜夢は中学生に見えない。水原くんくらいでちょうどいいんじゃないかなあ。
ギャンブルフィッシュは杜夢以外にカッコいい男子が出てこないのが残念ですね。
近々第2巻発売だそうで。
中学生らしいほのかな恋にしようと思い、本編に則して獅子堂学園に来る前の神戸の公立中学校にいるときの話を考えました。
杜夢はハーフなのかな、女の子の扱いに慣れているし、普段は快活で人付き合いのいい感じ。
モテるだろうなぁ〜。
公園のシーンで終わりにするつもりだったけど、はっきりハッピーエンドにしたくなって、未来の杜夢くんも書いてみました。
今でもああだから、高校生になったらホント素敵だろうな。
しかし杜夢はギャンブラーというより詐欺師だと思う。つい本文で「詐欺師」と使ってしまった。
本編では杜夢に詐欺師とは冠されていないようだけど、苗字が「白鷺」というところからも、まぁ外れてはいないでしょう。
タイトルは「ギャンブルフィッシュ」からの連想で、winkの往年のヒット曲からもらいました。
内容とは合ってないかも知れないけど。
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