降り注ぐ光の中で



 そこはまるで子供部屋のようだった。
 ロボットや模型や人形の散乱する中に、うずくまるように座っている白いシャツの背中。癖の強い髪を見ると、胸が震えた。
「・・・ニア・・・。いえ、L、って呼んだ方がいいのかしら・・・」
「久しぶりですね、
 声の変化に、は離れていた年月を改めて思わされる。
「・・・あなたがまだ私を思ってくれている、なんて、うぬぼれてはいませんが。あのとき、約束しましたから」
 一心に遊んでいるフリで、こちらを見向こうともしない。
 も近づきがたく、棒立ちのまま、ただニアの言葉を聞いていた。
 そう、あれから5年。
 初代Lが死に、ニアと別れてから、もう5年・・・。


「ニア、どこに行くの」
 ワイミーズハウス・・・それぞれの分野において特出した能力を持つ子供たちが集められ、Lの後継者を育成している施設。
 その廊下で、はニアの袖をつかまえた。
「別に、どこにも行きません。離してください」
 普段と何も変わらぬそっけなさ。それでも、は自分が間違ってはいないことを直感した。
 メロがここを出て行った日、ニアも一緒にロジャーさんに呼ばれていったのを、目撃していた。
 以来、今まで以上にニアのことを注意して見ていたのだ。
「・・・Lの身に、何かあったんでしょう」
 導き出した答えをのどから押し出すと、ニアは初めて動揺を見せ−それも、ほとんど分からないくらいの身じさりに過ぎなかったが−、癖髪を指にからめた。
 下を向いたまま、少し口を尖らせるのを、はじっと見据えていた。
「キラを捕まえに行くんでしょう。私も、連れていって」
「ダメです」
 間も置かず突っぱねられれば、反抗心が頭をもたげる。
「どうして!? 私だって役には立てる・・・」
「ダメです。分かってください」
 一本調子の声音から、彼の心情を読み取るには、まだは子供すぎた。
「ニアこそ分かってよ! 私の気持ち・・・私は・・・」
「−好きだから」
 勢いを借りた告白を、ニアに先取られ、声が詰まる。
 相変わらず目を下向けたまま、彼はしきりに髪をいじっている。
 窓から入るけぶるような淡い光の中で、こまかな粒がニアの髪に服に、降りかかっているのを見た。
 それは神々しく儚げな・・・泣きたくなるような風景で・・・。
・・・」
 ニアが、こんなに慈しみ深く名を呼んでくれたのは、初めてのような気がした。
 ニアは手を下ろし、まっすぐ立ってまっすぐこちらを見ていた。その瞳に宿る光を、は眺めて、ぼうっとしていた。ほとんど気が遠くなりそうだった。
「好きだからこそ、です。あなたを連れては行けない」
 全てを、捨てても。
 施設での生活も、自らの青春も、そして恋すらも−。
 全てを捨ててでも、キラを追う。
 今振り向かず、出て行くつもりだった。
 彼女に・・・当のに見つかってしまったのは、大誤算もいいところ。
 決意は揺るぎようもなかったけれど、いちずな思いは胸に痛い。
「ニア・・・」
 全てではないにしろ、その強い意志を、は汲み取った。
 何を言っても無駄なこと。そして・・・。
 ニアの方が、何十倍も、辛いだろうこと。
「・・・・」
 両手を差し伸べ、ふわり、抱きしめる。
 やわらかな体をもっと感じたくて、腕に力をこめた。
 想いが通じ合うことを、夢に見てはいたけれど。それがこんな形で実現してしまうなんて・・・。

 ためらいがちに背中に回されたニアの手に、堰は流され、涙が溢れる。
 気がつけば、彼の体を夢中でかき抱いていた。
「ニア・・・連れていってくれないなら、・・・私を・・・私を・・・」
 幼かったは、言いようを知らなかった。
 もどかしくて、頬をすり寄せる。
「・・・ねえ私を大人にしてから行って・・・」
 ニアと深い繋がりが欲しい。
 愛し愛されている証が。
 思ってはみても、口から出せた言葉はわずかで、背中のニアの手がぴくり動くのを感じていた。
「・・・いずれ大人になります。あなたはここでの勉強を続けて・・・」
「そういうことじゃなくて・・・!」
 顔を上げた刹那、唇にキスされた。
 触れるだけの軽いキスでも、なかなか離してくれない。目をつぶると、また涙がこぼれた。
「・・・すみません・・・。今の私には、これが精一杯です」
 二人の体温が一定のものとなるくらい長い時間そうしていて、そっと柔らかなものを外すと、ニアはそう言ってもう一度抱きしめた。
「ニア・・・」
「もうそれ以上言わないでください。あなたに恥をかかせることになります」
「・・・」
 今までで一番近くから聞こえるニアの声は、いつものように冷たいほど平坦なのに、どうしてかいたわるような優しさでの全身を包み込んでくれていた。
「今、を傷つけるような行いをするわけにはいきません」
 傷つけてくれればいいのに。
 この想いが色あせぬよう、体に刻みつけてくれればいいのに・・・!
 は奥歯を噛むようにして、発声をかろうじて耐えた。
 聡い彼には、言わずとも知られている。
 互いがどれほどの情を抱えているのか、引き比べることこそかなわないけれど。
 ニアのために耐えようと・・・この抱擁とキスには、それほどの価値があると。
 再び強くしがみつくの頬には、新たな涙が伝っていた。


を、キラなんかが支配する世に住まわせたくはないんです・・・。私は必ず、勝ちます』
 ニアの声が、あのときのままで、今も耳に蘇る。
『キラを捕まえたら、迎えに来ます。もしその時まで、待っていてくれるのなら・・・一緒に・・・』
 感触や、ぬくもりまでも、そのままに。


「今となれば、昔のことです。幼かったし、私たちにとって世界はまだまだ狭かった」
 ガチャン・・・。おもちゃを置く音が、を現在に引き戻す。
「・・・ですが・・・」
 ニアはゆると立ち上がった。髪を指にからめる癖は昔のまま、少しは背も伸びたようだが、小柄な体格は子供そのもののようだった。
 そして振り向く、たいぎそうに。
 もしかして恐れているのかとも思えたが、久しぶりに見る顔は、変わらずクールな表情をたたえていた。
 面影はそのまま、ただ少し精悍さを備えたか線もシャープになって、声の変化と併せ、5年の歳月が少年を青年に変えたのだと実感させられる。
「・・・
 その声で名を呼び、ニアは感慨を持って幼馴染を見つめていた。
 そして少しだけ、笑った。
「・・・素敵な女性になったんですね・・・。化粧も、その服装もよく似合って・・・の分野で成功していることも、聞いています」
 目をそらし、ニアは髪をいじり続ける。少し口をとがらす表情は、あのときによく似ていた。
「あなたは・・・あなたは私のことなど、忘れていたのかもしれませんね・・・。あんな約束は反故になっても仕方がない・・・いえ、反故になって当然です・・・」
 美しく成長し、華々しい世界に身を置くの正面に立ちながら、ニアは初めての感情に心乱されていた。
 それは気後れであり、後悔に近くもあった。
 こんなが、初恋をいつまでも引きずっているわけはない。きっと多くの男性に言い寄られ・・・決まった人だって、いるのかもしれない。
「・・・それでも・・・」
 乾いた唇を舐め、言葉を継ぐ。
 これだけは言わなきゃならなかった。そのために、彼女に来てもらったのだから。
「私は、のことをずっと想っていました。どんな艱難辛苦も、あなたを想って乗り越えられた・・・」
 全ては、この日のために。
「それだけ伝えたかったんです。忙しいところ、時間を取らせました」
 完全に下向いてしまい、今にも最初のときのように座り込もうとしている。
 あのキラを打ち破り、Lを継いだ男なのに。
 こんなに自信なさげに・・・小さくなって。
 くすぐったいような哀しいような気分で、ただニアの背中を見たくはなかったから、は慌てて声を出す。
「待って、ニア」
 最初のポーズにおさまってしまったら、もう二度と振り向いてもらえないような気がしていた。
「私の気持ちは、聞いてくれないの?」
「・・・・」
 少しかがみ手を伸ばすと、ニアは床から人形を拾い上げ、大切に胸へと抱いた。
 他のおもちゃは新品同様なのに、それだけは中古の人形で、髪の色が自分にそっくりだということには気付いていた。
「・・・私にとって良くない話なら、聞きたくありません」
「・・・臆病ね」
「昔からです」
「そんなことないよ・・・。私は、ニアが、好き。ずっと、好き・・・」
「・・・・」
 髪をいじる手が、止まった。
 ニアが目を上げるより先に、その胸に飛び込んだ。
 あのときのように。
「ずっと想ってたのニア・・・信じて、待ってた・・・」
・・・」
 驚きから抜け切れないニアを至近距離で見つめ、両手で頬を包み込むようにする。ニアのほっぺが、今少しだけ、熱を持ったようだった。
「辛かったでしょ・・・本当によく頑張ったわ。もう、一人じゃないから・・・」
「・・・・・っ」
 ニアの優しい両腕がからみついてくるのを、新しいときめきで迎える。
 目を閉じ、は、凍結していたあの日の約束が二人の熱でゆるやかに溶け出すのを実感していた。


『もしその時まで、待っていてくれるのなら・・・一緒に、暮らしましょう』


「これからはずっとそばにいるから。Lの手伝いを、させてね」
「夢のようです・・・」
 少し、いたずらっぽく笑むと、は今度は自分からキスをあげた。
 夢なんかじゃないって、伝えるために。

                                                             END




  ※オマケ

 ニアのもとに身を寄せ、本業のかたわらLの助手として忙しく働き始めてから数週間の後。
 それは月のきれいな夜に、二人はようやく、結ばれた。
「あのときニアは、私を傷つけるような行為って言ったよね」
 一糸まとわぬ姿を月明かりに晒し、恥ずかしそうに震える身体を、ニアはそうっと抱きしめた。
「今でもそれは危惧しています。ただ、あのときとは違い、今なら全てを引き受けることができますから・・・」
「・・・うん」
 月光を宿してにぶく光るニアの髪に、軽く指をもぐらせる。
「いいよ・・・来て」
 引き寄せて、キスをした。
 やがて二つのシルエットが一つになり、愛の固い絆が、結ばれる−。

「・・・初めて、だったのよ・・・」
 小さく告白する唇を、かわいらしいと思った。
「ニアとじゃなきゃ、いやだったから・・・ニア以上に好きになれる相手は、いなかったから・・・」
「・・・何と言えばいいのか、分かりません・・・」
 二人で温めたベッドの中で、もう一度、抱き寄せる。
 やはり傷つけてしまった身体を、せめていたわるように。
「・・・ね、ニアの本名、教えてよ」
の名前も、教えてくれるのなら」
 目を合わせ、微笑み合う。
 月下に相応のひそやかさで、名は交わされた。
 永遠の、約束となるように。










       ・あとがき・

DEATH NOTE完結記念。
結局生き残ったのはニアだから、こんな話があってもいいかなと。
最初はニアがちゃんと交渉持ってから別れるというふうに組み立てたんだけど、簡単にそんなことをしない方がニアらしいかなと思いキスだけにかえました。
きれいなままで話を終わらせたい気持ちと、ようやく結ばれる二人を書きたい気持ちと両方があったので、オマケという形で。

本編ではニアがキラを追うモチベーションがいまいち弱かった気がするんですが、ちゃんのような存在があったなら・・・。大切な人を殺人鬼が支配するような世界に住まわせたくはないと、そういう考えに後押しされて頑張るという、こういうおはなしはどうでしょう。

離れていた年月が5年でいいのかどうかがよく分かりません。「おかしいよ!」という意見がありましたら、教えてください。直します。
ちゃんもワイミーズっ子なので、「」は実は通称(笑)。

最近ニアがすごく好きです。最初はそうでもなかったんだけど。
ドリームでも書きやすいし、もっと増やしたいと思います。


 





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