ミュータンス




「ただいまー。ケーキ買ってきたよ」
 箱を掲げて見せる。Lはパソコンから顔を上げもしないけれど、視界の隅でしっかりとらえているに違いない。
「今日は遅かったんですね、さん」
「うん、歯医者行ってきたから。虫歯痛くなってきてさー。ついギリギリまで放っといちゃうんだよね」
 お茶の準備をしながら、ケーキをお皿に移す。
 カチカチと、クリックの音が聞こえる。マウスを操るLを振り仰いだ。
「竜崎は大丈夫なの? こんな毎日甘いものばっかり食べてるんだから、歯なんてボロボロでしょ」
「・・・私、虫歯なんてありませんよ。生まれてこのかた、歯医者に行ったこともありません」
「また嘘ばっかり〜」
 歯医者に行ったことがないなんて、そんな人間いるものか。しかも、この人の甘いもの好きときたら半端じゃないのに。
「歯医者に行くのが怖いんでしょ」
 からかうように言いながら、ケーキのお皿をテーブルへ持っていく。
 歯を治療してきたばかりなのに、しっかり自分の分も買ってきてしまった。
「本当です。見せてあげましょうか、ほら」
 とLは口を開けた。かぱっと、子供みたいに。
 なんだかかわいくて、は笑ってしまう。
「どれどれ」
 そういえば、彼の口の中をこうやって覗き込むなんて、初めてだ。・・・舌で探ってみたことはあるけど。
 Lの歯は、白くて、奥まで粒揃いの真珠の歯だった。
「うわ・・・ホントきれい」
 ぱくっと口を閉じたLのすぐ目の前で、ムクれてみせる。
「ズルイよ、ケーキばっかり食べてるくせに、太りもしないし虫歯にもならないなんて・・・女の敵!」
 敵にまでされてしまった。Lはぽりと頭をかいて、再びパソコンに戻る。
 はお茶を入れるため、もう一度立った。

さん、虫歯の元凶ミュータンス菌は、親からうつると言われているんです」
 紅茶をふたつ、持っていくと、Lは早速砂糖を山ほど入れ始めた。こんなので、虫歯がないなんて・・・。
「具体的には、お母さんが赤ちゃんと同じカトラリーを使ったり、口移ししたり、キスしたり・・・」
 スプーンをつまみ持つと、くるくるかき混ぜる。目を伏せ、膝を抱えるようにして。
「・・・ふうん・・・」
 Lには虫歯がひとつもない。
 Lの口内にミュータンス菌は住んでいない。
 ・・・うつされなかったから。
 彼は自分のことを何も語らないけれど・・・今だって、他意などまるでなかったはずだけど。
 何かの折に感じ取ってはいた。Lは、愛情に薄い少年時代を過ごしてきたのではないか、と。
 少し切なくて、一度ぎゅっと歯を噛み合わせる。
「竜っ」
 スプーンをフォークに持ち替えたばかりのLに、横から飛びついて有無を言わさず唇を押し当てた。
 ちゅっちゅっと、何度も激しくキスをする。
「・・・何をするんですかさん」
 困惑も立腹もしていないけれど、特に喜んでもいないような顔を両手で挟んで、仕上げにもうひとつ、とびきり濃厚な口づけをあげる。
 ほっぺに手を添えたまま、鼻先をくっつけるようにして彼を感じ、甘い余韻に浸った。
さん」
「私の虫歯をうつしてあげるの・・・悔しいから」
「大人になってからじゃ、もううつりません」
 静かに呟くだけの声も、こんなに近いと体にぞくぞく染みてくる。
「それに、ミュータンス菌なんかよりも・・・」
 Lの細くて長い両腕が、の体にゆっくり、からみついてきた。
からは、色んなものをもらっていますから」
 きれいな指先で、うなじをくすぐるように撫でてやる。
「やぁん・・・」
 ここも弱いこと、当然、知っている。
「竜・・・」
 ふざけて呼ぶ愛称、しっかり巻きつける腕。
「もし私にあげられるものがあるなら、嬉しい・・・」
 幼いころ得られなかったものの代わりにはなれないとしても。
 少しでも埋められるなら、何でもあげる。
 全部あげる・・・。
 ごくごく近くで見開かれた黒い瞳、隈に縁取られたそれが、ほんの少しだけど、優しく細められた。
「・・・もらいっぱなしです」
 今度はLの方からキスを仕掛ける。巧みに導き高めて、紅茶が冷めてしまうのにも気付かぬくらいまで。

 そして二人は、ソファの上、ゆるやかに愛を重ねる。





                                                             END










       ・あとがき・

ここのところ異常な感じのLばっかり書いていたので・・・もちろんそれも良いんですけど・・・。
甘々短編をここいらでひとつ、と考えたおはなしです。
L部屋でLに「私、虫歯ないんです・・・」といったことを言わせていたので、そこから持ってきました。
Lって、どうしても親に愛情かけられて育ってきた感じがしないんですよね。
あまりそういったことを書きたくはないし、L自身も言わないだろうけど。
でも不幸じゃないですよ、何たってちゃんがいますから!

私はミュータンス菌だらけ、虫歯だらけ。
何度も歯医者に通っています。
最近、歯医者さん数人とお話しする機会があったんですが、皆さんとても気さくで親切な方々ばかりでしたよ。

「ミュータンス」って、なんかかわいらしい響きだなって思います。





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