ただ一つの想い



 それは木蓮の匂いに包まれた、古い記憶。
 叔母に連れられて行った何かの集まり・・・皆にちやほやと囲まれているカミヨミの姫と、対照的にひとりぼっちの、姫の兄・・・。
 夜闇のような髪と着物、目が覚めるように白い肌に、吸い寄せられるように近付いた。
「いっしょに、あそぼうよ」
 自分が最初にかけた言葉を、はっきり覚えている。不機嫌そうに不思議そうに、こちらを見た美しい瞳も。
「ぼくは、みんなにきらわれている・・・いっしょにいると、おまえまでなかまはずれにされるぞ」
「へいきへいき」
 手を繋ぐ。
 誰が何と言おうと関係ない。自分の見たもの、感じたことのみを信じる・・・彼女の芯は、このころすでに出来上がっていたのだろう。
「おまえ・・・なまえは?」
 手を引かれるまま歩き、帝月は問う。自分から人の名前を聞くなんて、滅多にないことだった。
 自分と同じ年頃の、おかっぱ髪の女の子は、振り返りにっこりして答えた。
「あたし、

 は天馬のイトコであり、由緒正しき日明家の血を引いている。
 武家の名門・日明家に生まれたからには、女子とて強くあらねばならない。それは零武隊を束ねる日明蘭を知っている者ならば誰しも頷くところだろう。
 当然、も幼い頃から武芸の稽古に励んでいた。
 帝月との出会い以来、特に熱心に修練に打ち込むようになったのだが、数年後にはとうとう叔母である日明蘭を訪ね、自分をみっちり鍛えて欲しいとまで言い出したのだ。
「何故そこまでして強くなりたい?」
 きちんと膝を折って頭を下げる姪に、蘭は頼もしいものを感じながらあえて聞く。
 は面を上げ、よく通る声ではっきりと答えた。
「お守りしたい方がいるのです。私には天馬ほどの才能がありませんので・・・ぜひ、叔母上にご指南を」
 いい目をしている。蘭は愉快な心地になったが、それを表情や声には表さなかった。
「ふん・・・まあいいだろう。ただし手加減はせぬから、そのつもりでいるのだな」
 鋭い眼光に、背筋が寒くなる。は再び、深々と頭を下げた。
「よろしくお願いいたします」

 蘭の指導は言葉以上に壮絶で、ほとんどシゴキといえるほどだった。度が過ぎていると、何度天馬が止めに入ったか分からない(しかし天馬も投げ飛ばされるのがオチで、シゴキが止まることはなかった)。
 そんな地獄を、は一度も弱音を吐くことなく耐え抜き、めきめきと腕を上げていった。
 全ては、ただ一つの想いのため。

(帝月さま・・・私が貴方をお守りします・・・!!)

 忌み子として疎まれている帝月に向けた、同情なんかじゃない。
 ただ、帝月自身に惹かれた。
 天馬が菊理姫を守ろうとするように、自分が、帝月を守ってあげたかった。
 そばを離れずに、全てのものから、守ってあげたかった。

 ・・・それなのに・・・。

「帝月さま・・・」
 帝月の斜め後ろ、自分がいたかった場所に、知らない男が立っている。
 長身痩躯で、細い目の下にホクロがあって、刀を手にした男が。
「瑠璃男だ。瑠璃男、こっちは
「よろしゅうに・・・こら可愛らしいお嬢ちゃんやなあ」
 軽く辞儀をして、京の言葉で調子のいいことを紡ぐ男を、うさん臭げに見やる。
「帝月さま、家来にするって・・・本当なんですか、こんなキツネみたいな男を」
「顔はキツネかも知れんが、僕の番犬だ」
 真顔でそんなことを言う帝月と、言われてもヘラヘラしている瑠璃男を見て、頭にカッと血が昇る。
「ひどい・・・私が帝月さまを守るのに・・・。一番の家来にしてもらいたかったのに!!」
「坊ちゃんモテますなぁ〜。そやけど嬢ちゃんには無理やわ、その役目。俺にしかできへん」
 ぎらり、切れ長の眼が剣呑に光る。
 確かに口先だけじゃないことを、は知った。キツネだか犬だか知らないが、それなりに強そうだ。
 だが負けない。は瑠璃男を睨み返した。
「瑠璃男・・・、勝負よ!!」

「まあっ何をしているのです」
「菊理」
 と瑠璃男が竹刀で打ち合っている。その光景を目にして卒倒しそうになった菊理を、天馬は後ろからそっと支えた。
「帝月、やめさせろ!」
 怒鳴っても、座ってただ見ている帝月はぴくりともしない。仕方なく天馬は庭に下りた。
、瑠璃男、やめないか!」
「・・・天馬」
 一時中断で、二人とも竹刀を止めたものの、は敵から目を外さず「邪魔だからどいていて」と手ぶりで示した。
「帝月さまを守るのは私なの・・・! そのために私、強くなったんだから。それなのにこんな、昨日今日に拾われた奴なんかに・・・!」
・・・」
「ちゅうことや。どいとき天馬、決着つけなお互い納得できへんねん」
「・・・・」
 の気持ちはよく承知している。鬼のような特訓の日々も目の当たりにしてきた。
 だから天馬は、それ以上何も言えなかった。
「・・・菊理を連れていく」
 姫にはこんな闘い、見せられない。
 去ろうとする天馬にだけ聞こえるように、帝月は囁いた。
「大丈夫だ、瑠璃男はに怪我をさせるようなヘマはしない」
 天馬は小さく頷いて、菊理を連れ奥の部屋へ消えて行った。

 瑠璃男との実力は、伯仲しているように見えた。
 だが時間が経つにつれ、基礎体力の違いが目に見えてくる。女であり年も下のが弱いというよりは、瑠璃男が強すぎたという方が正しいだろう。
 バシイッ!!
 とうとう、瑠璃男の竹刀がをはじき飛ばした。
「・・・っ!」
「大丈夫かぁ?」
 自分もはあはあ息を上げながら、瑠璃男は手を差し出す。
 は躊躇したが、結局その手を取って立ち上がった。
「そんにしてもめっちゃ強いなあ、ビックリしたわ。そやけどあんまり強すぎると嫁の貰い手なくなるで」
 そこまで言うと、思いついたように片目をつぶってみせる。
「・・・そや、そんときは俺が貰てやるわ」
「・・・ふざけないでよッ!」
 思い切り振りほどく。負けた屈辱の上にこの軽口、不快で仕様がない。
「私はアンタみたいなチャラチャラした男、大嫌いなんだから!!」
「こらきっついなあ。そう言わんと、仲良うしようや」
 ニヤついて、全くこたえていない様子の瑠璃男。言動がいちいちカンに障る。
「悔しい・・・もっと強くなって、再戦を申し込むわ・・・帝月さまの番犬の座を奪うために!」
 ひとり燃えるだが、言っていることはかなりおかしい。
 それまで静観していた帝月は、すっと立ち上がり、のそばに歩み寄った。
、少し散歩をしよう」
「・・・帝月さま」
 汗だくの顔が、ぱあっと晴れる。
 当然のようについて行こうとする瑠璃男は、
「お前はここで待っていろ」
 にべもなく言い渡され、ガックリ肩を落とす。
 嬉々として、帝月と歩き出しながら、は後ろを振り返ってアカンベをしてやる。
 それを見た瑠璃男は、腹を立てるでもなく、逆に相好を崩した。
かあ・・・可愛うて強うて・・・むっちゃ好みやわあ」


 木蓮の木の下、二人並んで座った。両脚を伸ばして背を幹に預ける、同じポーズで。
「帝月さま・・・どうして、私じゃ、ダメなんです・・・」
 日々力をつけてきたのは、他ならぬ帝月のためなのに。突然、家来を拾ってくるなんて・・・にとっては裏切りにも等しい辛い仕打ちだった。
 帝月は、真っ直ぐ前を見据えたまま、静かに告げる。
「お前は女だから、女として生きて欲しいのだよ」
「・・・」
 それは、一番、言って欲しくない言葉・・・。
「・・・女じゃなけりゃよかった・・・。帝月さまのそばにいたい・・・瑠璃男みたいに」
 下を向いて、うめくように押し出すように言うに、帝月は何かを差し出した。
 帝月の白魚のような手の中に咲いた、赤い花。可愛らしい、髪飾り・・・。
「女としてそばにいてくれた方が、僕は嬉しい」
 言葉を失っているに、そっとそれを握らせる。
 包み込むように自分の胸まで持ってゆき、見下ろすと、は頬を赤く染めた。
「・・・帝月さまの、お望みのように・・・」
 鬼子と呼ばれるもう一人のカミヨミ、早くに失うことが知れている双子の妹。
 帝月についていく人生を選ぶならば、決して平坦な道にならないのは分かっている。
 それでも、もう決めたことだから。
「そばに置いてください・・・これから、ずっと」
 帝月は、返事をくれなかったけれど。すっと手を伸ばすと、手から髪飾りを取り、の黒髪につけてくれた。
「帝月さま・・・」
 さあっと吹き付ける風が、髪に飾った赤い花を揺らす。
 言葉はなく、帝月の視線も前方に固定されたまま、こちらを向いてくれることもなく。
 それでも、同じ場所にいるだけで、の全ては、満たされていた。





                                                             END



       ・あとがき・

帝月のドリームなのに瑠璃男にも惚れられている(笑)。私が瑠璃男好きなもので・・・。
まだまだ子供時代のことなので、淡いですね〜。これからちゃんは、瑠璃男とケンカしながらも仲良く帝月のそばにいるというポジションに納まっていただきたい。

日明大佐の姪で、直々に指導されたんだったら強いよね・・・。でも天馬や帝月は、「大佐みたいにならないでくれ!」とひそかに思っていたに違いない(笑)。





この小説が気に入ってもらえたなら、是非拍手や投票をお願いします! 何より励みになります。
  ↓

web拍手を送る ひとこと感想いただけたら嬉しいです。(感想などメッセージくださる場合は、「ただ一つの想い」と作品名も入れてくださいね)


お好きなドリーム小説ランキング コメントなどいただけたら励みになります!





「アーミンドリーム小説」へ戻る


H19.8.30
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送