まっさらな



「あけましておめでとうございます」
 1月1日、珍しく自分から出向いてきてくれた愛娘を見るや、マジックの目尻は急激に下がった。
! よく似合うじゃないか〜」
 娘のは、あでやかな晴れ着姿で微笑んでいる。
「お父様」
 いつもにはない甘えた声、小首をかしげるその仕草ときたらもう。
 マジックの目は限界まで細められていた。
〜!!」
 椅子から立ち上がり、ガバッと抱きつく。
「可愛い、可愛いなァ〜〜」
「ギャ〜、スリスリはやめてお父様、ヘアスタイルが崩れちゃうでしょ!」
 せっかく着物に合わせて結い上げ、きれいな飾りもつけてもらったのに。
 それでなくとも、父の度を超えた愛情表現には、日々辟易しているだった。
 最後には力ずくで引き剥がし、着物を整えてからサッと両手を出す。
「お年玉っ」
 さっきの甘え声は、このためだけの布石だったのだ。普段は間違えてもあんな猫なで声、出しはしない。
「ああ、ちゃんと用意してあるよ。可愛いのためだからね、ホラ」
 赤いブレザーのポケットから出したポチ袋は一瞬で奪い取られ、もうは扉のそばにいた。
「うわぁ、さすが弾んでくれたわね! ありがとう。それじゃ〜ね」
 中身を確認するや、これで用は済んだとばかりに出て行こうとする。
「も、もう行っちゃうのかい。パパ寂しいな」
「・・・・」
 背を向けかけたが、もう一度顔を父の方に向ける。
 可愛いという、寂しいという。その言葉に嘘はないだろうけれど。
 いかめしい赤の総帥服や、大きな総帥の椅子に、の心はいつも冷やされてしまうのだった。
「お仕事で忙しいんでしょ、お正月だってのに」
 とんがった口ぶりと、その目にありありと浮かぶ非難に、マジックは困ったふうにしたが、聞き分けのない子供に対する忍耐強さで微笑んでみせる。
「なんだ、やっぱりも寂しいんだね。ゴメンよ、今目を離すわけにはいかなくてね。分かってくれるだろう? やシンちゃんのために、パパ頑張ってるんだから」
 人殺しを、頑張っているのね。
 さめた言葉を、は飲み込んだ。新年早々、言い争いにはしたくない。
 口なら負けないけれど、最後には黙らされてしまう、あの瞬間の父の両眼が嫌だ。
 無論、同じものを右の眼だけに宿していること、自分でも分かってはいたが。
「・・・つまんないの。おじ様たちも帰ってこないし、全然正月って感じしないわ」
「いつものことだろう」
 今度は少し苦々しげに、マジックは言う。
 ハーレムは特戦部隊を率いて半ば気ままに空を駆け回っているし、サービスに至っては6年ほども顔を見せにも来ない。
「あーあ、美貌のおじ様に会いたいわ」
 それなのに愛する娘のは、昔会ったきりの叔父たちのことを忘れやしないのだ。マジックは内心穏やかではない。
「ハーレムおじ様の愛人になれるくらいには成長したと思うんだけど」
 自分の胸元を見下ろす目つきで呟かれたときには、もはや黙っていられなかった。
! 何だねその愛人というのはッ!」
「えっだってハーレムおじ様って、ワイルドでいいじゃない。私、愛人になってあげてもいいかなーって思ってるのよ」
 悪びれない態度に、頭を抱える思いだ。
 まさかハーレムが本気にしはしないだろうが、しかし・・・。
 年頃になりつつある娘に、悩みの種は尽きないマジックだった。
「なーんて言ってても、本命はシンタロー兄様だから、安心してよお父様。それじゃーね」
「全ッ然、安心できんッ。近親相姦なんて許さんぞ、コラッ!」
 ヒートアップする一方の声をドアで遮断して、は弾むように歩き出す。
「あ、お嬢さんだ」
 廊下ですれ違った若い団員たちは、振り返って見ては口々に噂し合うのだった。
お嬢さん、今日は和服かぁー」
「カワイーよな。彼氏とかいるのかな」
「あっ俺立候補したい」
「何だ、総帥の座でも狙ってんのかよ」
「まさか」
 の彼氏にいち早く立候補した男は、ひょいと肩を上げてみせた。
「お嬢さんと結婚したところで、総帥にはなれっこないさ。シンタロー様がいるんだから」
「まあ、そうだな」
 マジックの息子シンタローは、誰もが認めるガンマ団のナンバーワンだ。
 若者たちは、を彼女にするなんて叶わぬ夢を尚も語り合いながら、廊下を歩いていった。

、あけましておめでとう」
「グンちゃん」
 イトコの人好きする笑顔につかまって、は足を止めきちんとしたおじぎをしてみせる。
「あけまして、おめでとうございます」
 ガンマ団一の頭脳を持つ男(おそらく自称)、グンマ博士は、更にとろけそうな表情になり、の晴れ着姿をほめると、自分の部屋に来ないかと誘ってくれた。
 ロボットや色んな道具で溢れ返ったグンマの研究室は、部屋全体が大きなおもちゃ箱みたいで、いつもワクワクさせてくれる。だけど今日は、「後でね」と断った。
「先に、お兄ちゃんのとこに行きたいから」
 着崩れなどしないうちに、大好きなシンタローに晴れ着を見せたい。
「ちぇ・・・またシンちゃんかぁ」
 グンマは口をとがらせる。
「仕方ないでしょ、私の一番はお兄ちゃんなんだから。今年こそお兄ちゃんに結婚を申し込んでもらうわ!」
 握ったこぶしを天井向けて突き上げると、あでやかな着物の袖がまくれ上がった。
「だからァ、、兄妹で結婚はできないんだよ」
「どうしてよ」
 水を差されて、ふくれっ面になる。
「どうしてって、法律で決まってるんだから」
「そんな法律、私たちの愛で変えてみせるわ」
「変わらないよ」
「世界最強の殺し屋軍団に、不可能なんてない!」
「ガンマ団はのものじゃないでしょ」
「・・・・・」
 控えめな正論に、どんどんクールダウンさせられる。最後にはガックリ肩を落としてしまった。
「あっそうだ、ボクのお嫁さんになればいいよ」
 弾んだ声。
「・・・はい?」
 口がポカン。
 上目を使って見ると、イトコは青い眼をきらきらさせ、なぜか頬をほんのり赤くしていた。
「兄妹ではダメでも、イトコなら結婚できるんだからさ、ねっ」
「えーっ」
 あからさまにイヤそうな顔をされ、グンマはちょっと傷ついてしまう。
ボクを嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど」
 兄と同い年でありながらまるでタイプは違うけれど、このイトコ・・・幼いころから一緒だったグンマを、嫌いなわけはない。
 何たって、色々面白いものを作ってくれるし、甘いお菓子もご馳走してくれるし。
「でもお嫁さんってことになるとな〜。愛人なら構わないけど、グンちゃん縛りたがりだろうし。・・・何より、ウルサイのがついてくるから」
 グンマの背後にぬっと出てきた人影に、ややうんざりしながら付け足した。
「あけましておめでとうございます、さん」
 マッドなサイエンティストの登場だ。
 ドクター高松はグンマの両肩に手を置きながらていねいに新年の挨拶を述べるが、その目は明らかにを牽制している。
 コイツがもれなくついてくるのだ、グンマと結婚なんて冗談じゃない。
「あけましておめでとう、ドクター高松。元旦だというのに、ガンマ団に居座っているんですね」
「研究に正月も休日もありませんよ。それより、今日は素敵な晴れ着をお召しですね。馬子にも衣装という言葉がピッタリです」
 イヤミや当てこすりなんて、日常茶飯事。グンマと仲良いのが気に入らないのだ。
 それは子供じみた嫉妬に過ぎないけれど、もまだ子供なので、いつもまともに腹を立ててしまう。
「新年早々不愉快だわ。グンちゃん、そのホモとお部屋に行けばいいでしょ。じゃーね」
「あっちょっと待ってよ
 呼び止めようとするも、もう廊下を折れて行ってしまった。
「さあグンマ様、さんもああ言ってくれたことですし、行きましょう」
 グンマはがどうして急に怒ってしまったのかまるで分からず、首をかしげていた。

「シンタロー兄様」
 ようやく、兄のところにたどり着いた。
 意識しておしとやかにドアを閉めると、窓際に立って外を眺めていたらしいシンタローは、ゆっくりと振り向いた。
「兄様、あけましておめでとうございます」
 深々おじぎをする妹を見て、口もとをゆるめる。
「ああ、おめでとう。
「えへ・・・これ、どう?」
 顔を上げるといつもの調子になって、はしゃぎ一回転すると、袖や裾や帯飾りが揺れた。
「似合うよ。正月らしくていいな」
「ここってお正月の雰囲気ないもんね」
 朗らかでしっかり者の兄。大好きなシンタロー。
 はそばに行くと、その腕にぶら下がるようにしがみついた。
「今年は絶対、私をお嫁さんにしてよね」
 シンタローは苦笑いして、妹の頭にぽんと手を置く。
「ンなことばっか言ってないで、今年こそは彼氏でも見つけろよ」
「・・・もうっ」
 シンタローしかいない。
 こんなに強くて優しくて、おまけにカッコいい男なんて、他にいないから。
 本気をアピールしているのに、いつもこんなふうに軽くあしらわれ、不満だらけのだった。
「・・・お兄ちゃん」
 それでも今日は、食い下がるのはやめておいた。
 シンタローがさっきまで、物思いにふけっていたことには気付いている。
 そして、その内容についても。
「今年は、コタローに会えればいいね」
 同じ景色を眺めながら、小さく小さく呟いた。
 コタロー・・・まだ幼い末の弟。
 可哀想に実父マジックの手により日本に幽閉され、兄でありながら姉でありながら、まみえることすら許されない。
 新しい年を迎え、兄シンタローが考えていたのは、このこと以外にないだろう。
「・・・ああ」
 果たしてシンタローは、懐から弟の写真を取り出すと、じっと見入りだした。
 顔がだんだん崩れてきたのを、は見逃さない。
「カワイイよなァ、コタローは」
「まったく、お兄ちゃんったら」
 こんなにデレデレさせてしまうコタローにちょっと嫉妬もするけれど、弟を心配し会いたいと思う気持ちは一緒だから、も腕を腕にからめたまま、共に写真を覗き込んだ。
「元気でいてくれればいいけど」
 家族みんなで過ごせたら、と望みを抱く。
 今年こそはその望みに近付けますように。
 そう願いながらは顔を上げたが、兄の目を見て思わず息を飲み込んでしまう。
 まだ写真を見つめたままのシンタローの、その瞳・・・一族の者は持ちえなかったはずの黒い瞳の中に、は何か動かしがたいものを見た。
 例えば切実に思いつめたような、ゆるぎない決意のような。
「シンタロー兄様」
 ぐっと腕を引く。秘密語りの調子で囁いた。
「何かするなら、私も仲間に入れて。どこか行くなら、連れていって」
「何を、言って、るんだ・・・」
 一言一言区切るように、シンタローは声を押し出した。
「何もしない・・・どこにも行くわけないだろ」
 何気なさを装って写真をしまうが、その声はほんのわずか、震えていた。
「兄様・・・」
 にはそれ以上を口にできない。ただ、ますます強く、しがみついた。逞しい腕のぬくもりを、逃がさないというように。
(いいわ・・・そのときには、勝手についていくから)
 薄い雲に隠れた遠い太陽に、誓うような気持ちで心に繰り返す。
(絶対、離れないから)
 いつしかそれは祈りへと変わり、最愛の兄のそばで、胸に手を当て目を伏せる。
 雲の切れ間から陽が差し、窓際に寄り添う兄と妹を、やさしく照らし上げた。

 まっさらな新しい年が始まる。
 そして運命が、動き出す。



                                                             END





       ・あとがき・

本文でも何度か言っていますが、あけましておめでとうございます。
平成18年の初ドリームです。
今年も色々書いていきたいと思うので、どうぞよろしくお願いします。

さて、今回は逆ハーというのか、特定のお相手ではないドリームですね。
固定ヒロインシリーズものとして考えてみたので、また同ヒロインで書くかもしれません。ハーレムやサービスとのからみなども書いてみたいですね。
青の一族の女の子というのは、ドリームのヒロイン、特に連載などではベーシックな線かと思います。
私もオリキャラ小説のヒロインとして、グンマの妹ナオミを作りましたが、もう13年くらいも前のことになりますね。
今回はナオミとは反対のイメージでヒロインを設定してみました。
ナオミはコタローの代わりだったので、両眼秘石眼で幽閉されていたんですね。でもちゃんは自由な立場。周り、いい男ばっかりで羨ましい(笑)。
シンタローのことを本気で好き。報われないと思われているけれど、後々、実は本当の兄妹ではないと知ったら・・・どうなるでしょうね。
それでもシンタローは、ちゃんのことを妹としてしか見ることができないような気がするけど。
意外にキンタローとくっつくかもしれません(笑)。

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