メイプルラバー
双魚宮に戻ると、可愛い恋人が来ていて、珍しくキッチンで何かガチャガチャひっくり返している最中だった。
「どうした」
「あっお帰りアフロディーテ。あのさホットケーキ作ろうと思って」
傍らにホットケーキミックスの箱。そして強火でガンガンに熱したフライパンに、今しもタネを流し込もうとしている。
アフロディーテは慌てて駆け寄り、火を弱めた。
「焼くときは弱火にしないと、あっという間に黒コゲだぞ」
「あっそう?」
「・・・一緒にやろうか」
は頷いた。
「一体どういう風の吹き回しなんだい?」
料理なんてしたこともないクセに、急にホットケーキなんて。
ホットケーキは意外と気長な料理だ。弱火でじっくり焼いている間、椅子に腰掛け尋ねると、は買い物袋から平べったい形の瓶を取り出した。
「これ、買ってきたんだ!」
中は琥珀色の液体で満たされており、ラベルには一枚の葉っぱが描かれた瓶・・・それが何か分かると、アフロディーテの顔にも自然に笑みが浮かんでいた。
「メイプルシロップか」
「うん。おいしそうだったから欲しくて。それでメイプルシロップっていったらやっぱりホットケーキが王道だからさ、ホットケーキミックスも買っちゃった」
「なるほど」
くすっと笑う。
単純で真っ直ぐな行動力が、なんともいとおしい。
さっぱりとした性格で、外見も男の子っぽく装うのが好きなだ。並んで歩くと「男女逆みたいだ」なんてからかわれるけれど、そういうところが良くて、アフロディーテは自分の恋人として彼女を選んだ。
見つめる気持ちに添うように、甘い匂いが漂い始める。
「ふっふっふっ・・・」
もったいをつけながら、瓶のふたを開ける。
最初に鼻を近づけて、はまたふふふふふ、とあやしげな笑いをこぼした。
「かけまーす」
とぷとぷとぷ。焼きたてホットケーキの上に流しかける。
メイプルシロップはハチミツとは違い、さらりと表面に染み込むような感じだから、更に追加してかけた。シロップ漬けになるかというくらいにたっぷりと。
アフロディーテは、二枚目を焼きながら、その様子を微笑ましげに見守っている。
「ミルクにも入れちゃえ」
マグカップのホットミルクにもメイプルシロップが投入される。混ぜると、うっすら色づいた。
「ああ〜いい匂い。いただきます!」
フォークで刺して、円いままをがぶりとかじりつくと、その表情がいっぺんにとろける。
「おいしい〜!」
立ち上がり、アフロディーテのもとへお皿ごと持って行った。
「食べてみなよ、すっごいおいしいから!」
フォークを近づけられて、屈む。がしたように、直接かぶりついた。
しっとりした食感のホットケーキは、甘すぎるくらい甘いけれど、それは幸せな味だった。
双魚宮中、ホットケーキとメイプルシロップの香りに満たされて、いつもはバラだけれどこんなのもいいな、とじんわり感じる。
焼きながら食べながらで、だいぶお腹も膨れてきた。
最後の一枚をに譲ると、瓶の裏ラベルを熱心に読んでいたがきらきら輝く目を上げた。
「ねえ、これ、カエデの樹液100%なんだってよ!」
「そうか、質のいいメイプルシロップなんだね」
安い品なら砂糖や蜜など混ぜ込んであるものだ。
「すごいよね、100%樹液だけで、こんなにいい匂いしてこんなに甘いなんてさ。カエデなんてあんなただの木だよ。信じられない」
普通の木からこんなにも甘い液体がとれるなんて、自然の神秘は本当に不思議だ。
興奮しているを、テーブルに片ひじついて見守っていたアフロディーテは、ふと思いついて手を伸ばした。
細い手首を、軽く握る。
「みたいだ」
「え?」
近くで見つめ合うのには、いまだに慣れない。
アフロディーテはとてもきれいだから。
優雅な癖のある長い髪とか、まつげとか、大きな瞳、その下の泣きボクロ・・・。
そして、唇。
「こんなに細い手足をして、少年みたいだけど・・・」
その唇が動いて、静かだけれど魅惑的な声で話すのを、はただ聞いていた。
アフロディーテはふいに目を細める。
「どんなに甘いか、私だけが知っているよ」
「・・・」
とっさに何も返せない。
ボッと熱が上がって戸惑っていると、ふわり抱き上げられた。
「ちっちょっと、まだホットケーキ残ってる」
未練がましいお姫様の髪をかきやり、キスをした。
甘い匂いと味のキスは、お互いをとろかした。
「ホットケーキ、食べたい?」
「・・・後で、いい」
首に腕を回して、強めに抱きつく。
「こっちの方が、もっと甘いもん」
頬を寄せて、またキスを。
メイプルのキスを、何度も、何度も。
・あとがき・
メイプルシロップ、大好き!
私は毎朝トーストですが、バターの上にメイプルシロップって大好物です。
この間はメイプルシロップ入りマフィンを焼きました。これまたおいしかった。
本文でも書きましたが、樹液があんなにいい匂いして甘いなんて、自然って素敵。
実は「ワイルドファンシー」という言葉に出会うまでは、新しいサイト名に「メイプル」を使おうと思っていました。「メイプルシュガー」とか「メイプルファッジ」とかにしようと思っていた。甘い名前にしようかと・・・。これだけ好きなメイプルシロップだから、やっぱりドリーム書くべきでしょ。ということで考えてみたお話です。
こういう、甘くて短い恋人ドリームは久しぶりのような気がします。自分の中でひとつベーシックですね。
アフロディーテで書こうと決めたら、「みたいだ」のくだりが自然に思い浮かびました。こういうセリフをいやみなくさらっと言えるのは彼ならではかな、と。投票所で、アフロディーテに投票くださっていた貴女に捧げます。
あまり「男らしさ」を前面に出してはいないけれど、こんなアフロディーテもいいなって、思います。
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