魔法使いの恋人
コーヒーのマグカップを手に、窓の外を眺める。流れゆく雲を目で追っていると、覚えずため息がこぼれた。
「どうしたんですか、さん」
この研究室の主が、隣に立つ。ガンマ団のマッドサイエンティストとして名高い(?)ドクター高松だ。
は彼の助手として、開発部に勤務している。
休憩時間とはいえ大きすぎるため息に、高松は気遣わしげな声をかけた。
「疲れましたか? ここのところ研究が立てこんでいましたからね」
「いいえ、そうじゃないんですドクター。かえって忙しい方がいいくらいで・・・」
という声にすら、嘆息の名残がからんでいる。
彼らしい鋭さで何かに気付き、高松はの肩に手を置いた。
「ウィローくん、でしたっけ?」
ぴくり。予想以上の反応に、薄く笑う。
「パプワ島に行った彼のことを考えていたんですね」
隠しても仕方ない。は首肯した。
名古屋ウィローは、の大切な人。
第七の刺客としてパプワ島に遣わされ、いまだ帰らない−。
公私を混同するようなことはしない。仕事はきちんとこなしているつもりだ。
だけど今のように、ちょっとでも暇ができると、決まって思うのは彼のことばかり。みるみる心いっぱいを占めてしまい、ため息の原因となってしまう。
「あそこは、常識の通用しない場所ですからね」
高松も、過日グンマと共にパプワ島に出向いた。シンタローにいじめられたというグンマの訴えに、けしからん、仕返ししてやろうと意気込んだのだが・・・。
そのときのことを想起したのか、ドクターは心底不快そうに顔を歪めた。
「さん、彼がいなくてそんなに寂しいのなら」
肩に置いた手に少し力を込め、自分の方へ引き寄せる。耳元に顔を近付け、囁いた。
「私が慰めてさしあげましょうか?」
「イエ結構です」
は遠慮なく手を引き剥がし、あやしげなドクターから離れる。
こんなことくらいでいちいち動揺していては、とてもこの人の助手など務まりはしないのだ。
「彼は必ず帰ってきますから」
「ずい分ハッキリ言い切るんですね」
今までの刺客も、誰一人戻ってきてはいない。それでなくても、常に死と隣り合わせの殺し屋稼業だ。
「こんな言い方は何ですけど、いつ帰ってくるかも、それどころか生きているかどうかも分からない・・・そんな人をいつまでも想っているよりも、次に進んだ方がよっぽど建設的だと思いますけどね」
「それも一理ありますけど」
さめかけのコーヒーをすする。
「無理なんです。忘れることなく待ち続けるしか私にはできない。・・・だって私は・・・」
ふうっと息をつくの顔は、ほんのり赤らんで、ちょっと色っぽい。
「そういう魔法を、かけられてしまったから」
突飛とも思える発言に、高松は一瞬面食らう。そういえば名古屋ウィローは魔法使いだったと思い出したとき、口もとに笑みが浮かんでいた。
「魔法、ねェ」
助手の手からマグカップを取り上げると、それをテーブルに置いてしまう。
「さん、服を脱いでください」
「何言ってんですか」
即返す。まったくこの人は、いつもおかしなことを言い出すんだから。
高松は余裕の表情を崩さない。
「魔法というものを、調べたいのですよ。アナタも助手なら私に協力しなさい」
目が本気だ。マッドだとは思っていたけれど、ここまでとは。
は後ずさりをする。自然と、体をかばうような格好になっていた。
「こんな仕事をしている貴女が、魔法使いの恋人なんて、ね」
「科学では分からないことの方が、世の中には多いと思いますよ」
「だからそれを調べてみたいと言っているんです」
きらり目を刺す輝き・・・いつの間にかドクターの手にはメスが握られていた。
「アナタの体を傷つけるようなことは極力したくありませんから、おとなしく言う通りにしてください」
「ちっちょっとドクター、やめっ・・・」
も、科学部門とはいえガンマ団に身を置く女性だ、格闘にも多少の心得はある。だが取りつかれたような目をしているドクターに抵抗など無意味で、あっという間に壁際まで追い詰められていた。
「さあ、さん」
「−−−!」
悲鳴すら声にならない。
あわや、という瞬間。
「タカマツーぅ」
能天気に甘ったるい声と共に、研究室のドアが開いた。
「まったく。今日という今日は、この仕事辞めちゃおうかと思ったわよ」
思い切り文句をブチまけつつ、ケーキを口に運ぶ。
「えー、ちゃんがいなくなったら寂しいよ」
差し向かいで特大パフェをつついているのは、ガンマ団一の頭脳の持ち主・・・と言われているグンマ博士だ。
グンマ登場のおかげで危機一髪助かったは、「甘いものオゴってあげるから」と丸め込み、そのまま研究室から逃亡したのである。
「高松も悪気があったわけじゃないから、許してあげてよ。ねっ」
アレが悪気じゃなくて何だ。
でも、グンマにこう言われにっこり微笑まれれば、怒りを持続することは難しくなる。ケーキも甘くておいしいし。
何より、はドクター高松のことを尊敬していた。性格や嗜好に難がありすぎだとしても、その技術と知識には素直に感服しているのだ。
「そうだ、今度あんなことしてきたら、グンちゃんに言いつけるって言っちゃおー」
グンマを溺愛している高松には、何より有効な一言だろう。
「ところでさちゃん、魔法ってどんな魔法なの?」
興味津々、きらきらした目を向けてくる。
甘党で子供みたいなグンマとは前から仲良しで、の感覚ではすっかり同性の友達といった付き合いだ。
だからは、彼になら話してもいいかな、という気になった。
ウィローとの関係は、それは穏やかなものだった。
好きだと言われたわけでも、付き合おうと申し込まれたわけでもない。だけれど時間が許せばいつもそばにいた。お互いがお互いにとって特別な存在であることを、もはや自然な事実として自覚していた。
魔法使いのウィローは、ガンマ団内の雑木林に小屋を建て、たいていそこに篭っていた。材料を集め、煮詰めて魔法の薬を作るのに都合が良かったのだ。
彼と一緒に林の中を歩き回ったり、奇妙な液体を作ったりするのは、にとって楽しい時間だった。
しかし、とりわけ二人が好んでいたのは、夜の散歩だった。
ウィローは、よく真夜中の散歩に誘ってくれた。夜は気持ちがいいから好きなのだと言って。
確かに、黒マントを羽織ってこれまた黒の三角帽子を被った魔法使いには、夜がよく似合う。
最初は気後れしていたも、すっかり気に入り、寮を抜け出しては心ときめく小冒険に興じていたものだ。
それに、この散歩には、特別嬉しいこともあった。
二人の間にはまだ口づけすら交わされていなかったけれど、このときにだけ、ウィローはの手を握ってくれたのだ。
体温と心拍が上がるのすら嬉しく、見上げればウィローも微笑み返してくれて。
手を繋いだまま、雑木林の中をあてもなくそぞろ歩いたものだった。
そのときも、散歩をしていた。まんまるに近い月を見上げながら。
足音さえも吸い込んでしまいそうな静寂、しっとりと肌にまつわる大気、そして沈み込む闇の粒子と植物とが混じり合った特有のにおい。どれひとつとっても、夜の心地良さに満ちている。
浮き立つ気持ちのまま歩いていただが、ふとウィローが足を止めた。いつものように手を繋いでいるので、必然的にも立ち止まることとなる。
こんなことは、ついぞなかった。いぶかしむに、ウィローは向かい合うように立つ。決して手は離さずに。
「ウィロー?」
月を背にしているため、微細な表情を見て取れない。だけれどは、ウィローが悲しそうにたたずんでいるのを感じていた。
「・・・ワシにゃあ、ワシ・・・」
くっと息を詰める様子に、は何も言えない。悪い話なのだろうと、その内容を想像しては震えた。彼の手から伝わるぬくもりが、優しく染みるのをいっそ不思議に感じながら。
「・・・パプワ島に、行くようにって、命令受けたがや・・・」
「パプワ島・・・」
ガンマ団の人間なら誰しも知っている。総帥の息子シンタローが裏切って逃げ込んだ島。のマスターである高松も、つい先日グンマと一緒に行って来たらしい。よほど話したくない出来事に見舞われたのか、二人とも口が重く、そのことについては何も知らないのだけれど。
そして、今まで6人もの刺客が放たれたが、誰一人任務を遂行して戻ってきた者はいない。
7人目として、ウィローが選ばれたというのだ。
「そんな・・・」
青ざめ言葉を失う。月に照らされれば、その不安げな表情すらウィローの目にはこの上なく貴く愛しいものとして映るのだった。
「しばらく、会えにゃーなる・・・けど、ワシ、必ずきゃーる(帰る)から」
三角帽子とマントのシルエットを、月光の粒がきらきら縁取っている。でも、それもじき滲んでくる。
頷くので精一杯のを、ウィローは優しい思いで、見つめていた。
「に、ひとつ魔法かけてってもええかにゃ、なも」
「魔法・・・?」
「んにゃ。ワシのこと、忘れにゃーで・・・待っとってくれるように、魔法を」
「うん・・・」
彼は確かに魔法使いだけれど、その魔法をかけられたことはない。普段作っている魔法薬など思い浮かべると躊躇しないでもなかったが、「忘れず待つ魔法」と聞けば受けずにいられない。
「目ェ、つぶってにゃ」
言われるまま、まぶたを閉じる。闇の中でも怖くはない。ウィローがずっと手を握ってくれているから。
「待っとってくれにゃ。ワシ、おみゃーのこと、好いとるがや」
甘い囁きが、ずい分近い。息づかいが口もとに触れた。と思った瞬間、もっと温かく、柔らかなものが唇をふさいだのだった。
「ヘエー、ロマンチックだねえ。いいなあちゃん」
話を熱心に聞きながらすっかりパフェを平らげてしまったグンマが、おかわりをねだるので、は奮発してもう一つ頼んであげた。
「今になると、なんだか夢の中みたいでね・・・」
さすがにキスの部分は恥ずかしいので、グンマには「呪文を唱えて魔法をかけて行ったの」などと適当なことを言ってお茶を濁した。
「ウィローくんきっと帰ってくるよ。あの島は、変な島だけどさ・・・危ない目には遭わないと思う・・・多分」
やっぱり口ごもっている。言いたくないのは分かっているから、も深く聞くことはしない。
ただグンマの思いやりに、心からありがとうと告げた。
それからしばらく日は経って−。
ドクター高松も、グンマも、再びパプワ島へと旅立っていった。それだけではない、マジック総帥も。
総帥不在でバタバタしているガンマ団の中で、は、ただ待つことしかできなかった。
愛しさと切なさ募らせ、祈りに似た気持ちで待つことしか。
月は満ち、こうこうと林を照らしている。
あの夜と、そっくりだ−。
ただ、足りない。自分の隣の存在が。握った手のぬくもりが・・・足りない。
(ウィロー)
遠い島へ消えた魔法使い。
(会いたいよ・・・)
あの場所で立ち止まり、自分の胸に手を添える。
月が滲みそうになったとき、突然吹いた一陣の風に、顔を伏せた。
ザッ、と草木を鳴らし、すぐに立ち消える。その不自然さにぱちくりさせた目が、ひとつの黒い影をとらえた。
風の名残になびくマントと、先の尖った黒い帽子。
「」
名を呼ばれても、にわかに信じられない。
触れて確かめなくては。捕まえなくては・・・。
「ウィロー・・・」
こわごわ伸ばした手を、力強く引き寄せられた。ためらいなく彼の腕に飛び込み、目を閉じる。
本当だ。ここにいる。大好きな人が、抱きしめてくれている。
「、今きゃーった」
懐かしい声、久しぶりに感じる体温。ただ、匂いが違うことを、はすぐに感じ取っていた。
いつも彼の体からしていたのは、薬草やら色々混じった「魔法の匂い」だったけれど、それは微かなものとなっている。代わりに、何か動物的な、野性のにおいが濃くしていた。パプワ島でまとってきたのだろう。
「なんか、コウモリくさいわよ」
ウィローはギクリとする。
「すっ鋭いにゃーもおは」
でも、シンタローたちに魔法の薬を飲ませる作戦に失敗して自分がコウモリになっていたなんてことは、恥ずかしくて話せないウィローだった。
「待たせたにゃ」
「うん・・・待っていたわ、ずっと。貴方の魔法のせいだわ」
「、魔法ってにゃ・・・」
信じていてくれたんだ。そう思うと、少しの罪悪感にちくり胸が痛んで、ウィローは言わずにいられなかった。
「あれ、魔法じゃにゃー。なんもしてにゃーがや、ホントは」
惚れ薬の類を作るのはたやすいけれど、あてもない自分なんかのために縛り付けるのは憚られた。
だから魔法という言葉を借りて、思いを伝えただけだったのに。
「ううん・・・」
軽くてほんの短い、キス・・・確かに、それだけのものに過ぎなかったけれど。
全身を痺れさせる、それはにとって、紛れもない魔法だった。
そのときから。否、ずっと前から。
「貴方のものよ、私」
「・・・ん・・・ありがとにゃ」
思い通じ彼女をこんなに感じることができて、心底幸せだった。原始的でおかしな島で、コウモリになって暮らしていた日々のことも、忘れてしまえるくらいに。
これが魔法なんだと、魔法使いは気がついた。
「、でゃー好きだがや」
月の下夜の中、ぎゅっと抱いてキスをする。あの夜よりも、もっと深い、キスをする。
二人結びついて、永遠に解けない魔法をかけるために。
・あとがき・
アラシヤマの話を書こうと思っていたのに、先に強烈に降ってまいりました、ウィロードリーム。
ウィローはちょっとマイナーキャラかな。でも可愛くて好きなんですよ。
相方に「名古屋ウィローは男? 女?」と聞かれましたが、私はトットリくんに負けない童顔だと思っています。相方曰く「女顔」だそうだけど。ちゃんをドクター高松の助手にしたのは、魔法と科学という対比が面白いんじゃないかなと思ったから。相変わらずあやしいドクターに迫られるというシーンも書いてみたかった。
昔、オリキャラで書いていたときの高松助手の藍子さんにも似ている。格闘もできるところとか、ドクターをさらっとかわしているところとか。
グンマと仲良しというのもなかなかいいポジションですね。
最近買った「PAPUWA de DO本!!」を見ると、ガンマ団では女子を一切採用していないと書かれてありましたが、ドリームで書くにあたり、その設定はすっぱり無視させていただきます(笑)。名古屋弁はさっぱり分からないので、ネットで「名古屋弁初級講座」のようなものを調べてみました。原作では「みゃー」とか「ぎゃー」とか言っていた気がしますが。調べたら結構「がや」って使うようなので、それを出してみました。「なも」とか(笑)。
ウィローの一人称が「ワシ」なのもちょっぴり気になりましたが、面白いのでそのまま使いました。パプワキャラって方言丸出しなんだけど、またそこがいいんだなあ。
当初ちゃんとウィローの別れの場面は昼間の予定だったのですが、原作を読んだとき、「夜の散歩は気持ちがいい」のようなことを言っていたので、急遽夜にしました。やっぱり魔法使いには夜の方が似合うね、月もよく似合う。断然こっちの方がいい!
ラスト、もうちょっと大人っぽい展開にしようかとも考えましたが、ロマンチック路線貫いてみました。タイトルは「奥様は魔女」をもじって「恋人は魔法使い」にしようかと最初思ったんですけど、モトネタも分からない感じなので、「魔法使いの弟子」をもじることにしました。
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