リトルキス


 超人兄弟のヤンキー三男坊・リキッドは、苦悩していた。
 リキッドには可愛い彼女がいる。という、鳥人の女の子だ。
 ヤンキーは治らないけど、説明とオバケが大嫌いなのも相変わらずだけれど、リキッドは恋に浮かれ毎日が楽しくて仕方なかった。
 それならば何を苦悩することがあるのかと、例えば彼女イナイ暦=年齢、の某鳥などは腹を立てることだろう。
 だが・・・。
 を天上界の自分の部屋に連れてくれば、兄たちが必要以上に顔を出す。
 それならばと鳥人界へ下りてデートをしていると、いつの間にか彼女の父親(つまり鳥王)が後をついてきたりする。
 人間界へ行けば、が兄と慕うバードが、竜人界では酔っ払いの龍人が・・・といったふうに、ことごとく邪魔が入るのだ。
 こんなことでは、いつまでたっても恋人同士の甘い雰囲気には持ち込めない。
 リキッドだって健全な男子なのだから、好きな女の子に触れてみたいと思う。むしろ、出来ない分、欲望は膨れ上がる。
 を抱きしめたい。
 そしてそして・・・キスを、したい。
 それなのに!
「チクショーなんで二人っきりになれねーんだァーー!!」
 独り言は大きすぎて、もはや独り言ではなかった。
「どーしたリッキー、何怒鳴ってんだァ」
「乱世アニキッ・・・だからリッキーって呼ぶなって」
「いーじゃねーか」
 長兄はふざけて、ヘッドロックのように三男坊の首を掴まえた。
「うげー苦しい」
「悩み事ならにーちゃんたちに相談しろよ、なァ忍!」
 くうるり振り向いた乱世が見たのは、血だまりの中倒れている次兄の姿だった。
「うわッやべ・・・ホラお前がいきなり大声出したせいで、手首切ったぞ。止血だ止血!」
「またかよォ〜」
 悩みの元凶は、アンタたちだよ。
 ちょっと不機嫌になりながら、しぶしぶ手当てを始めるリキッドだった。

「なに、と二人きりになりたい?」
 結局、正直に言わされてしまい、リキッドはちょっと赤くなる。
 乱世はいたずらっぽくニヤッと笑い、忍は、手首に巻かれた白い包帯に目を落としていた。
「だってよォ・・・いっつもアニキたちがいるじゃん。たまにはさぁ・・・」
「そーかそーか、お前の気持ち、にーちゃんよーッく分かったぞォ!」
 口を尖らす弟の肩に腕を回し、乱世はぐッと顔を寄せた。
「男だもんなッ、彼女がいれば、そりゃーな!」
 あからさまに言われれば、ますます赤くなって下を向いてしまう。
「・・・兄さんたちは邪魔だっていうわけだね・・・」
「イヤそうとまでは・・・切るなよ忍にーちゃん!」
 すんででカミソリを取り上げる。止血だの床掃除だのは、もうたくさんだ。
 だが忍はフフッと暗く笑った。
「冗談だよ・・・。そういうことなら兄者、今日は出かけようか」
 珍しい忍からの提案に、乱世はひとつ大きく頷いた。
「おーそうだな。オレたち夜まで留守するよ。それならいいだろ?」
「え・・・う、うん」
 リキッドはいきなり力が抜けたような、へんな気分になる。

 二人の兄たちは、まもなく出かけてゆき、本当に家の中には誰もいなくなった。気を遣うことはしないけど、話せば分かってくれる兄貴たちだったんだな・・・と、リキッドは妙に感心したりする。
 そして、妄想まがいのシュミレーションで頭をいっぱいにしながら、早速を迎えに行った。

「あれ、今日は随分静かね」
 いつも熱烈歓迎してくれる乱世たちがいないので、は軽く首をかしげながら家に上がった。
「ああ、アニキたち出かけてんだ」
 何でもないふうに言うのには苦労した。声が上ずってしまったかも。
 だがあれこれ考え込んでしまっているのはリキッドだけで、は「ああ、そうなの」とあっさり頷き、部屋までついてきた。
(い・・・いよいよ、と二人っきり・・・しかもオレの部屋で・・・ッ)
 今にも爆発しそうな心臓を抱え、リキッドは部屋のドアを開けた。
 とたん、見慣れたのとはまるで違うモノが目に入ったので、反射的にバタンと閉じてしまう。
 リキッドは真っ先に、部屋を間違えた可能性を思い浮かべた。
 しかしそんなハズはない。廊下を見回しても、ここが自分の部屋の位置に相違なかった。
 それなら、何だ、今のは・・・。
「どうしたのリキッド、早く入ろう」
 がちょこっと前に出て、リキッドが止める間もなく、再びドアを開けた。
 そして同じように、あっけに取られる。
 物が少なくシンプルなリキッドの部屋の中央に、ドーンとキングサイズのベッドが据え置かれている。しかも、ピンクの花柄掛け布団。しかも、天蓋つき。
「ワーすごい。お姫様のベッドみたい!」
 ははしゃいで、背の羽をパタパタさせベッドまで飛ぶと、ばふっとダイブした。
「ふっかふかー、羽毛布団だー。鳥人は皆、羽毛布団が大好きヨ!」
 それって共食い?とリキッドは思ったが、別に食うわけじゃないかと思い直す。
「模様替えしたのね、リキッド」
 ベッドの上起き上がったの、あどけない瞳の前で、リキッドはたじろぐしかできない。
 もちろん、模様替えなんてしていない。こんなベッドを部屋に入れた覚えなんて、あるはずはない。
(アニキたちだ・・・ッ)
 ひそかに歯噛みする。脳裏に乱世のいたずらな顔と、忍の忍び笑いが浮かんでいた。
 気を回したつもりか、悪ふざけか。リキッドには嫌がらせにしか思えないが・・・。
 部屋の中央に巨大なベッドなんて、自分の下心を具現化したような光景、とても直視できたものではない。
「オ・・・オレ、飲み物持ってくるわ。何がいい?」
「あったかいココアー」
「了解」
 とりあえずその場から逃げ出した。
 兄たちを呪い倒したい気持ちでいっぱいのリキッドだったが、お茶を入れているうちに、だんだんポジティブな考えが頭をもたげてきた。
 は楽しそうだし、警戒もしていないようだから、よしとしよう。
 あとはうまくいけば、あのベッドで、うまくいっちゃうかも・・・。
「・・・うわちっ」
 ニヤけていたら、熱湯が跳ねた。

 心を決めたリキッドと、何も知らないは、キングサイズのベッドをソファがわりに並んで腰かけて、いつものようにお喋りを始めた。
 張り切っていたリキッドだが、いざとなるとタイミングも分からないし、こんな大仰な舞台を用意されたせいで変に意識してしまう。
 そこにきて、屈託なく笑うの一点の曇りもない瞳を目にすると、こんなやましいことばかりを考えている自分が、何か低俗な、汚れた存在に思えてきて、後ろめたくなるのだった。
 そんなこんなで、と楽しい時間を過ごしているうち、リキッドは、今日はもういいかな、という気持ちになってきた。
 兄たちも分かってくれたから、また二人きりになれる機会もあるだろう。
 何より、今、自分のそばにいるの可愛い笑顔を、もっと見ていたいから・・・。
 ほのぼのと、リキッドが自己完結しそうになったその寸前のこと。
「やっぱりすごいよねー、この布団。気持ちいいー」
 ボフッ、と、再びがベッドに寝転がった。
 薄く柔らかい素材の服が、女の子の丸みを帯びた身体に沿って、なやましげなラインを描く。
 リキッドは、自分の中でしぼんでいた欲望が、一気に湧き上がるのを感じていた。
「・・・・・・」
 止められない。
 自分もベッドに倒れこむようにして、を腕に閉じ込めた。
 はずだった。
「−!?」
 ぽんっ!
 びっくりしたは、瞬時に小鳥へと変身し、ぱたぱた飛び上がる。
「何するのっリキッド・・・」
「あ・・・悪ィ・・・でも・・・」
 ゆっくりとした動作で身を起こし、リキッドはベッドの脇に立つ。
 のきれいな小鳥は、中空でせわしなく羽ばたきながら、こちらを見ていた。瞳は驚きに見開かれているけれど、非難の色はない。
 そのことに安心して、リキッドはそっと片手を伸べた。
「オレのこと嫌いじゃなかったら・・・、こっち来てくれないか。がイヤだって言うことは、何もしねェから・・・」
「・・・リキッド・・・」
 さっきは本当に驚いた。でも、今の胸の鼓動は、そのせいじゃない。
 今、リキッドと二人きりだということを、強烈に意識させられた。
 そうしたら、全身がゆるく痺れて力が抜けていきそうになる。
 頬にキズのある、やんちゃな面立ちが、今は真剣な表情でこちらを見上げている。そう・・・、ただの気の合うお喋り相手なんかじゃない。世界にただ一人の、彼氏なんだから・・・。
「・・・嫌いなわけ、ないじゃない」
 すーっと、吸い寄せられるように、リキッドの腕に止まった。
 居心地の良い宿り木に、しかしいつまでも小鳥のままでいたりはしない。
 ぽん、と、少女の姿になり、リキッドの両腕に納まった。
「・・・リキッドなら私・・・、イヤなんて、言わないよ・・・」
・・・っ」
 理性のメーター振り切れ、熱に押されるまま、強く強く抱きしめた。
 体と体が密着して、今までで一番近くにいるんだと実感する。
 リキッドは腕の中の柔らかさと細さに、女の子特有の可愛らしさを感じ、または、すっぽり包み込むように抱きしめてくれる力強い腕に、男らしい逞しさを感じた。
 互いに大人びて、気も遠くなりそうで、とても平静ではいられない。
 バランスが崩れたようにふわっと瞳が近付いたから、反射的に目をつぶった。
 果実が弾けたような鮮やかさと甘酸っぱさの中で、は初めての経験を、粛として待ち受けた。
 リキッドの、息遣いを感じる。・・・触れる・・・今。
 コンコン、コン。
『おーい、リキッド、!』
『兄さんたち、帰ったよ・・・』
「「・・・・・」」
 ぱちっ。二人同時に目を開ける。
 甘い夢から急に覚めたようで気恥ずかしくなって、はリキッドからそっと離れた。
(・・・ちくしょーちくしょー・・・、もーちょっとだったのに・・・!)
 背を向けたリキッドは、滝のような涙を流していた。

「帰ってきたのはいいけど、わざわざ部屋に来んなよ・・・」
「ノックしただろ」
「だいたい何だよ、人の部屋勝手に模様替えしやがって」
「何だ、プレゼントは気に入らなかったのかー」
「そんなに怒るってことは・・・、リキッド、うまくいかなかったんだね・・・」
 忍に図星をさされ、ますますガックリきてしまう。
 とお喋りしているうち、もう外は真っ暗になっていたなんて・・・、夢中で気が付かなかった。
 それだけ、といると楽しくて、時間の経つのがあっという間だということだった。
「まッ、焦んなって」
 乱世にポンと背中を叩かれ、ため息をつく。もう今日は諦める他なかった。
「リキッドも外に行ってみようよ!」
 ヒーローやミイちゃん(乱世たちが末の弟とそのお嫁さんを連れて帰ってきたのだ)と遊んでいたに袖を引かれ、リキッドは振り向いた。
「外?」
「いいモノがあるんだってよ」
「みんなでいくぞー」
 ヒーローも重ねて誘うので、リキッドは何だろうと思いつつついて行った。

 戸外はすでにすっぽり闇の中、冬の風は冷たく、たちの頬を刺す。
「こっちだぞー」
 ヒーロー夫婦について、家の横側に回った。
「わーっ!」
「すげえ・・・」
 歓声を上げると、感嘆の声をもらすリキッドの顔を、赤や黄色や青のライトが交互に照らす。
 見上げるほど大きなもみの木を、たくさんの電飾で彩った、それはきらびやかなクリスマスツリーが庭に出現していたのだ。
「きれーい!」
「もうすぐ、苦リス増すだからね・・・」
「変換間違ってるぞ忍にーちゃん・・・」
「でかくて形のいい木を探すのに、苦労したぜぇ」
 二人の兄たちも、今日一日の成果であるツリーを満足げに見上げている。
「こんな大きなツリー、初めて!」
 ぽん!と、の小鳥に変身すると、は楽しそうに歌いながらツリーの周りをらせん状に飛び昇ってゆく。
 てっぺんにたどり着き、そこに堂々と飾られた星の大きさに、目を輝かせて喜んだ。
 早く、リキッドにも教えなくちゃ。
 顧みようとしたとき、そのリキッドが、下から飛んできての隣に留まった。追ってきてくれたのだ。
 伝えたいことがあるときに、伝えたい相手がいる。
 それはにとって軽い驚きであると同時に、深い喜びだった。
「いつもそばにいられたら、いいのに・・・」
 そうできたら、これから起こるたくさんの楽しみも、素敵なことも、一緒に見て一緒に喜べるだろう。
「えっ何?」
 小さすぎた望みの声は、リキッドには届かない。
 は温かな想いを胸に点して、彼氏に向かい微笑んだ。
「この星、すごいね」
 ツリーのオーナメントの要というべきは、頂に掲げられる黄金色の星だろう。
 この大きなツリーに見合った、がとても抱えきれないような、びっくりサイズのお星さまだった。
「これならよく目立つから、天上界にもサンタさん来てくれるかも」
「来たところで、オモチャの似合わねぇヤローばっかしだけどな」
 笑い合う、笑顔が、鏡のようにぴかぴかの表面に映りこんでいる。
 それを見ていたら、リキッドの隣にいることがむしょうに嬉しくなって、ゆっくり羽ばたき、すーっと近付いた。
 ぴったり寄り添う形になって、虚像を見つめるのは、そこまで。
・・・」
 肩を掴まれ、向かい合う。
 も、いよいよ今だと身構えた。
 とろりと目を閉じて、近付くと、胸の激しい音が頭にまで響く。
「・・・・・」
 もしかしてまた・・・、と、最後まで疑っていた二人だったが、今度の今度こそ、一切の邪魔は入らなかった。
 温かく触れたファーストキスは、やさしくて軽い、キスだった。
 大きな星に隠れて、とても小さな、キスをした。
「・・・好きだ」
 ぎゅっと抱きしめられ、相手の鼓動を聞いていた。自分のと同じくらい、強くて速かった。
「私も。好き」
 冷たい風の中、今度はもう少しゆっくりと、キスをした。

「ナンだぁあいつら、いつまで上にいるんだ?」
「邪魔しない方がいいよ、兄者・・・」
 今にも様子見にギューンと飛んで行きそうな乱世を、忍は静かにいさめて、ゆるり空を見上げた。
「・・・二人きりなんだから」
「・・・そーか」
 乱世も同じように上向くと、ツリーの向こうに広がる星空に、笑みを浮かべた。
「そうですわよ。ヤボはいけませんわ、おにいさま」
 ミイちゃんはヒーローと共にツリーに見とれている。
 繋がれた手は、幼いからこそのてらいのなさだった。

 カラフルな光のまたたくもみの木の一番上、大きな星に腰かけて、リキッドとは固く抱きしめ合っていた。
 本物の星たちにも包まれながら、幸せで心身をいっぱいにして。





                                                             END



       ・あとがき・

リクエストありました、HEROのリキッドです。
色々考えたんですが、前にこれまたリクエストで書いたものの続編としました。
前回、乱世に結婚式を挙げさせられた二人だけど、本当に結婚なんて出来るはずはなく、行き来してデート。でもなかなか二人きりになれず・・・、リキッド悶々しています(笑)。
可愛いなぁ、思春期の少年のようだ。

自分の中では、乱世と忍は結婚しているつもりで書きました。弟たちに先越されちゃ、余裕なんて生まれないだろうし。
天上界の大きな家に、兄弟たちで暮らしているという設定です。時々ヒーローたちも遊びに来るの。





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