わらった! (後編)



 約束の週末、は車にラケットや着替えなどを積み込み、一人で出発した。
 竜崎さんは「迎えに行きます」と言ってくれたけれど、きっぱりと断ることで「この誘いに乗ったのは、単にテニスだけを楽しみたいからであって、それ以上の意味なんて決してありません」という意思を示したつもりだ。
 紅葉を楽しみながら着いた場所は、山を臨むロケーション最高のテニスコート。今日は天気にも恵まれ、気候も穏やかで気分もいい。
 はひとつ、のびをした。
(確かに、いい場所かも)
 ここを選んだ相手をちょっぴり見直しつつ、更衣室で着替えてくると、その相手・・・竜崎さんがいた。
 あの日と寸分たがわぬファッション、手にラケットを握っているが、やっぱり背中を丸めて立っている。
「こんにちはさん。本当に来てくれたんですね嬉しいです」
 言葉に区切りがなくて聞きづらいが、「迎えに行く」というのを強固に断ったことを、一応心配していたらしい。
「竜崎さんも、どうぞ着替えてきてください」
「いえ私はこのままで」
 ・・・ジーンズにTシャツで?
 いや悪いとは言わないが、お見合いからスポーツまでこなすその服装には、一体どんなこだわりが?
 全身をじろじろ見回していたら、彼もひとさし指を口につけたポーズでを見つめていた。
「・・・スカートじゃないんですね」
「・・・悪かったですねジャージで」
 まさかテニスに誘ったのは、パンチラ目当てか!?
 根性叩き直してやる。
 は気合を入れ、十分に体をほぐしてからコートに立った。
 しばらくぶりのテニスだ、思う通りに体が動くかどうか、不安はある。
 肩慣らしのつもりで、軽くボールを打ってみた。
 竜崎はそのボールにびっくりするくらい素早く反応し、スパーンといい音立てて打ち返してきた。
 取りやすい位置だ、もまた、相手方に返す。
 比較的ゆるやかなラリーは途切れず続き、その中で早くもは、竜崎の稀有な身体能力に気付いていた。
 上手い、この人。
 こっちに合わせてワザと甘く打ってくれているが、本気を出されたら、多分太刀打ちできない。
 ちなみに、の体の感覚は、学生時代と同じとは言わないけれど、予想した以上にはいい感じで戻っていた。
 それでも、こっちは精一杯。向こうは、余裕だ。
 ガリガリに痩せていて青白い外見からは想像もつかないような俊敏さとパワーで、正確に打ち返してくる。まるで野生の豹みたい(目はパンダだけど)。
 体が温まり、脈拍が早くなるにつれて、の胸は躍りだしていた。
 単純に運動のせいでもあるけれど・・・意外性と楽しさのワクワクが加速していること、否定はできない。

「すごいんですね竜崎さん」
 しばらく打ち合った後で、休憩を取ることにして、はベンチに近寄った。
 竜崎は、またあの座り方をしているが、こんないい場所なのにも関わらず自分たちの他には誰もいないので、気にせずも腰掛けた。一応、間に人が一人座れるくらいの距離は保つ。
 汗をぬぐい、スポーツドリンクを喉に流し込んだ。
さん・・・」
「はい」
 激しいスポーツをしておきながら、この座り方、余計疲れる気がするが。
 そういえば、息も上がっていなければ、汗のひとつもかいていないように見える。
(・・・人間じゃないのかも・・・)
 竜崎は親指の爪をかじりながら、をじっと見ていた。
「・・・何かないんですか」
「はい?」
 求められているものがまるで分からず、目をまん丸くしていると、竜崎はじれったそうに指をちゅうと吸った。
「ケーキとかお菓子とか、ケーキとか作ってこなかったですか」
 ・・・ああソレか。ようやく合点がいき、はわざと冷たく答える。
「作って来ません」
 期待を持たせるようなことをしちゃいけない。付き合う気もないんだから。
「そうですか」
 竜崎はさして落胆も見せず、ゴソゴソと何かを取り出して、二人の間に置いた。
「では一緒に食べましょう」
 白い箱のフタを開けると、きれいに並んだクッキーとマドレーヌ・・・ちゃっかり持参してきたか、この人は。
「うわぁ、スィートシュガーの・・・」
 もお気に入りのお店だ。ケーキでもクッキーでも何でもおいしい。
「どうぞ遠慮せずに」
 自分もつまみつつ、別の小さな箱を開ける。そこには角砂糖がぎっしり詰まっており、竜崎はそれを水筒にザラザラと放り込むと、ガシャガシャ振って飲み始めた。
 お見合いの日のコーヒーを思い出してげんなりしているのことなど、もちろんお構いなしだ。
「竜崎さんって・・・変わってますね」
「今更ですね」
 確かに今更だけど。
「自覚・・・あるんですか」
「繕う必要を感じていないだけです」
「・・・・」
 諦めて、スィートシュガーのお菓子をつまむ。
 の頬を冷やすように吹き付けてきた秋風が、心地よかった。

 その後も二人は、大自然の中でテニスを楽しんだ。
 は100%本気を出して、竜崎は多分半分くらいで打ち合った後、約束通り竜崎がコーチをしてくれた。
「バックのときに手打ちになってます。思い切って右足を踏み込んでみてください。背中を向けるくらいの気持ちで・・・」
 腰に手を添えられ、不覚にもドキドキしてしまう。
(いやいやこれは運動のドキドキだから・・・)
 恋のトキメキなんかじゃないハズ。
「腕はもともとバックの場合安定しているので心配いらないと思いますが・・・」
 頭の上から声が降ってきて、同時に手も握られる。
 背が高くて前かがみの姿勢のせいで、包み込まれているような錯覚に陥ってしまって・・・。
(だ、だまされるものかー!)
 二倍疲れる。

 そんなこともあったけれど、テニスは楽しく、充実した時間を過ごすことが出来たので、は満足だった。
 これからまた始めてみるのもいいかも・・・。
 それくらいの気持ちだったは、着替え終わると、出来るだけあっさりと別れの言葉を口にして、自分の車に乗り込もうとした。
「待ってくださいさん」
 ・・・つかまってしまった。
 内心舌打ちしつつ、自然な感じで振り返る。
 竜崎は変わらぬ立ち姿で、上目遣いをしてこっちを見ていた。
「少し、お話してもいいですか」
「は、はあ」
 飄々としているのに、こういうときには有無を言わせない。は逃げられやしない。
 促されるまま少し歩き、木の素朴な柵のそばで向かい合った。
さん、正式にお付き合いをしましょう」
 直球で来た。
「でっでも・・・」
 アンタお金持ってないでしょ。
 とはまさか言えず、さりげなく景色を眺めるフリで目をそらす。
 竜崎も、ジーンズのポケットに手を入れ同じ方向に目をやった。
 山々は豊かなグラデーションで圧倒的に美しく、大自然の中で小さなことはどうでもいいような気になってくる。
(・・・これじゃお母さんじゃないの)
 母の笑顔を浮かべているの耳に、竜崎の声がすんなりと、入り込んできた。
さんと、家庭を作りたいんです。・・・初めてです、こんなふうに思ったのは」
 あまりの真っ直ぐさを、作戦なのかと疑ったときにはもう遅かった。
『狙え玉の輿!』というスローガンを、はこのときぽろりと忘れてしまっていた。
 −お金なくたって、いいじゃない。
 なんて、今までの基準を根こそぎ覆すようなんこと、認められない。認めちゃいけない・・・けど。
 ここでサヨナラと言い切れないような、簡単に捨てられないような・・・。
「・・・あの、お返事、今すぐじゃなくてもいいですか・・・」
 結局、口にしたのは、無難に引き延ばす言葉だった。
 おかしな人、本当だったら目を合わせないように通り過ぎたいような、奇人変人。
 だけど、しぐさから優しさを、言葉からまごころを、感じ取ってしまったから。
 そして、例えばテニスがこんなにも上手なように、外見とのギャップが激しいミステリアスな彼のこと、もっと色々、知ってみたいと欲が出た。
「また、誘ってもらえれば・・・今度は何かお菓子を作ってきますから」
「本当ですか」
 弾んだ声の単純さに、思わず顔を上げる。
「−楽しみです」
 わらった!
 打算も何もからまない、一瞬の笑顔に、は完璧、参ってしまった。

 リムジンの後部座席、膝を立てて座ったまま親指をくわえる。
 彼女の青春を彩ったテニス、誰もいない大自然、スィートシュガーのお菓子・・・。
 どれか一つでも心に引っかかってくれたらと賭けてみたのだが、どうやらうまくいったようだ。
 お金で揺さぶりをかける方法が一番たやすく、かつ最も効果的だと知ってはいたけれど、あえてLはそれをしなかった。男として、譲れないポイントだったのだ。
 金がないという理由で袖にされるなら、所詮それまで。
 だがもしも・・・もしも、彼女の価値観をひっくり返すほどのものが、あったなら。
−家庭を、作りたい−
 元々ないものだ、今更欲しくなんてない・・・なんて、関心ないフリをしていながら。本当は憧れていたもの、求めていたもの。
 今日と過ごして、それはハッキリとした形を作り、Lの胸に根を下ろした。
(家族になりましょう、さん)
 心に浮かべた言葉が、少し気恥ずかしくて、指をくわえたまま下を向く。
 そんなLの様子をバックミラー越しに見守って、ワタリもひそかに微笑んでいた。

 次の約束の日、早起きして張り切ってケーキを焼いているに、母はニコニコしながら近付いた。
、今夜は遅くなっても構わないわよ。いえいっそ帰って来なくてもいいから、ジェバっておいで!」
 娘はオーブンの前でコケた。
「・・・何言ってんのよ、それが母親の言うセリフ!? しかも何よジェバるって」
「それくらいの勢いで頑張って来なさいっていうのよ」
 かなり真面目な顔をして言い含めてくるのだが、やっぱり意味不明だ。何を頑張れと・・・。
「うん、いい出来!」
 うまいぐあいに膨らんだケーキに、会心の笑みをこぼす。
 これを彼の目の前に出したら・・・また、笑ってくれるだろうか。
 あの笑顔を、もう一度見たい。
「すっかり恋に落ちちゃったみたい。いい傾向だこと」
 あんな息子がいたら面白いわ、と最初から狙っていた母は、しめしめと一人ほくそ笑む。
 楽しそうに出かけてゆく娘を、「がんばれ!」と書かれた手旗を振って見送った。

「竜崎さん!」
 いつもの服装、いつものポーズの彼に、手を上げて合図した。
 笑顔の瞬間を、たくさん知りたくなれば、もう離れがたくなる。
 一緒にいたくなるカラクリって、お金なんかじゃなくて・・・多分、そういうこと。

「おいしそうなケーキですね、流石です、さん」
 ほら・・・。
 わらった!






                                                                END




       あとがき

前編からちょっと間が開いていましたが、お見合いドリーム後編でした。
「Lにテニスを教えてもらいたい」というリクエストを入れたかったんですが、私も小畑先生のようにテニスをまるで知らないので、お茶を濁した形かな。

ちゃんの気持ちを引き付けるために、あれこれ考えたLですが、まさか自分の笑顔にそんな力があるとは思ってもみなかったようです。
ちゃんは、最後までLをビンボー人だと信じて疑っていませんでしたが、実はかなりの資産持ちなので、ちゃんと玉の輿ですね。

ちゃんママは最初からLのことを気に入っていましたが、息子にして楽しもうというはららしいです。
世界一の探偵なんてことは、きっと結婚後も知らされないんだろうなぁ。

よく考えれば、婚約までは書いたことがありますが、Lと夫婦ってドリームは書いたことがないですね。
今度、そういうのも書いてみたいな。

映画では指の爪をガリガリかじっていましたが、アニメだと吸っているようなので、今回はちゅうと吸ってもらいました(笑)。





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