わらった! (前編)



 には、幼いころからの夢があった。
 白いヴェールに、真っ白のドレス、きらめくティアラ・・・チャペルで交わされる指輪と、永遠の約束。
 その隣に立つ人は・・・。

−何たって、お金持ち!!−


「・・・お見合い?」
 夕食後にテレビ見てくつろいでいるところ、ニコニコ顔の母に切り出され、は顔を上げた。
「へえ、どんな人?」
 テレビを消し、真剣に耳を傾ける体勢を作る。
 お見合いはしたことがないが、黙っていたって、チャンスは得られない。
 そう、なりに、夢をひたむきに追っているのだ。積極的に出会いの場へ足を運んだり、人脈を広げたり。
 お見合いだって、チャンスとしては同等・・・それに、の玉の輿願望を熟知している母のこと、それに見合う相手を見つけてきたのに相違ない。
「お母さんも、会ったことはないんだけどね」
 と、隣に腰掛けてくる。
「見合い写真はないの?」
「それが、写真を撮られたくないんだって」
「・・・」
 写真を撮られたくない? 何だろう、タマシイを抜かれると思っているような時代錯誤の人間なのか?
 まあ、金持ちであれば時代錯誤でも構わない。は気を取り直した。
「何してる人?」
「職業は今は言えないって」
 の表情もさすがに曇る。
「・・・じゃ、名前は?」
「本名は言えないそうよ」
 ・・・もはや黙っていられるレベルではない。
「・・・何なのよそれはー!?」
 写真嫌いはともかく、職業や名前まで謎なんて。どこの馬の骨だ。
「そんな人とお見合いなんてできるわけないでしょ!」
 何で断ってこないんだろう。
「まあまあ、落ち着いて
 母はのんびりと応じ、娘の肩をぽんぽん、叩いた。
「写真とか職業とか名前とか、小さなことじゃないの」
「ち・・・小さなこと・・・かな」
 情報としては最低限ではなかろうか。
「まずは会ってみなきゃ分からないでしょ」
「・・・きっと変人だよ・・・」
 この母も、かなりのものだけど。

 とはいえ、意外な掘り出し物かもしれない。
 行動もせずに不平ばかりを言うのは性に合わないから、約束の日曜日、はワンピースでおしゃれをして母と一緒にお見合いの会場に向かった。
 お見合いといっても、着物でも着て座敷で向かい合い、日本庭園では鹿威しがカコーンと鳴る中「ご趣味は?」「お茶とお花を」などというやりとりをするものではない。
 とあるビルの最上階のレストランで、昼食でもとりながらのカジュアルなスタイルだ、それほど気負う必要もなかった。
 そして今、相手と向かい合っているだが。
「・・・・」
「・・・・」
 隣にいる母に鋭い一瞥を送るが、相変わらずニコニコして気付きもしない。
 仕方ないのでは、顔を正面に戻した。
 執事みたいな品のよさげなおじいさん・・・の隣に座っている・・・その座り方もかなり特殊な、青年。
 何しろ椅子の上に体育座りをしている。
 そして仮にもお見合いというこの席に、ヘビーローテしているらしい長袖Tシャツにジーンズなんて、部屋着のような服装で臨むとは。
(やっぱり変人じゃないの・・・それともバカにしてるのかしら。・・・あっ指、親指くわえた! もーサイアク、何この男ッ!)
 しかし椅子を蹴って退席するほどの勇気まではない。
 こうなったら、おいしいものを食べて適当に話を合わせ、さっさと帰ろう。
「私はワタリと申します。本日はありがとうございます」
の母です」
 にこやかな人同士、軽く頭を下げ合う。
「・・・です」
 さて何と名乗るんだろう。
 注目の中顔を上げ、男は今ようやくをまっすぐ見た。
 今まで見たことないほどひどいクマの持ち主・・・だけれど、印象的な眼をしている。
 一体どんな生き方をしてくれば、こんな力が備わるのか。
 そう思わせるような、強さだった。
「・・・竜崎です」
 意外に声が低い。不覚にもステキだと思ってしまった。
 無表情なのに、顔色悪くて痩せぎすの、いかにも頼りない見てくれなのに。
「竜崎さん・・・ですか」
「・・・何か?」
「いえ・・・」
 言いたがらなかった割には、一応普通の名前だ。
 ・・・しかしどう見ても金持ちとは思えないが・・・。
 が不躾に観察しているところに、食事が運ばれてきた。
「わー」
「おいしそう」
 プレートに美しく盛り付けられた創作料理に、と母の目が輝く。
「では、お話はいただきながら、ということで」
 ワタリも竜崎も、カトラリーを手にする。
 四人はしばし料理を堪能した。

さんは、家事手伝いとのことで」
「は、はい」
 ワタリさんにいきなり話を振られ、食べることに夢中になっていた顔を上げる。
 竜崎さんは、あのポーズで下を向いたまま、食べるというよりはフォークでつつき回しているふうだった。
「一通りのことはできますのよ」
 母が、我がことのように自慢げに口を出した。
 家事手伝いをバカにしてはいけない。いつ結婚してもいいように、花嫁修業に抜かりはないのだ。
「お菓子は・・・」
 ポツリ呟き、竜崎さんはようやく顔を上げた。
「お菓子は作れますか」
 瞳ににわか宿った光で、ピンときた。
 この人お菓子が好きなんだ・・・こんなナリで。
「ええ一応・・・作ったり、します」
「この子なかなか上手でね、私もよく食べるんですけど、おいしいんですよ」
 何倍も母が喋ってくれるから、楽といえば楽だけど。でもこれでは、このちょっと変わった人に好意を持たれてしまうことになるまいか。
 そーっとうかがうと、竜崎さんはまた膝を抱えるような感じでぽつぽつと料理をつついている。
 社会不適合者かこの人は。
 しかし、ワタリさんが話をふって、の母が盛り上げて・・・という感じで、当人たちを差し置いてお見合いはなかなか良い雰囲気で進行していった。

「では、二人も打ち解けたようですし」
「ええ、あとは若い人たちでということで」
 食事もあらかた終わったところで、示し合わせたようにワタリとの母は立ち上がった。
 ビックリしたのはだ。
 会話らしい会話もしていない、相手はほとんど下を向きっぱなしだったのに・・・どこをどう見れば、打ち解けているように見えるというのか。
 ここで二人きりにされるなんて、苦痛以外の何ものでもない。
「ちょっと、お母さん」
 袖を引き目で訴えると、母はニコリと笑って身を屈め、耳打ちしてきた。
「ステキな人じゃない。うまくやるのよ、
(えええーっ!?)
 ステキ!? この人が!?
 我が母ながら、どんなシュミだ!?
 が取りすがろうとした手もひらりとかわし、母はワタリさんと何事か談笑しながら、本当に店を出て行ってしまった。
「・・・・」
 どうしよう。この変な人と、二人きりにされてしまった。
 気まずさにいたたまれなくなるを救うようなタイミングで、コーヒーとデザートが運ばれてくる。
「わぁおいしそう」
「・・・おいしそうですね」
 ケーキとアイスクリームとフルーツが綺麗に盛り付けられたお皿に、二人の声が重なる。
 今までになく明るい竜崎さんの声に、本当に甘いものが好きなんだと確信を得た。顔を見ても、表情に変わりはなかったけれど。
「竜崎さんは・・・あの・・・」
 これを話の接ぎ穂にしようとしたのに、せっかくのトークはすぐ立ち消えてしまう。
 竜崎さんが、席に備え付けのスティックシュガーをありったけ取って、次々と端をちぎってはコーヒーに流し入れ始めたのだ。
 あっけに取られて、喋るどころではない。
 更にポーションミルクも、とぽとぽ、とぽとぽ足してゆく。
「・・・・」
 の硬直を何と解したか、竜崎は「ちゃんとあなたの分もあります」と言わんばかりに、一つずつ砂糖とミルクを差し出した。
 どう突っ込めばいいのか、そもそも触れていい部分なのかどうか。
 は結局、見なかったことにしようと決めた。
 竜崎さんは悠々とコーヒーをかき混ぜ、早速その極悪な飲料を口に運んだ。
 見なかったことにしたかっただが、気にならないわけはない。
 見守る先、竜崎はごく普通にコーヒーを飲み、デザートを食べ始めた。
 もぎくしゃくと、スティックシュガーとポーションミルクを一つずつカップに入れ、かき混ぜる。
「・・・さんは」
 びくっ。名を呼ばれ、必要以上に反応してしまった。
 竜崎はそんなことも意に介さず、アイスを食べながら問いかける。
「どんなケーキを作るんですか」
 ・・・やっぱりそういう質問か。
「えっとあのー、シフォンケーキとかチーズケーキとか・・・色々チャレンジしてますけど」
 なるだけあっさりと答えると、竜崎はプレートの上のフォンダンショコラをフォークで切り、ぱくっと食べた。
 そのフォークを唇に当てたまま、を見る。少し上目遣いに。
「・・・食べてみたいですね」
 は顔を上げた。ほとんどギョッとした風に。
 すると竜崎は、また下を向いてしまう。
「いえ、そんな期待するほどのものは作れないですよ、あはは・・・」
 乾いた笑いが立ち消えると、あとは沈黙が降ってくる。
 は気詰まりを感じていた。
 どこからどう見ても、変わった人だ。付き合えるわけはない。
 これを食べたら、さっさと帰ろう・・・。
 そういえば、あまりちゃんとは味わっていなかった。せっかくのスイーツなのに。

「・・・ごちそうさま」
 ようやく全部を平らげて、一息置いたところで、はバッグを手にした。
 竜崎も足を下ろし、立ち上がる。
 痩せているとは思ったけれど、本当に細くて、背も高いようだ。・・・ようだ、というのは、残念ながら姿勢が悪すぎて、本当はどれくらいの身長なのかよく分からない。
 そして足元は、裸足にスニーカー、あまりにも貧乏くさすぎる。
 そういえば、職業も聞いてはみたけどうやむやにはぐらかされたし、金なんて持っていない、絶対。
 玉の輿に乗れないなら、これ以上用はなかった。
「では竜崎さん・・・」
さん、もし時間があるなら」
 意外なことに、相手は素早く言葉を割り込ませてきた。
「一緒に近くを散歩しませんか」
「・・・・」
 断りの文句は、とっさに思い浮かばなかった。

 断られなかった。とりあえず、ビルから出て街中をブラつくところまでこぎつけた。
 玉の輿願望の強い・・・ただのシンデレラコンプレックスと違うのは、目的のためしっかり努力している点だ。
 そんな彼女に懸想したLは、知り合うならお見合いという舞台が一番いいと考えた。
 いざやってみると、ガラにもなく照れてしまい、つい下ばかり向いてしまったが・・・。とにかく、あとは気持ちを惹きつけるだけ。
 今の時点で、彼女は毛嫌いしている。どうやって断ろうかと考えている。
 うまくいくかどうか、こればっかりはさすがのLでも確信が持てない。人の心は、計算できないものだから。
「すっかり、秋ですね」
「は、はい、そうですね」
 いきなり話しかけられて、は無難に答えたが、周りを見回すと色づいた街路樹が目にも鮮やか、頬には爽やかな風が触れる。少し気分が良くなって、見上げた空は高く澄んでいた。
さんは、何かスポーツなどは」
 スポーツの秋、ということか、話の流れとしては自然なものだ。彼なりに気を使ってくれているのかも知れない。
「学生時代はテニスやってましたけど、最近は全然・・・」
「テニスですか」
 当然、それくらいの調べはついている。が、Lは人さし指の先を唇につける仕草で、しばし考えるフリをした。
「・・・今度、一緒にやりませんか」
「えっりゅっ竜崎さんと!?」
 かなり驚いている。「テニスなんてできんの? できないでしょ絶対できないハズ」と言わんばかりに、頭のてっぺんから足先までをじろじろと。
 あまりにあからさまなリアクションだ。が、のそんなところも、Lには好ましく思えるのだった。
「良かったら教えてあげます」
「は・・・あ」
 教えてあげる、だって。すごい自信。
 だって、そこそこ上手かったのだ、鼻をあかしてやれるかも。
 そう考えるとちょっと愉快になって、でも表面上しぶしぶといった態で、は承諾した。
「よければ、週末にでも」
 受けてくれた。どんな理由であれ、二人きりで会ってもいいと思ってくれたということだ。
 Lは心が弾むのを感じていた。もっとも、顔や態度には表れないから、には伝わらなかったが。

「では土曜日に」
「はい」
 そっけなく答えながらも、はもう、週末のことを想像していた。
 別にときめいているわけじゃない。この猫背で青白い肌色の、ひょろひょろの男が、どんなふうにテニスなんてするのか、単なる興味本位で行ってみるだけだ。
 自分で自分にそう言い聞かせるは、気付いていなかった・・・いや、認めたくなかっただけかも知れない。
 興味は、好意への第一歩・・・ということを。





                                                                つづく




       あとがき

一度は書いてみたかった、お見合いドリーム。
Lとお見合いなんて、面白いかも。ということで、Lとちゃんの馴れ初めドリームのひとつに加えたいと思います。
ちゃんは玉の輿願望があって、男を選ぶ基準は「お金」という、ちょっと変わったヒロイン。でも、玉の輿への努力と行動を惜しまないところがエライ!
欲しい欲しいと言うだけで手を伸ばしもしないなら「何夢見ちゃってんの」って言われかねないけど、こういう子は私、好きだなぁ。
実際、結婚して大切なのはお金だしね! これはこれで悪いことじゃないと思う。
あ、もちろん、愛情は大前提なので・・・後編ではその辺を描きたいと思います。

タイトルは書いてからも決まらなかったので、お題から持ってきました。
ので全然中身と合ってませんが・・・、後編で笑ってもらいましょう(笑)。

ではでは、後編につづく、です。




 わらった! 後編





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