アバンギャルドなところてんボーイ



 ある日、家に帰ったら、私の荷物がきれいにすっかりなくなっていた。
 とりあえずリビングに行くと、父と母が「元気でな」「いつでも帰っていらっしゃい」と涙ぐんでいた。
 何が何だか分からないうちに家を送り出され、いつの間にか家の前についていたリムジンに乗せられて。
 ・・・ナニコレ? どうなってんの?

「突然のことで驚かれたでしょう、さん。私、ワタリと申します」
 運転席の男が穏やかに話し掛けてきた。優しそうなおじいさんといった雰囲気に、それでもまだ警戒は解けない。
「驚きます、そりゃあ」
 憮然と答えると、ほっほっ、笑われた。
 信号待ちで止まったので、街中の景色をぼんやり眺める。
「どこに行くんですか」
「あなたの旦那さんになる人のところです」
 はいっ?
 旦那さん!?
 自慢じゃないけど私、今付き合っている人なんていない。
 男に縁がないとは言わないけれど、「旦那さん」と言われて浮かぶ顔は皆無だった。
 だけどそういえば、さっきの両親の態度は「娘を嫁がせる日」みたいだったような。
「さる男性が、あなたを見初めましてね。是非、花嫁にと」
「・・・ふうん」
 こんな車に運転手、有無を言わせない強引なやり方。花嫁云々が冗談だとしても、その人、相当の金持ちに違いない。
「世界的にも有名な方です。こんなことをしていながら何ですが、さんもきっと快く承諾してくださるのではないかと」
 金持ちで、有名人・・・。
「まさか親より年上っていうんじゃないでしょうね。私、自分より10歳以上上だとパスだから」
 身を乗り出して言ってから、自分結構乗り気だということに気がついてしまった。
 ワタリさんはまた笑った。この人の笑い声を聞いていると、和む。
「いいえ若いですよ」
 金持ち。有名人。若い男。
 もしかして俳優か何かかな。きっとカッコいいに違いない!
 そんなすごい人が私を見初めたなんてまだ信じられないけど、とにかく好奇心で、会ってみたくなった。
 気が付けば私、ニヤニヤして、座り心地抜群のシートに背をうずめていた。

「竜崎。さんを、お連れしました」
 りゅうざき。それが金持ちで有名で若い美形の男の名前なのね。
 中から「どうぞ」と返事があった。確かに若い男の声だ。何だか緊張する。
 ワタリさんがドアを開け、私を中に入れてくれる。広い部屋の窓際に、男が一人、立っていた。
 顔はこちらに向いていない。窓の外を見ているのは、フリなのかな。
 ひょろっとしていて背は高いけど、背中が丸まっているのとボサボサ髪はマイナスポイントかも。
「では、私はこれで」
 観察していたら、ワタリさんが一礼して出て行ってしまった。ぱたん、ドアが閉まる。
 知らない男と二人きりにされてさすがに困っていると、竜崎さんはおもむろに振り向きつつ、こちらに一歩踏み出した。今気づいたけど、裸足だ。
「初めまして、さん。竜崎と呼んでください」
「・・・はぁ」
 間抜けな返事になってしまったのは、その人の顔を見たから。
 なんか想像と全然違う〜。
 勝手に描いていたハリウッド俳優ばりの美形は、頭の中で粉々に崩れ去った。
 黒い髪、黒い大きな瞳がぎょろりとこちらを向いていて、ちょっと怖い。目の下のクマといい、どちらかといえばオカルト映画?
 やっぱり猫背で、体が細い。そして肌の色の不健康な青白さは、ひきこもりを思わせた。
 正直、がっかり。
 でも、心にひっかかるのが不思議・・・バラバラのアンバランスがまとまって、この竜崎という人を作り上げているというか・・・。
 なんてアバンギャルド。良く言えば個性的。
「座りませんか」
 ぺたぺた歩いて、ソファに座り込む・・・ポーズが変。体育座りのお尻をつかないバージョンを、しかもソファの上でやってのけている。
 ウケ狙いかな。でも笑えないのであえて突っ込まず、やや斜め向かいに腰掛けた。
「よかったらどうぞ、ところてんです」
 テーブルの上に、ガラスの器がふたつ、置いてある。竜崎さんはひとつを自分の前に引き寄せると、いきなり傍らのシュガーポットから、砂糖とおぼしき白い粉をサラサラかけ始めた。
 信じられない。凝視する先で、もうひとさじ、サラサラ。そこで止まらず、またもうひとつ。
 一体何杯入れるの、しかもところてんに!
 ところてんといえば、附属のたれで食べるしか知らないから、もうかなりオドロキよ。あれって酸っぱいじゃない!?
 でも初対面で何か言うのも変なので、ここでも黙って、何となく自分の器に触れてみたりしていた。
「ワタリがお話をしたと思いますが」
 砂糖まみれのところてんを、箸を使い平気な顔して食べながら、竜崎さんは話し出した。
「私のところに来てはもらえませんか」
「いやちょっと急すぎて」
「・・・そうですね」
 表情は変わらない。さっきからどうも、無表情な人だった。
 だけど黙々と食べ始めたので、もしかしたら、困っているのかも知れない。
「ほとんど誘拐ですよね、これ」
「ご両親には承諾を得ましたが」
 どうやって得たんだろう。
「竜崎さんって有名人なんですか」
「ええ、その筋ではかなり」
 どの筋だ。
さんだって私のことをご存知のはずです」
「・・・知りませんけど」
「そうでしょうね。まぁ、それはそのうちに」
 矛盾したことを言いながら、あっさりスルーしてる。
 わけ分からないけど、でもぽつぽつと途切れがちの会話を交わしているうちに、私はこの人に好感を持った。
 もちろん、結婚なんて遠すぎて結びつかないけど。とりあえずイヤな感じはしないっていうこと。
 気が付くと竜崎さんは砂糖ところてんを食べ終わり、じっと、私の手元に視線を注いでいる。
 可笑しくなって、器を差し出した。
「いいですよ食べて」
「ありがとうございます。さんは何がお好きですか」
「少なくとも、砂糖たっぷりのところてんじゃないです」
 ちょっとした皮肉は通じなかったらしく、竜崎さんは二杯目のところてんにもザラザラとたっぷり砂糖を投入した。
「私、一方的にあなたに好意を持ちまして、色々調べさせてもらったんですけど」
 い、いつの間に。
「嗜好に関しての情報にはあえて目を通しませんでした」
 ちゅるっ、とおいしそうにすすってから、こっちを見た。
「直接、あなたから聞きたかったからです」
 相変わらずの無表情の、黒目がちな瞳が、私を映している。
「一緒にいて、話をして、甘いものを食べながら、あなたのことを聞かせて欲しいと思ったんです。結婚のことは置いておくとしても」
 あくまで「甘いもの」なのは気になったけれど、その言葉にはじんときた。女心をゆすぶられるというか、とにかく、嬉しかった。
 そしてどうやら、私の中にも、同じ気持ちが芽生えたようだった。
 この、アバンギャルドなところてんボーイのことを、もっとよく知りたい、って。
「私も」
 思ったことは伝えるべきだというのが信条なので、そのままを口にした。
「竜崎さんのことを、色々聞かせて欲しい」
「・・・」
 竜崎さんは人差し指を口元に持ってゆき、それから、
「・・・良かった。受け入れてもらえるんですね」
 笑った。
 それは口元の微笑だったけど、ど真ん中ストライクで、私はすっかりやられてしまった。
「隣に来てもらっていいですか」
「竜崎さんが来ればいいじゃない」
「いいんですか」
 足が痺れて転びでもすれば面白いのに、という私の思惑とは裏腹に、竜崎さんはのそっと立ち上がってガラス器を大事に持つと、移動してきた。
 私の隣に・・・ちょっとくっつきすぎ。
「その座り方はやめたら」
「推理力が落ちますから」
「推理力って何よ」
「私の職業が、探偵みたいなものなんです」
「ふうん」
 またひとつ、新たな情報。
「でも、今推理力関係ないじゃない。いいから普通に座りなよ」
 足を掴んで下に下ろそうとしたけど、相手も力を入れて絶対させまいとする。
「あなたのことを良く知るために、必要なんです!」
「・・・そーですか」
 こんなことで意固地になるのもバカらしい。好きにすればいいんだわ。
さん」
「はい」
「私、ものすごくドキドキしてます」
 その割には表情変わらないんだけど。
「触ってみますか」
「いえ別に」
「触ってみてください」
 手を握られ、胸元に導かれた。仕方がないので左の胸にちょっと触れると、上から竜崎さんが押さえつけてきたので、てのひらをベッタリ密着させるかたちになってしまった。
 ドキドキドキ・・・。
 ああ、ほんと。
 ドキドキドキ・・・。
 ずい分、力強くて、速い。
 じっと感じているうち、どんどん鼓動が大きくなって、そのうち耳に響くまでになった。不思議だな、と思ったけれど、何のことはない、私の心臓だった。
 いつの間にか、私もドキドキドキって、してた。
 竜崎さんのがうつったみたいに。
 シンデレラとか運命とか一目ぼれとか、そんなのにだまされるほど子供じゃないと思っていたけど。
 アバンギャルドな竜崎さんに、まんまるい瞳やヘンな仕草やところてんに砂糖をどっさり入れるようなところに、確かに、惹かれている。
「・・・」
 油断していたら、竜崎さんが近付いてきていた。
 触れた柔らかなもの、砂糖の味。
「・・・早かったですか?」
「・・・いいんじゃない?」
 どうせ普通じゃないんなら。
 彼の首に両腕を回して、軽く引き寄せる。
 こっちから求めるようにして、もう一つ、キスをもらった。







                                                             END



       ・あとがき・

コミックスの最初の方、Lの顔がまだ出ていなかったとき、「この人どんな美形なんだろう」と思わせるような雰囲気だったと思うんです。
顔がようやく出てビックリ!? けど笑顔におっ、と思い、読み進めていくほどに惹かれていった。
そんなLと私たちの出会いを、ドリームに応用したいと思い、こんな話を考えました。

ちゃんは、好奇心が旺盛で、細かいことはあまり気にしない性格です。
いきなりさらわるわけですが、いつまでも戸惑っていたりウジウジされたりすると話が進まないので、体当たり飛び込みタイプにしてみました。
ヒロイン一人称、そのためちょっと言葉も崩しています。
一方的に見初められ、強引に迫られるというのも私の大好きパターンです。

タイトルの本当の意味を私が理解していないのは分かっています。
色んなサイトさんでチラチラ見たりしたのをつなぎ合わせると、ボーボボー関係? なのかな?
しかしデスノートとボーボボーにどんな関係があるのかまるで知らないし、Lをボーイと言っていいのかどうかも分かりません。
ということで、ところてんを食べてもらいお題クリア、許してね(笑)。
ところてんに砂糖を入れて食べる地域があるとテレビでやっていたので、使わせてもらいましたが、Lなら山ほど砂糖を入れるでしょうね。


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