たぬき
指定された部屋は高級ホテル最上階のスイートルーム、うきうきしながら足を踏み入れただったが、次の瞬間、目を疑った。
そこにいるべき彼氏の姿がなくて。その代わり、ソファの上に両膝立てて座っているのは、ボサボサ黒髪、猫背の男。
テーブルにはこれでもかというほど大量のお菓子が展開されている。その中からコーヒーカップをつまみ上げ、奇妙な仕草で傾けると、知らない男は上目でこちらに視線をよこした。
青白い顔に濃い隈という不健康そうな顔に見つめられ、呆然と立ち尽くす。
「、よく来てくれましたね」
「・・・・」
この声は・・・トーンも抑揚もいつもとは変えてあるけれど、確かに彼の声だ。なぜ敬語なのかはさて置き、なりに得心がいったので、2、3歩近寄った。
「今回は変装なの? 世界一の探偵さん」
ゆるく波打った黒髪の、すらりと背の高い美丈夫。
の知っている「L」は、そんな容貌をしている。
もちろんこんな変な座り方はしないし、目の下に隈もないし、親指をくわえたりなんて絶対しない。
「私は「L」として人前に姿を見せる決心をしました。あなたを除けば初めてのことです」
彼(「竜崎」と呼ぶように指示された)は、そんなふうに説明をした。
これは日本の警察用に作った、Lの外観なのだと。
「どうですか?」
少しふざけるような調子で、感想を求めてくる。目がクリッと大きく見えるんだから、メイクの力ってすごい。後でテクを教えてもらおうとはかなり本気で思っていた。
「・・・かなり変わってるよね」
素顔をまんま晒さないにしても、こんなに奇抜にする必然性はあるのだろうか。
見た目のみならず、お菓子をつまんだり爪を噛んだりの挙措も、激しくエキセントリックだ。
「一応、モデルになった人物はいるんですよ」
そしてこの敬語のミスマッチ。
「・・・そんな人間が実在するの?」
「さて本題ですが」
話を平然と分断して、Lはに視線を固定した。
青白い肌にぎょろりとした瞳ばかりが目立ち、不気味さを喚起させられる。男前が台無しだという以前に、イコールで結びつかない。
まるで別の人みたい。
「これからますます忙しくなりそうです。それに私の滞在するホテルを、捜査本部にするつもりなので」
この人が恋人だという実感が追いつかないを置いてきぼりに、L・・・竜崎は、平坦な抑揚とおかしな区切り方でもって、とうとうと話を続けてゆく。
「しばらく会えないかもしれません」
「・・・ああそう・・・」
ぼんやりといらえる。あまり考えはなかった。
これまでだって、世紀の探偵とはしょっちゅう会えるわけでもなかったし、キラ事件を追いかけ始めて夢中になっているのは知っていた。
何よりこんな姿で言われても、大好きな人に「しばらく会えない」と告げられたときの衝撃や悲壮感がまるで伴わないのだ。
ただそれだけだったのに、Lは、丸い背に埋もれた双眸をきょろりとこちらに向けたまま、
「・・・寂しくないんですか」
ちょっとスネるみたいに、聞いてきた。何だか可愛いと思ってしまう。
「そりゃ寂しいけど」
「・・・あんまり寂しくなさそうです」
ふいと視線を外し、いきなり角砂糖をわしづかみにする。
あっけにとられるには構わず、数個連続してカップに落とすと、つまみ持った銀のスプーンでがらがらかき混ぜた。
味を想像するだけで胸焼けしそうなは、平然と飲み下す竜崎を見て思わず顔をしかめてしまう。・・・いつもはブラックじゃなかったっけ?
「どうしてそんな顔をするんです」
「だって・・・」
この人、本当に、L?
「・・・違う人みたい」
竜崎はお菓子を拾い上げ、上を向き口に放り込んだ。
「まあ、それでいいんです」
つまり変装は成功ということだから。
「・・・だが、私は、私だよ」
びくっとする。いきなりいつもの声と言葉遣いに戻られると。
Lはソファから身軽に飛び降り、戸惑う彼女を抱き寄せた。
「よく知っているはずだろう? 」
耳元の囁き、体のラインをなぞる指・・・。簡単なサインに、は即反応してしまう。
「あっ・・・あんっあ・・・」
執拗に責められる体がベッドの上でくねり、甘い息が絶え絶えに漏れる。
舌や指で、こうして何度も・・・。
「ああんっ・・・」
到達してしまっても許されず。
「何だか・・・やっぱり・・・あなたじゃないみたい・・・っあ・・・!」
「でも濡れてます。いつもより感じているようにすら見える・・・ということは・・・」
くちゅ・・・くちゅ。湿音を立てていじり続けておきながら、見下ろす顔に表情はない。
「他の男にこうされているような錯覚で、感じている・・・ってことですよね・・・」
「いやっそんな」
口では否定していながらも、あふれ出る淫らな液、欲して色づく姿態は、Lの嫉妬心に火をつける。
自分以外の男に乱されることで、よがっている。
許せなくもあり、またL自身も、他の男の恋人を犯すような乱暴な衝動を抱き始めていた。病的な歓喜と共に。
自分だけど、自分じゃない。
「失望しましたよ、・・・」
めちゃくちゃな道理だと分かっていながら。
「こんな男に抱かれるのが、いいんですか・・・」
止められない。
紐を持ち出し、の華奢な両手首を縛り上げるとベッドにくくりつける。
今まで一度もしたことのない行為なのに、以前からの性癖であるかのように、Lの体に興奮を運んだ。
「にはお似合いですよ。・・・ああそうですね、しばらく会えないと言いましたが、取り消します。こうして縛りつけておきましょう・・・」
ぺろり、舌を這わせる。
「こんないやらしい女は、ペットで十分です。飼ってあげますよ」
人を人とも思わない、ひどい扱い。それなのに、の疼きは止まらない。
止まらないどころか、自由を奪われ、敬語による暴言を浴びせられるたびに、体の熱はますます上がってゆく。
「あぁ・・・L・・・」
「・・・竜崎と」
無表情で見やり、指を滑らす。体の表面を軽く撫でる程度に。
それだけでは不満でたまらなくて、でも体は不自由で。はぁはぁと息を荒げ、は目の前の男を呼んだ。
「りゅうざき・・・っ」
見慣れない顔に呼びつけない名前、知らない口調や仕草。
恋人のはずなのに、そうじゃない。
「きて・・・はやく・・・」
「それは私に飼われるのを承諾したということですね」
「あ・・・んっ、そんな・・・」
さんざんじらされた身体、もう止めるすべはない。
こじつけられた条件にもはや理不尽さも感じず、はただ懇願した。
「言うこと聞くから・・・お願い・・・」
「・・・まったく仕様のない・・・」
自分だけに見せてくれる淫らさ、従順さが嬉しくもあり、反面いまだ嫉妬と背徳心を引きずっている。
それらが混じり合い、魅惑的な官能、底のない欲望に結びついたとき、Lは躊躇なく、の身体を貪り中を犯した。
「・・・ぃっやあんっ!」
乱暴なほどの衝撃に、耐えられず発せられる悲鳴を聞いても、休みなく。
「ダメぇっ・・・こわれちゃう・・・っ」
膨らむ本能を直にぶつけ続ける。
「ダメ、ダメL・・・ああああーん・・・っ」
「・・・はぁっ・・・・・・」
あえぐように息をして、全てを解放するその瞬間まで。
手首のいましめを解かれても動けず、はぐったりとした身体をベッドに預けたまま、ぼんやりシャワーの音に耳を傾けていた。
浴室から漏れ聞こえる水音は、静かに、の全身に染み渡る。
分からない人。
何でもできる探偵は、変装だって完璧で、常人とはかけ離れた天才「竜崎」をしっかり演じ切っていた・・・ベッドの上ですら。
あれを見ていると、そちらが本当の彼の姿で、今まで自分に見せていたのが恋人用としてのLの顔だったのではないかと思ってしまうほどだ。
あるいは、全てが演技と変装により作られた「L」で、本当の彼は、本名同様、誰も知らないのでは・・・。
(・・・それが、何だっていうの)
枕の端を掴んで、体を丸める。
顔なんて姿なんて、それほど重要でもないし、全てを知りたいとも思わない。
Lがそばにいて、愛してくれている。
それが唯一確かで、大切なことなのだから。
いつしか水の音はやんでいた。が静寂に気付いたとき、バスルームのドアが開いた。
「も浴びておいで」
そう言うLは、いつものL。長身痩躯のすっとした立ち姿も見慣れたもので、は安堵と同時に、あれほど完全な別人になりきれる彼に対して改めて驚嘆し、畏怖するのだった。
「ほら、いつまで寝ているんだ」
腕を引かれて、起き上がる。
・・・・やっぱり、Lだ・・・・。
素顔の恋人をしげしげ見つめていたら、彼は微笑んだ。その甘さに心を奪われた隙に、抱きしめられていた。
シャワー直後のいい匂いをいっぱいに吸い込むと、とたん上がる心拍すらも、安心感・・・ここが自分の居場所だという確かな実感・・・に繋がる。は、柔らかな気持ちでにっこりした。
だがその瞬間、いきなり強く拘束され、ビクッと反応した耳元に、囁きが落とされる。
「は私のペットになる。・・・そう言いましたよね?」
「・・・・」
竜崎の声に、金縛りをかけられ動けない。
怖い・・・でも、体の奥に生じた疼きは否定できない。
裏の秘密を覗き見るような、罪悪と知りつつ抜け出せない甘い味のような・・・。
「−冗談だよ」
腕を緩められると、ホッとしながら、やはり残念な気持ちにもなるのだった。
そんなの様子は、しっかりとLにも伝わっていた。
「は、私よりも竜崎に惹かれている・・・」
何でもないふうに言い放つのが、かえって感情を抑えているかのようだけれど、それらも全部フェイクで、単にからかって遊んでいるのかも知れない。
には彼の真意など分かりようもなかった。それどころか、自分自身の心の動きすら説明できない・・・不可解すぎて。
「何言ってるの。どんな格好したって、あなたはあなたじゃないの」
結局、笑い混じりにして、軽く流すしかなかった。自分にも言い聞かせるように。
「・・・まあ、いいよ。しばらくさっきの格好でいることになると思うけど」
後頭部に指を添え、軽く撫で下ろす。何度も何度もそうされていると、は文字通り、自分が犬や猫などのペットになった気分になるのだった。
思わず「にゃん」と言いそうになりながら顔を上げる。手を休めず、Lは、優しく見下ろしてくれていた。
「ここに・・・私のそばに、いてくれるかな」
「・・・喜んで!」
両手いっぱい広げて、ぎゅーっと抱きつく。
後ろめたいことなどない、公明正大な恋なのだと、体現するかのように。笑顔満開で頬をすり寄せた。
「大好き!」
「、私も・・・」
しっかり受け止めてくれている、L。その顔を間近で見ても、さっきの変態の面影を探すことは出来ない。
「好きだよ」
声に、きゅんとする。
包み込んで抱きしめてくれて、キスされると、いつもの感覚が嬉しくて、全身震えた。
飼われるのでも何でも構わない。変人みたいな格好だって何だっていいから(それも別の魅力と捉えられるくらいには、慣れることもできそうだ)。
ただ、この人のそばにいたい。
時を忘れるようなキスに耽溺して、は最上級の喜びと愛情を、その身いっぱいに受け止めていた。
とてもとても、幸せ。
END
あとがき
久し振りに兄Lを書きたくなったんです。
でも兄LドリームなのかLドリームなのか、これは・・・(笑)。
西尾先生のデスノ小説を読んだ後で、「竜崎のあの外見は作られたもので、本当のLは兄Lなのでは」というウチの掲示板への書き込みを見て、おぉと思ったものですが、それが今回のドリームのもとになっています。
元々兄Lで、竜崎が変装だったら。それを見た恋人はビックリしちゃうだろうなって。
それでもLはL・・・と思うんだけど、あまりの変わりように、別の人に抱かれているような気持ちになってしまう。それはそれで感じちゃったりして、何だか背徳感がつきまとったりして。
そしてまたLも、自分が自分じゃないみたいで、理不尽な嫉妬をしたりして。
タイトルまたまた決まらなかったんですが・・・。お題から持ってきちゃいました。
本文には一度も「たぬき」と出てきませんが、まあうまく化けたということで。
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