スーツ





 卒業式、友達との記念撮影。巣立ちの儀式はとどこおりなく済み、は晴れやかな気持ちでクラスメイトたちと歩いていた。
 手には卒業証書、門の向こうに、新しい道が開けている。それは輝かしい希望に満ちて、を迎え入れようとしてくれていた。
は就職なんだよねー」
「何回も言うようだけど、もったいない。頭いいのに」
 本当に何度も言われたセリフだ。友達だけではなく、先生にも、親にも。
「本当に勉強したい気持ちがないなら、大学行っても意味ないでしょ。私は、やりたいことがあるの」
 きっぱりと言い切り真っ直ぐ前を向く。
 その澄んだ瞳に、人の姿が飛び込んできた。
 最初は見誤った。
 スーツ姿の男性だったから。
 だけどひょろりとした長身痩躯と黒髪を見て、の表情は驚きへ、それから喜びへと推移してゆく。
「・・・じゃ私これで! また会おうね、みんな」
「ちょっと
「どうしたのよ急に」
 口々に呼び止める友人たちに、体ごと振り返る。
「・・・彼が、来てくれたから!」
 弾ける笑顔を鮮烈に残し、駆けて行ってしまった。モクレンの木のもとに立つ男のところへと。
「・・・あれが、の彼氏・・・」
「やだ、カッコイイ・・・」
 残された友人たちは、呆然と見送るだけだった。

「竜崎さん、来てくれたの・・・」
「卒業おめでとう、
 手に持っていたリボンつきの小さな花を、制服の胸ポケットに挿してくれる。
 ちょっと気障だけど、の胸はいっぱいになった。
 二人、並んで歩き出す。
「竜崎さん・・・スーツ・・・」
のお祝いですから」
「ジーンズ以外の服装って、初めて見た」
「おかしいですか」
 照れている様子はなく、いつものように淡々としている。はそんなLをしげしげ見上げ、首を振った。
「すごく、かっこいいよ」
 おろしたてなのだろう、ぱりっとしたスーツに身を包み、意識しているのか、背筋もいつもより伸ばしている。
 まるで別人のようで、ときめいた。
 そういえば今日はリムジンではなく、徒歩だし、何もかもがいつもと違う。
 それは、今日を境にの生活がまるで変わってしまうことの、象徴のようでもあった。

 ゆっくり歩いて、ホテルに到着する。
 ここがの就職先でもあり、住まいともなる場所。

 制服姿のまま、これもまたスーツのままのLに抱き寄せられ、はそっと目を閉じる。
 新しい場所は、ホテルではない。「ここ」だ。
 Lのもとで働く。
 Lのそばで、暮らす。
 高校卒業後の進路を「竜崎さん」から打診されたとき、一も二もなく頷いた。
 彼は相当の覚悟が必要であることを説き、それでもの決意が変わらぬことを見て取ってから、自分が「L」ほか多くの探偵コードを持ち、警察やFBIなど多くの機関を個人で動かすことも可能な、いわば世界一の探偵であることを明かしたのだった。
 助手として働くのなら、住み込みで。当然のことだった。
 そして、住み込みということになると、Lはに、もう一つの覚悟をも強いなければいけなかった。
「あなたの全てを、ください」
 彼はこういう言い方をした。
 高校生だからと、キス以上のことは決してしようとしなかった。
 しかしそれは、かなりの努力でもってこらえていたに過ぎない。
 学校を卒業した後、自分のもとで働く決意を固めてくれたに対し、これまで通り指一本触れず同じ部屋で過ごすなど・・・出来るはずがない。
 だから、あらかじめ、告げておいた。
 助手になるのを希望するなら、全てをもらう。
 事実上の妻となって欲しいのだと。
 に、断る理由などなかった。むしろ喜んで応じ、今こうして、彼の腕の中にいる。
「来てくれてありがとう、
 撫でて、キスをした。
 幸いと自ら望んでくれたが、彼女が拒否したなら・・・。の体をてのひらに感じながら、Lは考える。
 もし、拒まれたとしたら、にひどいことをしてしまったかも知れない。
 が、自分の手を離れたところで、広く複雑なこの社会、世界というものを知ってゆくなんて。その中であまたの異性と接触するであろうことも考え合わせると、とてもではないが耐えられたものではない。
 だから、こうすることをが望まなかったとしたら・・・、実力行使に乗り出したかもしれない。具体的には拉致、そして軟禁・・・いや監禁。
 泣いても叫んでも、決して解放せず、そばに置く。無論、全てを奪って。
−そうならなくて良かったのだけれど、それもしてみたかったような・・・。
 希望と幸福に満ちた心を預けてくれるに対して、不埒なことを考え浮かべ、そんな異常ともいえる自分の思考を特に否定もせず、Lはもう一度キスをした。
 奥深いところまでを探るキス・・・に一度だけあげたことのある、それは大人のキスだった。
「ん・・・んっ・・・」
 やはり慣れなくて、全身から力が・・・力だけではなく、魂までも・・・抜けていきそう。
 目も開けられないままのを抱きかかえ、隣室の扉を開け放つ。スイートの、そこはベッドルームになっていた。
「りゅ・・・竜崎さんっ・・・」
 あえぐように息をして、自分の体の上に来た彼を、不安げに見上げる。
「い、今から・・・その・・・、するの?」
 どんな小さな声でも、二人きりこれほど密着していては聞き逃しようもない。
 Lはの胸ポケットからリボンのついた花を抜き取り、枕元に置いた。そして自分のネクタイを、少し緩めて見せる。
 それが返事だった。
「待って・・・今すぐっていうのは、あの、ちょっと・・・」
「全部私にくれると言いませんでしたか」
 いつもと変わらず、紳士然とした、しかし感情の含まれない声に、は少し怖くなる。
「でも、まだ、昼だよ」
「関係ありません。明るいのが嫌なら、カーテンを引きます」
「私、心の準備が・・・」
「・・・おかしなことを言うんですね」
 指で触れ、襟元を開いてやると、軽く唇をつける。
「こうなることは承知の上だったくせに。・・・じゃあ今してください。その心の準備とやらを」
「・・・いじわるっ・・・」
 少し、泣きそうだった。
「・・・可愛いですよ、・・・」
 その反応が、表情が、Lの心の何かに触れたらしく。
 いきなり激しく抱きつかれて、抵抗するすべもないはされるがまま、Lのスーツにしがみつく。
 上質のスーツは、手触りが良かった。
「初めてですから、優しくしてあげたかったんですが・・・。自信がなくなりました」
 更にを恐怖させるようなことを平気で言い放ちながら、そのスーツを脱いでしまう。頓着なく、ベッドサイドに放り置いた。
「竜崎・・・さん・・・」
 体中をさぐられて、服も乱され、どこをどうされているのか、には理解できない。
 恐れどころか、何が何だか分からなくて・・・ただ、好きだからと、その気持ちだけで。
 全てを、受容した。
 自分の体には余るほどの激しさだったけれど。

「竜崎さん・・・、好き・・・」
「愛します、これから先、ずっと・・・」

「・・・もうこのスーツ、着ないの?」
 全てを捧げた次の朝、Lが脱ぎ捨てたスーツはそのままに、いつものジーンズを身につけているのをぼんやり見て、は呟いた。
だってもう制服は着ないでしょう」
「・・・それとこれと、違う気がする」
 けだるく腕を伸ばし、リボンつきの花を取る。匂いをかいだり、指先でくるっと回してみたりした。
「着て欲しいならいつでも着ますよ、こんなスーツくらい」
 何でもないふうに言うLを眩しく眺め、この人のものになったという実感に、また胸を高鳴らせる。
 スーツであれTシャツであれ、竜崎であれLであれ。
 この人が、世界で唯一、愛する対象であり、自分の居場所なのだと・・・。
 はっきりと、知らしめられた。
 肌に刻み付けることで・・・。
「・・・すっかり女の顔をしています、
「そ、そう・・・?」
 そんなに急に変わるものとはとても思えず、戸惑う、その表情すらLの目には艶っぽく映るとも知らずに。
「本当に、私のものになってくれたんですね・・・」
 感慨深げな呟き。頬を寄せられ、目をつぶる。
「・・・うん。竜崎さんのものよ・・・」
 所有されることは、喜びだった。
 束縛もいとわない、何をされたっていい。

「体の方、大丈夫だったら、そろそろ起きてください。やるべきことは山積みですから」
 差し出された手を取ると、引き起こされ、その流れのままキスされた。
 ただのキスすら昨日までとは違う不思議。
 は元気を出して、家から持ってきた服を身につける。
 いつまでも浸っていられない。Lの言うとおり、仕事があるんだから。
 Lの後について、仕事場へ向かう。背中を見つめると、自然と、笑んでいた。

 ・・・生きていく場所を、決めた。




                                                             END





       ・あとがき・

「ボーダーライン」の続編のつもりで書きました。
ボーダーライン書いたときから、「Lはちゃん卒業した瞬間に理性なくしそうだな・・・」などと思っていたので、その辺を。
書いているうちに、Lが例のごとく異常な人になってきましたが、気にせずそのまま書ききってしまった。

これから濃い日々が待っております(笑)。

何で「スーツ」というお題があるのかちょっと分からないんですが、確かにLのスーツ姿も見てみたいような気がしますね。

 





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