不機嫌 3
「、お兄さん、行っちゃったよ・・・」
「知らない、あんな」
言い放った言葉の冷たさに、我ながらぞっとした。
「ちゃん」
後には引けないの意地を、月は見抜いていたから。
そっと、肩に手を置く。
「竜崎は、追いかけてもらいたがってると思うよ」
「ライト兄ちゃん」
目を上げると微笑まれて、昔から粧裕のお兄ちゃんに憧れていたはくらくらしてしまう。
「あいつに落ち込まれると、僕も大学がつまらなくなっちゃうからさ」
「・・・でも」
まだ逡巡するのそばに、いつの間にかニアが立っていた。
「行ってきてください、私たちはここで待っていますから」
「そうよ。あのままじゃお兄さん、何しでかすか分からないよ」
「コラ粧裕」
兄にこづかれ、大げさに首をすくめる。
は小さく笑った。
「うん・・・じゃ、行ってくる」
きびすを返してすぐにぱたぱた走り出した後ろ姿、ミニスカートが跳ねるのを、じっと見守っている。そんなニアの肩に、メロが肘を乗っけた。
「お前、本気なのかよ」
「・・・強力なライバルつきですけどね・・・」
メロは首をかしげる。
ニアはくるくると、髪を指に巻きつけていた。
携帯を使えばすぐに連絡をつけられるけれど、その必要もない。
には、兄の行き先の見当がついていた。
キャンディみたいなピンク色したアイスクリームスタンド。さっき『が好きそうだな』って思いながら、あそこの前を通ったのだ。
果たして、お店そばのベンチに、独特の座り方をしてアイスを食べている、黒のボサボサ髪を見つけた。
「・・・不機嫌にさせるつもりでは、なかったんです」
黙って隣に座ると、兄もまたこちらを見ることもなく、独り言のように呟いた。
救いようもない暗さに、はごく軽いため息をこぼす。
「あのね・・・私が何で怒ったか、分かってる?」
「あとをつけてきたのが気に障ったんでしょう」
「あとをつけるくらい、いつもしていることでしょ」
返す言葉もなく、Lは神妙に、ダブルベリーのアイスクリームを舐め続けた。
落ち込んでいる様子がだんだん可哀想になってきて、は少しだけ、兄の方に身を寄せる。
探偵として世界的に有名なはずなのに。こんなにも身近な妹の気持ちくらい、推理できないものだろうか。
「・・・よく知らない人と二人きりっていうならまだ、の心配も分かるよ。でも・・・」
横顔を見つめ、ゆっくり言葉を選ぶ。
「ニアもメロもマットも粧裕も、昔からの友達じゃないの。友達を疑うようなことをされたのが、許せなかったの」
「・・・・・」
違う。
分かっていないのは、の方だ。
いつまでも変わらずにいられるなんて、本気で思っているのか・・・!?
アイスを持っていない方の手をきゅっと握り、しかしLは、思いのかけらも口にのぼらせはしなかった。
周りが見えなくなっていたのは確かだ。の心にまで、考えが回っていなかった。
だが今回で、注意すべき対象も浮かび上がったことだし、次からもっと慎重にすればいい。
今、余計なことを言って、を激昂させることだけは避けなくてはいけなかった。
「しかもライト兄ちゃんまで巻き添えにして・・・」
「いえライトくんとは本当に偶然で・・・」
疑いのまなざしを向けられ、再び口をつぐむ。
「・・・悪かったと思っています。おわびに、アイス買ってあげますから」
「えっホント、やった♪」
はしゃぎぴょんと立ち上がる仕草で、仲直りを受け入れてくれる。
の無邪気を装った優しさが、何より嬉しい。
「ダブルでもトリプルでもいいですよ」
「いやただでさえ甘い物ざんまいの毎日なんだから、シングルでいいよ」
はチョコミントを選び、さっきのベンチに並んで座った。
「おいしっ」
仲良くアイスを食べる兄妹の前を、多くの人たちが通り過ぎてゆく。
Lの異様ともいえる外貌について、ひそひそ話したり、中にはあからさまな侮蔑の言葉を投げつけてゆく男などもいた。
だがLはもちろんも、そんなことは慣れていたし、今更何とも思いはしない。
格好良い服を着ていても、他人のことをどうこう言うようなあんな頭悪そうな男より、兄の方が何百倍もいいんだから。
「チョコミントもおいしそうですね」
指くわえてじーっと見られては、
「食べてみる?」
差し出さないわけにはいかない。
ぱくっ。
ためらいなく食いついてきて、兄は満足そう。
「・・・」
「ん?」
「傍からはどう見えるんでしょうね、私たち」
自分の見た目や座り方はどうでもいいが、との関係だけは人の目が気になるのだった。
「うーん兄妹には見えないかもね」
何しろ全く似ていない。
「やっぱり・・・」
チョコミントに隠れる口、いたずらな上目遣い。
「コイビト同士、とか?」
(−−−!)
ただの冗談だって、分かっているのに。
波立ってしまう心を、どうしたものか。
悟られまいとアイスを舐め続け、そらした目線の先に、Lは一人の女の子をとらえた。
「弥海砂・・・」
「えっうそ、どこどこ!?」
アイドルの名に敏感に反応し、は辺りをきょろきょろ見回す。しかしどこにもサラサラ髪の美少女は見当たらない。
仕方なしに、兄の視線をたどる。今お店でアイスクリームを受け取っている女の子に、それは注がれていた。
「ミサミサ・・・?」
黒髪のボブにメガネ、地味な服装。兄の言葉がなければ、その子とミサを結びつけるなんて思いもよらなかっただろう。
「うそ・・・」
この位置からだと、顔がよく見えない。はアイスを手にしたまま立ち上がり、何気なく近くに寄ってみた。
「あっほんとにミサミサ!?」
思わず大声を上げると、地味な女の子は一瞬驚いた後、人差し指を唇に当てながらウインクしてみせた。
「よくこの変装を見破ったわね」
ころころ笑いながら、オレンジシャーベットを舐めている。
ミサは撮影の合間に抜け出してきたという。変装セットを準備していたところを見れば、計画的犯行(?)なのだろう。
「あのっ兄は探偵ですから、それで・・・」
国民的アイドルの隣に座っているなんて、夢みたいで、は舞い上がっていた。
「へえっ、そちらお兄さん?」
が真ん中に座っているので、ミサは身を乗り出すようにしてLを見た。Lは膝に手を置いたまま、軽く頭を下げる。
「個性的で素敵なお兄さんね」
皮肉でもおべっかでもないミサの言葉に、は嬉しくなる。
「しかも探偵さんなんてスゴイ。ね、今度依頼に行ってもいい?」
「いえ私はそういう探偵では・・・」
断ろうとする兄を肘でつついて止める。
「いいから。、名刺名刺」
「持っているわけないでしょう」
名刺なんかでバラまけるような名前ではないのだ。
「もうっ・・・せっかくミサミサが聞いてくれたのに」
は手帳のページを一枚取ると、住所や電話番号を書き、「竜崎探偵事務所」と付け加えてミサに渡した。
「ふうん、竜崎探偵事務所・・・」
「ハイッ、迷宮入り事件はもちろんのこと、迷子の犬だって探しますし、尾行なんかはお手のものです!」
最後のくだりは、もちろんなりの当てつけだ。
Lは黙って親指をくわえる。
が流河旱樹はもちろん、弥海砂の大ファンでもあることを知っている。もしかしてまた会えるかも、という思いで住所など教えるくらい構わなかった。がそれを望むなら、犬探しでも何でもやってやる、日々手がけている事件に比べれは何ほどのこともないのだから。
もっとも、忙しい芸能人なんかが本当に来るわけはないだろうが・・・。
「ありがとう。今、ちょっと困っていることがあるから・・・、そのうち、相談しに行くかも」
「いつでもどうぞ、お待ちしています!」
ミサはメモを大事にカバンにしまった。困りごとというのは本当らしい。
「あのっ、サイン、もらってもいいですか」
「あっいいよ。じゃお兄さん、これ持っててね」
シャーベットをLに手渡し、ミサは手帳とペンを受け取った。
「名前入れてあげるね」
「わあ嬉しい。竜崎っていいます」
「ちゃん、可愛い名前ね」
はしゃぐ女の子たちの声を聞きながら、Lは目の前のオレンジシャーベットを何となく見つめる。自分のアイスはとっくに食べ終わっていた。
オレンジ色が鮮やかで、いかにもおいしそう・・・。
「やった、サインもらっちゃったよ・・・ってちょっとー!」
顔を上げたとたん、は素っ頓狂な声を上げる。
兄がミサのシャーベットにかじりついているところだ、叫ばずにいられるだろうか。
「何やってんのー!」
バッと奪ったものの、そのままミサに返すわけにもいかず、は困ってしまう。
「〜・・・」
「・・・すみません、つい、おいしそうで」
「ごっごめんなさい。新しいの買ってきます」
「アハハ。面白いのね竜崎さんって」
ミサは屈託なく立ち上がった。
「どうせもう行かなきゃいけないから、それあげる。あ、ミサがこんな変装してるってこと、誰にも言わないでね。次から使えなくなっちゃうから。それじゃ!」
「あっ・・・ありがとうございました!」
も立ち上がって手を振る。ミサは元気に手を振り返して駆けて行ってしまった。
「ミサミサ可愛い〜。アイドルだからって全然偉そうにしないし、ますますファンになっちゃった」
見えなくなるまで後ろ姿を眺めてから、元のように座る。周りからとけ始めているシャーベットを慌てて舐め取った。
「・・・あ、ミサミサと間接キス」
うふふふ、と笑うを見て、親指の爪をかじる。
「間接キスというなら、私とが先だし・・・しょっちゅうしてるじゃないですか」
小さすぎる独り言は、盛り上がっているには届かないようで。
Lは黙って、オレンジ色を舐める舌と唇とを、眺めていた。
皆のところに戻り、は早速ミサミサのサインを自慢した。友達は大興奮だったが、家の住所を教えたことや食べかけのシャーベットをもらったことは黙っておいた。そこは、兄と二人だけの秘密だ。
「お兄ちゃんたちも一緒に遊んで行こうよ」
Lとが仲直りしたことを喜んで、粧裕はそう提案したけれど、Lは「せっかく友達同士で来たんだから」と遠慮した。
「私はライトくんと遊んでいますから、帰るときには一緒に帰りましょう」
「いや竜崎、僕は本当にそろそろ帰る・・・」
構わず引っ張ってゆく。妹たちと離れてから、ようやくLは月の腕を離した。
「まったくお前は強引だな。僕は帰るよ」
「何を言ってるんですかライトくん、帰りこそ危険です、何かあったらどうするんですか。ちゃんと家に連れて帰るべきです」
「・・・そんなんだから、「大嫌い」って言われるんだよ」
月のやや意地悪げな言葉に、のそのセリフを思い出してしまい、ガックリ頭を垂れるLだった。
「スペースコースター、もう一回乗りに行こうぜ」
メロは粧裕とマットを連れてずんずん歩いていってしまい、気がつけばニアとの二人きりにされていた。
「・・・気を利かせたつもりですか」
「えっ何か言った、ニア」
「いいえ。・・・私はスペースコースターには乗りたくないので・・・。は気にせず行っていいです」
本当に置いていかれるなんて、思ってはいない。
「いいよ。何か別なのに乗ろうよ」
やはりはこう言ってくれた。
ニアにはチャンスを逃す気はなかった。
メロたちに知られ、何よりの兄の隠された想いに感づいてしまった以上、今までのように黙って見てはいられない。
自ら動くのは不得手だが、やらなきゃいけないときというのはあって、それが今だと、強く感じていた。
そんなニアは、カプセル形のロープウェイのようなものでスペースランドの上を一周するという乗り物に、を誘った。
「結構、高いね」
スペースランドの乗り物やたくさんの人たちが、眼下で動いているのが見える。
「二人きりですね」
指に髪をくるくるからめ、正面に座っているを見やる。
外を眺めて喜んでいるは、何にも感じていないのだろう。
「・・・お兄さん、相変わらずですね」
「うん。ホント参っちゃうよね。でも、あれで、結構いいところもあってさ、さっきも・・・」
何だかんだ言って、兄のことを語るとき、頬が緩んで・・・何とも幸せそうな顔になるのが、少しニアの気に障る。
「・・・たまには心配させてやったらどうですか」
「え・・・っ」
カプセルが、揺れた。
ニアに接近されて、は目を見開く。キス・・・される?
「やだ・・・」
抵抗すると、ニアはあっさり手を離し、もとのように向かいに座った。
「冗談が過ぎましたね。すみません」
外を見つめ淡々と、また髪をいじり出す。
ニアの横顔を見てはいられず、も景色を眺めるフリをした。
二人きりも、あれくらい近づくのも、初めてじゃないのに。
どうしてこんなに心臓がドキドキいうんだろう。
着くまでに、静まってくれるかどうか・・・。
胸に手を当て息を吐くを盗み見、ニアは唇をわずか歪めた。笑ったのだ。
キスをする気なんてなくて。まずはの意識を目覚めさせたかった。
もはや幼友達などではなく、恋愛対象になり得る一人の男なのだと。認識してもらうことが目的だったのだ。
少しずつ導き、機を見て告白に持っていく。いずれを、自分のものにする。
だが・・・、の兄。実の兄とはいえ油断できない。あのを見る目は普通ではない。
そんなことを考えていると、もう、到着していた。
「降りますよ」
ニアがさりげなく手を伸べると、もすんなりと手を重ねる。
乗り物から降りるまでのわずかな間だけれど、ニアと繋いだ手が、熱かった。
「楽しかったー」
「良かったですね」
Lとは、肩を並べてバスに揺られていた。まだ外は明るい。
兄のそばにいて、なぜか、ニアとのことを思い出す。
かあっと体が熱くなるようだった。
「次で降りますよ」
ボタンを押して、兄は小銭をさぐっている。
「ここで?」
家近くのバス停まではまだ遠いのに。
Lはを見て、少し笑った。
「ケーキを買って行きましょう」
この近くに、おいしいケーキ屋があるんですよ。だって。
「・・・まったくは」
そうは言ってもこの激甘党、治るわけはないのだから。
は黙って、ついて降りた。
ようやく家に着き、ドアを開ける。
玄関に見慣れない男の靴を見て、Lはとっさにをかばう体勢になった。
セキュリティには念を入れているこの家に侵入・・・しかも靴をきちんと揃えて。
となると。
心当たりがないわけではなかった。
が兄と顔を見合わせたとき、背の高い男が、玄関に現れた。
「お帰り。どこで遊んできたんだい?」
つづく
・あとがき・
第三話は短く終わる予定だったのですが、途中でミサが出てくるのとニアがちゃんにちょっと仕掛けるところも入れたくなって、少し長くなりました。
ミサはね、私Lミサびいきだから(笑)。月とミサのカップルがお好きな方にはごめんなさい。
ミサの悩みうんぬんは、もしこのシリーズの続きを書くことがあれば、その伏線にと。全く活かされない可能性もありますが。
Lはどこでもあんな格好をしてるから、きっとカッコつけてる人たちにはバカにされるんだと思います(いやカッコつけてる人が悪いというわけではないし、ああいう人がそんな目で見られるのは当然ですが)。
でもちゃんは気にしない。えらいなー。
「そんな格好するのやめてよ!」とちゃんが言えば、Lは直してくれるんでしょうか(笑)。
初めてニアを意識する(しかもそれもニアの計算のうち)ちゃん。
もはや妹として見ていないらしいL。
恋の行方はどうなることやら。
で謎の男の登場で引きます。
まあ予想はつくかな?
不機嫌 4
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