不機嫌 2





「いい天気だねー。スペースランド日和だよ♪」
 どうしてそんなに楽しそうなんだ。
 Lは不機嫌そうに、しかしそれを表には出さずに、妹を見やった。
「・・・ちょっとスカートが短すぎるんじゃないですか」
 は何言ってんの、と笑って、プリーツスカートの裾をちょっとつまみ、ひらっとさせてみせる。
「この前、が買ってくれたんじゃない。似合うってほめてくれたでしょ」
「・・・それはそうですが・・・」
 そんなにおしゃれしなくたっていいのに。
「じゃ、行ってきまーす」
 はしゃぎ出かけてゆくを、親指くわえたまま見送る。
 キャラメルポップコーンをバリバリ頬張り、どろどろに甘くしたコーヒーを最後の一滴まで飲み干すと、Lもゆらり立ち上がった。

 本日快晴、バスに揺られやってきたスペースランドは、さすがに混んでいたが、その賑わいもたちの心を浮き立たせた。
「絶叫系行くぞー」
 いきなりそれ? という女子の意見にも構わず、メロはずんずん歩いていく。
「ニア、置いていかれるよ」
「私は、いいです」
 ベンチにうずくまろうとしているニアの長い袖を、はくいとつまんだ。
「何のために来たのよ。絶叫系苦手なら、別なのに付き合うからさ」
 ニアはしぶしぶといった態で立ち上がったが、じっとを見つめ、少しだけ口もとをほころばせた。
「・・・優しいんですね、は」
「何よ、今ごろ」
 笑って冗談にしながら、もう一度促す。
 ニアの言葉遣いや表情を、兄に似ていると感じることしばしばで、実はそのたびドキッとさせられるのだ。
「何やってんだよお前ら」
 気がつくとマットがすぐそばにいて、の腕を取った。
 ボーダーシャツの私服がよく似合っていて、女子の間で人気が高いのも納得のカッコ良さだと思う。
「ほら行くぞ」
 マットがの腕を引いて、がニアの袖を掴んで。
 連なって歩いてくる三人を、メロと粧裕は何か喋り笑い転げながら見ていた。

 二つほどアトラクションに乗ってから、そのまま園内で昼食。5人でテーブルを囲んで、賑やかに。・・・だけど、何を話しているかまでは、分からない。
(やはり、盗聴器くらいはつけておくべきだったか・・・)
 柱の陰から指をくわえて見張っているのは、言うまでもないが、の兄である。
 本職の探偵のクセに、「周りに溶け込んで」という尾行の基本も忘れているのか、明るいスペースランドでその姿は浮きまくっていた。
(・・・やはり、メロはともかくとしても、あのマットはどう見てもを狙っているとしか・・・。ゴーグルなんかつけてるし、怪しい奴だ)
 怪しいのはどっちだ。
(もう少し、近づいてみるか)
 柱を回り込もうとしたら、反対側にいた人にぶつかった。
「あ、すみません」
 そう言って振り返った顔を見て、Lは大きな目を更に見開く。
「・・・夜神くん」
「・・・竜崎」
 二人の声が、重なった。

 夜神月は、東応大学にLと並んでトップで入った秀才で、一緒にテニスをしたり、講義を受けたり、Lにとっては友達ともライバルともいうべき存在だった。
「夜神くんも、尾行ですか」
 あそこにいる粧裕は、ライトの妹だ。
 どことなく嬉しそうな学友に、ライトは、お前と一緒にするなと吐き捨てる。
「僕は父に頼まれたんだ」
 娘を目に入れても痛くないらしい父に、「悪い虫がつかないように監視して来い」と言いつけられ、不本意ながらひとりスペースランドに来ていたライトだった。
「尾行に変わりはないですよね。この際、一緒にやりませんか。こういう場所では一人より二人の方が目立ちにくいですし」
「いや男同士で、しかも僕と竜崎だと、一人でいるより目立つだろ」
 適当に切り上げようと思っていたのに。
 頭脳は抜群だがクセの強いこの男と、探偵の真似事なんて、まっぴらゴメンだ。
「あっ食べ終わったようです、移動しますよ」
 有無を言わさず、腕を組むようにして引っ張られた。
 周りの視線を感じながら、
(せっかくの休日に、何をやっているんだ僕は・・・)
 ますます不機嫌を募らせる月だった。

「あっちで、ドラマか何かの撮影やってるみたいだよ!」
「ホント!? 見に行こ!」
 周りの人たちが、そんな言葉を交わしながらぱらぱら走ってゆく。
 たちも聞きつけたのだろう、興奮した様子で走り出したので、Lも月と腕を組んだまま後を追った。
 ロケは大きな噴水の前で行われており、Lたちが到着したときにはすでに幾重もの見物人の輪が取り巻いていた。
「・・・よく見えませんね」
「背筋を伸ばしたらどうだ」
 月のもっともな提言には答えもせず、少し離れているが高い場所に移動する。
「弥海砂と、流河旱樹ですか・・・」
「今やってるドラマだろ」
 大人気の二人が主演だ、ヒットしないわけはない。
も、流河旱樹の大ファンなんです」
「ああ、粧裕もだ」
 粧裕がテレビを見てきゃーきゃー言っているのは、リビングにおける日常的な光景だ。
「・・・どこが、いいんですかね・・・」
 押し殺したような声に横を向くと、竜崎はひとさし指を唇につけて、じっと前を見据えていた。
 妹のミーハーぶりに呆れているとか、流河旱樹が個人的に嫌いだとか、そういう感じではない。
 異様な雰囲気に、月は思わず引いてしまう。
「竜崎おまえ変だぞ」
 確かにあらゆる面で常人ではないと感じてはいたが。
 こんなところまでつけて来たり(もっとも自分の父親も同じなので、あまり言えたことではないが)、アイドルに対して嫉妬めいた目を向けたり。
 両親はおらず妹と二人きりで暮らしている竜崎にとって、大切であり心配な存在なのだろうが・・・。
「変・・・ですか」
 一点から目を離さず、Lはどこか上の空で呟く。
「ライトくんは、恋をしたことがありますか」
「そりゃ僕だってそれくらいは・・・」
 口にしながら月は、軽く混乱した。何だって急にそんなことを言い出すのか。
「竜崎・・・」
 皆が弥海砂と流河旱樹に注目する中、一人だけいちずに妹を見つめている。
 竜崎の視線の熱っぽさに、気付いていたのに。
 倫理観が、月の理解を邪魔していた。

 ロケ見物も一段落ついて、尚も様子を見ている先で、と粧裕は連れ立って手洗いに行き、残りの三人はベンチに向かった。
「竜崎、僕はそろそろ帰・・・」
「これは絶好のチャンスです。あの子たちがをどう思っているか、男同士の話が始まるかも知れません」
 なんだか興奮した様子で、Lは素早く移動するとベンチの後ろに潜んだ。もちろん月を連れたままで。
「ミサミサほんと可愛いよなー」
「ラッキーだったな今日」
 男の子たちは腰を落ち着けると同時にそれぞれのポケットやバッグをさぐり出す。メロは板チョコの銀紙を破り、ニアはパズルを、マットはゲームをやり出した。
「まったく、相変わらずですね、この子たち」
 そう言うLはいつの間にかベルギーワッフルにかぶりついている。お前もだろ、と月が心の中で突っ込んでいると、黒い瞳がこちらを向いた。
「ライトくんも食べますか」
「いや僕はいいよ」
 断られること前提のお義理だったのだろう、一つしかないらしいお菓子を黙々食べながら、彼らの言動に意識を傾けている。月は仕方なくじっとしていた。
「なーメロ」
 最初に切り込んだのは、マットだ。前屈みでピコピコとゲームを続けながら、左隣にいる親友に話しかける。
「粧裕とはどうなってんの?」
「・・・」
 月から見てもはっきりと、メロは動揺を示した。
「・・・メロは粧裕ちゃんに懸想しているようですね。どうですかライトくん、心配でしょう」
「いや心配って・・・仲良い友達同士で遊んでいる間にそういうのもあるだろうし、どこの馬の骨とも知れない奴よりはよっぽど安心できると思うけど」
 でも父には報告しないでおこう。余計な波風を立てることになりかねない。
「・・・妹に彼氏でもできたら、喜ぶべきだろ?」
「・・・・・」
 もうベルギーワッフルを平らげて、代わりに親指をくわえている。
「・・・喜べません」
「・・・・・」
 やっぱり変だ、コイツ。
「別にどうってこともねぇよ。ニアこそどうなんだ」
 メロは照れからか、話の矛先を無理矢理転じようとしていた。
「私が? 何を?」
 あっという間に完成させたパズルをもう一度崩すニアを、マットの頭越しに見て、パキッとチョコをかじり取る。
「とぼけんなよー。を好きなんだろ」
「!?」
 ニアよりも激しい反応を示したのはLで、月が身を挺して押さえ込まなければ立ち上がり向かっていきそうな勢いだった。
 Lは月の下で、強く爪を噛む。
(伏兵だ・・・)
 マットではなくニアだったとは!
「あー俺も気になるな。ニアどうなんだ?」
 マットもニヤニヤしながらつつく。
 ニアは表情も変えず、パチン、パチンと正確にピースを埋めていった。
「確かにはいい子だと思います・・・が・・・」
「ああ・・・」
「アレな」
 続きを汲み取って、メロとマットは頷いたりニヤニヤしたり。
には「死神が憑いてる」からな」
「そうそう。ヘタに手を出そうとすると死神が・・・」
「何ですかそれはっ」
「竜崎よせっ」
 後ろからいきなり割り込まれて、少年たちはビックリ声を上げる。ニアだけは何となく予想がついていたから、髪の毛を指にからめながらパズルを続けていた。
「うわっ・・・」
「あっの兄ちゃんと、粧裕の兄ちゃん」
 メロとマットが思わず立ち上がったベンチに、驚くような身軽さで飛び移り、Lは下からじっと見上げる。
に死神が憑いてるって、その言い草は・・・」
 可愛い妹に死神などと、何事か。
「おっ俺たちが言ってんじゃないよ」
「ただ周りが・・・」
 静かな声なのに尋常じゃない威圧感、メロもマットもしどろもどろになる。
 Lは視線をうつむけ、また爪を噛んだ。
がそんな中傷を受けているなんて・・・」
「中傷っていうか・・・」
「なぁ」
 困り果てて顔を見合わす少年たちが哀れで、月はLの肩にぽんと手を置いた。
「竜崎、それって多分お前のことだぞ」
 のことを可愛いなと思って近付くと、どこからともなく現れて威嚇するこの男のことを、学校では「死神」と呼んでいるのだろう。
「えっ」
「えっ、じゃないだろ」
 本人に自覚がないのが痛いところだ。
「そうですよ・・・「お兄さん」」
「・・・ニア」
 Lはそばにあったピースを拾い上げ、パチリとはめた。
「あなたにお兄さんと呼ばれる筋合いはありません・・・それよりもさっきの話・・・」
 パチリと、もう一つ。
「あなたはを・・・」
「・・・そうだと言ったら・・・」
 ニアも、パズルを続ける。
 二人とも同じパズルを手がけながら、目線を合わせず、顔を上げもしない。
「そうだと言ったら、どうするんですか・・・」
「・・・・・」
 ぴりぴりした空気に、あとの三人は蚊帳の外。
 メロはを好きにならなくて良かったと思っていたし、マットはこの人に対抗できるとしたらニアしかいないかも、とゲーム感覚で面白がっていた。
 月はもう帰りたかった。
「・・・ニア」
 Lが口を開いたそのとき。
「お兄ちゃん!」
!?」
 妹たちの声が、緊張を破った。

「粧裕」
「・・・
 女の子たちは並んでたったっ、と駆け寄ると、それぞれの兄に視線を固定した。
 ただその表情は対照的で、
「お兄ちゃんも来たの?」
 思いがけないことに嬉しそうな粧裕に対し、
・・・どうして・・・つけてきたの・・・?」
 は奥歯を噛んで、こみ上げる怒りをこらえているかのようだった。
「つけるつもりでは・・・」
 Lはさっきの動きが嘘のようにおもむろに立ち上がり、ベンチの後ろに回る。その間に、ニアは最後のピースを埋めてしまった。
「私は私で、ライトくんと遊びに来ただけです」
 強引に月の肩へ腕を回す。
「ライトくんとは仲良しですから。ねっ」
「いや僕は父さんに頼まれて・・・」
 本当のことを口走ろうとするので、脇腹を強めに突くと、月は軽くうずくまる。
「・・・くそ覚えておけ竜崎」
「ごまかさないでよっ!」
 およそらしくもないヒステリックな大声に、Lだけではなくみんなが、びくっと顔を上げる。
 は顔を赤くして、うるんだ目で兄をにらみつけていた。
「ひどいよ・・・黙ってつけてくるなんて・・・」
、それは・・・」
「聞きたくないっ。もう・・・なんて、大っ嫌い!!」
「・・・・」
 大っ嫌い・・・。
 の、不機嫌どころではない、本気の怒りに触れ、目の前が真っ白になる感覚に、ふらついた。
「・・・騒がせましたね・・・」
 背を向け、とぼとぼ歩き出す。
 いつも兄は猫背だけれど、ガックリ肩を落とした様子は普段よりも小さく見え、の胸を苦しくさせた。
「竜崎・・・」
 遠ざかってゆく背中との横顔を交互に見て、月も、とっさに取るべき行動が分からない。
 まして他の子たちは、突っ立っていることしか、出来なかった。









                                                             つづく



       ・あとがき・

妹ドリームどうなのかな?とちょっぴり心配していたんですが、好評いただいたので、張り切って続きを書きました。
ドラマのロケは急遽入れたエピソード。別になければなくていいんだけど、せっかくだから欲張って、色々入れたかったのです。

いつもクールなLが、可愛いちゃんのことではうろたえたり取り乱したり、珍しい側面を見せています。まぁLも人間ということで。パラレルだし許してね。パラレルだから大学でも「竜崎」と名乗っています。

月も登場。全く乗り気じゃないのに付き合わされてしまうというところに面白さが出るかなと思って。
月とLのカップリングがお好きな方にも満足いただけるハズ(嘘)。

メロが粧裕を好きで、ニアがちゃんを好きらしい、というのは、書きながら自然に決まってしまいました。マットはいい友達という以上に特別な感情を持ってはいないということで。
メロ粧裕というカップリングも存在することだし、自然ですよね(笑)。

ちょっと長くなりましたが、第1話はプロローグのようなものと考えてもらえればいいかな。
続きをお楽しみに。




不機嫌 3





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