恋願い、希う。


「いらっしゃいませーッ」
「よーっちゃん、今日もべっぴんさんだねェ」
「看板娘だもんなー。あ、オレ、盛りひとつね」
 ドヤドヤと席に着く常連のおじさんたちに、そば屋の一人娘、は笑顔で応対をする。
 だが、目線はまた、窓際の席に向いてしまうのだった。
 そこに一人で座っているお客から、目が離せなくて・・・。
 真っ白い軍服、淡い色の髪に整った顔立ちの、若い軍人さん。
 あんなかっこいい男の人は、初めて見た。
「お、ちゃん、あの軍人さんの方ばっか見てるぜ」
「何だい、オレの方がイイ男なのによォ・・・」
「オメー鏡見たことあんのかよ」
 近所の常連さんたちは冗談を飛ばしながら和やかに見守っていたけれど、店内にはもう一組、の視線を面白くなさそうに見ている者たちがあった。
 こちらも軍に属する者たちで、三人でテーブルを囲みそばをすすりながら、看板娘の噂をしていたのだが、軍の鼻つまみ者零武隊の奴が一人で店に入って来、しかも娘がそいつにばかり見とれているのが気に食わない。
「オイ、そば湯を持って来い!」
 高圧的に声をかけると、娘はハッとしたようにようやく動いた。
「ハッハイ、ただ今」
 ところがボーッとしていたせいで、つまづいてしまい、そば湯を一番手前に座っていた男の軍服にひっかけてしまった。
「何をするか!」
「あっ申し訳ございません」
 慌てて布巾で上着を拭く。
 裾に少しかかっただけで、火傷などしていそうもないが、軍人たちの激昂ぶりには生きた心地がしない。
「これはとんだことを・・・」
「お許しください」
 奥からの父と母が出てきて、揃って頭を下げるも聞き耳持たず、そば湯をかけられた男はいきなりの手首を掴んだ。
「詫びるつもりがあるなら、ちょっと付き合ってもらおうか」
 他の二人も、下衆な笑みを交わす。
「やめてー」
 ぐいぐいと腕を引っ張られ、は泣きながらいやいやをする。
 そのとき。
「・・・おい、そのくらいにしておけ」
 眩しいほど、白い・・・あの軍人さんだ。男の腕をぎりとひねると、手は簡単に外れた。は父親の後ろに隠れる。
 店の中を見回すと、いつの間にか自分たちと軍人さんの他には誰もいなくなっていた。
「ならず者の零武隊が、でしゃばるな!」
(零、武隊・・・)
 軍のことは分からないが、それがこの人の属する隊なのか。
 はゼロブタイ、という単語を胸のうち何度も繰り返していた。
「どちらがならず者かな」
 淡々とした声、美麗な顔立ちの、眉一つ動かしはしない。
 こんな場面なのに、の視線は釘付けだった。
 胸がドキドキしている。体が熱くなる。
(・・・ステキ・・・)
 初めての、ことだった。

 結局、軍人たちは「覚えてろ」とか何とか、悪い奴にはありがちな捨てゼリフを吐いて、出て行ってしまった。
「どうもありがとうございました」
 父と母と一緒に、も深々と頭を下げる。
「しかるべきところに報告をしておきますから。もう奴らは、この店には来ませんよ」
「本当に、なんとお礼を申したらいいものか・・・」
「いえ・・・そろそろ失礼します」
 きびすを返しかけた白の軍人さんを、主人が呼び止める。
「あの、せめてお名前を・・・」
(ナイスお父さん!)
 は心の中でぐッと親指を立てた。
「・・・現朗・・・」
 照れているのか、小さな声。
 それでもは聞きこぼさず、今度は彼の名前を繰り返してとなえた。
 そうしていると、現朗という一風変わった名が、彼にぴったりの素敵な響きに思えてくるのだった。
「それでは・・・」
「あっあのっ」
 思い切って声を発したに、現朗の視線が固定される。
 何を言うかも考えていなかったは、熱がかーっと顔に集中するのを感じながら、とにかく口を開いた。
「・・・また、来てくださいますか」
 是非、来て欲しい。
 もう一度会いたいから・・・。
 現朗は、初めて、表情を緩めた。に向かい、ふっと笑ったのだ。
「ああ。また、食べに来る」
「・・・!」
 とどめ、だった。
 胸を射抜かれ、恋に落ちた。

 零武隊の、現朗さん。
 とっても素敵な、軍人さん。
 それからは、彼のことを考えない日はなかった。
 以前よりもずっと張り切って家業を手伝いながら、彼の来るのを待っていた。
 きらきらしているを目当ての男性客は倍増し、お店の売り上げは右肩上がり。両親も大喜びだ。
 だけど・・・。
(現朗さん・・・いつになったら、来てくれるの・・・?)
 あれから数週間、全く姿を見せてくれない。
(忘れちゃったのかな・・・元々、どうとも思っていなかったのかな。もしかして、決まった人がいたりして。きっとすごい美人だろうな・・・)
 雲のように涌き出る不安をかき消すように、はいっしんに祈った。
 また、来てくれますように。
 そして、少しでも自分のことを、気にかけてくれますように。
 恋を願った。
 希(こいねが)った。

 そんな必死の祈りがようやく通じたのか、ある日お店の中で、「零武隊」という言葉を耳にした。
 の家はそば屋だが、夕方からは酒や簡単なつまみも出している。
 向こうで麦酒をあおっている、赤ら顔のおじさんだ。今確かに、零武隊と言った。
 その単語に関しては耳聡くなっているは、賑やかな店内でしかも自分からは遠い席での話を見事に聞き分け、くノ一もびっくりの素早さでそのおじさんの背後に移動した。
「あのッお客さん、今、零武隊って・・・」
「おーお嬢ちゃん、零武隊を知ってんのかい、ツウだねぇー」
 肩越しに赤い顔を振り向けて、かなりご機嫌だ。
 は瓶を持ち上げ、おじさんのコップに注いであげた。
「あの・・・、零武隊の方には、どこに行けば会えますか?」

 次の日。
 両親に頼んで店を休んだは、はやる気持ちのままに出前用の自転車を駆り、日本陸軍特秘機関研究所まで来ていた。
 昨夜のおじさんは、零武隊に出入りしたことのある商人だそうで、ほろ酔い気分で零武隊の居場所を教えてくれたのである。
 もちろんは、毎日お祈りをしていた神様にお礼を捧げるのを忘れなかった。
「ここに・・・現朗さんが・・・」
「おい、止まれ!」
 門のところに立っていた男に鋭く声をかけられ、足だけではなく心臓も止まりそうになる。
「ここはお前のような者の来るところじゃない、さっさと立ち去れ!」
 怖い顔をした門番が、追い払う仕草で威嚇してくる。
 今までなら一も二もなく逃げ出していたところだが、願いが叶うか否かの瀬戸際で、に退くという選択肢はなかった。
「あの、私・・・」
 怖いけれど。足はすくんで動けないけれど。
 顔を上げ、はっきりと、ここまで来た理由を告げた。
「現朗さんに、一目、お会いしたくて・・・」

「あっカワイ子ちゃん発見ー」
 手をかざして窓の外を眺めている毒丸の弾んだ声に、反応を示したのは激だけだった。共に外を覗くと、ニヤニヤして口笛を吹く。
「でかした毒丸」
 若い女の子が訪ねてくるなんて、なかなかない光景だ。
「なんかもめてんな」
「現朗、って言ってねぇ?」
 声は届かないが、少女の唇を見ると、何度かそう繰り返しているようだ。
 自分の名が出たので、現朗はようやく立ち上がり、窓の外を見た。
 大柄な門番相手に、何かを一生懸命訴えている少女・・・。
「・・・あれは・・・」
 窓枠に手をかけ、身を乗り出すようにした現朗を、他の者は不思議そうに見やった。

「ごめんなさい、いきなり来てしまって」
「いや・・・」
 現朗は仲間たちの冷やかしを背に外へ出て行き、に途中まで送ると申し出た。
 当然、特秘機関研究所に一般の民を入れるわけにはいかないのだ。
 しかし、自転車を押しながら憧れの人の隣を歩いているという現状は、を舞い上がらせるには十分だった。
 息が詰まりそうで、ちゃんと顔を上げられない・・・。
「わざわざ、来てくれたのだな」
 語気はやわらかで、非難や困惑といったものは感じられない。
 ほっとして、は頷いた。
「どうしても、お礼を言いたかったので」
 建前に過ぎないのに、熱が上がってしまう。
(どうしてもどうしても、会いたくて・・・)
 胸に秘めた本音に、触れてしまうから。
「・・・すまない。また行くと言っていたのに」
 ずっと、気にかけてはいた。そばの味もなかなかだったし、人柄の良い店主やおかみさん、それにその娘のことも、心地良い人たちだと感じていた。
 店に再び足を運ぶことは、現朗にとって、約束ごとと等しかったのだ。
 だが零武隊は例のごとく多忙で、そば屋に顔を出せぬまま、一日、一週間と過ぎていっていた。
「来週には必ず行くよ」
 言い訳を好まない現朗は、ただそう言った。
 女ひとりでここまで来たの行動力と一途さに、感心していたし、好意が芽生えていることも、自分で気付いていた。
「いいえ、そんな、お忙しいでしょうから」
 こうして一緒に歩いているだけで望外の幸せなのだ、軍人さんの負担にはなりたくなかった。
「いや、君さえ良ければ・・・」
 不自然な歯切れの悪さに、は顔を上げる。とたん、現朗と目が合って、やっぱりかっこいいなと舞い上がってしまう。
「まだ君の名前を聞いていなかった」
「あ・・・私、です」
・・・」
 呟くようなささやかさだったけれど、初めて名を口にしてもらえてドキドキする。
 彼の一挙一動に体中で反応してしまうのだ、こんなことでは心臓がもたない。
(現朗さんは・・・、どう思っているのかな)
 見上げて、そっとため息をつく。
 整った顔からは、感情の揺れなどいささかも読み取れず、をやきもきさせるのだった。
(考えていることが、分かったらいいのに)
 そうとも思わぬまま、どんどん、貪欲になってゆく。
 恋の願いは高まって、また、希う日が続く。

「現朗ちゃーん、どこ行くのォー?」
「どこに行こうと勝手だろう」
 まとわりついてくる毒丸をふりほどいているうち、騒ぎを聞きつけたヒマ人たちがぞろぞろと顔を揃え始めた。
「オイオイ水臭いなー、オレたちも連れて行けよ」
 この間の女の子が気になって仕方ない激の食いつきは激しく、現朗は頭を抱える。
 こんなときにだけ、カンの鋭い奴らだ・・・。
「天馬も行きたいってよ。先輩としちゃ、連れて行くべきだろ」
「イエ私は・・・」
「フン、仕方ない、俺もついて行ってやろう」
 どんなときでも尊大な態度の炎だった。
「決まりだ、皆で行くぞ」
「おー」
「・・・言っておくが、奢らないからな」
 現朗の声は、大勢の賑やかさにかき消された。

 その夜、そば屋は貸し切られ、中では大宴会が繰り広げられていた。
 店主もおかみも、くるくる働きながら大喜び。商売繁盛というだけではなく、どうやら白服の軍人さんと自分たちの娘がいい感じであることを、見て取ったからだ。
「あんな立派な軍人さんにが嫁ぐなんてことになったら、最高じゃないか」
 そう言ってニコニコしている夫を、の母は冗談っぽくつつく。
「そんなこと言って、まだまだ手元に置いておきたいクセに」
 そして両親は、一段落ついたところで、が現朗に呼ばれ、二人でこっそりお店の外に抜け出して行ったのも、微笑ましく見て見ぬふりをしていた。

「強く願うと叶うのね」
 二人っきりで夜の散歩なんて、嬉しくてでも恥ずかしくて。
 赤い顔は闇に紛れても、上ずった声は隠せやしない。
 でも、優しく浮かぶ月を見上げながら、は跳ねるように現朗の一歩前に出た。
「ずっとお祈りしてたの・・・現朗さんに会いたい、って」
 願っていたからじゃない。そう現朗は思った。
 自ら、望みのために動いたからだ。
 希うことを実現させられる力は、自身の持つもので、それはとても魅力的だった。
「・・・私も、願うことにしよう」
「う、現朗さんが、何を願うの?」
 軍人さんで度胸があって男前、足りないものは何もないように見える。
「・・・それは・・・」
 道の端で立ち止まる現朗の髪や顔を、月の光が照らし出す。
 反対に、月を背にしたが見ほれる先で、言葉に詰まる。
 こんなとき、表情や言葉に出すのは不得手だ。
 我ながら損な性分だと自嘲したとき、ふと、思いついた。

 腕を掴む。
 言葉より、行動で。
 不思議そうに見上げるの唇を、素早く、攫った。

「現朗さん・・・」
 ほんの少し触れるだけのキスで、全ての力は奪い去られ、くったりと身体を預ける。
 呆けたように見上げるの瞳に、欠け始めの月が滲むのを、じっと見つめていた。
 逃げる気がないなら、このまま自分のものにしよう。
 現朗は、ますます強く抱きしめる。
 月以外は誰も見ていない、そんな夜だった。

 その頃・・・。
「誰もおらぬと思えば、こんなところで宴会か!!」
「ひぃーッ」
「大佐ーッ!」
 予期せぬ大佐のお出ましに、全員一瞬にして酔いが吹っ飛ぶ。
 起立してかしこまる中、日明大佐は店の中に進み、どっかと腰を下ろした。
「私にも注いでくれ」
「・・・はいッ、ただ今お注ぎします」
「大佐、俺、芸やりまーっす!」
 日明大佐は酒を一瞬にして空にし、何やら余興を始める者ありで、店の中はさっきの賑やかさを取り戻し・・・いや、ますます、騒がしくなっていた。




                                                             END



       ・あとがき・

現朗への熱烈リクエスト、ありがとうございました!
美形で冷静、彼のようなキャラはドリーム書きにくいな・・・と思っていたのですが、書き始めたら割とすらすらと。

実はタイトル先行のドリームです。
「希」という字は、よく名前で「のぞみ」などと読ませるけれど、「まれ」以外の意味があるのかなと調べてみたら、「希う」で「こいねがう」と読むことを初めて知りました。
「冀う」「乞い願う」とも書くようだけど。
それが気に入って、タイトルに使いたいなと。
希うを恋願うとかけて、いい感じのタイトルが出来たと自己満足。それから内容を考え始めました。
タイトルに悩む私にしては珍しいパターンです。
現朗かっこいいですね。これからもっと活躍して欲しいな。




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