恋結び



 初めて顔を合わせたとき、は、まだほんの子供だった。
 瑠璃男はすでに帝月の番犬となっていたが、帝月の妹である菊理が護衛を選んだというから興味本位で見に行った。きっと天馬のかーちゃんみたいな女だろうと、怖いもの見たさに近かったかも知れない。
 紹介を受け、慎み深く辞儀をした娘の、幼さの残る頬と切り下げた黒髪に、受けた衝撃と呆れを今でも覚えている。
(こないなガキ、何の護衛やねん。どうかしとるで姫さん・・・)

 あれから約五年の月日が過ぎた。
 近頃瑠璃男は、菊理姫を見ると目を逸らしてしまう。
 といって、別に姫のことを敬遠しているわけではない。姫あるところ常にあり、と刷り込まれているせいだ・・・帝月坊ちゃんのそばにいつも自分がいるのと同じように。
 つまり、瑠璃男は、を避けていた。目を合わさぬようによそ見のフリをし、話しかけられてもおざなりの返事しかしなかった。
 今や背も伸び、娘らしく唇も色づいたを、直視できやしなくて。

 そんなある日のことである、近円寺邸にて事件の発端が起きたのは。
 事件あるところに警察あり。・・・ところが今回は、事件を起こしたのが警察だった。しかも警察の中の警察、警視総監である。
「邪魔するわよォ〜。お茶はいらないから、お構いなくね」
 人ん家にずかずか上がりこんで何がお茶だ、と近円寺は不快ではあったが、表面上はカエルみたいにペコペコ頭を下げた。
 何しろやってきたのは警視総監・・・薔薇柄の着物に髑髏をかたどったキセルなんて、とてもそうは見えないナリをしているが、誰が何と言おうと肩書きは警視総監の八俣八雲である。
 この国にたった一人のカミヨミを自分のものにしてから、おっかない軍人(しかも女)だの警視総監だの、お偉いさんが続々やってくるようになり、誇らしいような疲れるような、汗をかき通しの近円寺だった。
「いたいたっ、天馬ちゅわ〜ん」
 愛しの彼に猪突猛進。
 菊理姫と楽しく語らっていた天馬は、すんでで避けた。
「八俣さん、何か事件でも・・・」
「もうッ、この格好見たら分かるでしょ、今日は休暇よー。天馬ちゃんをデエトに誘いに来たのよ!」
 自慢の着物をひらひらさせて男子を誘う・・・本当にこの男が警察で一番偉い人だなんて、信じられない。信じたくない。
「ボウフラのような奴め、天馬が僕のところにいると何故知っている」
「私のところ、ですわ、お兄様」
 菊理が、力をこめて訂正した。
 だいたい、今だって、婚約者の天馬と二人きりで話をしたかったのに、強引に同席するのだから・・・兄なのにまるで恋敵だ。
(更に、もう一人の恋敵が、この方だなんて・・・)
 天馬に絡みつこうとしては帝月に阻止され、『この鬼っ子め!』などと暴言を吐く八俣を見て、菊理は額をそっと押さえるのだった。恋敵が二人とも男なんて、嫌だ。
「おだまりッ! アタシの天馬ちゃんへの愛は全てを超越するのよ!」
 年齢も身分も性別も、ということか。迷惑極まりない。
「さッ、デエトよ。今夜は宿も取ってあるんだから・・・行きましょッ」
「八俣さん、それは困ります」
 青くなりつつも、天馬はきっぱりと断った。目は合わせられなかったけれど。
「あらそーお」
 帝月と菊理の、敵意に近い視線も受け流し、八俣はいたって飄々とキセルを一吸いすると、障子戸を振り仰いだ。
「じゃ代わりにでもいいわよォ」
 無論、そこにが控えていることは承知済みだ。菊理の侍女は、常に主の近くを守っているのだから。

「お兄様」
 菊理の静止も聞かず、帝月が尚も呼ぶと、障子戸が静かに開き、木綿の着物を清潔に着こなした少女が姿を見せた。その後ろには、帝月に仕える瑠璃男も、憮然と突っ立っている。
「お呼びですか、帝月坊ちゃま」
〜、アタシと付き合いなさいよ」
 肩を抱いて堂々と誘いをかける。今に始まったことではない、八俣はどういうわけか、のことをいたく気に入っていた。
「行って来い、
 天馬に濃い液が付くよりはずっとマシだとばかりに、帝月はを人身御供にしようとする。
「お兄様ったら、ひどいですわ。、意に沿わないことをする必要はありませんからね」
「菊理姫・・・」
 主人の優しい言葉にじーんとしていると、
「アタシ外で待ってるから・・・、よそ行きにでも着替えておいで」
 ずいっと顔を近付けて、低めに囁くから、ドキッとしてしまう。
 警視総監はわが意を得たというように笑むと、颯爽と(どちらかというと舞うような足取りで)近円寺邸を去って行った。

「・・・どうしよう・・・」
 ちょっかいを出されたことはあっても、二人きりでの逢瀬を持ちかけられたことは初めてだ。
 正直、心が浮き立たぬこともない。
 帝月たちには煙たがられている八俣だが、は内心、彼の大人の男としての魅力にほのかな憧れすら抱いていた。・・・あの言葉遣いや天馬への異常な執着は別にするとして。
 ・・・でも。
 ちらっと、瑠璃男の方を盗み見る。
 そっぽを向いていた瑠璃男が、視線に気付いて、二人の目が合った。
「い、行った方がいい、かな・・・」
 もじもじと口にした、その逡巡が、瑠璃男の目には満更でもないように映った。
 面白くない。
 そもそも、警視総監だろうが何だろうが、あんなオカマの誘い、何故即座に断らなかったのか。それどころか、嬉しそうな顔をして、頬を染めて・・・。
「ね、瑠璃男・・・」
 そんな、甘さを含んだ声で・・・。
「好きにすりゃええねん。俺には関係あらへん」
 強い言葉に、一瞬にして空気が凍りついた。
 の顔も、みるみるこわばってゆく。
「あ・・・、菊理の言うとおり、何も無理をすることは・・・」
 天馬が取りなそうとするも、すでに遅く、は硬い表情のまま姫に一礼した。
「菊理姫、申し訳ないですが、今日はこれからお暇をいただいてもよろしいですか」
「それは構いませんが、でも・・・」
「天馬さま、厚かましいようですが、菊理姫をお願いします」
「もちろんそれは・・・しかし」
 同じように戸惑う二人に、深々と頭を下げ、帝月にも礼をすると、瑠璃男だけすっぱり無視して部屋を出てゆく。
 後姿が、完璧に怒っていた。
「・・・いいのか、瑠璃男」
 天馬に言われればますます頑なになって、瑠璃男は口を尖らす。
「最近瑠璃男が話をしてくれないって・・・、は寂しがっていましたよ」
「・・・」
「それなのに、今の態度では・・・」
「・・・・・」
 しゅんと頭を垂れてしまった犬に、帝月はそっけなく言い渡す。
「何ならおまえにも暇をやる。僕は天馬といるからな」
 兄の言葉後半に、菊理ははっきりとイヤそうにした。
 瑠璃男は煮え切らず、畳の目をにらんでいた。

「何よ・・・何よ、あれ」
 好きにすればいいって・・・関係ないって。
 帯を解きながら、はムッとした顔で瑠璃男に対する文句ばかりを並べ立てていた。
 途中で、これはお出かけの支度をしている者のようじゃないなとふと思う。
 男性から声をかけられたのなら、もっとうきうきと粧ってもいいのに。どうしてこんなにとんがった気持ちで、投げやりに着替えをしているんだろう。
 いつもの無地の着物を脱ぐと、忍者装束が顔を出す。は一瞬迷ったが、そのまま花のついた着物に袖を通した。
 髪を整えようと、向かった鏡の中に、泣きそうな顔を見た。
 そこでようやく、気が付いた。
 ・・・止めて欲しかった。行くな、と言って欲しかったのに。
「瑠璃男の、馬鹿・・・」
 無関心なんて、悲しすぎる。


、アタシと寝ない?」
 散歩でもするのかと思っていたのに、巧みにかつ強引に言いくるめられ、八俣が今夜泊まるという宿に連れ込まれてしまった。
 半ば自暴自棄のではあったが、この申し出には二の句が継げない。
「・・・あのう・・・」
 八俣が次の部屋へのふすまを開け放した瞬間、は完全に言葉を失ってしまう。
 そこは寝室で、ほの暗い中にきっちりと布団が敷かれていた。もちろん、枕は二つ並べられている。見るからにしっとりと秘め事の雰囲気をたたえた空間は、妖しい限りだった。
「天馬ちゃんがいるから、正妻にはしてあげられないけど」
 妾か。しかも天馬を正妻にする気なのか。
「え、遠慮します」
「ここまで来て、何よう」
 膝ですり寄ってきて、逃げ道を塞がれる。さすがのも、身の危険を覚えると同時、軽率な行動を反省した。
「八俣さん・・・」
「八雲って呼んで」
 顔が近い・・・近すぎる。は精一杯背を反らす。
「警察呼びますよ」
「警察ならここにいるわよぉ」
 ・・・そうだった。警察が犯罪を犯そうとしている!!
 着物の襟を開かれそうになり、必死で抵抗をする。
 だが八俣は、着物の下に隠されたもう一つの装束をあらためたのだった。
「・・・こんなの着込んで・・・」
 闇色の忍服にくいと指をひっかけ、笑う。
の娘ですものね」
「・・・」
 やはり、知られていたのか・・・。
 忍の一族、の名は、有力者の間にはあまねく知れ渡っている。誰もが護衛にと欲しがる血筋なのだ。それゆえ、余計な悶着を起こさぬよう、の姓はごく一部を除いては秘匿されていた。
 とはいえ、八俣はこれでも警視総監、の正体を知っていたところで何の不思議もない。
 単にの血を手に入れたいがため言い寄ってきたという事実には、少なからず落胆したけれど。
「ご存知なら、私の力も推し量れるでしょう」
 懐に手を入れ、威嚇するが、
「抵抗する気? 公務執行妨害でタイホしちゃうわよ」
 どこが公務だ。
 しかしこの人なら、何だかんだと理由をつけて本当に逮捕しかねない。
「ムダなことはやめなさい。アンタ、アタシに勝てっこないわ」
 ぐっ、と両手首を握り上げられ、動きを封じられる。
 それだけで、は抵抗の芽を摘まれてしまった。まるで蛇ににらまれた蛙のように。
 恐怖、ともまた違う。それは、強さへの畏敬であり、服従だった。
 八俣がどれほど強いのか、いやそれ以前に戦闘能力の有無すらは知らないはずなのに。
 強い男を嗅ぎ分け、求め、無条件に身を委ねてしまうのも、の血がさせること。
 強い男との間に、強い子孫を残すための・・・。
「いい子ねぇ」
 どさっ。
 重なり合うように、布団に倒れこむ。
「誰もが欲しがる家の人間・・・ってことを置いといても、・・・」
 赤い頬につと触れて、至近距離で微笑みかけた。
「可愛い娘だわアンタ・・・」
 一族の女と知ってから、興味を持った。それは否定しない。
 だが天馬に会いに行くついでに観察しているうち、芯の通った強さを感じさせる自身を好ましく思い始めた。
 ともども、この娘を自分のものにしたい・・・無論、席は天馬の次となるが・・・。そんな野望を燃やしていたところにこの好機、いささか強引ではあるが、逃すわけにいかなかった。
「このアタシが、小娘に本気になるとは思わなかったけど」
 女言葉で口説かれて、戸惑いながらも心身の熱は上がってゆく。胸の鼓動がこめかみに響いてくるほどに。
「もらっても、いいでしょ?」
 吐息が唇にかかる。煙草の、苦くて大人っぽいにおいに、めまいがした。
 毒が回ったように痺れて動けない体に、そっと触れられる。
「・・・・・」
 の血−、求められるのも、求められるのも。
「・・・っ・・・」
 体中を巡る血には、抗えない・・・?
 背けるように目をきつくつぶると、別の男の面影が浮かぶ。
 黒髪、細面に鋭い目つき、泣きボクロ・・・洋装の痩躯・・・。
 つぶさに見つめているうちに、眠っていた大切な気持ちが、目覚めた。
 初めて見たときから、惹かれていた。
 友達のように距離が近くなっていったのが、何より嬉しく。
 年を経るにつれ、ひそやかな想いは膨らんで。
 ずっとずっと、見つめてた。
 ずっと・・・慕ってた・・・。
(瑠璃男・・・)
 変な意地を張らなきゃ良かった。
 最近避けられている寂しさと、大人の男性への憧れから、ついて来てしまったけれど。忍の一族として欲する本能に、流されかけたけれど。
 やっぱり、やっぱり・・・。
「瑠璃男・・・っ!」
 シュ・・・ッ!
 応えるように、空気の裂ける音がした。
「なっ何よ」
 振り向いた鼻先に、刃の切っ先が突きつけられる。それでも、八俣の顔から笑みは消えない。
「無粋ねェ。お楽しみを邪魔すんじゃないわよ・・・餓鬼が」
「やかましいわオカマ、から離れんかい」
「・・・瑠璃男」
 瑠璃男の全身に満ちた怒りを感じ取れば、嬉しくて、思わず泣きたい気分になる。
 こんなに感情をむき出しにして、ここまで来てくれた・・・。自分の、ために。
 うるんだ瞳で見上げると、目が合った。
 瑠璃男は照れと戸惑いから顔をしかめたけれど、今度は目を逸らしはしなかった。
「オカマッポなんかにホイホイついて来るから、こんな目に遭うんや」
 苦言を漏らしながらも静かに刀を収め、代わりにに向けて手を差し出す。
「お前は俺がもらう・・・他の奴にはついて行くな」
「・・・・」
「はん、何よそれ」
 一大告白を脇で聞いていた八俣は、鼻で笑った。
「いっちょ前の口利いてんじゃないわよクソガキ。にはアタシのような美と権力と大人の魅力を兼ね備えた男こそが相応しいのよ」
 バーン! ポーズ取っている。
 着物も乱れた姿に、瑠璃男は吐き気をもよおした。
「何がや。お前のような色情狂のオカマが警視総監の椅子に座っとること自体まちごうとるっちゃうねん。触るな、触ったとっからが腐る」
 の手を取り、シッシッ、と八俣を追い払う仕草をする。
 それでも八俣は、鷹揚に笑って言った。
「ふん・・・ヤル気そがれちゃったわね。今度は邪魔が入らない遠くに、二人っきりで行きましょ、
 片目をつぶってみせる。全ッ然、懲りてない。
 ついドキンとしてしまうも、やっぱり懲りてない。
「じゃこれから天馬ちゃんとこ行っちゃおーっと」
「あっ待たんかいコラー!」
 節操なく飛び出して行ったオカマッポを、瑠璃男は即追いかける。天馬が絡みつかれるのはともかくとして、それを目の当たりにした帝月が気分を害するのが、瑠璃男としては許せないのだった。
「・・・もうっ」
 一人置き去られて、は苦笑しながら着物を整えた。
−お前は俺がもらう−
 耳の奥で、何度も何度も繰り返される瑠璃男の言葉に、カーッと顔が熱くなる。
 その場の勢いや、嘘なんかじゃ、ないよね・・・。
 叶っちゃった、なんて、こんなドサクサの中で実感はないけれど。
 夢のようなフワフワ感で、は布団の端をぎゅっと掴んだ。

 こうして−。
 長かった一日は、夜のとばりをもってようやく幕を下ろそうとしていた。

 部屋の外から呼びかけられ、夜具の仕度をしていたはびく、と顔を上げる。
『こんな時間に何やけど、今日のこと、うやむややったから・・・』
 男が女の部屋を訪ねて良い時刻ではない・・・恋人でもなければ。
 しかしは、静かにふすま戸を開けると、そこに立っていた瑠璃男に微笑んだ。
「庭にでも出ましょうか」

「お月さん出てへんな。真っ暗や」
「今宵は新月ですもの」
 忍は夜目が利くのだろう。さほど不自由そうでもなく、は庭に下りた。
「瑠璃男は、私のこと嫌いなのかと思ってた」
 少しの非難と、多分の弾んだ気持ちでもって、の方から口火を切ると、瑠璃男は決まり悪そうに頭をかく仕草をした。
「そない気にしとったんや、も。・・・最近・・・女らしくなったやろ、ガキの時分から一緒やったから、何や照れ臭くて・・・」
 夜闇に紛れさせることで、ようやく素直になれた気がする。胸のつかえが取れたようで、瑠璃男はほっとしていた。
「そやけどオカマッポについて行ってしまったとき・・・許せへんかった。オカマッポのことも、お前のことも、俺自身のことも・・・」
 怒りと悔しさを思い出して、強く、こぶしを握る。
 誘った八俣も、乗ったも、すぐに止めなかった自分も。
 どうしようもないほど腹立たしくて、やり場のない気持ちにけりをつけようと乗り込んで行ったのだが。
 そのときが、瑠璃男、と名を呼んでくれたのが、嬉しかった。思いは通じ合っていたのだと、知った。
 それなら今すぐに、揺るがぬ絆にしておきたい。
「もう、今日みたいな思いは、二度とごめんや」
 いつか子供ではなくなっていたのだ、自分も、も。
 しっかり捕まえておかなければ、誰かに取られてしまう。誰かのところへ、飛んでいってしまう・・・。
・・・、ずっと、好きやった」
 手を差し出す、夜の中で。
「俺のものに、なってえな」
「・・・瑠璃男」
 闇を透かすとの顔に、困惑が見て取れる。瑠璃男の表情も曇った。
 独りよがり、だったのだろうか。
「・・・私も瑠璃男のこと、好き・・・。本当は、初めて会ったときから・・・」
 いわゆる一目ぼれだろう。忍の一族に生を受けたが、初めて知ったときめきだった。
 心身共に成長するにつれ、また瑠璃男のことを知るにつれ、その気持ちはもっとはっきりとした形を取っていった。
 だけれど・・・。
「俺の手ェ取って・・・、近くに来てくれへん?」
 優しい声にすら、ためらってしまうのは。
 八俣警視総監に心がぐらついてしまったから、とか。
 瑠璃男も自分そのものではなく、一族を求めているのではないか、とか。
 そういう素因も、ないことはない。けれど・・・。

 とうとう手を下ろして、瑠璃男は苛立ちと当惑を押し隠そうともせず、眉根を寄せた。
「ハッキリ言うてくれへんと、俺も困るわ・・・結構恥ずかしいんやから」
「ごめん・・・瑠璃男」
 何に対しての「ごめん」なのかと身構える瑠璃男の目を、はいちずに見上げた。
 月はなくとも星を宿して、黒目がちの瞳は、いつも以上に美しかった。
 あどけなくも見えるその顔、唇から、切なげな告白が押し出される。
「嬉しいんだけど・・・、でも私・・・、実は、生娘じゃないの」
「・・・ッ、まさかっ俺遅かったんかッ!?」
 助け出したと思っていたが、あのとき既にオカマッポの手に落ちていたというのか・・・!?
「ちっ違う、八俣さんじゃなくてッ」
 真っ赤になって首をぶんぶん振り否定するの前で、瑠璃男はすっかり固まってしまっている。それは、好きだと告白した相手が処女ではないと知ったなら、動揺もするだろう。
「忍にとって純潔など何の意味もなく・・・かえって弱みになる・・・。主を定めたとき、娘を捨てるのが一族の掟。だから・・・」
 くノ一を恋人にするとは、そういうことだと、覚悟を強いる気持ちも少なからずあった。
「・・・そういうことやったんか・・・」
 瑠璃男は戸惑いから抜けきれぬようだったが、それでもには、秘していることは出来なかった。
 だまして付き合うより、真実を知ってもらう方を選んだのだった。
「・・・ごめんなさい」
「何で謝るんや。俺構へんよ、そないなこと・・・ただ・・・」
 驚いたのは告白の内容にではない。それを、正直に言われてしまったことにだった。
 戸惑ってしまったのは、がそうするなら、自分も、過去のことを話してしまわないとならないのかと思ったから・・・。
「俺のこと全部知ったら・・・の方こそ、俺から離れて行ってしまうんやないかって思うんや・・・。お前が生娘やないって聞いても何も思わんほど俺・・・」
 ぎゅっ、と、刀の鞘を握りしめる。
「世の中の汚いとこばっかり見てきた・・・。手も、汚してきた・・・」
「・・・・・」
 手を伸べたのは、だった。
 刀の反対側の手を握り、頬を寄せた。
「・・・瑠璃男が、好き」

 家も過去も関わりなく、自分を自分として愛してくれるなら。相手のことも、そのまま丸ごと、愛しよう。
 瑠璃男はそっとの身体を抱き寄せる。は、瑠璃男の肩口にこめかみをくっつけた。
 こうして、ようやく二人の心は結びついた。
 光もささぬ、庭の片隅で。

「うまくいったようですわね」
「覗き見など、趣味が悪いぞ菊理」
「そう言うお兄様こそ」
 何だかんだ言いつつ、双子は揃って、二階の窓から庭を見下ろしていた。
「近頃の瑠璃男の態度には、私も心配していましたけど・・・、お互い素直になってくれて良かった」
 ほっと安堵のため息をつきながら、これ以上見ていては二人に悪いと、窓を閉める。
 にこにこしている菊理は、明らかに、自分と天馬の姿を瑠璃男たちに重ねているのだろう。そう思うと、面白くない帝月だった。
「・・・天馬は僕の犬だからな」
「もうっお兄様ったら」
 あの後また八俣がやってきて、大騒ぎだったし、天馬を独り占めできる日は果たしてやってくるのだろうか。
 悩みの尽きない菊理だった。

 毎日のように顔を合わせていたのに、こんなに瑠璃男との距離が近いのは初めて。心臓は落ち着かないけれど、包まれているようで安心できる場所だと感じた。
 そうしているうち、不意に、全身の肌が粟立った。これは、八俣の腕に抱きしめられたときの感覚・・・今の安心感との対比のように、浮かび上がってきたのだと知る。
 体の芯からゾクゾクが広がってくる・・・あれはそう・・・、例えるなら、異形の者に、触れたときのような・・・。
 まさか・・・八俣は、人間なのに。かなり変わってはいるけれど、一応普通の人間なのに。
 肌と肌が直に触れたとき初めて感じた、不可思議で奇妙な感覚を、思い起こす。
 怖いような、もっと触れたいような。なぜか惹きつけられた・・・。

 名を呼ばれ、慌てて意識から八俣を追い出した。
「俺のそば・・・、もう、離れんといて・・・な」
「−離さないで」
 二度と迷わない。この人を選んだんだし、選んでもらえたのだから。
 こうしてくっついていると、瑠璃男の匂いがする。それに酔うように、しばし目を閉じた。
「瑠璃男のものよ・・・」
 腕に力をこめることで応えてくれたから、心地良い苦しさに、そっと目を開ける。真っ先に視界に飛び込んできた朱の刺青に、目を奪われた。
 胸に刻まれた、十字の烙印・・・。
 は開襟シャツの襟を少し開くと、そこにそっと指を這わせた。自分自身の痛みのように感じ、いたわりの手つきで、撫でた。
 瑠璃男は何も言わずに見下ろして。
 二人は、影のように、いつまでも身を寄せ合っていた。

〜、今度の休暇に、一緒に旅行行きましょォ〜」
 しがみつかれて、必死に逃げようとする。今にもヘビみたいな長い舌を出してベロンベロンしてきそうな勢いなのが怖い。
「八俣さんッ、私には心に決めた人が・・・」
「あらぁ嬉しいわね〜」
「アナタじゃありません!!」
「大丈夫よォ、アタシにも天馬ちゃんって人がいるんだから!」
「離れんかいオカマッポ! 真っ二つになりたいんかァ!!」
、お前が拒むと天馬に災いが回る」
「お兄様、あんまりです」
 ・・・結局、気持ちが通じ合っても、ドタバタは避けられない日常だった。








                                                             END



       ・あとがき・

カミヨミドリームを書くにあたって、他サイト様を勉強のため覗かせていただきました。
カミヨミを扱っているサイト自体、数が少なくて、ちょっと寂しい心地。そして瑠璃男ドリームは、一本も見つけることが出来ず。カミヨミドリームはほとんどが八俣ドリームなんだと知りました。
確かに、八俣さんは書くのが楽しそう・・・と思ったとき、次は八俣と瑠璃男のダブルキャラドリームだ! と決定いたしました。
ダブルキャラドリームは私が勝手に作った言葉だけど、私の大好物の複数ドリームです。
大人の男(オカマだけど)八俣にちょっと強引に言い寄られ、クラッとくるちゃんだけと、やっぱり一番好きなのは瑠璃男ということで。
でも八俣はまるで意に介してないから、前途多難かなー。
一応、「瑠璃の夜」の前の話として同一ヒロインで書きました。またこのヒロイン書きたいですね、お気に入りです。
それから、八俣さん単独ドリームも、是非書きたいです!

私、東北人なもので、京言葉が分かってないんですが・・・、大阪や他の言葉が混じっていたらゴメンナサイ。






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