恋 蛍
十二宮で働いているが黄金聖闘士たちを対象に「日本の夏を体験しようツアー」を企画したところ、皆こんなにヒマなの!? と言いたくなるくらいの高参加率だった。
中でも、ひそかに一番乗り気なのは獅子座のアイオリアである。何といっても、ずっとのことを気にかけていたのだ、告白なんて大それたことはできないにしても、彼女と夏の楽しい思い出を作りたいと、ささやかな想いを抱いて参加していた。
夏祭りに花火大会、海水浴。皆で楽しく賑やかに過ごし、今夜はもう最後の夜。
アイオリアは、実家に忘れ物をしてきたというに付き添うという幸運に恵まれた。
夏の夜道を二人きりで歩く。ゆるゆるとした大気、静かな空間、天には満点の星が輝いて・・・なんてシチュエーションは最高なのに、気の利いたセリフのひとつも言えない。
でも、いつものように他愛のない話で笑い合うだけで、幸せを感じているアイオリアだった。
「ここ、近道なの」
シャカみたいな匂いがする。見渡す限り黒の四角い石が並ぶ、しんとした場所・・・ここは。
「墓地じゃないか」
「うん。幽霊が出るってウワサがあるから、一人のときは絶対通らないんだけど」
「ゆっ幽霊」
「今日はアイオリアが一緒だから、平気」
にっこり促すに、あいまいな笑みを返すほかなかった。
日本の墓地は聖域のそれとはまた違って、独特の・・・何というか本当に出そうな感じがする。
うっとうしくまとわりつくような湿気の中、首筋をなでられたような気がしてアイオリアはゾーッとした。
「どうしたの?」
「いや、別に」
そぶりも見せられない。
男なのに。黄金聖闘士なのに。何より、好きな女の子の前なのに。
幽霊ごときが怖いだなんて、そんなこと、絶対に!!
(大丈夫だ大丈夫だ・・・そんなものが出てたまるか。ナンマイダブナンマイダブ、アブラカタブラ開けゴマ)
謎の呪文を胸の内で繰り返しながら、先に立って歩く。
早く行きたいのに、この墓地はよほど広大なのか、なかなか抜け出ることができない。いや、ずい分歩いているはずだが、敷地のど真ん中を動いていない気すらするのは・・・。
おかしいと思った瞬間、ひやり冷たいものが肌に触れる。同時にガタガタガタ・・・音がした。
「キャー、アイオリア、お墓が!」
後ろからしがみつかれたが、もはや喜んでいる場合ではない。周りの墓石が、ひとりでガタガタ動いているのだ。
そんなバカな・・・!? 内心死ぬほど驚いているが、アイオリアはそれを声には出さないことにかろうじて成功していた。動こうとしない足を気力で地面から引きはがし、歩き出す。
「私、オバケとか幽霊って、大の苦手・・・!」
それは俺も同じだ、といっそ泣きたい気持ちだったが、「大丈夫」とだけ言うと、墓石が不気味に動き続ける中を少しずつ進もうとする。
ヒュ〜・・・ドロドロドロ・・・
(何だッこの効果音は!?)
「キャーッ火の玉!」
「何っ」
が指す方を見ると、青白い燐光がいくつも浮かんでいるではないか。ゆらゆら上下したり、すーっと横に動いたり・・・。更にその中に、ぼんやり何かが見える。ひとつではなく、たくさん・・・人の顔・・・?
「イヤーッキャーッ、怖い怖いっ!」
半狂乱になって騒ぐを、思わず抱きしめた。
「静かに」
ぐっ、と押しとどめるようにすると、ようやく悲鳴が止む。顔を上げては、ほんのり赤らんだ頬で微笑んだ。
「アイオリアは、やっぱり強いのね」
・・・そうだ、強くあらねば。
つばを飲み込んで前を見据える。燐火はそれほどでもないが幽霊の数は激増しており、立ち止まったアイオリアとをすっかり取り囲んでいた。
半透明の人らしき幽霊が、すごい形相で迫ってくる。振り払おうとするも、実体のない相手には触れることすらできない。
「アイオリア・・・」
は、はじめて気がついた。しっかりと自分をつかまえてくれている腕が、小さく震えているのを。
知られたことにアイオリア自身も気付くと、うつむきかたく目をつぶる。
「ごめん、俺も本当は怖い」
「・・・」
「見栄張ってたけどさ、ホラーとか昔からダメだったんだ。・・・でも・・・」
震えの止まらない両腕で、もっと強く抱き寄せる。
「この手は、離さないから。最後まで君を、守るから・・・」
一体、何の役に立つというのだろう。黄金の力も、名声も。
本当は臆病な男で、頼りになるものは生身の自分自身しかなくて。
それでも、が、この愛しい人が、勇気をくれるなら。
「くっ来るなら来い、幽霊どもっ」
もはやなりふりなど構わない。
墓石は相変わらずガタガタ動き、火の玉と幽霊が飛び交う中を、を連れて踏み出そうとする。
その行く手を阻むかのように、ひときわ大きな身の丈の幽霊が青白い光の中に出現した。
「「ギャーッ出たーーーッ!!」」
今度こそダメかも。二人は互いにしがみつき合う。
「う〜ら〜め〜し〜や〜」
(・・・?)
この幽霊の声、どこかで聞いたような。
アイオリアは少し冷静になり、目の前を直視した。
白い衣装、白い三角頭巾・・・金髪のユーレイ?
(・・・)
けげんそうな顔はしだいにしかめっ面になる。アイオリアはすたすた近付き、幽霊の額の三角頭巾をずり上げた。その顔を、まじまじ見つめる。
「・・・何やってんだ、兄さん」
「あれ、バレた?」
アハハハハ。この場所に似合わぬ朗らかな笑い声を合図に、墓石の陰からわらわらと男たちが出てきた。
「なんだもう終わりか」
「もっと怖がらせたかったのに」
「・・・おまえら」
見慣れた面々・・・黄金聖闘士たちだ。
「だからアイオロスを幽霊役にするのは反対だったんだ」
「何だよ、俺が一番死者暦長かったんだから、適任だろ」
「コレ、結構雰囲気出てただろ」
ミロやカノンは、両手に100円ショップで買った火の玉のハリガネを握っている。
「ちなみに、墓石を動かしていたのは私たちです」
ムウは得意のサイコキネシスで、アルデバランは力に頼んでいたらしい。
「じゃあ、いくら歩いても抜け出させなかったのは、もしかして・・・」
「迷宮作りは得意だ」
と、サガ。
「幽霊は本物だぞ。何たってこの俺様が、直々に呼び出してやったんだからな」
どうだすごいだろう! と威張るデスマスクだが、それを聞いて更に寒くなるアイオリアだった。
ひやり冷たいモノを送っていたのはカミュで、音響係(プレイヤーのスイッチ入れるだけ)はシュラだったらしい。
「まったく君たちは、死者の眠る安らかな地を何だと思っているのかね」
シャカはぶつくさ言っている。
「・・・だましたのか、よってたかってこの俺を・・・」
「そう怒るな。日本には暑い夏を涼しく過ごすために「きもだめし」という伝統行事があるとから聞いたから、やってみただけじゃないか」
「そーそー。それにお前ら見てると、もどかしいからさ」
「よくも・・・」
だまされたのが腹立たしいというよりも、皆の前で弱点を晒したことが死ぬほど恥ずかしい。
アイオリアは勢いで拳を握った。触れられもしない幽霊には攻撃できなかったが、相手がこいつらなら話は別だ。
「まって!」
の手が添えられる。
「ごめんなさいアイオリア、私も面白がっちゃって・・・」
「」
彼女には怒れない。仕方なく腕を下ろした。
「しかし成長したものだなアイオリア。俺がちょっと怖い話をしただけで夜トイレにも行けなくなっていたおまえが」
「ずーっと昔の話だろ、ガキのころのことなんてバラすなよ兄さん!」
真っ赤になって怒鳴るが、皆の楽しそうな笑い声に毒気を抜かれた。この様子を見ると、幽霊が怖いということはバレなかったらしい。
精一杯虚勢を張っていて、良かった。
でもアイオリアは思った。
例え全員に知られてしまったとしても、にだけはあんな姿、見られたくなかったのに・・・と。
二人きりの散歩に誘われ、アイオリアはと川岸を歩いていた。
「ホタルよ」
ぽうっと小さな光をともしたホタルが、見るとあまた飛び遊んでいる。
幻想的な光景に、アイオリアはしばし見入っていた。
「私の実家ってこんな田舎だけど、こういうところは自慢できると思ってるんだ」
「ああ、とてもきれいだ。こんな場所で生まれ育ったなんて、は幸せ者だな」
「ありがと」
くすぐったげに笑うも、ホタルの光に包まれて。
いつもは元気な原色イメージだけれど、夜のとばりにしっとり包まれ、今夜は妙になまめかしい。
「本当はね・・・」
ホタルたちに遠慮でもしているのか、の声はひそやかだった。
「私がみんなに頼んだの、あのきもだめし」
何かの謎かけのような瞳から、アイオリアは目をそらした。
「・・・俺、カッコ悪くて・・・」
「ううん、カッコ悪くなんかなかったよ」
つと手を伸ばし、Tシャツの袖を軽く引くと、ようやくこちらを向いてくれた。
「さっきのアイオリア、私の知ってる中で、一番カッコ良かったよ」
「・・・」
笑顔もほのかに照らされて、それこそアイオリアの知っているうちで一番可愛く見える。
「俺・・・」
「ん・・・」
勢いで何かを言いかけたものの、後が続かない。頭の中は真っ白だ。
アイオリアは、未だ右の袖口に留まる小さな手をそっと取ると、軽く、ごく軽く、握った。
ほどかれても仕方ないから、力を込められなかったのだけれど、は逃げようとはしなかった。
微笑をたたえて、こちらを見てくれている。
真っ直ぐな視線に、少なくとも応えなくては。
さっきよりも力を込めた手に、汗が滲む気がした。を不快にさせてはいないだろうか。
「あの・・・」
戦いのときよりも、緊張する。
「あのとき言ったこと、俺の本当の気持ちで・・・ずっと思ってたことだから」
黄金聖衣を初めて身にまとったときだって、こんなにドキドキはしなかった。
「を守りたいって、ずっと・・・いや、俺で良かったらの話だけど」
「うん・・・」
きゅっ、と、大きな手を握り返す。
「嬉しい」
二人の間をすうっとホタルが横切って、明らんだ頬で、どちらともなく笑い合う。
「アイオリア、もうすぐ誕生日だね」
「ああ」
「お祝いさせてね」
「・・・楽しみにしてる」
あとは黙って、ただやさしい光の風景を眺めていたけれど。
近い距離と、離れがたくて握ったままの手が、熱くて嬉しかった。
・あとがき・
海門さん主催の「すこやか獅子祭れ!」参加作品です。
参加させてもらいたい、でもできるかな・・・とこっそり見ているだけでしたが、いきなりネタが降ってきましたので喜び勇んで書きました。書けて良かった。参加できて良かった。仕組まれたきもだめしなんて、話としては古典的なんですが、私の中に「黄金聖闘士だって普通の人間」というテーマがいつもありまして、そんな話をいっぱい書いているので、このありがちテーマを真っ向から書いてみました。
怖くても「君を守る」と言い切ってくれるなんて、やっぱりカッコいいと思います。アイオリアは大好きキャラのひとりです。獅子座という星座も真夏のバースディも、彼にはよく似合っていますね。
H17.8.11
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