きみのなかに
奇妙な胸騒ぎに眠れず、カーテンをめくって見上げた空に、星がひとつ流れ落ちた。きゅん、と音が聞こえそうなほど強く輝き、瞬時に消えてしまう。
(まさか、あの人の身に何か・・・)
心に満ちた不安からやすやす逃れられはしない。は自然と、祈るように手を胸の前に組んでいた。
「・・・」
控えめではあったけれど唐突すぎる声に、驚かないはずはない。はびくりと肩を震わし、振り返ると今度は卒倒しそうになった。
そこにはアイオロスが・・・彼女の大切な人が、血まみれの半透明という信じがたい様相で、立っていたのだから。
「俺、死んじゃってさー」
それでも彼は笑っている。死んでしまってすら笑っている。だーらだら血を流して。
「一体どうして・・・」
「それは俺も聖闘士だから、こういうこともあるさ」
軽くかわし、アイオロスは口を閉ざした。は普通の少女だ、詳しいことまで語る必要はない。
成仏できなかった、というのだろうか。この世に未練があって、こんな姿のままウロついている体たらくだ。
同い年で、親しく付き合っていた・・・彼女の悲しむ顔は見たくない。
その想いだけで、ここに来た。
「・・・・・」
悲しませる以前に、かなり驚かせてしまったようだけど。
「幽霊でも何でもいいよ。アイオロスがいてくれるなら」
こんな、嬉しいことをが言ってくれたから。もちろん自分自身も離れがたかったこともあり、アイオロスはそのまま、彼女のそばに居座ることにした。
触れることはできなくても、会話は交わせる。姿も(半透明だけど)見ることができる。
それは互いにとって、最大の慰めだった。
自然に逆らったことだと分かってはいたけれど。
いずれ別れは来ると・・・別れなくてはならないと、知っていたけれど。
それから三年後。幽霊になった恋人との生活にもすっかり慣れた冬の始まりのこと。
「今日はアイオロスのバースディね」
「死んでしまったのに誕生日ってのも変な話だけどな」
そう言う調子には、いつもの冗談めいた軽さを装い切れない緊張感が滲んでいて、はおや、と思う。それでも胸の奥のざわめきを押し込め、笑顔を浮かべた。
「いいじゃないの。お祝いしましょ」
「」
きっぱり呼ばれ、反射的に全身で拒んでしまう。・・・聞きたくない。
アイオロスは実体がないので、逃れようとするの腕や肩をつかまえることはできない。
だからそっぽを向くのまん前に顔を出した。向こうを向けばまたそこに、反対に逸らしてもすぐ目の前にアイオロスの顔。
ついには吹き出してしまった。
「話、聞いてくれる?」
アイオロスも笑い混じりで、それでも切なさは消せないまま。
当たって欲しくはない予感に、は小さく震える。
「ここにおいでよ。電気消して」
それでも窓際で手招きする彼の隣に立つ。
部屋の明かりを落とした途端にくっきりと浮かび上がった星々に、素直に感嘆の声をあげた。
「きれいね」
「冬は星が一番よく見える」
星座にくるまれて、しばしの静寂。
どうかこのままで・・・ささやかな願いもむなしく、アイオロスは口を開いた。
「俺はこの通り、誕生日になっても年を取らない。けど、は、きれいになったね」
「・・・・」
優しく見つめられているのを感じていた。だけどは、顔を上げられない。面映いよりも恐怖で。彼のこれから言い出すことが、怖くて。
「俺はこのままだけど、君はそのうち大人になって、いい男を見つけて結婚して・・・」
「アイオロス・・・」
ようやくこちらを向いた大きな双眸にきらめく、いっぱいの涙・・・ああ、ここにも星が。
見つめながらアイオロスは、涙を拭ってもあげられない己の今の姿を思う。
「ごめんね。君のためなんて言って、離れられなかったのは俺の方だ。長い間縛りつけてしまって、ごめんね」
「・・・さよなら、なの?」
とて、悟ってはいた。
クラスメイトのデートの誘いを断りながら、素敵な先輩にときめく心を罪悪のように感じながら。
いつまでもこのままではいられないことを。
「さよならとはちょっと違うよ」
アイオロスは優しくかぶりを振る仕草で、つま先を彼女の方に向け立つ。も彼に真っ直ぐ向き合った。
「ここにいる俺が、君と一緒になる。それだけのことだから」
「アイオロス」
いつの間にか、ふわりと黄金色の光が、彼の全身を包んでいる。そして背には純白の翼が。
目を見開き驚く恋人に、アイオロスは笑顔で両手を広げた。
「キスをして、」
夢中で、爪先立ちになる。
顔が近付いてきたとき、薄く目を閉じた。
軽く触れた温かさと柔らかさに、びくりと震える。その両肩をしっかり支えられ、二度目の驚きに見舞われた。
この感触と、ぬくもり。
「アイオロス、体が・・・」
「もうすぐ、消えるから・・・せめて」
を抱きしめるために。
にキスをするために。
最後に残された小宇宙で、実体を形作った。
「アイオロス・・・」
ドキドキにもはや立ってはいられず、二人でその場に座り込んだ。
すっぽり抱きしめられて、全身で感じる。大きな体の安心感や、少し高い体温や。風のにおい、呼吸や心臓の音(死者であるハズなのに?)・・・。とにかくどんなに小さなものでも、聞き逃さないように。
ひとつひとつを、心に深く刻み込むように。
「忘れないわ」
「いや、忘れて」
あっさり返され、拍子抜けの気分で見上げる。
アイオロスは見下ろしてまた笑っている。・・・が一番好きなこの笑顔、忘れない。忘れたくないのに。
「一年に一度、今日の日に思い出してもらえれば、それで十分だから」
「・・・うん」
胸に顔をうずめると、黄金の光に淡くくるまれ、神聖で限りなくやさしい気持ちになる。
この人は死んでしまったけれど、いなくなってしまったわけじゃない。
理屈ではなく、肌で感じ、知った。
「大好きよアイオロス」
「俺も、大好きだよ。」
二度目の、そして最後のキスを交わす。
それを契機に、アイオロスの体が変化してゆく。の腕の中で、少しずつ、光の粒へと。星々のように、砂のように、細かくきららに輝きながら。同時に背の翼が白い羽に分かれ、光の中を舞い始めた。
はうっとり眺め、かき抱く格好のまま全身に浴びる。限りない幸福感で、その唇には笑みが浮かんでいた。
黄金の光と純白の羽は、に降りそそぎ、肌に触れるそばからすうっと消えてゆく。あたかも彼女の中に吸収されてゆくかのように。
暗い部屋の、星たちが宿る窓の下で、それは美しく神秘的な光景だった。
やがて残らず受けたと思い、目を落とすと、膝の上にひとひらだけ、白い羽が落ちているのだった。
「アイオロス」
そっとつまみ上げ、胸に当てるようにして抱きこむ。目を閉じ、面影と思い出を追った。
アイオロスが微笑んで見守ってくれているような気がして、胸にあふれる温かい気持ちに、は涙した。
窓の星座が変わっても、長いこと、そうしていた。
−きみのなかにいるよ。永遠に−
・あとがき・
「すこやか射手祭れ」参加作品です。
告知のころからネタは浮かんでいたのですが、かなり遅くなってしまいました。早く書きたかったのですが・・・。
大好きなアイオロスドリームです。言う間でもなく、愛はいっぱいあります。
ドリームで書きやすいキャラNo.1のアイオロスですが、こういう話は珍しいですね。いつもは生き返った設定なので。
実はこの話もラストは生き返ったアイオロスとの再会シーンで締めくくろうと当初思っていたのですが、色々考えた結果、割愛しました。
こんな感じの話、実は昔から何度か書いています。好きなパターンなんですね。
血まみれで「俺、死んじゃってさー」と笑っているのが何とも・・・。残された人は、いずれは前に進まなきゃいけないんだろうな、と思います。
しかしちゃんは、アイオロスの幽霊と三年間もどんな生活していたのでしょう。ちょっと気になります。
タイトルは遊佐未森の歌からもらいました。
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